野口晃菜のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ここ10年くらいかな、私が子供の頃にはなかった「発達障害」という概念が何かと話題になっていて
自分の身の回りの人や、学生時代の思い出の中で、「あの子はもしかしたら発達障害だったのかもな」と思い至ることがある
子どもができてからは、我が子やお友だちが何らかの発達の困り感を抱えるかもとソワソワしている
知人に勧められて読んだこの本は、知人曰く、ケアの界隈では当たり前のことしか書かれていないそうだけど、事前知識のない私には結構新鮮だった
困った子は本人がもっと困っている、これはわかるけど、ではどうすれば?に答えてくれる
1番子どもを見ている(バイアスぽいけど、我が家では本当にそう)母親の私からすると、しつけではどうにもならない子どもの特性について、実親に「しつけがなってない」と本当に言われるので、世代間やあるいはジェンダー間の意識には1番悩まされそう
また、公立の学校の限界も感じて、もし我が子に発達の困りがあって近くの公立小学校に入れたとしたら、絶対に苦労することがもう見えていて…
いま、幼児期に見極めて必要なケアを、と検診時のチェックが厳しくなっているのも少しだけ納得 -
Posted by ブクログ
利他的動機づけや"お世話"ではなく互恵的で対等な関係を作ることの大切さなど、漠然と頭の中にあったイメージを言語化してくださっていてするする読めた。
"困った子は困っている子"というフレーズは最近よく耳にするけれど、だからどうしたらいいの…という閉塞感を感じていた。
p184には、上記に続いて"そして、子どもからしたら「自分も困っている子」が多いので共感的に捉えることが多くある"と書かれてあり、知りたかった向こう側の世界を切り拓いてもらった気持ちになった。
子どもの可塑性を信じて、相手を慮るための少しのヒントを与えられる大人でいたいな。
職業柄、マジョリティのアンコンシャスバイアスに傷ついた子どもをサポートすることが多く
ずっとその残酷さに苦しんでいたので
"ふつう"について熟考することの大切さ、"よかれとおもって"という暴力、多様性を想像する教養についてたくさん想いを巡らせながら読むことができた。 -
Posted by ブクログ
発達障害当事者、特に学生が学校生活の中で試して上手くいったアイデアを集めた、いわゆる「ソリューションバンク」のようなもの。
ここに載っているアイデアをそのまま真似して上手くいくかどうかは微妙だが、「楽になる方法があるかも」「できることは試してみよう」と思えること自体が治療・成長なので、こういう本は必要だと思う。
当事者や保護者へのインタビューや、支援者・当事者からのメッセージもあり、あくまで当事者に近い目線で勇気づけたいという心意気を感じた。
「当事者目線」という性質上、支援者向けの専門知識や医学的な説明はないので、そこを知りたい人には物足りないかも。また、あくまで「こうしたら上手くいった」という経験則を集めたものなので、科学的・統計的な根拠を求める人には向かないかも。そういうものと割り切って読むのがいい。
イラスト・ふりがな付きで、一つのトピックにつきて見開き1ページ完結するようになっているなど、読みやすくするための配慮もあった。肩肘張らず読めると思う。
タイトルにはLDとあるが、ASDやADHDなど他の発達障害の事例も多く、特にLD向けということはない。 -
Posted by ブクログ
『LDの子が見つけたこんな勉強法』では、学習障害(LD)をもつ子どもたちが実際に使ってきた勉強法を、40例以上にわたって第1章で紹介している。第2章では、当事者やその家族へのインタビューを通じて、リアルな体験と工夫が語られており、第3章では編者である野口晃菜氏と田中裕一氏による対談が掲載されている。
本書を通じて、「学び方はひとつじゃない」というメッセージが強く伝わってきた。同時に、合理的配慮を実現する上での日本の教育システムの課題も浮き彫りになっている。国連から日本に対して合理的配慮の不十分さを指摘された背景には、「特別支援教育」が、実質的に排除の構造を内包している現実がある。
たとえ合理的配慮が法的に義務付けられていたとしても、通常学級の担任一人の力では限界がある。目的別加配の配置や、校区指定、集団登校といった、明治時代から続く教育制度そのものの見直しが求められている。合理的配慮を本当に機能させるためには、教育現場の構造的な変革が必要だと強く感じた。 -
Posted by ブクログ
この本は、「好きなもの」「性別」「好きになる性」「身体的な障害」「人種」「家族構成」「過ごしやすさ」「学びやすさ」といった多様性を、子どもにも理解できる平易な言葉と豊富なイラストで紹介している図鑑である。
教室という身近な空間を舞台に、それぞれの「ちがい」に気づき、互いを尊重する大切さを伝えている。
「みんなちがって、みんないい」という価値観を、押しつけではなく自然と感じ取れる構成になっており、多様な背景を持つ友達と出会ったときに、相手を理解しようとする第一歩を後押ししてくれる内容だと感じた。
子どもたちの心に寄り添いながら、多様性を学ぶきっかけとなる一冊である。 -
Posted by ブクログ
ADHD当事者でもある著者の生い立ちや、著者が代表取締役に就任した株式会社LITALICOの活動について、また著者の理念など、事例を踏まえながら説明してくれる一冊です。
私はADHDではなくHSP(非常に敏感な人々)という気質を持っているようで、一時期はADHDを疑って医師の診察を受けましたが、スクリーニングテストではネガティブでした(グレーゾーン?)。私のようにADHDだと思っていたら実はHSPだったという方は意外といるようです。
それでもやはり本書は多くの共感とともに読めました。「障害は人ではなく、社会の側にある」という考え方や「障害のない社会をつくりたい」という目標には特に賛同します。発達障害をはじめとして、様々な障害について今よりさらに理解が広がれば、社会の中で生きやすくなる人々がもっと多くなるだろうなといつも思います。いろんろな人がいて、違いがあって、それがいいんだと誰もが自然と認識できさえすれば世の中明るいのになあ、なんて考えてしまうんです。
著者が示してくれた事例を読み進めていくうちに自分にも自信が湧いてくるような気がしました。また、褒めてくれる人、認めてくれる人の存在がやっぱりいい影響を与えてくれるんだなと改めて感じます。否定され続けてきた人は自信も気力も失ってしまうんです。出会った人や生きていく環境のせいでつぶされる人もいれば、逆に恵まれて生き生きとした姿で活動できる人もいます。子どものころから本人の長所を伸ばせるようにできたらどれだけ幸せな人が増えることか。
教育の現場もこれから大きく変わっていくでしょう。現在ではまだ対集団教育が主でしょうが、近い将来のうちに、個別教育が主流になっていってほしいです。少子化の今だからこそ転換期となりうるのではないでしょうか。ひとりひとりに適した教育をする。私も子ども時代をそんなふうに過ごしたかったです。今からでも個別教育を受けたいとすら思います。
この本は教育の場、政治関係の方、発達障害に興味のある方だけでなく、たくさんの方に読んでいただきたいです。タイトルに書かれているような『「みんなと同じ」にならなくていい』という考え方も世の中にはあるんだと多くの方々に知っていただくだけでも救われる方はいます。私もそのひとりです。 -
Posted by ブクログ
LITALICO社長の著者がその活動について書かれてある
内容。少々会社の宣伝の要素があって、その部分は
白けてしまうところはありますが。
著者の熱意や理想、その想いや活動について素直に
感じるところがあります。
LITALICOの理想や著者の熱意や考え方については、
100%同意します。
発達障害はスペクトラムというように、いろいろな
特性があり一概には言えませんが、私の息子も十分に
ユニークで可能性がある、わたしにはない強みを持った
特性があると思います。その特性にあった環境を
できるだけ与えてあげることで、立派な人間、
自分なんかはるかに超えていく大人になっていくのだと
思っています。
そういう環境を与えることができる社会、
そういうツールが一般的になること、発達障害の人達、
とりわけ子供たちに考えられた環境やツールが、
そういう人以外の子供にも、その個人にあったものが普通に
平等に与えられる社会になることを願っています。