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イスラエル建国とパレスチナ人の難民化から70年。高い分離壁に囲まれたパレスチナ・ガザ地区は「現代の強制収容所」と言われる。そこで生きるとは、いかなることだろうか。ガザが完全封鎖されてから10年以上が経つ。移動の自由はなく、物資は制限され、ミサイルが日常的に撃ち込まれ、数年おきに大規模な破壊と集団殺戮が繰り返される。そこで行なわれていることは、難民から、人間性をも剥奪しようとする暴力だ。占領と戦うとは、この人間性の破壊、生きながらの死と戦うことだ。人間らしく生きる可能性をことごとく圧殺する暴力のなかで人間らしく生きること、それがパレスチナ人の根源的な抵抗となる。それを教えてくれたのが、パレスチナの人びとだった。著者がパレスチナと関わりつづけて40年、絶望的な状況でなお人間的に生きる人びととの出会いを伝える。ガザに地下鉄が走る日まで、その日が少しでも早く訪れるように、私たちがすることは何だろうかと。
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Posted by ブクログ
ロシアの残虐な暴力にさらされているウクライナの人々には共感を寄せる僕が、なぜイスラエルの暴虐にさらされているパレスチナの人々には、あまり共感を寄せられないのだろう。
子供の頃からアメリカ文化を満身に浴びて育って来る中で、いつの間にかイスラムフォビアを植えつけられてしまっているのだろうか?/
本書は2018年に出版された本なので、本書からの引用は必ずしも現在のガザやパレスチナの状況とは整合していない可能性もあることを、最初にお断りしておく。/
【パレスチナ人であるがゆえにイラクを追われた彼らは、パレスチナ人であるがゆえにヨルダン入国を拒絶され、夏は気温が摂氏五〇度を超え、冬は零下となる砂漠のただなかに何ヵ月も留めおかれることになった。(略)祖国を持たないがゆえに、国境のノーマンズランド、この世と地獄を分かつ、砂漠の辺獄に。
ノーマンの土地の住人たちである彼らは No Man だった。いま、この世界にあって、国を持たないということはノーマン、すなわち何者でもない者、人間ならざる者であることを意味する。国を持たざる難民とはノーマンなのだ。国民国家の空隙に落ち込んだノーマン。彼らは人権とも、彼らを守るための法とも無縁だ。「法」も「人権」も、それは「人間」(マン)、すなわち「国民」の特権なのだということ。国民でない者は「人間」ではない、それが、普遍的人権を謳うこの世界が遂行的に表明している紛うことなき事実であり、その事実が(略)露わになるのが、ここノーマンズランドだ。】/
この文章は、日本国内にいる非正規滞在外国人を想起させる。
彼らは、ノーマンであるがゆえに、彼らに対してならどんな非道な扱いをしても許される。
つまり、この日本もまた、北海道から沖縄に至るまで、彼らにとってはノーマンズランドなのだ。/
【この七〇年間、パレスチナの内と外で、パレスチナ人の身に繰り返し生起する虐殺は、ナクバ、すなわちパレスチナ人の民族浄化が、遠い過去に起きた昔話ではなく、現在もなお進行中の出来事であることを示している。イラン・パペはこれを「漸進的ジェノサイド(略)」と呼ぶ。(略)パレスチナ問題とは、この漸進的ジェノサイド、終わらぬナクバの問題である。】/
【「テロと報復の連鎖」「暴力の悪循環」などというと、人間の理性による制御がきかなくなった暴力が勝手に(略)暴走しているかのような印象を受けるが、現実はそうではない。イスラエルはガザに対する大規模軍事攻撃を仕掛けるために、その口実となるハマースの攻撃を誘発しようと日常的にガザを空爆して挑発している。(略)そこには占領者たちの明確な政治的、戦略的意図がありプロットがある。】/
【いくつもの《ゲルニカ》に満ちた歴史を生きるのは、パレスチナ人に限らない。クルド人もそうだ。主権国家をもたない者たち、あるいは、主権国家に暮らしながらも、そこに十全な国民として帰属しない者たち、国民ならざる者たち─。彼らの身に繰り返し虐殺が生起するのは、彼らが国民でないがゆえに人間ならざる者、人権など慮る必要のないノーマンであるからにほかならない。】/
【ガザでいちばん安いもの、それは私たちの命よ。
─二〇一四年三月、ガザで、NGOスタッフ、メイサのことば】/
【地獄とは人が苦しんでいる場所のことではない。
人の苦しみを誰も見ようとしない場所のことだ。
─マンスール・アル=ハッラージュ】/
【占領と同じく封鎖は、ガルトゥングの言う構造的暴力である。(略)外形的な物理的破壊を伴わないので、封鎖がガザの人々の生(略)をいかに致命的に蝕み破壊しているかということは可視化されない。封鎖とは不可視の暴力なのだ。そこにはただ、真綿でじわじわと首を絞めるような、人間と社会を内側から蝕む封鎖下の生という「日常」があるだけだ。(略)だから暴動もされない。】/
正直、岡さんの文章を読むことは辛い。
これらの文章は、明らかに僕自身を断罪して来る。
誰の言葉だったか忘れてしまったが、「見えないのは、見ようとしていないからなのだ。」
これからも、岡さんの本を始めとしたパレスチナ関連の本を読んで行きたい。
Posted by ブクログ
中東地域に何度も足を運んできた筆者の体験談をふんだんに交えながら、パレスチナ問題について論じた書である。
ここまで最前線でアラブ世界を見聞し、そこで知り得た現地の声や実情を世に届けようとしている研究者は他にはいないのではないか。
本書では、故郷を追い出されたパレスチナ人の70年間や、完全封鎖から十年経過したガザのリアルが緻密に描写されている。自爆テロの真意とは如何に。パレスチナ人として生きるとはどういうことか。イスラエルはパレスチナ人から何を奪ってきたのか。そして、絶望に打ちのめされてなお人々が闘い続ける理由とは何か。
ジャンルとしては評論に属するのだろうが、詩的な表現が随所に散りばめられ、レトリックの巧みさに圧倒される。言葉の力が凄まじい。
そういった意味で、これはまさに「文学」なのだと思う。
静かな熱気を帯びた筆者の語りが、まるで読む者の心にダイレクトに届くようだ。
京都大学名誉教授が執筆した魂の一冊。
※筆者である岡真里は、アラブ文学者・思想学者。
Posted by ブクログ
2023年10月から始まったハマースとイスラエルの戦争から、もうすぐ1年が経とうとしている。「戦争」とは書いたものの、それは本当に、国と国が対等に争う戦争なのかどうか。
本書は2018年発行だが、少なくとも本書においてイスラエルとパレスチナの関係は対等ではない。イスラエル軍のジャーゴンで、数年おきに繰り返されるパレスチナへの破壊や殺戮は「芝刈り」と呼ばれているらしい。これだけでもなかなか衝撃的で暗澹たる気持ちになる表現である。
本書内で、ヨハン・ガルトゥングの定義を引用される形で、暴力を3つの形に分けている。戦争などの直接的暴力、貧困や差別など社会的な構造から生み出される間接的暴力、そしてそれらを正当化あるいは維持するための思想や態度などの文化的暴力。
パレスチナへの暴力はどれにあたるのか。すべてである。ガザが封鎖されたのは2007年からで、散発的に攻撃は繰り返されている。そして、国際社会(特にアメリカだが)は、それを正当化する。
その暴力のすべてを、本書は文学的に記している。文学的に、というと安っぽくて批判的に聞こえるかもしれないが、このナラティブな文体が内容を伝えるには最も合っているように思う。論文のようなむずかしさはない。おそらくは、そのようなむずかしさで読者を限定しないように、読みやすさを優先して、なるべくひとびとに届きやすい文体を意識的に選択したのではないかと思う。そんなリーダビリティを優先するまでもなく、あまりにも届きやすすぎる悲惨さではあるが。
Posted by ブクログ
一度読みかけて知らない単語が多すぎて断念したが、『ガザとは何か』を読んだ後、最初からすらすらと読めてしまった。
一気にとてつもない量の絶望と希望を受け取ってしまい、パンクしそう…
滔々と、パレスチナの人々の終わらない悲しみとわずかな希望を伝えられた。とても伝わった。
こんな状態の国で、祖国を取り戻すために希望を持って生きられる人の強さはとてつもないなと思ってしまう。
日本はやはり大国であり、パレスチナは距離もあるため、意識せずとも生きていけてしまうと思う。ただ、やはりこの問題を皆が理解し、いろんな立場から声をあげる人が増えることはまだまだ可能なのではないかと思った。
自分も誤解していた部分が多いので、せめて周りの人には少しずつでも共有していきたい。
最近の日本人は郷土愛のようなものが薄れがちというようなことが『離れていても家族』にも書かれていたが、自分で生きる場所を選べるという大前提があった上でだよなぁと…
贅沢ってなんだろうと鑑みる。
Posted by ブクログ
怒りと困惑と悔しさで脳がバグりそう。これは読み切るのにかなりのエネルギーを要した。自分みたいな軟弱者には、途中でライトな本を挟まないと到底読み切ることができなかった。
ここに書かれていることは、パレスチナ人が国を追放されて以来受けてきた受難の歴史と現実である。(レバノン、ヨルダン川西岸地区、そしてガザ) 文字を追うごとに心が抉られ、セメントについた足跡みたいに深く食い込んだ。
しかしもっと情けないのは、ここまで感情を掻き乱して漸く関心を向けるようになった自分だ。日々のニュースでショックを受けていなかったわけではないけど、ショック以降の進展がなかったから。
3週間前に公開された映画『関心領域』を先日鑑賞した。(あらすじは敢えて割愛)
主人公と一家が大切にするものー夢にまで見た生活や幸せにピントを合わせているのが特徴的だったが、これは今を生きる我々にも当てはまる。(当てはまっているが故に、画越しに突きつけられているように思えた)
一番関心を向けて然るべき、パレスチナの人々に対する無関心…。
「ミサイルや白燐弾で殺す代わりに、私たちは、ガザを関心の埒外に打ち棄てることで、日々、殺しているのではないか。[中略]私には無関心による他者の人間性の否定のほうが、より罪深いものに思えてならない」
著者も時としてこの「無関心」に触れている。本書のテーマの一つであることは間違いない。
しかし終わりの見えない疲弊した日々の中、ガザに住まう人々の間ですら他者への無関心が広がっているという。絶望から生じる暴力・ドラッグの蔓延・相次ぐ自殺者…。
ナクバ(1948年にパレスチナでイスラエルが建国される前後、70万余名ものパレスチナ人が国を追われ、難民化した出来事のこと)から70年(刊行時、今年で76年)、イスラエルは人々から人間性をも奪おうとしている。難民から、国連やNGO団体の助けなしには生活できない物乞い、果ては人間ならざる者にまで貶めようというのか。
戦争犯罪(イスラエルは軍事産業が盛んで、ガザは新兵器開発のための実験場にされている節がある)の片棒を担ぐアメリカもアメリカだ。このままだと、米映画『シンドラーのリスト』など見られたもんじゃなくなるのでは?冗談抜きで。
「地獄とは人が苦しんでいる場所のことではない。人の苦しみを誰も見ようとしない場所のことだ」
著者自身、1980年代・2000年代から2010年代と難民キャンプを訪ね歩かれてきた。淡々と語りながらも節々からは怒りが滲み出ていて、事実反戦デモにも積極的に参加されている。
同時に、近い将来パレスチナの人々がナクバの呪いから解放され、地下鉄(このエピソードで少し気持ちを持ち直した)でエルサレムまで移動できるのだと、希望と関心を抱き続けてもいる。
「関心」ってシェルターみたいなものだと思う。関心さえあればその領域は守られるが、消えたら最後…嵐が来ればたちまち木っ端微塵になってしまう。無知も恐いけど、こちらはこれから知ることで変わっていく余地がある。
この手の関心は永続的でなければならない。一発限りであっても人々の寿命を縮めるのだから。
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