岡真理のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
「知ったところで何もできない」なんていうことは決してなくて、たとえば私がここでこの本について書くこともほんのわずかな力になるはずで、でも、何も知らなければ本当に何もできない。無関心であることや中立的であることの残虐性を自覚するためには、まず知ること、始まりはそれしかないんだと思う。知的好奇心を手放しちゃいけない。共感することを諦めちゃいけない。読めてよかった。
【読んだ目的・理由】ガザについてちゃんと知りたいと思ったから
【入手経路】買った
【詳細評価】☆4.6
【一番好きな表現】人間が人間であることの証、それは、他者に共感する力のことだ。(本文から引用) -
Posted by ブクログ
現代パレスチナを代表する詩人リフアト・アルアライールが編んだ、ガザの若い作家たちによる23の物語たち。
一気に読むことができなくて、一編ずつ少しずつ読んだ。ニュース映像で見たガザの光景が瞼に浮かび、パレスチナの人たちの日常と私のそれとの隔たりにページをめくる手が止まる。
これまで何冊か読んだガザについての本に出てきた人たちのことを思う。彼らもこの物語のなかにいる。
編者は2023年12月、空爆(知識人を標的とした組織的戦略によるもの)により亡くなっており、作者たちのなかにも連絡のとれない人たちがいる。
文学的テクニックや巧拙について語れるものを私は持ち合わせていないけれど、作者たちが伝えようとしているものは、ダイレクトに伝わってくる。物語の本質みたいなものを感じる。
私たちが、世界が、この58年、何をやってきたのか。どれほど何もせずにいたのか。静かに問われて、ただ俯く。 -
Posted by ブクログ
主にパレスチナ人側から見たガザ問題の解説書です。
パレスチナ問題についてより深く知りたいと思い、良い本はないか探していたところ、この本に出会いました。
この本のテーマは、イスラエル国家がガザ地区に対して行っていることは、ジェノサイドである、ということです。
普段はなかなか耳にすることができない衝撃的な内容が書かれています。普段のニュースでは主にアメリカやイスラエル側からの視点でしか情報が入ってこないことがいかに多いかということに気づかされました。
視点を変えてみるというのは非常に大事で、今まで見えてこなかったものが見えてくるようになります。
ガザ地区の問題を学ぶという意味でも、自分の中の考え方や視点を育むという意味でも、非常に学びが多い本となりました。 -
Posted by ブクログ
テレビでは報道を見かけないが(あってもどっちもどっちと結論づけるような内容)、ラジオやポッドキャストでは定期的にガザについて取り上げている番組があり、そこで紹介されていて読みました
いくら何でもイスラエル政府側のやってることが酷すぎるのにあまりに強大すぎて呆然とする 知っているのに止められていないことが嫌すぎる 微力でもできることをやっていくしか…
理不尽な現状の中、イスラエル政府=ユダヤ人の総意というわけではけしてなく、ユダヤ人の中にも虐殺に反対している人が居ることが言及されているのはよかった 書いてて思ったけど日本政府=日本人の総意っていうわけでもないしそれもそうだよね… -
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なぜパレスチナを勝手に分割するの?
なぜ分割した国土にイスラエルを建国することを、パレスチナの人びとの声を無視して勝手に認めるの?
なぜイスラエルを支持するの?
なぜなんの罪もないパレスチナの人びとを一方的に○し続けるの?
なぜこんな不正義がひとつも裁かれないの?
不正義の塊、、怒りしか沸かない…
にしてもほんとヨーロッパが嫌いだ。結局いまに続く世界の負はすべてヨーロッパのせいなんだよな。自分たちがしたことの責任は自分たちで負え。そして植民地的思考を即刻改めよ。まあヨーロッパ同士でいつかまた戦争するだろうな。
パレスチナで生きる人びとに、人間らしく生きる権利を。 -
Posted by ブクログ
パレスチナとイスラエルの歴史、ガザの現状についてよく理解できた。と同時に、これまでほとんど何も知らなかったこと、知ろうともしなかったことを恥ずかしく思った。
私自身もメディアの報道に影響されて、「停戦」状態だから今は大丈夫なのだろうと勝手に思ってしまっていたし、ハマスについても危険なテロ組織だと勘違いしていた。(メディアはあくまで完全な嘘をついているわけではないからタチが悪いと思う。)
随分遅くなってしまったが、それでも今知ることができて良かったと思った。
漠然と「遠くの地域、遠くの国の人々」という認識で終わらせないためにも、ガザについて、そこに生きる人々についてもっと知りたいと思った。次はガザの文学作品も読んでみたい。 -
Posted by ブクログ
衝撃的な本。
今ガザで起きている事、そして1948年のイスラエル建国以来パレスチナの地で起きてたことがよく理解できる一冊である。読んでいる途中から自分のあまりの無知さに怒りを覚えた。
一人でも多くの人にこの本を読んでもらいたい。本屋さんはぜひ本書を目立つ場所に平積みで置いて、多くの人の目に触れる様にしてほしいと強く思う。
そもそもは岡真里さんの「ガザに地下鉄が走る日」を読み始めたのだか理解が進まず、本書を読むことにしたのだが本当に良かった。どうしても日本にいるとイスラエル側からの視点に立った報道が多くなるので、イスラエルのしている事は酷いことだが、パレスチナ側も人質を取ったり酷いことをしている。結局どっちもどっちみたいな無難な態度を取りがちになるが、それは結局はイスラエルのジェノサイドに加担している事になる。本書を読むとそのあたりの事情経緯がよく分かる。
いまイスラエルは、イランを攻撃しレバノンに侵攻してその国境線を変更しようとしている。そしてガザでは停戦戦後も、空爆とはしてないかもしれないが、その「世界最大の野外監獄」「檻のない監獄」状態を改めようともしてない。そこではいま現在も想像を絶するジェノサイドが進行中である。
今こそイスラエルは国際社会から強い非難を送られるべきである。
なぜ世界は沈黙しているのか?(私の理解している限りアメリカはイランに関しては世界から責めらているが、肝心のイスラエルははあまり責められてない様に感じる)
そこの部分になるとまだまだ理解が及ばない自分がいるが、これは政治的立場を超えて解決するべき問題であると思う。せめて国連や人道・人権団体の救援の手が及ぶ様にできないものだろうか。
今年はイスラエル、ガザ中東関係の書籍を意識して読んでいきたい。
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Posted by ブクログ
あまりにも辛く、衝撃的。
何も知らず生きてきた自分を恥じた。
それと同時に、なぜこの現状を報道しないのか、「無知」「無関心」がいかに愚かかと身につまされた。
述べられている内容がパレスチナ側に偏っているという意見も確かにあると思う。
しかし、いかなる理由があろうと、何万人もの人間を殺戮し、長きに渡って生活基盤をめちゃくちゃにし、結果的に生きる道を断たれる人々で溢れているというのは許されることではない。
「中立の立場」でいたいのは我々誰しもそうだと思うが、中立こそがイスラエルが望む状況だと著者も述べている。それは俯瞰することでパレスチナの現状を「やむを得ない」と突き放すことだからだ。
恥ずかしながら、初めて知ることも多く、わからないこともたくさん生まれた。
これをきっかけに知ること、勉強すること、何が正しくて何が捻じ曲げられているのか考えること、自分の意見を持つこと、私にできることはそれくらいしかない。それでも、できる限りのことをしたい。 -
Posted by ブクログ
2013年、ガザ・イスラーム大学の教員リフアト・アルアライールと彼の学生たちが、2008年12月~2009年1月にかけて行われたイスラエルの軍事侵攻「キャストレッド作戦」をガザの側から小説として記録した23篇の短篇とショートショートを収める。原著は2014年に米国で刊行、日本語訳は2024年刊行の新版にもとづく。編者のリフアト・アルアライールは2013年12月にイスラエルのミサイル攻撃で殺害され、新版の刊行時では本書の執筆者6名と連絡が取れていないという。
原著の序文でアルアライールは、パレスチナの人々と物語の特別なつながりについて語っている。「物語は、人間その他すべての経験を超えて生き続けるのだと、書き手たちは知っている」「誰もが物語や物語る行為に触れてきたのだから、私たちすべてのなかに、あるパレスチナ、救い出すべきパレスチナが存在している」(25)と書いている。だから、まさに物語ること自体が抵抗となり、反撃となる。イスラエルの側もそれを理解しているからこそ、ジャーナリストや知識人を、大学や学校を、さらに物語そのものを淵源となるパレスチナの人々と土地のつながり自体を切断しようと躍起になっているのだ。
このアンソロジーの小説はどれも読者を引き入れる力を持っているが、その伝で言うなら、アルアライール自身が寄稿した2つの短篇、「家」と「老人と石」は気が遠くなるほどの絶望に落とし込まれながら、その中にかすかな希望を掴み取ろうとするパレスチナの人々の苦闘が滲み出ていると思う。「家」では、イスラエルの分離壁のために自分が建てた家に戻れなくなった難民が、それが自分の家であることを示すためだけに危険を冒して爆破を企てようとする。「老人と石」では、自分の弟が持って来た石を「エルサレムの石」だと信じて大切にしてきた老人が、それが虚偽だという息子の話を信じられず惑乱する物語である。
加えて忘れてならないのは、このアンソロジーの書き手たちが自分の第一言語ではない言語で書かなければ、自分たちが圧倒的な暴力に曝され続ける日々を聞き取ってもらえないという非対称的な状況である。岡真理が巻末の解説で書いている「ジェノサイドを止められない私たち」は、そのような構造を彼ら彼女らに強いているのだ。 -
Posted by ブクログ
ロシアの残虐な暴力にさらされているウクライナの人々には共感を寄せる僕が、なぜイスラエルの暴虐にさらされているパレスチナの人々には、あまり共感を寄せられないのだろう。
子供の頃からアメリカ文化を満身に浴びて育って来る中で、いつの間にかイスラムフォビアを植えつけられてしまっているのだろうか?/
本書は2018年に出版された本なので、本書からの引用は必ずしも現在のガザやパレスチナの状況とは整合していない可能性もあることを、最初にお断りしておく。/
【パレスチナ人であるがゆえにイラクを追われた彼らは、パレスチナ人であるがゆえにヨルダン入国を拒絶され、夏は気温が摂氏五〇度を超え、冬は零下となる砂漠のただなかに何ヵ月も留めおかれることになった。(略)祖国を持たないがゆえに、国境のノーマンズランド、この世と地獄を分かつ、砂漠の辺獄に。
ノーマンの土地の住人たちである彼らは No Man だった。いま、この世界にあって、国を持たないということはノーマン、すなわち何者でもない者、人間ならざる者であることを意味する。国を持たざる難民とはノーマンなのだ。国民国家の空隙に落ち込んだノーマン。彼らは人権とも、彼らを守るための法とも無縁だ。「法」も「人権」も、それは「人間」(マン)、すなわち「国民」の特権なのだということ。国民でない者は「人間」ではない、それが、普遍的人権を謳うこの世界が遂行的に表明している紛うことなき事実であり、その事実が(略)露わになるのが、ここノーマンズランドだ。】/
この文章は、日本国内にいる非正規滞在外国人を想起させる。
彼らは、ノーマンであるがゆえに、彼らに対してならどんな非道な扱いをしても許される。
つまり、この日本もまた、北海道から沖縄に至るまで、彼らにとってはノーマンズランドなのだ。/
【この七〇年間、パレスチナの内と外で、パレスチナ人の身に繰り返し生起する虐殺は、ナクバ、すなわちパレスチナ人の民族浄化が、遠い過去に起きた昔話ではなく、現在もなお進行中の出来事であることを示している。イラン・パペはこれを「漸進的ジェノサイド(略)」と呼ぶ。(略)パレスチナ問題とは、この漸進的ジェノサイド、終わらぬナクバの問題である。】/
【「テロと報復の連鎖」「暴力の悪循環」などというと、人間の理性による制御がきかなくなった暴力が勝手に(略)暴走しているかのような印象を受けるが、現実はそうではない。イスラエルはガザに対する大規模軍事攻撃を仕掛けるために、その口実となるハマースの攻撃を誘発しようと日常的にガザを空爆して挑発している。(略)そこには占領者たちの明確な政治的、戦略的意図がありプロットがある。】/
【いくつもの《ゲルニカ》に満ちた歴史を生きるのは、パレスチナ人に限らない。クルド人もそうだ。主権国家をもたない者たち、あるいは、主権国家に暮らしながらも、そこに十全な国民として帰属しない者たち、国民ならざる者たち─。彼らの身に繰り返し虐殺が生起するのは、彼らが国民でないがゆえに人間ならざる者、人権など慮る必要のないノーマンであるからにほかならない。】/
【ガザでいちばん安いもの、それは私たちの命よ。
─二〇一四年三月、ガザで、NGOスタッフ、メイサのことば】/
【地獄とは人が苦しんでいる場所のことではない。
人の苦しみを誰も見ようとしない場所のことだ。
─マンスール・アル=ハッラージュ】/
【占領と同じく封鎖は、ガルトゥングの言う構造的暴力である。(略)外形的な物理的破壊を伴わないので、封鎖がガザの人々の生(略)をいかに致命的に蝕み破壊しているかということは可視化されない。封鎖とは不可視の暴力なのだ。そこにはただ、真綿でじわじわと首を絞めるような、人間と社会を内側から蝕む封鎖下の生という「日常」があるだけだ。(略)だから暴動もされない。】/
正直、岡さんの文章を読むことは辛い。
これらの文章は、明らかに僕自身を断罪して来る。
誰の言葉だったか忘れてしまったが、「見えないのは、見ようとしていないからなのだ。」
これからも、岡さんの本を始めとしたパレスチナ関連の本を読んで行きたい。 -
Posted by ブクログ
中東地域に何度も足を運んできた筆者の体験談をふんだんに交えながら、パレスチナ問題について論じた書である。
ここまで最前線でアラブ世界を見聞し、そこで知り得た現地の声や実情を世に届けようとしている研究者は他にはいないのではないか。
本書では、故郷を追い出されたパレスチナ人の70年間や、完全封鎖から十年経過したガザのリアルが緻密に描写されている。自爆テロの真意とは如何に。パレスチナ人として生きるとはどういうことか。イスラエルはパレスチナ人から何を奪ってきたのか。そして、絶望に打ちのめされてなお人々が闘い続ける理由とは何か。
ジャンルとしては評論に属するのだろうが、詩的な表現が随所に散りばめられ、レトリックの巧みさに圧倒される。言葉の力が凄まじい。
そういった意味で、これはまさに「文学」なのだと思う。
静かな熱気を帯びた筆者の語りが、まるで読む者の心にダイレクトに届くようだ。
京都大学名誉教授が執筆した魂の一冊。
※筆者である岡真里は、アラブ文学者・思想学者。 -
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2023年10月から始まったハマースとイスラエルの戦争から、もうすぐ1年が経とうとしている。「戦争」とは書いたものの、それは本当に、国と国が対等に争う戦争なのかどうか。
本書は2018年発行だが、少なくとも本書においてイスラエルとパレスチナの関係は対等ではない。イスラエル軍のジャーゴンで、数年おきに繰り返されるパレスチナへの破壊や殺戮は「芝刈り」と呼ばれているらしい。これだけでもなかなか衝撃的で暗澹たる気持ちになる表現である。
本書内で、ヨハン・ガルトゥングの定義を引用される形で、暴力を3つの形に分けている。戦争などの直接的暴力、貧困や差別など社会的な構造から生み出される間接的暴力、そしてそれらを正当化あるいは維持するための思想や態度などの文化的暴力。
パレスチナへの暴力はどれにあたるのか。すべてである。ガザが封鎖されたのは2007年からで、散発的に攻撃は繰り返されている。そして、国際社会(特にアメリカだが)は、それを正当化する。
その暴力のすべてを、本書は文学的に記している。文学的に、というと安っぽくて批判的に聞こえるかもしれないが、このナラティブな文体が内容を伝えるには最も合っているように思う。論文のようなむずかしさはない。おそらくは、そのようなむずかしさで読者を限定しないように、読みやすさを優先して、なるべくひとびとに届きやすい文体を意識的に選択したのではないかと思う。そんなリーダビリティを優先するまでもなく、あまりにも届きやすすぎる悲惨さではあるが。 -
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一度読みかけて知らない単語が多すぎて断念したが、『ガザとは何か』を読んだ後、最初からすらすらと読めてしまった。
一気にとてつもない量の絶望と希望を受け取ってしまい、パンクしそう…
滔々と、パレスチナの人々の終わらない悲しみとわずかな希望を伝えられた。とても伝わった。
こんな状態の国で、祖国を取り戻すために希望を持って生きられる人の強さはとてつもないなと思ってしまう。
日本はやはり大国であり、パレスチナは距離もあるため、意識せずとも生きていけてしまうと思う。ただ、やはりこの問題を皆が理解し、いろんな立場から声をあげる人が増えることはまだまだ可能なのではないかと思った。
自分も誤解していた部分が多いので、せめて周りの人には少しずつでも共有していきたい。
最近の日本人は郷土愛のようなものが薄れがちというようなことが『離れていても家族』にも書かれていたが、自分で生きる場所を選べるという大前提があった上でだよなぁと…
贅沢ってなんだろうと鑑みる。 -
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怒りと困惑と悔しさで脳がバグりそう。これは読み切るのにかなりのエネルギーを要した。自分みたいな軟弱者には、途中でライトな本を挟まないと到底読み切ることができなかった。
ここに書かれていることは、パレスチナ人が国を追放されて以来受けてきた受難の歴史と現実である。(レバノン、ヨルダン川西岸地区、そしてガザ) 文字を追うごとに心が抉られ、セメントについた足跡みたいに深く食い込んだ。
しかしもっと情けないのは、ここまで感情を掻き乱して漸く関心を向けるようになった自分だ。日々のニュースでショックを受けていなかったわけではないけど、ショック以降の進展がなかったから。
3週間前に公開された映画『関心領域』を先日鑑賞した。(あらすじは敢えて割愛)
主人公と一家が大切にするものー夢にまで見た生活や幸せにピントを合わせているのが特徴的だったが、これは今を生きる我々にも当てはまる。(当てはまっているが故に、画越しに突きつけられているように思えた)
一番関心を向けて然るべき、パレスチナの人々に対する無関心…。
「ミサイルや白燐弾で殺す代わりに、私たちは、ガザを関心の埒外に打ち棄てることで、日々、殺しているのではないか。[中略]私には無関心による他者の人間性の否定のほうが、より罪深いものに思えてならない」
著者も時としてこの「無関心」に触れている。本書のテーマの一つであることは間違いない。
しかし終わりの見えない疲弊した日々の中、ガザに住まう人々の間ですら他者への無関心が広がっているという。絶望から生じる暴力・ドラッグの蔓延・相次ぐ自殺者…。
ナクバ(1948年にパレスチナでイスラエルが建国される前後、70万余名ものパレスチナ人が国を追われ、難民化した出来事のこと)から70年(刊行時、今年で76年)、イスラエルは人々から人間性をも奪おうとしている。難民から、国連やNGO団体の助けなしには生活できない物乞い、果ては人間ならざる者にまで貶めようというのか。
戦争犯罪(イスラエルは軍事産業が盛んで、ガザは新兵器開発のための実験場にされている節がある)の片棒を担ぐアメリカもアメリカだ。このままだと、米映画『シンドラーのリスト』など見られたもんじゃなくなるのでは?冗談抜きで。
「地獄とは人が苦しんでいる場所のことではない。人の苦しみを誰も見ようとしない場所のことだ」
著者自身、1980年代・2000年代から2010年代と難民キャンプを訪ね歩かれてきた。淡々と語りながらも節々からは怒りが滲み出ていて、事実反戦デモにも積極的に参加されている。
同時に、近い将来パレスチナの人々がナクバの呪いから解放され、地下鉄(このエピソードで少し気持ちを持ち直した)でエルサレムまで移動できるのだと、希望と関心を抱き続けてもいる。
「関心」ってシェルターみたいなものだと思う。関心さえあればその領域は守られるが、消えたら最後…嵐が来ればたちまち木っ端微塵になってしまう。無知も恐いけど、こちらはこれから知ることで変わっていく余地がある。
この手の関心は永続的でなければならない。一発限りであっても人々の寿命を縮めるのだから。 -
Posted by ブクログ
ネタバレYouTubeにて「アラブ、祈りとしての文学」の著者がパレスチナを伝えているーーこの報せが、映像は(感情を揺さぶられすぎるために)見られない私にこの本を手に取らせた。
先日ネットニュース号外で拾い読んだばかりの、イスラエル側が「ハマスの拠点」と主張して攻撃した病院の名が、文章の中に載っていた。この本が書かれた時点では治療が、資源が払底しながらも行われていた場所だ。同名の病院でなければ、ここがいま爆撃され、襲撃され、侵入されている。
しかしその地獄は、パレスチナの人びとが1940年代から、残酷度をこれでもかというほど上塗りにされて受けさせられ続けているものだ。
ひと(いのち)を、想像の天秤において自分と等価値に置く。世界のあらゆる地域でひとりひとりによってそれが行われなければ、イスラエルはパレスチナを焦土にしてしまうだろう。……そして、高みの見物を決め込むごく少数の、大金を持ったウィンディゴが、次の標的を探しはじめるだろう。