エドワード・ケアリーのレビュー一覧
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蝋人形でお馴染みのマダム・タッソーこと、マリー・グロシュルツの生涯を描いた作品。
現代でも「時の人」の蝋人形が作られ続けているので、比較的近年の人物かと思っていたら、なんとフランス革命期を生きた人だったことに驚いた。
母親とともにベルンへ移り住み、蝋人形作りの恩師と出会い、やがてパリへ。宮廷で王女に仕えたのち、革命では処刑された人々のデスマスクを制作するという、激動の人生を歩む。
物語は、下宿先の女主人に搾取され、愛する人たちを次々と失いながらも、一人の職人としてひたむきに仕事を続けるマリーの回想という形で語られる。
作中には著者自身による挿絵も収められている。好みは分かれそうなダークでゴシックな独特の画風だが、蝋人形やデスマスク、恐怖の館を思わせるこの物語の雰囲気にはよく合っていた。
10年ほど前だっただろうか。マリーが制作したとされるロベスピエールのデスマスクをもとに、生前の顔が復元されたというニュースを見たことを思い出した。
もとは「見せ物」として作られた蝋人形が、数百年の時を経て歴史を伝える貴重な資料となり、さらには当時の人物の顔を復元する手がかりにまでなっていることが興味深い。 -
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エドワード・ケアリーの掌編から短編までを含む作品集。
これまで『堆塵館』や『おちび』などの長編は読んだことがあったが、短編は読んだことがなかった。
独特な世界観を丁寧に積み立てていくことで構築するタイプの作家なのかと思っていたが、エドワード・ケアリーは短編や掌編でもちゃんとエドワード・ケアリーとしての世界観が確立されていた。それが数ページかそれにも満たない作品であってもエドワード・ケアリーらしいな、と思えた。
気に入ったのは『アーネスト・アルバート・ラザフォード・ドッド』『かつて、ぼくたちの町で』『おが屑』あたりが特に気に入った。
そういえばおが屑ってヤン・シュヴァンクマイエルもよく扱うモチーフだなあなんて読んでいて思った。
あとがきで”おが屑とは、話をするうちに蘇ってくる記憶や降り積もってゆく過去、来たるべき死への恐怖、死んで姿を失っていくすべてのものを意味する”と書かれていた。
シュヴァンクマイエル作品ではキャラクターの腸から溢れ出たり、食べたりするがどこか似たモチーフでもある気がした。 -
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ネタバレ皆川博子「随筆精華Ⅱ 書物の森への招待」の推薦で興味を持った作家。
結構分厚いので寝かせていたが、思い立って。
(文春文庫「もっと厭な物語」で「私の仕事の邪魔をする隣人たちに関する報告書」既読だが、記憶にない)
章立てが細切れなので、割と読みやすかった。
つっても焦点の当たる人物が8人いるので、拡散し散漫になりがちな印象を、統合しながら読んでいく努力は必要。
と、いっても、全員風変り……はっきり言えば変人なので、たとえばジャン=ピエール・ジュネの「デリカテッセン」みたいな、ラフな楽しみ方でよさそう。
ツイッターで引き合いに出されていたジョン・アーヴィング原作トニー・リチャードソン監督「ホテル・ニューハンプシャー」は未読未見だが、
もっといえばキャサリン・ダン「異形の愛」を挙げてもよさそうなくらい、変人極まってる。
語り手であり(語り手なのに)まったく好人物ではないフランシス・オームにとって、か・な・り都合よく関係を向こうから求めてくるアンナ・タップは、村上春樹の「女性」を思い出さざるを得ないが、……人物造形の描き込みが全員に対して徹底しているので、設定の都合を超えて、迫ってくる。
で、全体として「愛の物語」になっているあたりが、憎い小気味よさ。
こんなに汚くて偏屈な人々が愛おしく感じられる……まさに文芸作品の効能(直接会いたくはない)。
章が進むごとに、失われる事物や人物がハッキリ段階的に明確になるが、それと反比例して、あまり顕示的ではない感じで、「得られる何か」がある。一定の場に集う、数名の人の、エグみと魅力。
これも文芸。
終幕のカタストロフィで、エドガー・アラン・ポーの「アッシャー家の崩壊」を思い出すと同時に、滝本竜彦の原作で大岩ケンヂが漫画化した「NHKにようこそ!」も思い出した(原作未読、アニメ未見)。
著者本人によるイラストも素敵。
同じ名のエドワード・ゴーリーと、似たクセツヨで、どうあっても腹に溜まる。
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歳月に埋もれたような古い集合住宅、望楼館。そこに住むのは自分自身から逃れたいと望む孤独な人間ばかり。語り手フランシスは、常に白い手袋をはめ、他人が愛した物を蒐集し、秘密の博物館に展示している。だが望楼館に新しい住人が入ってきたことで、忘れたいと思っていた彼らの過去が揺り起こされていく……。創元文芸文庫翻訳部門の劈頭を飾る鬼才ケアリーの比類ない傑作。訳者あとがき=古屋美登里/解説=皆川博子 -
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【あらすじ】
その昔は荘厳な貴族の館としてそびえ立っていたが、今や古く汚い集合住宅と化してしまった、望楼館。
誰も寄り付かないこの館に残った、孤独で奇妙な7人の住人。
だが、望楼館にやってきた新しい住人によって、彼らの忘れられた過去が蘇り、向き合うことになる。
【感想】
ジョジョの敵キャラだけを集めて話を作ったら・・・? というお題を出されたらこの本を出せば良い。というほどに登場人物全員が異質で奇妙で偏執狂的だ。
特に素晴らしいのが主人公の性格がめちゃくちゃ悪い事である。息をするように物を盗み(彼の言葉では蒐集)、自分のコレクションにする。しかも、この「盗む」ことが重要で、社会から外れた主人公の社会との唯一の接点が盗む行為なのだ。これは万引き家族とも通じるテーマだなと思った。
次に微妙だと感じた部分。
この小説の物語構造として、過去の出来事が次々と判明して彼らがなぜこのような異質な人間になったのか? ということが語られる。彼らの異質さの多くは過去の事件の影響ということで括られ、原因が開陳された後は普通の人間に戻るか、死ぬかの二通の末路が用意されている。この回収のされ方はせっかくの彼らの異質さを「幽霊の正体見たり枯れ尾花」式に矮小化させてしまっている。もっと無茶苦茶な終わり方で良かったのではないかと思わずにはいられない。 -
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エドワード・ケアリーはとにかく日常に溢れる小物達、特に日用品達を生きている対象物として描く事が持ち味なんだけれども今回もその味わいがこれでもかと発揮されていた。ストーリーはピノッキオの生みの親ゼペット爺さんが魚の腹で独り暮らしていた時の話。爺さんが孤独を紛らわす為に手に入ったもので日記を書き、絵を描き、粘土細工をして正気を保とうとしているその様が少しづつ崩れていって時折狂気じみてくるのが圧巻。小物が最初は心を慰めるものであるのにやがて心を苛んでいくものとなっていくのがみててこちらもとても苦しい。延々と爺さんの1人語りなのでこちらも息を詰まらせつつハラハラとしてページをめくっていた。
エドワード・ケアリーは自ら小説の挿絵を描く人なのだけど今回は爺さんが作った粘土細工なども作成して写真を添付してあってそれがあまりに物語にマッチしているのでページめくってそうした絵や写真のページになるとギャァと叫び出したくなる。エドワード・ケアリーの闇や影を描く事に秀でた部分が突出した小説でした。アイアマンガー三部作のようなファンタジーのイメージで読むと痛い目みる感じ。闇の中取り残された1人の男の終わりのない孤独と狂気と正気の狭間の物語。 -
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吹き溜まり
1. 雪や落ち葉などが、風に吹きよせられてたまっている場所。
2. 行き場のない人たちが、自然と寄り集まる所。
「吹溜りは孤立した部屋で見つかることになっている」
「ご存じのように、大半の吹溜りはあえて沈黙しているが、言葉を発するものもいる」
最初の「吹溜り」を読んだ時に、大好きな、「アイアマンガー三部作」を思い出しました。上記の、哀愁ある雰囲気の中にも、茶目っ気溢れる様が、奇妙さと共に、親しみやすさを感じさせるところなんか、まさに一緒です。
ただ、どうしてもイラストの怖さに目がいくと思うのですが(表紙を見るとね)、物語を読んだ後は、その印象も変わると思います。もちろん、イメージ通りで構わない方は、それはそれで問題なしです。ゾクゾクする作品もありますから(「私の仕事の邪魔をする隣人たちへ」や、「グレート・グリート」とか)。
アイアマンガー三部作は、人と物の関係の独自な視点や、ゴミの溢れる独特な世界観に、現代社会への痛烈な皮肉をユーモラスに盛り込みながらも、人間への愛がたっぷり込められていました。それは、今回の短篇集にも様々な形で盛り込まれています。
対のような、「バートン夫人」と「パトリックおじさん」は、どちらも別のものに、なぞらえている共通点があります。前者は、コロナ禍だからこそ生まれた、怖いような可笑しいような感覚が新鮮で、後者は、作者自ら描いた絵と共に、なんともファニー。
「パトリックおじさんは、春の初め頃に植えるのがいちばんよい」
また、「アーネスト・アルバート・ラザフォード・ドッド」が書いた作品(作中作に近い感じ)としての、「鳥の館」があり、どちらも「大黒椋鳥擬(おおくろむくどりもどき)」が登場しています。
これは作者が住む、オースティンの自宅の窓の外に実際いるのを見て、インスパイアされたのですが、前者ではそれを、「人生で味わったすべての恐怖、人間の残虐さをことごとく内包している」と表現していますが、後者では「喚起の鳥」となっています。
これには、「鳥の館」の主人公である、「クロウ」のこれまでの孤独な人生が報われた形になっており、そこに、精神崩壊寸前の作者ドッドのささやかな願いが込められているような気がして、何とも言えない切なさを、両方読むことで感じ取れました。
また、切ないといえば、表題作の「飢渇の人」もそうで、孤独な「ポール・バターブロット」と、犀の「ルイ」の心のやり取りに、ポールを想う「シャルロット」が入る関係は、やりきれない中にも得体の知れぬ恐怖が入り混じった結末に、荘厳な美しさを感じました。また、人生には悲しいことも起こるという、当たり前のことをまざまざと見せつけられたのも確かですが、その横に添えられた「ルイ」の絵柄には、作者の優しさが感じられて、少し気持ちが凪いだのも確かです。
作者のエドワード・ケアリーが生まれ育った館は、十六世紀のテューダー朝時代に造られたもので、何世紀にもわたるイギリスの歴史があり、作者自身、「そこで時間と対話をしていた」、という表現をしているのがすごく印象的で、物語を作る独創的な想像力や歴史を大事にされているところには、作者の懐の深いお人柄も感じられます。
そして、今回の短篇集は、なんと日本独自の短篇集ということで(書き下ろしもあり)、私は本当に幸せ者ですよ。翻訳家の古屋美登里さんの、作者との温かい友情があるからこそ実現できたのだと思うと、感謝に堪えません。古屋美登里さん、本当にありがとうございます。 -
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ネタバレアイアマンガー3部作の2作目…というか、第2巻。
前巻のゴミだらけで煙ってて薄汚いイメージがさらにパワーアップした本作。ゴミの山とロンドンの間にある「穢れの街」を舞台に、10シリング金貨になってしまった(?)前作の主人公を探す、前作のヒロイン(っぽくないが)が大活躍する。
本作で一番気になる人物が「ビナディット」。この男、ゴミの山で生まれ育ち、ゴミを服装どころか皮膚のように身にまとい、身体にうごめく昆虫や小動物を食して生きているというとんでもない汚物人間。ゴミどもに「父」と慕われるこの男がヒロインとキスをするシーンがあるのは圧巻。こんなに萌えないキスシーンは初めてだ!
前作同様、本作もとんでもないところで唐突に話が終わる。こんな終わり方されたら、3作目が待ち遠しくてしゃーないやんけ! -
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ネタバレスチームパンク?…ともまた違うか。塵芥を集積したロンドン郊外に住むアイアマガー一族と彼らの召使とその皆が住む大きな屋敷の物語。
塵芥の山に立つ屋敷が舞台なのだから、汚れに汚れた不潔な世界観、人間関係もゴチャゴチャ、登場人物たちも好人物っぽいのは一切いない。主人公もなんだかフワフワだし、ヒロインは泥棒だし、それ以外の全員が悪役的。なのに、そのすべてがちょっと気になるというか居心地がいいというか。なんという世界観だ、これ?
この1冊だけを手に取ってみたが、早く続きが読みたい。
ところで、3部作というより、全3巻なのではないだろうか?でないと、このラストは締めになってないぞ。