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Posted by ブクログ
ページ数が少なくなるにつれて、ああ、まだ終わらないでと思ってしまうくらい、愛しい物語でした。
訳者のあとがきを読み、作者の物に対する溢れるほどの想いの深さを知ると共に、物語のテーマの深さも伺い知れたような気がします。物と人との関係性について。それは、決して薄いものではないこと。特に、ローランド・カリスの生き方は考えさせるものがあったし、彼の行動は意外だった。
また、終盤のアイアマンガー一族の展開については、因果応報という言葉も浮かんだが、結末を見ると、そうでもないと思えました。こんな結末にすることも出来るのだと。クロッドもルーシーも本当に感情を激しく動かされて、色々と大変な思い、経験もしてきたのに、それでも、自分の信念を曲げずに自ら考えて行動している姿に、私はずっと釘付けで、心動かされました。訳者の古屋美登里さんには、センスある語彙が素晴らしくて、感謝しかありません。
最後に、私個人が最も素敵だと思った、クロッドとルーシーの台詞を。
「きみ、ぼくを引っぱたいたね」
「ほかにどうすればわたしだってわかってくれた?」
Posted by ブクログ
550ページを一気読み。
うん、満足。
ロンドン市民や貴族たちからは、アイアマンガ―一族や穢れの町の人々など、一段下の人間、または人間以下としか 見られていない。
しかし原因不明の伝染病が蔓延し、人々はより安全なロンドンへと向かう。
もちろんロンドンはそれを阻止するために、彼らを迎え撃つ。
いったい何が原因でこんな戦いになってしまったのだろう。
最初はアイアマンガ―一族の話だったのに。
物やごみがあふれかえった堆塵館に住んでいたアイアマンガ―一族は、結集という、ごみが互いに引き寄せあいくっついて、巨大化する現象のため住む家を失った。
穢れの町では、人間が物に代わる奇妙な病気が流行っていた。
あふれかえるごみと、人間がゴミになる病を連れてロンドンに来たアイアマンガ―たちは何を企んでいるのか。
アイアマンガ―たちも穢れの町の人たちも、ロンドンの人たちですら次々に命を落としていく。
これは、自分たちの居場所を求め、守るための戦いの話だったのか。
いやいや、やっぱりこれはクロッドとルーシーの愛の物語だったのだ。
200ページを過ぎるまでルーシーの生死はわからない。
ルーシーの生存が明らかになるとクロッドに危機が迫り、クロッドが危機を脱出するとルーシーが敵に襲われ…。
少しずつ近づいているはずなのに、なかなか出会えない二人。
構成の妙は目次にも表れている。
第1部 外から見ると
第2部 中から見ると
第3部 裏が表に
第4部 表が裏に
第5部 逆さまに
幕切れ 新しい居場所
でも実は一番純愛だったのは、クロッドの婚約者のピナリッピーじゃないかと思う。
クロッドがルーシーを愛しているのを知りながら、年上で、毛深い自分を振り向いてくれないかと願う。
そのためにはルーシーの命を奪うことになっても構わない。
大事なのはクロッドと自分だけ。
ものすごく自己中だけど、純愛ってそういうものじゃないかしら。
自己中と言えば、物に執着する私たち。
物はいつかゴミになる。
壊れたら、汚れたら、年月が経ったら。
ゴミになるはずのものを大量に抱えている私たちが、アイアマンガ―であり、ロンドン市民なんだなあ。きっと。
ゴミと汚物にまみれた物語の最後は、生き残った者たちの安らぎの日々。
初めて居場所を得た人たちの穏やかな表情は、あの苛烈な日々があったからこそなのか。
Posted by ブクログ
命が助かるためでも、トースト立てに戻ることを拒絶したローランド・カリスの矜持が痛ましい。私が物に変わるとしたら、何だろうと考えてしまった。理不尽な命の奪われ方をした穢れの町の子供たちもいるので、ハッピーエンドとは言えないけど。エレナーの家族は元に戻れたのか。理不尽な命令を下すウンビットと、子供を助けなさいと命を下したヴィクトリア女王。君臨する者の差が出たね。1876年ってヴィクトリアがインド皇帝になった年なのね。この年を舞台に選んだことと関係あるのかな。ルーシーは最強だった。クロッドはやっぱり優しかった。ウンビットみたいに無慈悲にはなれなかった。だから生き残れたのね。
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