鈴木祐丞のレビュー一覧

  • 死に至る病

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    ネタバレ

    今の社会はこの病に冒されているのではないだろうか

    死に至る病=絶望
    絶望の3つの分類
    無意識の絶望:自分が絶望していることに気づいていない。目先の快楽に流され、真に生きていない人
    自分になりたくない絶望(逃避):自分の欠点・弱さを否定して逃避する。社会的成功で空虚を埋めようとする
    自分になりたいがなれない絶望(闘争):本当の自己になろうとするが、神との関係を欠く。自力での克服に限界を感じている人

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    2025年07月29日
  • 〈実存哲学〉の系譜 キェルケゴールをつなぐ者たち

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    キェルケゴールのイメージが一変した。
    彼の著作と生き様が、ウィトゲンシュタインへ決定的な影響を与えたことも興味深い。
    ハイデガー、サルトル、ヤスパースのいう実存とは違う〈実存主義〉の系譜。元はソクラテスの産婆術、無知の知だった。

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    2023年02月20日
  • 死に至る病

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    ヤバいサイコパス小説。
    シリアルキラーの恐ろしさの本質は物理的な残虐性ではないことがよくわかる。
    どんでん返しとしてはそれほどの衝撃はない。

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    2025年01月13日
  • キェルケゴール ――生の苦悩に向き合う哲学

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    プロテスタント的信仰に基づく実存哲学を打ち出したキルケゴール。その著作と思索、人生の過程が概ね時系列に沿って紹介された一冊です。
    キルケゴール的な実存主義に心惹かれる日本人はおそらくそれほど多くはないでしょうが、それに触れたいと感じる人、これから学びたいと思っている人が最初に手に取るのに適した一冊ではないでしょうか。
    哲学を知るためには、哲学者の人生を重ねて知ることが理解の近道と考えているのですが、まさにキルケゴールはそのタイプですし、この本はそれを可能にしてくれる一冊です。

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    2024年01月27日
  • 〈実存哲学〉の系譜 キェルケゴールをつなぐ者たち

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    良き良き。キェルケゴールについての解説も手厚くしてくれてるし、各哲学者における影響も考察してる。ウィトゲンシュタインとの〈実存哲学〉系譜に入るよねっていう主張は奥深い。

    後は各哲学者の主張に対する理解が不足してるので、どんどん補強していこうというやる気が湧き上がった。

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    2023年02月26日
  • 死に至る病

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    ネタバレ

    絶望こそ死に至る病である。

    現代においてもそれは同様だが、その“絶望”こそどこから訪れ、どこに存在しているのか。それを解説し、考察したキェルケゴールの本著作だが、最終的には似非キリスト教徒への糾弾と、本来あるべき信仰の姿を示唆する内容になっている。

    それゆえか、キリスト教徒ではない人間からすると、いささか読み取りにくい部分が多く、前半こそ“絶望”に関する考察を深める良著だと感じられたものの、後半においては、本来手に取った目的(絶望とは何か、どこから訪れ、どう対処する“病”なのか)をかなえてくれるものではなかった。

    あとがきにおいても、翻訳家がそれを認めており、またキェルケゴールの生涯や他の著作から、彼がどんな目的で本書を仕上げたのか解説してくれているので、彼にとって“絶望”とは“信仰”より対を成す形で、思索する対象であり彼が理想とする信仰への在り方のために必要だったかを補足してくれている。

    “深淵を覗く時、深淵もまた見つめ返しているのだ”とはニーチェの言葉だったか。
    その名言と同様に、“絶望”を考察するとき、絶望もまた考察者に絡みつくのだろう。
    では、それにおいて思索をすることは全くの無駄であり、不必要であることなのか?
    しかし本著では、そういった意識がない人間であっても、絶望は生涯の友のよりもひっそりと寄り添っているのだと示している。

    キリスト教的な部分は難解ではあったが、絶望から解き放たれるためには信仰が必要だということはわかった。
    信仰、という言葉を使うと、なにやら厳しく重々しく宗教的になりがちだが、柔らかく表現するのであれば「信じる心」が必要ということだ。
    何においてもでもいい。未来でも、自身の能力でも、他人への絆でも。それらを感じている時だけ、絶望は身を潜めて影に還る。
    あるいは、現状絶望している状態であれば、絶望の信奉者だということだ。
    彼等は決して姿を消すことなく、人生において常に見張り、虎視眈々と様子を伺っている。
    人が想像するという力を失わない限り、彼らはそこに在る。それを認め、それに飲み込まれることのない、信仰する“何か”が必要なのだと、改めて考えさせられた。

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    2018年05月19日
  • 〈実存哲学〉の系譜 キェルケゴールをつなぐ者たち

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    ハイデガー、ヤスパース、サルトルといった実存哲学の源として位置づけられることの多いキェルケゴールを、こうした解釈の枠組みから解放し、彼自身が追求した主体的思考とはなんだったのかという問題について考察をおこなうとともに、ウィトゲンシュタインの思想のうちにキェルケゴールの思想が継承されていることを明らかにする試みがなされています。

    ハイデガーは、彼自身の存在論という構想のなかで、キェルケゴールの「不安」の概念などを用いて思索をおこないました。しかし著者は、存在論という枠組みはキェルケゴールそのひとの思想とは無縁だと指摘します。同様のことは、おなじく実存哲学というグループにまとめられるサルトルやヤスパースについてもいえます。

    キェルケゴールは、みずからの主体的思考のありかたについて、「私の課題はソクラテス的な課題である」と語っていました。それは、「魂をできるだけすぐれたものに」するように人びとを向かわせることが神によってあたえられた使命であり、そうした活動として彼の思想的な営みが理解されなければならないということを意味しています。それゆえ、彼の思想のなかから概念を切り出してきて、みずからの哲学的な思想に利用することは、キェルケゴールの思想を正しく理解することからかけ離れているといわざるをえません。

    こうした意味で、キェルケゴールの実存哲学を正しく継承していたのが、意外にもウィトゲンシュタインだったと著者は考えます。ウィトゲンシュタインは、倫理や美といった価値は「語りえないもの」であり、幸福な生を送ることはまさに「語りえないこと」として神によってもたらされていると考えました。しかし、その後彼はみずからの虚栄心に悩まされるようになり、キェルケゴールのいう「絶望」のなかにみずからが置かれていることを自覚します。著者はこうしたウィトゲンシュタインによるキェルケゴールの受容が、『哲学探究』における「理想」のあつかいかたに反映していると論じています。

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    2026年09月13日
  • キェルケゴール ――生の苦悩に向き合う哲学

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    キェルケゴールという人物の足跡を、同時代のデンマークの社会および思想状況のなかに置きもどし、その正確なすがたをつたえようとしている本です。

    こんにちの日本でも、実存哲学を代表する思想家のひとりとして、キェルケゴールの名前はひろく知られています。そして彼の思想は、「反ヘーゲル」という大きな枠組みのなかで解釈されてきました。しかし著者は、近年の研究において、「思想家」というカテゴリーには収まらない、キェルケゴールの実像が明らかにされているといいます。本書は、そうしたキェルケゴールの人物像を解説することをねらいとしており、とくに彼を「神に仕えるスパイ」として理解することがめざされています。

    キェルケゴールは、父の過去の罪をめぐる悔恨にもとづく宗教教育を通じて、人間が罪と償いのはざまに位置するという考えをいだいていました。これこそが、彼の立脚する「実存」と呼ばれる立場の核心でした。そこから出発する彼の著述家としての活動は、まさに主体的な思考として展開されていったのです。

    ところが、彼の生きたコペンハーゲンのキリスト教界において、主体的な信仰はうしなわれてしまっていました。そこで彼は、キリスト教界にキリスト教の信仰をとりもどすことを、みずからの使命として生きることになります。それが著者のいう「神に仕えるスパイ」にほかなりません。」ソクラテスはアテナイの人びととの対話を通じて彼らを真理のほうに向かわせることを意図していたように、キェルケゴールは著述家としての活動を通して人びとを神のほうに振り返らせようとしたのです。本書はこのような観点から、キェルケゴールの著作に展開されている思想と彼の生涯を統一的にえがき出しています。

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    2026年09月13日
  • 死に至る病

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    訳者解説を読むとわかる通り、キェルケゴールは信仰に生きた人で、理想的なキリスト教信仰の形を説いた人だ。
    ここから読んだらもっと分かりやすかったはずなのに!
    内容は、日本人には理解しにくい部分も多い。

    全てを理解したとはとても言えないが、少なくとも、何かに絶望した人が読むための本ではないです。

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    2025年11月27日