鈴木祐丞のレビュー一覧
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ネタバレ絶望こそ死に至る病である。
現代においてもそれは同様だが、その“絶望”こそどこから訪れ、どこに存在しているのか。それを解説し、考察したキェルケゴールの本著作だが、最終的には似非キリスト教徒への糾弾と、本来あるべき信仰の姿を示唆する内容になっている。
それゆえか、キリスト教徒ではない人間からすると、いささか読み取りにくい部分が多く、前半こそ“絶望”に関する考察を深める良著だと感じられたものの、後半においては、本来手に取った目的(絶望とは何か、どこから訪れ、どう対処する“病”なのか)をかなえてくれるものではなかった。
あとがきにおいても、翻訳家がそれを認めており、またキェルケゴールの生涯や他 -
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ハイデガー、ヤスパース、サルトルといった実存哲学の源として位置づけられることの多いキェルケゴールを、こうした解釈の枠組みから解放し、彼自身が追求した主体的思考とはなんだったのかという問題について考察をおこなうとともに、ウィトゲンシュタインの思想のうちにキェルケゴールの思想が継承されていることを明らかにする試みがなされています。
ハイデガーは、彼自身の存在論という構想のなかで、キェルケゴールの「不安」の概念などを用いて思索をおこないました。しかし著者は、存在論という枠組みはキェルケゴールそのひとの思想とは無縁だと指摘します。同様のことは、おなじく実存哲学というグループにまとめられるサルトルやヤ -
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キェルケゴールという人物の足跡を、同時代のデンマークの社会および思想状況のなかに置きもどし、その正確なすがたをつたえようとしている本です。
こんにちの日本でも、実存哲学を代表する思想家のひとりとして、キェルケゴールの名前はひろく知られています。そして彼の思想は、「反ヘーゲル」という大きな枠組みのなかで解釈されてきました。しかし著者は、近年の研究において、「思想家」というカテゴリーには収まらない、キェルケゴールの実像が明らかにされているといいます。本書は、そうしたキェルケゴールの人物像を解説することをねらいとしており、とくに彼を「神に仕えるスパイ」として理解することがめざされています。
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