松重豊のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレたべるノヲト。
松重豊
発行:2024年10月10日
マガジンハウス
初出:「クロワッサン」2022年6月~2024年8月連載
+書き下ろし
松重豊氏は、悪役が多かったが、俳優の他に作家など栗エイティブなイメージもある。脚本を書いたり映画監督をしたり。また、孤独のグルメの独白もそうだが、NHK-BS「英雄たちの選択」のナレーションでも、独特な声と口調が脳裏に残る。このエッセイを読んでいると、あのしゃべりがそのまま甦ってきてインパクトがある。
今年公開された『劇映画 孤独のグルメ』は著者が製作、脚本、監督、主演を務めているが、2年前の夏頃からシナハン(シナリオハンティング)をしていたそうだ。一方で、雑誌『クロワッサン』に連載してからも2年がたち、書籍化を提案された。本人にすれが、書籍化=連載終了と理解し、自分なりに納得したらしい。
こんなことを書きながらも、あたかも自分は食に通じているというような書き方は一切していない。非常に心地よい、庶民の味がする食に関するエッセイだった。撮影の裏話的な業界ものでもまったくない。誰でもが経験する、あるある的な話が多い。例えば、ビスコやオレオの話を出し、ビスケットを開いて上の前歯で中身をこそぎ落としたくなる衝動に駆られるのは私だけでしょうか、みたいな話があったり。
旭川に住むあべみちこ氏のイラストが非常においしい。なんでもない、ごく普通の食べ物が、実においしそうに描かれている。鯖の煮付けとか、飯を炊いて食いたくなる。出会いはテレビ版「孤独のグルメ」の正月スペシャルで旭川のグルメ情報をアドバイスしたことに始まるらしい。食に関する対談が巻末に載っている。
子供の頃に食べたパウンドケーキは、断面からのぞく具が今のようなドライフルーツではなく、チェリーの砂糖漬けやアンゼリカだったとのこと。著者はアンゼリカが大好きで、それだけをほじって集めて食べていた。大きくなったら、あこれだけ集めて大人食いしようと心に決めていたが、その物体がふきの砂糖漬けであることを知って呆然とする。華やかなパティシエの世界とは縁遠い、おばあちゃんの煮物的立ち位置の食材であるふき。
福岡育ちの著者は、子供の頃、週に一度は鯖を食べていた。しかも生で。ところが、東京に来ると生はタブーだと言われた。今も生鯖が手に入らず、福岡に帰ると食べられる。韓国に行った折、コーディネーターの李さんの故郷である済州島では鯖は生食だとのこと。李さんがいうには、対馬海峡あたりで獲れる鯖と太平洋で獲れる鯖には魚体に潜む寄生虫の習性に大きな違いがあり、アニサキスは宿主が生きている間は内臓にいて、死ぬと身の部分に移動するが、日本海側の鯖は殆ど内臓に止まったままだという。だから適切に内臓を処理すれば、リスクは低いとのこと。
*なお、僕の知るところでは、アニサキスは一般的には魚(宿主)が死ぬと内臓から身に移動するが、生きている間にすでに身に移動していることもあるらしい。だから、鮮度のあるうちに内臓を処理すれば大丈夫と言われても、100%安心はできないようである。また、大阪に本店がある鯖料理専門店「SABAR」のように、アニサキスが存在しない状態で育てた養殖鯖を調理しているというようなことも、最近では行われている。
本書には、少しだが業界話も出てくる。著者は30代半ばまで「食えない」状態だったそうだが、それでもなんとかご飯にありつけたのは、劇団員の中に米屋の息子がいたからだ。彼が白いご飯を炊いてもってくる。おまけに佃煮屋の息子である勝村政信が持ってくるアミの佃煮が精神力さえも補ってくれた。
孤独のグルメを始める際、ベンチマークとしたのがBS-TBSの「酒場放浪記」だった。酒場詩人である吉田類氏がただ飲み屋を訪ねて飲むだけの番組で、20年も愛されている。一見の客であるのに店主や常連の懐に微妙な距離感ですりより、杯を重ねて足許をふらつかせ、最後は素敵な一句をひねる。この名番組には、まだまだ足許にも及ばない。
松重という姓は珍しいというほどではないが、めったに同姓の人に出会わない。松重はわりと多く、作家の松重清さんとは混同されたこともある。しかし、鰻屋に行ったときにはかなりの頻度で同姓を目にする。お品書きの筆頭に明記されている、松重5000円、次に竹重4000円、つづいて梅重3000円。
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Posted by ブクログ
松重さんを見ると、仕事ついでに訪れた街のなんてことのない定食屋でラーメン屋で、旺盛に時間を忘れて食べるあの姿が浮かぶ。でも、実際は少食で撮影前日は食事を摂らずに本番に臨まれるとか…。
今日は腹の空かした営業マン、明日は謹厳実直な検事、ある時は不妊の原因を抱える若妻を娶った夫、その前は警視庁マル暴刑事…と善人から悪漢まで様々な役が役者という『器』に、入ったり出たり。
松重さんは、時にその器をしげしげと眺める。溜め込んでいるように見えるが、その実、そこは何も入っていない『空洞』なんだ。だから、良いんだ。その中身をあれこれ考えるのが役者の作業。そう、与えられた役を自分なりに思案し演じるのが役者の仕事なんだ。
そのことを示唆してくれたのは、京都での撮影の合間に訪れたお寺で眺めたある仏像だったと坦懐。
その体験をモチーフに、本書の前半の連作短編小説〈愚者譫言(ぐしゃうわごと)〉が編まれた。
主人公はわずか3行の台詞が出なくなった端役の役者。ある秋の雨の日、雨宿りを兼ねて撮影所の道すがらにある古刹 広隆寺に足を踏み入れる。御本尊 国宝 弥勒菩薩半跏思惟像に対面するや、自分をさらけ出したくなるような安らぎを憶え、閉門まで座してお顔を拝む。その帰途、寺の受付にいた老人とバスに乗り合わせ、話しかけられる。『先程まであなたが熱心に見ていた菩薩さんなぁ、中は空っほですんや』と語るや、その空洞の理由に加え、『あんたみたいな人の愚痴もぎょうさん入るようになってますねん』。その老人の指摘から、自身の役者人生を重ね、意識は様々演じてきた記憶を呼び覚ましていく。
いずれも幻想さと妄想が入り混じり、絶妙にまぶされた虚実がスリリングさを醸し、きちんとオチも用意され、ベタな表現をすれば、よくできた4コマ漫画的であり、演劇風にいえば『序破急』展開が行き届いた構成になっている。プッと吹き出し、唸った作品が何編もあった。
後半は25本のエッセイ〈演者戯言(えんじゃのざれごと)〉となっており、役者としての日々、修行時代のエピソード、役者として食えず肉体労働に励んだ下積み時代の記憶…を綴る。
エッセイはたまたまサンデー毎日で読んだことがあり、明大文学部出身だけあって、達者な書き手の印象を持っていた。
ただ、小説となると、頭に浮かんだモチーフを押し広げていく構成力が求められる。松重さんは2020年春の緊急事態宣言下『謹慎蟄居生活』を余儀なくされ、役者なんて所詮『不要不急』な稼業。57歳、ユーチューバーやれるほどの芸はなし…と自嘲しつつ、PCに向かい『妄想』をええいままよと1日1編打ち込んでいく。
処女作にして、いきなり手練な筆力。今風の言葉を借りるなら二刀流?余技にしては格好よすぎますぜ!松重はん。 -
Posted by ブクログ
松重豊さんの短編小説+エッセイ集。
松重さんの声で脳内で再生される。YouTubeは読み終わるまで観ないと決めてたのだが、脳内で聞いたあの声、そのまんまだった。そんな鍛えられたFMヨコハマのリスナーひとり。
短編小説は、2、3編よむと、次は何がはじまるんかと構えている自分に気づく。私たちは役を背景とともに、神の視点から、前後の文脈も含めて理解するけど、それは鑑賞者側の特権なのだと改めて思う。
ここに登場する主人公は目の前にあることからしか世界を理解する方法がない。自分が誰であるかなんて、鏡がないとわからないし(そもこも鏡は楽屋くらいにしか無いし)誰かとの相対的な関わりの中でしか自分の立ち位置がわからない。まさに「空洞」の中を描いている。動いては何かにぶつかって、反射してくるなにかをとらえて、それを繰り返して見えてくる、自分を包む世界の輪郭。空洞を包む形が見えたかな?と思うと次のエピソードへ。
エッセイもよかった。年齢のことをいう役者さんのエッセイはいろいろ過去にも読んだけど、松重さんの「加齢」は何においても「スパイス」?「うま味調味料」だと思う。何かができなくなったり、諦めたりする先に「その人の味」が出る。それを引き出す人に恵まれて、ご自身も活かし方をわかってるように思う。
廃油業の話と、時々挟まれるトイレの話と、孤独のグルメのエピソードの話が好きです。
年末の孤独のグルメも楽しみにしてよう。 -
Posted by ブクログ
俳優、松重豊さんの一冊です。
私の中で松重豊さんは「どうする家康」の石川数正と「孤独のグルメ」の井之頭五郎役が印象深いです。
「孤独のグルメ」は本当に大好きで、無職時代延々と部屋で流していました。井之頭五郎さんが食べたわさび丼が食べて見たくて八百屋さんで生わさびを探し求めた暗いです。そんな松重豊さんのごはんな一冊、はてさて。と思い読み出したのですが、全編井之頭五郎さんの口調で脳内再生されました。
それというのも、文章が結構淡々としていて、静かな感じでテンション高い感じではなく本当にもくもくとご飯と向き合う姿が井之頭五郎さんを彷彿させたのです。
貧乏役者だった頃の話も懐かしく読ませていただきました。あぁ、劇場近くで450円のメンチカツ定食食べたなぁ。キャベツとご飯お代わり自由だったから、モリモリと食べたなぁと懐かしく思ったのです。
また、この作品挿絵が素敵で本当にお腹の減る挿絵でした。一つ目の作品の挿絵がほうれん草をさっとバター炒めたのに目玉焼きをのっけてお醤油を垂らしていただく。その絵がものすごく美味しそうで!私も今度これやる!!とおもわせるほどでした。
各エッセイごとのタイトルのつけ方が秀逸で、エッセイの中身とかすっているんだかいないんだか微妙な匙加減が私の好みドンピシャでした。
一冊読んでお腹が減るというより、食への好奇心が増す一冊で、これも食べてみたい。あれも食べてみたい。そんな風に思わせる一冊でした。