橋本勝雄のレビュー一覧

  • 読書セラピスト

    Posted by ブクログ

    後半ではミステリー要素が漂うものの、ほぼ全編に文学的素養が詰め込まれ、実に豊かな読書体験となりました。これほど教養の何たるかを突きつけられたことはありません。このような会話をしてみたい、と心底思ったし、膨大な読書経験の中からこれと思う場面が引き出せるヴィンチェは尊敬しかできません。たくさん本を読んできましたが、自分の人生を象ってはいないなあ、としみじみ思ってしまいました。ミステリーばかり読んでるから仕方ないんですけどね。ヴィンチェの語りで文学の素晴らしさを改めて感じました。文学を学んでいた学生時代も思い起こされ、素敵な余韻に浸れました。こういう作品も読んでいきたいな、と思えています。そして、私もヴィンチェのドアを開けてみたいです。

    0
    2022年03月21日
  • 読書セラピスト

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    読書セラピストが次から次へと人々のお悩みを、本を処方することで華麗に解決していくのかと期待していた。そしたら、未熟な読書セラピストがカウンセリングに失敗ばかりしているお話だった。

    期待外れ。
    海外文学は読むけど、文章に海外文学特有のキザな言い回しも読む気を削いだ。
    読むのを止めようかと思ったけど、もう8割まで読んでいた。
    でも、ミステリーの部分が気になって、どんな結末を迎えるのか知りたくて、ページを進めた。

    読んでよかった!そういうことだったのか!
    それに途中途中、「失踪」をテーマに扱う『ウェイクフィールド』という作品が出てきたのは、そういうことだったのか!
    と、二回膝を打った。

    0
    2026年06月15日
  • 19世紀イタリア怪奇幻想短篇集

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    タイトルの通りに全て作者の異なる9作品を収録しているのですが、どの作品も面白くて、かなり充実したアンソロジーでした。

    以下、特に気に入った作品の感想を記します。

    「木苺のなかの魂」

    男爵が見た目はそのまま急に乙女になってみんなが戸惑うというお話で、幽霊ものではあるのだけど少しコミカルな感じもあってこのパターンは昔から定番なんですね。

    書き出しのところの、人から聞いた話だけど、仮にKとするみたいな感じのパターンも定番ですよね。

    「ファ・ゴア・ニの幽霊」

    これが一番好き。

    ある人物の命と引き換えに幸福を手に入れた主人公の前にその人物の霊が現れるお話。

    何がすごいって、このタイトルになっている名前の人物が日本人っていう設定。京都に住むこの日本人はシヴァ神に祈っちゃうし、登場する日本人の名前がみんな変だし、異国情緒あふれる不思議の国という扱いもここまではちゃめちゃだと面白いです。まさか作者も150年後に日本語に翻訳されるとは思ってなかったんだろうな。

    今の時代こんな書き方をするとクレーム殺到だろうけど、創作は自由にイマジネーションを働かせて良いものなんだというのをすごく感じました。

    「黒のビショップ」

    白人と黒人によるチェスの勝負が人種を代表する争いとなり狂気を呼んでいく様子がスリリングに描かれていて面白かったです。チェスの駒が人の形を模しているからこその展開で将棋だとこうはならないよなとか思って読んでました。

    「夢遊病の一症例」

    ベルギーの警察官が夢遊病状態で真夜中に書いた手記がとある事件を解決する鍵となるというお話。

    夢遊病の状態で犯罪を犯すのかなと思いきや、逆だったので、結構面白く読みました。主人公の症例を記した手記を紹介するという構成も面白かったです。

    「未来世紀に関する哲学的物語
    西暦二二二二年、世界の終末前夜まで」

    23世紀に書かれたという設定で、19世紀末から23世紀までの人類の歴史を語っていくお話。

    未来予測で全ての民族が初めて一堂に会する会議が21世紀の終わり頃に開かれるのだけど、アジア、アメリカ、ヨーロッパだけなところに作品が書かれた時代を感じました。

    ロボットが実用化されるのが22世紀で、科学技術の発展に関しては割と実際の歴史と近い予測になってるのが面白い。

    最後、いろいろなことを乗り越えて平和と退屈を手に入れた人類は、やることがなくなり、無気力になり、衰えていくという終わり方にいろいろなことを考えさせられました。

    0
    2024年12月18日
  • 読書セラピスト

    Posted by ブクログ

    教職の仕事がうまくいかず、新しい仕事を始めたヴィンチェ。
    彼曰く、[女性に対して無責任]な主人公は、読書セラピストとして、女性に踏み込んだ助言をして顧客を怒らせてばかり。
    仕事では失敗が続き、不安を抱えながらの暮らしの中で、同じアパートに住む老婦人の失踪事件に引き寄せられるように手がかりを集め紐解いていく。
    イタリアの街並みの様子や、彼の質素な暮らしを感じる描写から、隠されていた事実が明らかになった時のヒヤリとした静かな感覚は、予想外の恐ろしいものでした。
    読書好きな方、ちょっと変わった推理モノを手に取ってみたい方にオススメです。

    0
    2022年11月08日
  • 読書セラピスト

    Posted by ブクログ

    偉大なビブリオ本  主人公は、元国語教師。

     登場人物は主人公も含めて皆悩み苦しんでいる。それぞれの人物にはそれぞれの事情があって、本を紹介することによってセラピーしていこうとするのだ。うまくいかなくて落ち込むこともある。

     登場する本は、いずれも読んだことのない本ばかりだったが、主人公や彼の友達の本屋の店主による本の紹介や分析が素晴らしかった。

     読書セラピストという職業が本当にあるのか調べてみたところ、イギリスでは政府公認。イスラエルでは国家資格になっているそうだ。英エセックス大学の研究によると、読書によって軽減されるストレスは68%で、音楽鑑賞やゲームなどよりも上回るそうだ。
     イェール大学の研究チームによると、週に3時間以上読書をする人は、読まない人よりも死亡率が23%低いそうだ。

     読書は素晴らしい!

    0
    2026年01月18日
  • 読書セラピスト

    Posted by ブクログ

    表紙がハマスホイという時点で買ってしまうわけですが、”読書セラピスト”ってちょっとマユツバ(すみません)などと思いながら読んだ。だって、職業として成り立たせるのは相当難しいよね。まあ、本を紹介するセラピスト、ということで。

    ミステリ度は弱いと思うけれど、ミステリ仕立ての読書案内、として面白かった。本の選択も幅広く、意外なものもあるし。出てくる本を知らなくても楽しめるとは思うが、でもやっぱり『ウェイクフィールド』は読んでいたほうが、より意味付けが深まるんじゃなかな。

    0
    2022年02月26日
  • 19世紀イタリア怪奇幻想短篇集

    Posted by ブクログ

    19世紀イタリアの怪奇短編集です。今までこのような古典アンソロジーは無かったのではないでしょうか。やや古さは感じるものの、さすが光文社古典新訳文庫、飽きずに読み進める事ができます。二重人格もの「木苺のなかの魂」怨霊が迫る「ファ・ゴア・ニの幽霊」が良かった。

    0
    2022年01月23日
  • 19世紀イタリア怪奇幻想短篇集

    Posted by ブクログ

    読み応えある9作家の短編集。

    怪奇幻想といっても幽霊…SFなど種類が分かれているので、ネタバレが大丈夫な方であれば最初の説明書きを読んで興味のある話から読み進めるもよし。順番に読むもよし。

    どの作家も日本での知名度が高くない分、素敵な宝物に偶然出会った感覚を味わえること間違いなし。

    0
    2022年01月11日
  • 19世紀イタリア怪奇幻想短篇集

    Posted by ブクログ

    I read this book two months ago. On the whole, some are interesting, but others are not.
    My favorite works are “The soul in the raspberry", "The ghost of Fa-ghoa-ni", " The black bishop" and "The three snails". I think these works are easy to read. But, "The confession after death" and" The philosophical story regarding the future century" are too difficult for me to comprehend. I wanted to comprehend what each writers want to tell to us in these works.
    Consequently, I’m glad I read this book because I could be involved with Italian literature.

    0
    2024年07月23日
  • 19世紀イタリア怪奇幻想短篇集

    Posted by ブクログ

    日本ではなじみの薄いイタリア文学のそのまたなじみのない作家たちを集めたちょっとふしぎでこわい短編集。あまりはまるものがなかった。

    0
    2022年12月16日
  • 読書セラピスト

    Posted by ブクログ

    ローマのアパートで読書療法のスタジオを開いたヴィンチェ・コルソを訪れる文学に救いを求める女性たちに適切と思われる本を紹介する物語。アパートに引っ越してきて2週間後、近所の老婦人パロディの失踪事件が発生し、真相を探ることにもなる。物語のストーリーよりもクライアントに勧める様々な本、未読の本に興味をそそられる。

    0
    2022年05月13日
  • 読書セラピスト

    Posted by ブクログ

    元国語教師のヴィンチェは、恋人と別れ、職もなく、ローマのワンルームで読書セラピーを開業する。
    癖の強い女性客を相手に内心冷や汗をかきながら対応する日々。
    そんな中、階下に住む、老婦人が失踪した。
    警察や隣人たちは同居の夫が殺したのではと疑うが。
    ヴィンチェは行きつけの本屋の友人から、失踪したパロディ夫人が残した小説のリストを手に入れ、彼女の失踪を考え始める。

    心理的症状を緩和する本を薦める読書セラピストが、失踪した老婦人の謎にせまるというので、もっと淡々と冷静に展開していくかと思えば、生い立ちから彼女との確執とか悶々と長々と語られて、何度も挫けそうになった。
    欧米文学もあまり読んでないから、詳しい人はもっともっと楽しめるんだろうなあ。続編もあるようだし。
    「彼女の身体は、T.S.エリオットの『荒野』に劣らず荒れ果てていて、オフェーリアと同じ狂気を、あるいは五十九歳でウーズ川に身を投げたヴァージニア・ウルフの最後の視線、あるいは、マルデルプルタの波に身をゆだねたティチーノ州生まれの若き女性詩人、アルフォンシーナ・ストルニの最後の視線を含んでいた。
    いくつもの溺死の例がぼくの心に浮かんできた。自宅プールに落ちるグレート・ギャッツビー、深淵に飲み込まれるエイハブ船長、身投げするマーティン・イーデン、首に石をつけられ沈むピノッキオ。」

    「想像するとか、思うとか、違いないとか…自分が物語の語り手と同じ表現を使っているのに気がついてる?」

    0
    2022年05月07日
  • 19世紀イタリア怪奇幻想短篇集

    Posted by ブクログ

     19世紀後半の、日本では全く知られていないイタリアの作家たちによる幻想短編集。
     怪奇小説であっても全体的にあまり暗いトーンを感じず、明るい雰囲気がある。
     無数の作品から選び出したアンソロジーなのだろうから、確かに様々なアイディアによる短編が集まっており、それはなかなか楽しい。が、「これは」と身を乗り出すようなものは見つからなかった。まあ、何となく楽しんで読めばいい、という本ではあるだろう。

    0
    2022年04月29日
  • 読書セラピスト

    Posted by ブクログ

    読書セラピストが下階の失踪事件容疑となり、さまざまな女性の話を聞きながら、容疑を晴らすストーリー。
    小説を前にする子どもにかかれているが、あのキラキラした目を見るとあの頃に戻りたいと思ってしまう。

    0
    2022年03月23日
  • 19世紀イタリア怪奇幻想短篇集

    Posted by ブクログ

    「知られざる」イタリア19世紀作家のの幻想短編集。とくにアッリーゴ・ボイト『黒のビショップ』、ルイージ・カプアーナ「夢遊病の一症例』、ヴィットリーオ・インブリアーニ『三匹のカタツムリ』が面白かった。とくに『黒の…』は極めて劇的、と思っていたら、ヴェルディのオペラの台本作家ということで成る程と納得。
    イタル・カルヴィーノの評価が19世紀の文学の評価に(評価を下げる方向で)影響をあたえているというのも興味深い話。

    0
    2021年03月22日
  • 19世紀イタリア怪奇幻想短篇集

    Posted by ブクログ

    編訳者によれば、
    リアリズムが重んじられたために発展が遅れたものの、
    19世紀半ば、E.A.ポオ作品の輸入と、
    独自の文学運動の波によって花開いたという
    イタリア幻想小説から選りすぐられた9つの短編が収録されている。
    主なテーマは「死者の帰還」「強迫観念」「奇譚」といったところ。
    もっと“変な話”を期待していたが(笑)
    意外にアッサリした理知的なトーンで、やや拍子抜け。

    以下、ネタバレしない範囲で全編についてザッと。

    ■イジーノ・ウーゴ・タルケッティ「木苺のなかの魂」
     Uno spirito in un lampone,1869
     狩猟に出た青年男爵Bが喉の渇きを覚え、
     木苺を摘んで食べたところ、
     自分が自分でなくなったような、
     何者かが自分の肉体を奪ったかのような奇怪な感覚に囚われた――。

    ■ヴィットリオ・ピーカ「ファ・ゴア・ニの幽霊」
     Lo spettro di Fa-ghoa-ni,1881
     大金がなければ幸福になれないと思った
     アルベルト・リーギはパオロ・ヴェリーニに苦衷を吐露。
     魔術でめでたく金を手に入れ、結婚したのだが……。
     日本人のネーミングがデタラメで、
     日中印のイメージが混濁しているところに苦笑。

    ■レミージョ・ゼーナ「死後の告解」
     Confessione postuma,1897
     死んだ若い女性が告解のために神父を呼び寄せる話。

    ■アッリーゴ・ボイト「黒のビショップ」
     L'alfier nero,1867
     スイスのホテルのサロンでチェス対局をすることになった
     ジョージ・アンダーセンと黒人の青年富豪トム。
     白人対黒人の勝負を
     そのままチェスの白黒の動きになぞらえているが、
     差別的な表現が多い。

    ■カルロ・ドッスィ「魔術師」
     Il mago,1880
     幼少期から死の恐怖に取り憑かれ続けて年老いた男は、
     様々な研究に打ち込んできたが……。

    ■カミッロ・ボイト「クリスマスの夜」
     Notte Natale,1876
     ジョルジョは愛する姉とその娘を亡くして悲しみ、
     自身も体調不良に悩まされながらミラノを歩き回って、
     姉に似た顔立ちのお針子を見初めた――。

    ■ルイージ・カプアーナ「夢遊病の一症例」
     Un caso di sonnambulismo,1881
     夢遊病になった警察署長が、その渦中、
     悪辣な強盗殺人の有り様を透視し、筆記。

    ■イッポリト・ニエーヴォ
    「未来世紀に関する哲学的物語‐西暦2222年、世界の終末前夜まで」
     Storia filosofica dei secoli futuri,1860
     イタリア統一運動を踏まえて描かれた“その先”の世界。

    ■ヴィットリオ・インブリアーニ「三匹のカタツムリ」
     Le tre maruzze,1875
     絶対に嘘をつかない正直者のドン・ペッピーノ、
     最大の危機。

    0
    2021年02月08日
  • 19世紀イタリア怪奇幻想短篇集

    Posted by ブクログ

     イタリアの幻想味のある文学というと、カルヴィーノやブッツアーティを読んだことはあるが、本書は「19世紀」という括りでまとめたものである。こうした入手しやすいアンソロジーでなければ、おそらく一生読むことのなかったであろう作品に出会えたことに、先ずは感謝を申し上げたい。
     
     また解説で、イタリア文学に関する一個の幻想文学論を読むことができたことで、文学史的な知識も得ることができ、大変参考になった。

     幻想文学好きであれば、気にいる作品がきっと何編かはあると思う。

     

     

    0
    2021年01月17日
  • 鏡の前のチェス盤

    Posted by ブクログ

    タイトルからも想像されるようにキャロルの『鏡の国のアリス』的おはなし。挿し絵も可愛く読みやすいです。私的イタリア文学のブームが再び到来しつつある。

    0
    2018年11月01日
  • 鏡の前のチェス盤

    Posted by ブクログ

    悪さをして閉じ込められた少年が、物置でチェス盤と大きな鏡に触ってはいけませんと言われながらお仕置き中。当然の如く鏡の世界のパラレルワールドに突入。そこはチェスの駒が動いていて、少年の住んでいる世界なんてのは、我々を必死こいて真似してかろうじて体裁を保っているそうです。その人達をさらに見下す存在も登場。そうですね、猫の額のような限られた世界で足を引っ張り合うよりも、もっと広い世の中に目を向け、グローバルな視点をもちたまえよ、そういうことなんですね。電車で鞄ぶつけ合っての場所取りはみっともない、そうですね。

    0
    2018年08月03日
  • 鏡の前のチェス盤

    Posted by ブクログ

    20世紀イタリアの小説家ボンテンペッリ(1878-1960)による児童文学作品、1922年。ボンテンペッリは、未来派のマリネッティ、形而上絵画のジョルジョ・デ・キリコ、メタ演劇のピランデッロなど、20世紀イタリアの前衛運動の影響の中で創作し、のちに「魔術的リアリズム」と称される幻想的な作品を多く発表することになる。

    鏡というモチーフには底知れぬところがある。それは鏡によって生起する二種の区別のイメージから来るように思われる。

    ■第一の区別、形而上学的区別或いは超越的・存在的区別

    第一に、個体とその像とに重ねられる階層的区別・対比・隔絶のイメージである。例えば、現実/幻想、現/夢、実/虚、真実/臆見、内実/外見、実質/形式、本物/偽物、起源/模造、創造/模倣、創造主/被造物、主人/奴隷、支配/被支配、自律/他律、主/従、生/死、主/客、内/外、真/偽、A=A/A≠B、自己/他者。これらは云わば形而上学的位階構造とでもいうべきもので、二者間に形而上学的分断・形而上学的隔絶を措定し、前者の後者に対する優位性が含意され、後者からの前者への階層間移動こそが志向すべき方向性・価値基準として予め設定されている。

    しかし、実像と鏡像との区別に正反対の対比をイメージすることもある。現実/理想、具体/抽象、個物/概念、可変/不変、特殊/普遍、雑多/純一、仮象/イデア、不純/純粋、仮初/永遠、無秩序/秩序、生成/存在、A≠A/A=B、自己/世界。ここでは明らかに、後者の側に優位性が置かれている。「本当はね、真実の、現実の人間というのは、われわれだけ、鏡のこちら側にいるわれわれだけなんだ。きみたちこそ像に過ぎないのさ。中身のない、見かけだけの存在なんだ。世界とは、われわれのことだ」。

    このように、鏡の前後で、形而上学的階層関係の無限の反転=遊戯が生起し、どちらの側も超越的な根拠・土壌を保持できずその特権性を失うこととなる。こうした両義性・決定不可能性の情況にあっては、安定的な自己同一性は消失し、主/客の区別は揺らぎのうちに投げ込まれる。

    「ここにきみがいるというのは、ここにきみと同じような別人がいるって意味だ。つまりきみの像というか、・・・、きみたちはふたりいるんだ」。「きみだろうと、きみの像だろうと、どっちにしてもまったく同じことさ」。

    形而上学的階層性を想起させながら、同時にそれを無効化する契機も孕んでいるという点に、鏡の第一の底知れなさがある。

    ■第二の区別、超越論的・存在論的区別(以下、ただの言葉遊びに過ぎない)

    しかし、鏡には、形而上学的区別とは次元の異なる、もう一つの区別のイメージがあるように思われる。それは、個体とその像との階層的区別を措定する、階層化という作用それ自体に孕まれる逆説性に関係する。

    ここで問題にしようとしているのは、主体(subject)/対象(object)という形而上学的区別に於ける二者間の関係、ではない。この二者間の関係を問題としているのは、先に述べた第一の区別の内部に於いてである。そうではなくて、形而上学的区別の内部に於いては捕捉できない、こうした区別を措定する作用そのもの、/そのもの、鏡そのもの、をここでは問題にしようとしている(「区別」と「区別を措定する作用」とを混同してはいけない)。そしてそれは同時に、いまこうして形而上学的区別を措定する作用それ自体を一つの対象「/」として取り出そうとしているその対象化作用「 」そのもの、を問うことである。則ち、形而上学的区別に対する形而上学的区別の自己適用、という自己関係的な機制それ自体を問題にしようとしている。云わば超越論的・存在論的な問題設定である。

    /そのものが対象化されるとき、それが形而上学的区別に基づいて対象化される以上、主体の項として対応するのは何なのか。/そのものが鏡像「/」となっているとき、鏡の前に在る実像とは何なのか。それは、当然のことながら、/そのものでしか在り得ない。則ち、//「/」。これは云わば「合せ鏡」で表象される機制であると云える。則ち、/=「/」。以上より、鏡/は対象化作用「 」の不動点である。λ計算に於ける不動点定理との共通性に注意。

      ∀x.x/「x」
      ∴ //「/」
      これは「合せ鏡」であるから、
      /=「/」
      これは、鏡/が対象化作用「 」の不動点であることを意味する。

    こうした極めて捉えがたい、対象化作用の自己関係的機制を、言葉遊びではなく、厳密に形式化して表現することは可能か。

    0
    2018年05月27日