井桁大介のレビュー一覧
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津田大介さんのYoutube番組ポリタスTVの「月刊公共訴訟」を通じて、
はじめてこの「公共訴訟」という言葉を知った。
毎月ぼんやり聴いているが(Youtubeだが音声で聴いている)
今回この本を読んで改めて、公共訴訟の意義を知った。
今の東京の空気が澄んでいるのは公共訴訟のおかげ、というかなり刺激的な書き出し
でこの新書は始まる。
続いて公共訴訟の典型的な例が二つ。同性婚訴訟とタトゥー裁判。
従来切り捨てられてきた少数の権利を訴え、勝ち取った裁判。
しかしこうした勝利は限られている。2割程度とか。
そもそも公共訴訟自体が少ない。
支援がなければお金が続かない。弁護士が手弁当ではやっていけない。
日本はこうした対応が遅れているという。
しかし公共訴訟の意義は大きく、法律の盲点だったり、時代の変化に追いつかない法
だったりを正す機会。あるいは勝てないまでもそれを訴える機会。
ものすごく意義がある。
法律、ルールなんて、作った瞬間から古くなっていく、陳腐化していくもの。
それを官僚は後生大事に守らなければいけない。
変えるのは立法府、国会議員の役目だが、なかなかその力がない。
そうなれば三権分立のもう一つ、司法の力を使うしかない。
そして司法が動くには公共訴訟、、、
そういう具合なのだろうが、なかなかまだ回っているとは言い難い。
必要なもの。
こうして新書になることで多くの人に知られるといい。
その意味で、津田大介さんの活動もエライ、ということだ。
立法・行政・司法の「三権」に加え、社会を形作る4つめの力として市民の力。
そしてCALL FOR(〇〇を必要とする)と。
第1章 声をあげる人々、その物語――公共訴訟を知る
第2章 公共訴訟は社会をどう変えるか
第3章 公共訴訟の誕生と歴史
第4章 データで見る公共訴訟
第5章 なぜ数が少なく、勝ちにくいのか――公共訴訟の抱えるハードル
第6章 新たな動きが生み出す、新しい連帯
第7章 公共訴訟の未来 -
Posted by ブクログ
スノーデンさんの告発の内容に似た近い話は、少しずついろいろな人達がいろいろなところで発言はしていたことが多かったはずですが、まとめて公になったことは画期的なこと。
日本の首相まで監視されているとか、公人でも個人でも、権威ある人たちのことでも、監視しようと思えば監視されてしまい、プライバシーや人権や尊厳なんか関係がなく、知ろうと思えば知られてしまう日本人。
スノーデンさんが告発をしてくれたから多くの人たちも知ることができた。
刊行にあたって エドワード・スノーデンからのメッセージ
第一章 米国国家安全保障局による大量監視の実態と日本
エドワード・スノーデン 国谷裕子
第二章 9・11以降の監視強化の動きとACLUの戦い
スティーブン・シャピロ
第三章 日本の監視の現状
出口かおり
第四章 大量監視とプライバシー保護のための仕組み
ジョセフ・ケナタッチ
第五章 デジタル時代の監視とプライバシー
ジョセフ・ケナタッチ スティーブン・シャピロ 井桁大介 出口かおり
あとがき 浮かび上がった情報格差の深い溝
国谷裕子
付録1 スティーブン氏のメッセージ原文
付録2 ジョセフ・ケナタッチ氏の監視システムに対する保護措置に関するスライド資料 -
Posted by ブクログ
9・11以降、テロ防止の名目で広がった全世界の市民を対象にして広がった監視体制。アメリカの実態を告発したスノーデン氏が、今起きている深刻な事態(日本も的確に指摘)や権力を監視するための方向を明快に解説し、さらに監視社会の問題に詳しい日米の精鋭がシンポジウムで議論を多角的に深めるという2部構成となっている新書です。
スノーデン氏が告発した内容をよく知らなかったので、この本を通じてその一部を知ることができたと思います。プライバシーは個人の権利であるはずなのに、ネット検索履歴(グーグルで検索した言葉がそのまま残っている)やメール、位置情報にいたるまでの膨大な監視を当たり前としているという事実に大きな恐怖を感じました。便利なシステムの背景には、別の力が働いているようです。テロへの恐怖や緊急事態への対応を煽りながら人権侵害の仕組みをつくる手法は、悲しいかな今の日本の政治状況と照らし合わせると容易にイメージできました。「テロより風呂場で滑って亡くなる確率の方が高い」との指摘が本文に出てきますが、厚労省発表の数字から導き出された(人口動態統計)事実であり、具体的な立証で非常にわかりやすく説得力がありました。
スノーデン氏が指摘するように、まさに民主主義・人間の尊厳に関わる問題であり、自分のこととしてみないといけないですね。うがった見方になるかもしれませんが、戦前の隣組制度復活に近づくかのような国のいう地域包括ケアシステム・共生社会実現という方向も無関係でないように感じました。
最後に、「きちんと関心をもって多くの人と話して事実を発信していく。〈参加〉が大事。過ちを怖がらず行動すること」と日本人へのメッセージを投げかました。共謀罪が議論され、さらに憲法改正を政治日程に乗せようとする動きにある中、スノーデン氏の言葉をきちんと受けとめていきたいと思います。
第二部のシンポジウムもとても読み応えがあります。超おすすめの一冊です。 -
Posted by ブクログ
本書を読んで公共訴訟は決してわたしたちに縁遠いものではなく、むしろ身近なものなのだと思うようになった。
「住基ネット訴訟」においてプライバシーや個人情報保護の重要性が見直されるなど、私たちの社会の少なくない部分がこれまでの公共訴訟によって形づくられてきたのだ。
「公共訴訟は、社会課題を解決するために残された最後にして唯一の手段となる」のだと本書は言う。
法とは、絶対的に遵守しなければいけないものではなくて、時代に合わせて不都合や不合理があれば適宜変更していくものなのだと改めて思った。
1章では具体的に、同性婚訴訟、タトゥー裁判が紹介されている。同性婚訴訟については、同性婚を認めない現行の法律が違憲であると次々に判決が出ているのは喜ばしいことだと思うし、改めて原告や弁護団のここまでの苦労には頭が下がる思いがする(それでも、まだ同性婚が認められないことが悔しくて悲しいが…)。
タトゥー裁判については恥ずかしながら全く知らなかった。2015年に医師免許がないとタトゥーの施術をしてはいけないとタトゥーショップが摘発される事件が起こる。それに対しておかしいと彫師たちが起こした裁判だ。結果、無罪の判決が出て本当良かったと思う。
タトゥーというと、自分には関係ないと思ってしまう人が多いかもしれないが、決してそうではない。
「こんなことが許されたら、社会にとって好ましくないと思われるもの、邪魔だと思われるものは、同じように排除されていくだろう。今は他人事でも、いつか自分の身に降りかかるかもしれない」と本書はいう。本当にその通りだと思う。
でも、公共訴訟ってすごく大変そうだしハードルが大分高いのでは…と思ったら、やはり問題は多いそう(費用がかかる、長期間になる、弁護士がいない、勝訴率が他国に比べて非常に低い…等)。
しかし、日本初の公共訴訟プラットフォームができたり、公共訴訟専門家集団のLEDGEが生まれたり、新たな関心、人材、組織、資金等がいま公共訴訟に集まりつつあるのだという。公共訴訟の未来はかなり明るいように見える。
「社会を変え、護る手段は、投票に限られない」
「“法”とは自由を守るためにこそ存在している」ということを忘れないようにしたい。 -
Posted by ブクログ
大量監視社会はコロナ禍の今、切実な問題と化しているように感じる。中国のように人々の行動を監視し、感染拡大を防止することが良いという捉えられ方だ。
だがこの本に出てくる方だけでなく、コロナ収束の名目で政府が一度監視という強力な権力を持ってしまえば、収束後もその力を手放すことはないだろうと警鐘を鳴らしている専門家が多くいた。
また、先日監視カメラを追跡したことによって犯罪の容疑者を早く確保することができたとの報道を受け、やはり監視は必要だというネットでの書き込みも見られた。
このように監視は致し方ないことという風潮が強まっているが、もう一度監視について考え直す必要があると、この本を読んで感じた。
また、人格を発達させる権利として、プライバシー、表現の自由、情報の自由が挙げられていたのが印象に残った。 -
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2016年6月4日に東大で開初めて催された監視をテーマにしたシンポジウムの記録。
2013年6月に、エドワード・スノーデンがアメリカ政府の監視活動の実態に関する隠されてきた情報を、メディアを通してこの世にさらしてから3年後の話。
今私がこの話を読んでいる今に至るまでは、そこからさらに3年が経っている。
「自由を享受できる社会は市民が主役になって初めて実現される」
政府に勤めながら一市民として行動をとることを恐れなかったスノーデンの力強いメッセージ。
自分の生きる社会の在り方に関心を抱くこと、受け身にならないこと、いくためには一人一人が社会の構成員として能動的に考え行動することが民主主義社会に生きる市民の義務であり、責任であり、役割だという事実を突き付ける。
監視の問題は民主主義の問題で、つまり市民一人一人が知るべきこと。
ぼーっと生きてしまている自分にまた気づく。
勝手に法律できてるし、政策改まってるし、権力がさらに集中化してるし、市民の自由に制限がかかってるけど、いいの、って言われてきちんと応答できる人、社会でありたい… -
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2013年にスノーデンがアメリカの監視体制を暴露したことを映画で初めて知り、そのときから興味を持ち始めた。今の技術を使えば、スマホやパソコンのカメラやマイクなどあらゆるデバイスを通して情報を政府が管理することが容易に可能である。アメリカの実態から考えると、公開はされていないが日本でもすでにされていると考える方が普通であるとスノーデン氏は言っている。実際にスノーデン・リークからアメリカではそういった情報の取り扱いについてメディアなどが声をあげて監視体制を敷く政府と戦い、国民(アメリカ人)においては監視の対象外になる法律を成立させるまでに至っている。
この国民のみ監視の対象から外れることは重要で日本人やその他の国の人は未だに監視の対象であり、それはヨーロッパで成立した法律でも同じでどこの国・地域も自分の地域の住民のみを監視から外しているにすぎないと言われている。
そんななか、日本では政治などこういうことに対する無関心のためかメディアがまったくとりあげない(圧力により取り上げられない)ためか、共謀罪など様々な法案が成立し国民も含めて監視の対象になっている可能性が高いと考えられている。
この本を読んでいて、ニュースなどであまり流れていない情報がかなり多くでてきていたが、情報収集も偏らないように意識しないといけない。どういう基準で判断されているのか知らないが、実際日本の報道自由度は全世界72位で、G7中最下位であるということにも留意しておきたい。
監視社会はテロ対策という名目で成り立っているが、実際にどこまでテロを防げているのかは不明であり、むしろ無害な人への必要以上の監視をしたり、権力を持つ人が容易に悪用できる状況にあることが問題であると指摘されていた。
安全とプライバシーのどちらをとるかバランスの問題にもなってくるだろうが、その監視をどこまでなら許容してどこからは違法とするのか、政府まかせにせず、国民による政府の監視が重要なのだ。
政治に興味を持たない風習の日本ではあるが、テレビや新聞だけに偏らず情報を収集し、いろんなことに関心を持ち、みんなで話し合って行くことが大切だと感じた。 -
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アメリカの情報機関による無差別監視の実態を暴露した元情報局員
エドワード・スノーデン氏が参加し、2016年に東京大学で行われた
シンポジウムの書籍化である。
2013年に問題が公になった時、アメリカの情報機関が同盟国である
ドイツ・メルケル首相の携帯電話を盗聴していたことが問題になり、
日本国内では安倍晋三首相の携帯電話はどうなのかと話題になっ
たが、本質はそこではない。
テクノロジーの進歩と共に進む、監視社会の問題であり。政府がどこ
まで個人の情報を掴んでいるかである。
公安警察が日本国内のムスリムの人たちを監視していた資料が何者
かによって流出した事件があった。警察が裁判所の令状もなく対象
車両にGPSを取り付けた違法捜査があった。野党の事務所に出入り
する人物を監視する為か、警察が秘密裏に監視カメラを取り付けた
事件もあった。
特定の人たちだけが対象だから、自分には関係ない。やましいことが
なければプライバシーをちょっとばかり覗かれても構わないではない
か。自分には関係ない。そんな無関心が監視社会を徐々に進化なら
しめていやしないかと思う。
インターネット関連会社がアメリカ政府に個人情報を提供していたの
はスノーデン・リークで既に公になっているが、ネット上だけではない。
国会前では政府の政策に反対する人たちが何かしらのデモを行って
いる。私も何度か国会前に足を運んだことがあるから分かるのだが、
そこにはカメラを手にした公安警察の警察官と思われる人物が必ず
いるのだ。
デモに集まっている人の中には左派過激派も混ざってはいるのだろう。
だが、多くは「この法案は危険だ」と危機感を覚えた一般の人々である。
その人たちの写真なり、動画なりを公安警察が保存しているのだ。
今後、成立・施行が予想される「テロ等準備罪」という名の共謀罪と、
マイナンバーの普及を促進しようとしていることを併せて考えると、
スノーデン・リーク以前のアメリカの無差別監視が日本国内でも
実現する可能性は高いと思う。
特に自民党は既にネット上の監視を強化しているのだから。
「人々が政府のことについてすべてのことを知っていること、これが
民主主義だ。政府が多くのことを知っているが人々が政府のことを
知らない、これは専制政治である」
本書でも引用されているアリストテレスの言葉だ。「テロの脅威」との
お題目の下に、政府が制限なくなんでもできて、国民には何も知らせ
ないなんて国にしたくないね。
実際、アメリカではボストンマラソンでのテロを防げなかったしね。それ
にテロで死ぬより交通事故で死ぬ確率の方が高いんだから。
監視社会に疑問を持った人の為の入門書というところかな。スノーデン氏
関連の他の作品を読んでいれば、目新しさはないかも。 -
Posted by ブクログ
2013年に国家による個人情報の監視の実態をメディアにリークしたエドワード・スノーデンが、亡命先のロシアから日本に向けたメッセージ(警告)です。
技術の進歩によって、以前とは比較にならないほど簡単に・低コストで国家が個人を監視することが可能になりました。
そして2001年9月11日にアメリカで起こった同時多発テロをきっかけに、ムスリムの監視強化という形で現実のものになります。
問題は国家による監視が適切に行われていることを監視する仕組みがないまま、なし崩し的に個人の監視が常態化してしまったことです。そして、同様のことが日本でも行われる可能性があるということです。
執筆されたのがトランプ大統領就任前・GDPR制定前ということで現在とは状況が若干異なるものの、個人監視の実態を知らなかった身としては、決して聞き流すことができない内容でした。