向井和美のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
2022.9月末、JWAVEの早朝番組の最終回で紹介され、すぐ予約した本。
読書会に参加したいと思いながら、なかなかできないので、何か良い知恵がもらえたら…と読み始めました。
司書、翻訳家。私にはまぶしい肩書の著者が、30年参加している読書会に誘われたきっかけ、そこで読まれた作品リスト、著者の半生を時々のぞかせながら、読書会を成功させるヒントなどもコラム的に紹介。とても有益でした。
「本好きの生徒は往々にして内向的」
「(著者の師匠と著者が)ふたりとも内向的で話下手」
自分もやっぱり内向的と再認識…
読書会はある意味社交界…だから成功させるヒントも必要なのでしょう。
自分自身はパートナーと2人読書会もどきをしています。
それくらいでちょうどいいほど、内気なのです…
それからこの場所に記録できているので、仮想読書会体験中、ですね。
本の紹介本としてもひきつけられました。
並行して読んでいる別の本と同時にヘミングウェイを紹介され、読まなくては。
アチュべ
マンガレリ
ガイイ
フランス組曲
魔の山
ロリータ
チボー家の人々
トルストイ
チェーホフ
プルースト…
果たして生きてる間に読めるのでしょうか!?
「Tさん」のエピソードも、心に残りました。
著者の師匠、東江一紀さんの翻訳にも、特に若い頃お世話になりました。
合掌。 -
Posted by ブクログ
20名の女性哲学者を紹介した本書は、まずこうして出版できたことに大きな価値があると思います。
なぜなら、そうすることで、ここに書かれているような、男性しか哲学者がいなかったかのような思い込みを無くし、たとえ少数派の中であっても、栄誉ある社会貢献をされた女性哲学者たちがいたことを、知ることができたからです。
イギリスで大学教育が女性に許可されるようになったのは、19世紀もだいぶ遅くなってからのことで、要するに、どれだけ才能や知性があろうとも、大学で学ぶことを許されなかったということです。
その影響もあり、もし女性が書いたと知られたら、哲学的小説とは認めてもらえまいと思った、「ジョージ・エリオット(メアリー・アン・エヴァンズ)」は、1850年代に男性名のペンネームを使ったそうです。
他にも、初めて男性優位の学問の領域に堂々と踏み込んで、悲劇的な結末を遂げた「ヒュパティア」や、フッサールとハイデッガーが功績を認めようとさえしなかった「エーディト・シュタイン」等、悲しい歴史もあるが、「シモーヌ・ド・ボーヴォワール」の、『女性の状況を改善するには、男も女も共犯関係にあることを自覚し、変わらなければならず、女性を客体としてではなく主体として見ることを、どちらも学ばなければならない』という言葉に肯けるものも感じられました。
また、女性が置かれた状況以外については、「ハンナ・アーレント」の『内側からの支配』も興味深く、その内容は『全体主義があらわれるのは、人々が互いに接触を断たれたときであり、そこへ政治のムーブメントが起こり、なぜ国民は不幸なのかという物語を差しだしてみせる。やがてこれが大きな力を持ちはじめ、人を圧倒する語り口に誰も反対できなくなっていく』で、なぜ政治に無関心な人々が多いのかを考えるヒントにもなりそうです。
また、国籍のない状態が長く続いたアーレントは、「難民危機」についても考察しており、『前代未聞なのは、故郷を失ったことではなく、新たな故郷を見つけられないこと』や、『敵の手で強制収容所に入れられ、味方の手で難民収容所に入れられた人たち』の言葉には、今現在でも通用するように思われました。
更に、「エリザベス・アンスコム」が、広島と長崎に原爆を投下する決断を下した、当時のアメリカ大統領「ハリー・トルーマン」を支持する人たちに当惑したのがきっかけで書いた、著作『インテンション』は、日本人としても心に響くものを感じ、女性は支配される人生を送らざるをえないという問題に目を向けた「メアリ・ウルストンクラフト」の次女、「メアリー」が書いた小説が、『フランケンシュタイン』だというのも、何か宿命めいたものを感じさせられました。 -
Posted by ブクログ
‘「わたしにとって、見知らぬ人に話しかけるのはちょっとした冒険だ。それは、楽しみであり、反抗であり、解放でもある。つまり、わたしの生き方なのだ」’
著者のキオ・スタークは他者との出会いを日々研究している物書きの方。
ニューヨークのブルックリンで暮らし、毎日見知らぬ人に声を掛けつづけている。
...もしかしたら日本でやっていたら変人かもしれない。いや、こうして本になるということはアメリカでもそうなんだろう。‘不寛容の時代’と言われて久しいし、『知らない人』を排除する動きもある。日本でも『知らない人』が『知らない人』を傷つけたり、命を奪ったりする犯罪も多い。「誰でも良かった」なんて、まるでテンプレートのように言わないでほしい。
閑話休題。
その『知らない人』に話しかけることのメリット、デメリット(この言葉にも違和感あるが)。いろいろな方の『知らない人』とつながる様々な試みや実験。話しかけるためのメソッドなどが紹介されている。暗黙のルールも時と場合と場所によってかなり違うので注意が必要。
もちろん、話しかけられたくない人に無理矢理話しかけることや乱暴な言葉を放つのは論外。
あと、交流に大きな喜びを得られる事もある代わりに、ネガティブな結果に終わる場合も多々ある。
人間はポジティブな事よりネガティブな事の方が脳に刻み込まれやすい。
それでも、彼女が知らない人に話しかけることを推奨し、自らも実践するのは何故か。
それはレビューの冒頭に引用した言葉にも現れている。
他の方の言葉でこう言った人がいる。
「人と繋がった、と感じる瞬間のために私は生きている気がする。」
彼女もそうなのかな、と思った。
もひとつ。
知らない人に相対する際に気を付けたいことは‘「感じとることであり、定義したり分類したりすることではない」’
そして‘「相手が自分を人間として見てくれそうか」’が重要。 -
Posted by ブクログ
本書は副題にもあるように無期受刑者である50代前半の男性 大矢さん(仮名)と翻訳家の向井和美さんとの本をめぐる往復書簡である。
大矢さんは27歳の時 罪を犯し20年以上服役している。
はじまりは編集者経由で向井さんの元に届いた刑務所からの手紙だった─。
私は“読書会”というものに参加したことがないのでよくわからないけれど、本書を読んでいるとだんだん大矢さんと向井さんの濃密な会話を傍らで聞いているような感覚になっていった。
刑務所という様々な制約があるなかで 大矢さんは全身全霊で本を読み 感想を書いている。溢れ出る思いが止まらない。といった感じだった。
「本というものは善人にも極悪人にも、著者のそして編集者の方々のその本への想いや熱量はまったく同じ量で届きます。僕のところにも、この塀の外にいる方々にたいしてと、まったく同じ顔をして届いてくれます。そのことが僕はとても嬉しいのです。だからこそ、本を裏切ってはいけない、そんな気持ちになります。そしてその本を大切に読み、文章の中から何かを見出だそうとしています。」
大矢さんのこの文章はとても印象的だった。
本がもつ可能性は無限大だ。時には師となり、時には逃げ場になり、時には人と人とをつなぐ媒体になり、なにより一生の友になる。ちょっと大袈裟か(^^;)
大矢さんや向井さんには遠く及ばなくともとりあえず 本を読むことに幸せを感じられる自分でよかったと思う。
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Posted by ブクログ
(西欧)フェミニズムも200年の歴史がある。
その間にフェミニズムは、「フェミニズムズ」となった。
あるフェミニストのある主張が、他の立場のフェミニストには受け入れがたいものになる。
現代のフェミニズムが「インターセクショナリティ」(交差性)を無視できなくなっているからだ。
そうして、そのフェミニスト同士の軋みが、反フェミニズムの動きを利することになってしまったりする。
それから、フェミニズムはファッションアイテムのように、消費されるアイコンになってしまったりもしている。
本書は、こうした複雑な現代フェミニズムの状況を、「支配」「権利」「仕事」「女らしさ」「セックス」「文化」の各局面から見ていく。
例えば、代理母の問題。
女性が自分の身体を自由に使う権利はある、という主張がある一方で、グローバリズムの中の経済格差の中でそうした選択を選んだ(選ばざるを得なかった)女性の身体が、第三者に管理されていく状況を認めていいのかという視点も無視できない。
本当に、一筋縄にいかない問題だらけ。
その意味で、「はじめての」と銘打たれている割には、かなり歯ごたえがある気がする。
複雑な議論に、読者としては引きずり回される気分にさえなってくるが、見失っていけない土台は一つ。
女性は男性と同じく尊厳のある人間であること。
言い換えれば、女性が女性であることを理由に暴力にさらされることを容認してはいけないということ、だと読みとったが、どうなんだろうか。