小川榮太郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
2015年段階だが、安倍政権の俯瞰。
良いところもあれば、悪いところもある。
今となっては何が外交の安倍だったか思い出せないが、改めて読んでみると、民主党政権時代にアメリカから完全に見捨てられ、シナに侵略される寸前であったところから、大げさに言えば世界の構図を変えるような主導権を発揮した。
経済も、確かに最初は良かったのだ。
対ロシアは良くない。思い入れが強く前のめりすぎで、大局が見えていない。
本当に。
政治は100%ではないが、理念を持って日本を良い方向に持って行こうと努力をして来たのがあたらめて見える。
それを、日本という視点を持たず、協力もせず、足を引っ張ることが仕事だと思ってる人たちが邪魔をする。
前向きな批判、提言ですらない。
だから相手にされない。真摯に向き合ってもらえない。
長期政権の疲れもあるんだろうと思うが、この本が出た後あたりから、色んなことが悪い方向に行ってしまってる気がする。
なんかもう、哀しくなってくる。 -
Posted by ブクログ
2012年12月に第二次安倍政権は誕生した。翌2013年は20年ぶりの伊勢、60年ぶりの出雲の両遷宮、熊野の120年大祭、熱田では1900年大祭というまさに時代の節目を感じさせる年に始動した。民主党政権があれほどひどくなければ安倍総理の出番はなかった。自民党総裁選が決選投票で決着したのは40年ぶり、決選投票での逆転は60年ぶりであった。日本人の危機感が順当な候補者達を差し置いて安倍政権を誕生せしめた。
第一次安倍政権は1年で10年分の仕事をしたという評価も聞かれる。中国の台頭と国力毀損により日本は存亡の危機にある。保守本流、安倍総理の復活は日本にとって計り知れない僥倖であった。もはやどこの誰かも分からないような者たちに国政を任せておけないではないか。
就任後、丸2年以上が経過した現在、とくに消費税増税以降、デフレ脱却は道遠いにもかかわらず、TPP参加や、構造改革の邁進は外国人の投資を拡大し、貧富の差を広げ、多くの国民に厳しい競争を強いるものである。”美しい国”とは相容れないとも思うが、今は国防第一で耐え忍ばなければならない時期なのかもしれない。
日本に何が出来るかではなく何をしなければいけないかを常に考えているといわれる。代わりが務まるものはいない今、安倍総理を信じ支えるしかないのだろうと思っている。 -
Posted by ブクログ
ネタバレうーん
いいこともたくさん書いてあるが、やはり目線が庶民でないと思う。
増税時期が悪かったが、安倍首相支持だからOKってのは違うのじゃないか
そういうのを、甘やかしというのでは…
憲法改正はこの人しかいないから、その辺は目をつぶろう的な考えなんだろうか…
安倍首相非常に頑張っておられる思います
凄い方だと尊敬もします
ですが、これとそれは別のことです
我々、国民は1つ1つの事を見ていかないといけないと思います
何にでもそうですが、この人なら全てという考え方は…
これまでだって、そうだったから学んだはずなのに…
少し残念な本でした -
Posted by ブクログ
安倍首相がTwitterで話題にしたことが、読むきっかけだった。映画『永遠の0』『風立ちぬ』『終戦のエンペラー』を通して大東亜戦争、特攻とは何だったのかを読み解いていく(筆者の考えを通して)ものだ。
「特攻」「零戦」が大きく取り上げられた時期だけに、誰が、どのようにあの戦争を振り返っているのかには大変興味があった。「あの時代、日本人として潔しとされる美しい生き方(筆者の考えによる)があった」のだと、私は理解したつもりでいる。
本書で取り上げられた3本の映画だが、題材、作り手、主題によって、「あの戦争」は様々に描かれているのが解る。未だ観ていない『終戦のエンペラー』を観てから、再読してみようと思う。 -
Posted by ブクログ
今や社会現象と言っても差し支えない、百田尚樹著「永遠の0」と本書を原作とした映画「永遠の0」、それにいずれも昨夏、公開された宮崎駿監督の映画「風立ちぬ」、日米合作映画「終戦のエンペラー」が題材の本。
結論から言いますと、本書を読み終えて気持ちは片付かないままです。
私は小説「永遠の0」を読み、多くの方と同様に感動しましたが、3本の映画は観ていません。
著者は小説、映画とも「永遠の0」をほとんど手放しで称賛する一方、「風立ちぬ」「終戦のエンペラー」をほぼ一貫して批判しています。
資料に基づきながら大東亜戦争(太平洋戦争)を肯定的に捉え、特攻隊も理のある作戦だったと擁護しています。
当時の実相としては、そうだったのでしょう。
進歩主義的な方から見たら恐らく鼻白む内容ですが、私は現代の価値観や尺度であの戦争を評価すべきではないと考えています。
そういう意味で納得のいく内容でした。
ただ、全体を通して、「今という時代」にも戦争を賛美している印象です。
著者はあとがきで「特定の史観やイデオロギーを主張、宣布しているのではない」と弁明していますが、ベクトルは戦争へ向かっているのです。
私も過去、靖国神社を参拝し、英霊に哀悼の誠を捧げました。
著者と同様にあの戦争を肯定的に捉えることにやぶさかではありません。
でも、そこから「今という時代」に私が導き出す回答は、「だから二度と戦争はしない」です。
それに、小説という物語の形であれば大いに結構ですが、論評で大東亜戦争を肯定的に捉え、声高に喧伝するのには抵抗があるのです。
今よりよほど奥床しかった戦争当時の日本人なら恐らくそんなことはしない。
私としては、特攻隊員の遺書などから彼らの気持ちを忖度し、静かに感謝したいのです。
著者は戦後の平和を米国の庇護のもとで得られたとし、安穏と人生を重ねる日本人が許せないようです。
私は、いいじゃないかと思います。
米国の庇護のもとであれ、平和は平和です。誰が何といおうと尊いものです。
私のように安穏と日々を過ごす人たちだって、もちろん戦争を戦った人たちと比べればちっぽけなものですが、喜びや苦悩など抱えているものは様々です。
国家を重く見る一方で、個人に目が行き届いていないのではないでしょうか。
そんな感想を抱きました。
うん、やはり、気持ちが散らかったままですので、まとまりのない文章になってしまいました。
でも、面白かったですよ。