ヘンリー・マーシュのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
両親を看取り、また自分自身、これまで生きてきた人生より、これから生きられるであろう人生が短いことが確実になったころから、医学・医療関係の本を少しずつ読むようになった。
本書の著者は、イギリスの著名な脳神経外科医だそうだ。手術室の息詰まるような描写、患者やその家族との苦しいやり取り、専門医としてのプライドの一方、判断ミスその他の過ちから患者を死に至らしめ、あるいは重大な後遺症を与えてしまった悔恨も率直に述べつつ、自らの半生を振り返っていく。
また、どんどん官僚主義的になっていくイギリスの医療改革に対する著者の失望が率直に語られるほか、関係のあった医師への支援として訪れたネパールやウクライナにおける厳しい医療環境などについても、その実体験を通して深い考察がされている。
それらに加えて本書では、人生の終わりに近づきつつある著者の〈死〉への向き合い方、対し方が、全編にわたり色濃く映し出されている。
特に安楽死に関する著者の考え方については、人により異論もあるだろう。自分にしても判断力もあり死が差し迫っているとは感じていない時期と、周りからはどうしようもないと思われてしまう状態を想定した時とでは考えが変わるような気がする。本書を読みながら、色々な想いが湧き起こってきた。 -
Posted by ブクログ
イギリスで大英帝国勲章をもらうような著名なお医者様が「死」について語っているもの。死は不可避、これは分かっている。ただ、人生最後の数日〜数週間を、少ない人数の人々が、病院で、チューブに繋がり、尊厳も本人の意思もなく「生かされている」。その結果、本人も家族も苦しい時間を過ごし、やがて死にいたる。死が不可避である以上、延命措置で得られるメリットと、そのせいで避けられない苦痛などのデメリットを測り、メリットが大きければ延命すべきだが、そうでなければ意味がないのではないか。このような考え方は、著者の担当が脳神経外科であり、手術によって命は長らえても失明や障害が残ることが多いということも一因だろうから、主張をそのまま受け入れるには抵抗がある。とはいえ、ロジカルな反論はできない。受け入れ難いが、受け入れることになるんだろうなあ。また、医療政策や病院の経営にも言及されているが、人命は地球より重いとか言いながら、法律や政治はそうなっていないことを痛感する。「死すべき定め」以来の衝撃の一冊。
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Posted by ブクログ
前著『医師が死を語るとき』では、脳外科医としての日々の医療や、友人医師を助けるためのネパールでの奮闘やウクライナにおける活動といった、医師としての著者がどのようなことを感じ、考え、治療に当たってきたかが第一の読みどころであったが、気に入って購入したオックスフォード運河沿いのコテージのリフォーム作業に勤しむ愉しさを語るマーシュ先生の姿も微笑ましかった。
そんなマーシュ先生が前立腺がんの診断を受けてしまう。医師として多くの患者に対してきたマーシュ先生であったが、今回は自らが治療を受ける老いた患者の立場になった。”死”を身近に感じるようになってからの死への恐怖が率直に語られるほか、死について著者が考えた様々な考察が示されるほか、患者の立場から見た検査や治療、医師の患者に対する対し方などについての感想が折々に示される。
自分も人生の折り返しを過ぎ、”死”について考えることも多くなってきたので、いろいろと感じることもあった。
もっとも本書では、こうした死と医療に関する話に止まらず、量子力学、神経伝達物質、睡眠と夢、進化人類学、宇宙論など、著者の知的関心の幅広さを示す学問分野の最新動向について語られるほか、合間には孫たちのために大工仕事に精を出す姿が描かれる。
あとがきでは、治療の結果、数値が良い状況になってきていることが報告されるが、そんなとき、ウクライナ侵攻が始まった。ウクライナの医療支援に長らく従事してきた著者にとっては大変なショックだったと思われる。「私たちは楽観的であり続ける義務がある。それをせず諦めてしまったら、悪が確実に勝利を収めるから。私は必ず戻る。」この言葉は重い。