ヘンリーD・ソローのレビュー一覧
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今読みたい、私たちはどう生きるか、の本。
チョボスキー『ウォールフラワー』で出てきて、ずっと読みたいと思っていた本。なかなかすっと読み切れるものではなかったけど、興味深いことがたくさん書いてあった。ソローの実践した生活は、到底できないとあきらめてしまう都会の私だけど、心の持ち方として、この考えに出会えたのはよかった。
森の中で独り、自然の声に耳を傾け、自分の生きる分だけの生産をおこない、読書と思索にふける。産業化が進み始めたソローの時代からかなり世界は進んでしまったけど、持続可能社会やSDGsが言われる今だからこそ、これからの私たちの生活を考えるために、読むべき本なのでは。 -
Posted by ブクログ
2025年最後の読書は森の生活になりそうです。良くも悪くもイメージや予想をひっくり返された本。タイトルからくる私の勝手なイメージ。静かに森の中で過ごす生活が書かれていると思っていた。確かに、静かに森の中で生活しているのですが、まぁ、賑やかというか、怒れるソローであり、全然静かな本ではなかった!批判的であり、物申す文章が多め。だけど、自然描写については細かく丁寧。自然への畏怖、憧れ、尊敬、感謝を十分に感じる。個人的にはアリについて書かれている所が好き。こんなに細かい、優しいけれども客観的な視点で地面を這うアリを見ていたのか。驚いたのは、この頃から動物愛護協会があると知ったこと。狩猟をする一方で、動物愛護。そして、肉食を極力していないことも書かれており、菜食主義やヴィーガンにもつながる思想なのかなと思った。とにかく、予想と違って驚くことばかりの読書体験だった。本は読んでみないと分からない。読んだつもり、知ってるつもりはいけないなと強く感じた読書時間になりました。
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ネタバレとある小説にソローの名前と著書の名前が出てきて、気になったので読んだ。思想家でもあったので理屈っぽいし、現代にも残る社会の仕組みが嫌だったからかかなり皮肉っぽい。ただ、自然の中で生きているはずの人類が社会制度や更なる欲に振り回されて「らしさ」なく人生を生きているっていう考えはなるほどなと思う。それはSNSが発達し、ソローが生きた当時より欲が強くなってる現代なら尚更。ソローみたいな生活は無理だけど、一度立ち止まって自然を観察して考えて気づきを得る(視野を広くする)のは必要だよなぁと思う。
ウォールデン湖ってどんな感じだろうとネットで調べると、どうやら観光客や遊泳客による汚染、スポーツフィッシングのために湖に住む在来種を一掃し外来種を放ったという数年前に書かれた記事が出てきた。今がどこまで変わったかはわからないけれど、この本を読んでからだとこの記事は考えさせられるものがある。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ下巻は上巻より面白かったかも。特に冬にかけてウォールデン池が凍っていき、春にかけて溶けていく過程、氷の構造や強度、透明度や自然現象に伴う変化をつぶさに観察している部分は素晴らしかった。出来たての透明度の高い氷に腹ばいになり、池の底をじっと眺めていられるというのはなんともうらやましい体験だ。他の池の氷との違いも仔細に記し、ソローの学者気質な正確無比の観察記録には舌を巻く。
ただ、上巻で二年の森の生活を経て小屋を離れた理由が下巻にはっきり書いてあるとほのめかされていたように思うのだが、それらしい部分が見当たらなかったのが残念だった(読み落とした?)。あんなに生き生きと森の生活を楽しんでいるのに、どうしてやめてしまったのだろう、気になる。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ最近森の隠遁生活系の本をたくさん楽しんだので(前から好きなメイ・サートンもその筋か)、その元祖とでもいうべき本としてよく引かれている「森の生活」も読んでみることにした。しかし、良くも悪くもパイオニアの本であり時代の違いもあって、私が好んで読んできたような隠遁生活とはちょっと違うなと感じた。暮らしというよりは、ソローの思想を記録したものだ。
ソローが森で生活するのは本人が個人的に必要としているためではなく(その住処は実は大して村から離れてもいないが)、人間は本来そうすべきだからそうするのだ、という論調である。
「私が森で暮らしてみようと心に決めたのは、人の生活を作るもとの事実と真正面から向かい合いたいと心から望んだからでした」とソローは語る。「私の目にはほとんどの人は、生活のあり方を考えない、不思議で曖昧な暮らしをしながら、神のもの、悪魔のものと、少し性急に結論を下すだけだからです」と。資本主義と、そのころ盛んに建設されていた鉄道(鉄道は良いものと言ったりもしているが)と、働きづめの人々を厭い、税金も払わないので投獄されたりもする。本当はぜいたく品どころか服も家具も家すら最小限で十分で、自然があれば楽しく生きていけるはずなのになぜ皆あくせく働いたりするのか、というナチュラリスト的な意見を語るのだ。
当時の資本主義と産業改革が爆速で膨らんでいったであろうアメリカで、一人で質素に森に住むソローは相当変人扱いされたろうと思う。冒頭100ページくらいがその弁明に充てられていることからもそれはよくわかるし、普通の人々に対し少し当たりが強いのもしょうがないのだろう。まだ資本主義から引き返せる、という思いも当時は感じられたのかもしれない。だけど200年くらい離れた現代日本人が読むと無責任な脱成長論と重なって見えてしまってちょっと微妙な気持ちになるのが正直なところだ。
ただソローが自然の中の暮らしを本当に楽しみ、動植物のことを愛していたのは伝わってくる。鳥たちの鳴き声、ちょっとした仕草の描写、植物や木々の成長など、読んでいて楽しい。もっと暮らしのこまごましたことをたくさん読みたいなと思った。