大川慎太郎のレビュー一覧

  • 不屈の棋士

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    AIが将棋界にもたらしたドラスティックな変化を当事者のプロ棋士たちの生の言葉で語られている。ある意味AIの被害者ともとれる彼らのAIへの向き合い方、その中で将棋界のいく先を憂いながらも覚悟を決めていく様子など勝負の世界に生きるプロの矜持が味わえる。負け惜しみでもなく、AIに勝つことを目指すでもなく、冷静に覚悟をもってAIに向き合う様が格好良くも切なくもある。

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    2025年10月20日
  • 証言 羽生世代

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    「世代」というと野球で言えば、「まーくん世代」や「ハンカチ世代」、サッカーなら「中田世代」等だろうか。
    しかし「羽生世代」はそのどの世代くくりと比べても頭一つ抜きん出ていると思う。
    そんな「羽生世代」という質量ともに類まれなる世代を先達・同輩・後進のインタビューを元に構成して解き明かそうという本書。
    実に面白かった。

    「世代」という言葉で括られる人達は誇らしく思ったり、忸怩たる思いをする人もいるだろう。
    ただ、「羽生世代」そしてその前後の世代、誰のインタビューを読んでも相手をリスペクトし、将棋という文化に敬虔を払っていることが分かる。
    読んでいて清々しい。

    羽生世代は今のコンピューターやAIを駆使する棋士とその前時代の棋士とのちょうど狭間だったのかな。
    その中で自分の頭での読みの質・量ともにすごいものがあったのだと思う。それに加えてコンピューターを利用して「データベース化」が進んだ。あくまでも手筋や局面の整理ができるというだけで、今のようにある局面でその先の手を読んだり、有利不利を数値化したりなんて使い方はしない。



    そのあたりのバランスの良さがあったのかも。
    そして今もなお羽生世代は将棋界の上位に留まる。
    それは本文中に
    『ダメな局面でもきっちり結論を出すまで突き詰めて考えなくてはいけなかった。それは現代の視点からすれば無駄な作業かもしれないが、その過程で考え続けたことの蓄積があらゆるところで役に立っている』
    このあたりにあるのかも。


    羽生世代はなぜ強かったのか。

    それはインタビュー中にあった
    『羽生世代というのは、高いレベルで争っていかなければいけない。低いレベルでは意味がない。』
    『みんなが上位に行くことはわかっていたし、もちろん自分もそのつもりでした。低レベルで争うつもりは一切なかった』
    このあたりが言葉にしなくてもみんなの心の中に共通してあったのかも。

    そしてロマンとして
    ・村山聖の存在の大きさ。
    その姿を間近で見て、将棋を指せることの幸せを実感しているから。

    そんなこともあるかもという説はいいなぁ。



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    2025年01月13日
  • 不屈の棋士

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    880

    318P

    AI将棋とプロ棋士達の本ってこれからのAI社会をどう生きるかみたいなことが詰まっててほんと面白いなと思う。プロ棋士11人のインタビュー本なんだけど、推しの棋士が出来た。

    ◆羽生善治 : 何の将棋ソフトを使っているかは言いません
    ◆渡辺 明 : コンピュータと指すためにプロになったのではない
    ◆勝又清和 : 羽生さんがいきなり負けるのは見たくない
    ◆西尾 明 : チェス界の現状から読み解く将棋の近未来
    ◆千田翔太 : 試行錯誤の末に見出した「棋力向上」の道
    ◆山崎隆之 : 勝負の平等性が薄れた将棋界に感じる寂しさ
    ◆村山慈明 : 効率を優先させた先にあるものへの不安
    ◆森内俊之 : 得られるものと失うものの狭間で
    ◆糸谷哲郎 : ソフトの「ハチャメチャ」な序盤にどう慣れるか
    ◆佐藤康光 : 将棋はそれほど簡単ではない
    ◆行方尚史 : 自分が描いている理想の棋士像とのズレ

    大川 慎太郎
    (おおかわ しんたろう)1976年静岡県生まれ。日本大学法学部新聞学科卒業後、出版社勤務を経てフリーに。2006年より将棋界で観戦記者として活動する。著書に、将棋ソフトとの関わりや将棋観について羽生善治や渡辺明ら棋士11人へのロングインタビューを収録した『不屈の棋士』(講談社現代新書)のほか、『将棋・名局の記録』(マイナビ出版)、共著に『一点突破 岩手高校将棋部の勝負哲学』(ポプラ社)がある。

    西尾 明(にしお あきら、1979年9月30日 - )・・・将棋棋士。青野照市九段門下。棋士番号は248。神奈川県横浜市出身。2019年6月より、日本将棋連盟常務理事(メディア担当)[1]。将棋との出会いは3歳のとき。祖父と伯父が指しているのをみてなんとなくルールを覚えた。小学校1年生のときから2歳上の兄と将棋センターに通う[2]。1988年、小学3年生(予選出場は2年生から)のとき、第13回小学生将棋名人戦で準優勝。翌々年の1990年9月から奨励会で指し始め、1999年度前期から三段リーグに参加する。そして、混戦となった2002年度後期三段リーグで11勝7敗という成績で2位となり、四段昇段を果たした。11勝7敗での四段昇段の前例は野月浩貴のみであり、このときは村山慈明・遠山雄亮・佐藤天彦・広瀬章人などが同成績の激戦であったが、順位に恵まれた西尾が昇段となった[3]。居飛車党であり、角換わり、横歩取り、矢倉を指すことが多いが、時折、中飛車や相振り飛車も採用する。攻守にバランスが取れた棋風である。浅野中学校・高等学校卒業[7]、東京工業大学生命理工学部中退。将棋界の東京工業大学出身者には、元女流棋士の藤田麻衣子がいる[8]。2007年、理事に就任した中川大輔の後任として奨励会幹事となった。趣味はギター。大学時代はロック研究会に所属[9]。奨励会時代の仲間などとアマチュアバンド活動を行っており[10]、これが高じて囲碁将棋チャンネルで放映中の「めざせプロ棋士」のオープニング及びエンディングテーマ曲を提供。2016年には電王戦のテーマソング「Transmission」を作曲、提供した[11]。この影響から「世界一将棋が強いギタリスト」の異名も持つ[11]。マルチプラティナム・ロックバンドの、トゥール[12]、ジャズピアニスト上原ひろみのファン[9]。インターネットに造詣が深く、Ustreamにおいて、将棋界初のタイトル戦中継番組のライブストリーミングを企画し、多くの反響を得た結果、現在のニコニコ動画等による将棋タイトル戦中継の礎を築いた。コンピュータ将棋に詳しく、2015年の電王戦FINALでは、将棋連盟側のアドバイザー役をつとめた。この際、2ヶ月間連日10時間以上5台のパソコンを駆使し、外出中もスマホでパソコンを遠隔操作した。好きな雑誌は『ニュートン』『日経サイエンス』[9]。2015年3月20日に結婚[13]。2児の父である[9]。※2019年6月現在。2018年9月(秋学期)より、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスにて「将棋」の授業を担当している。[14][15]初年度のアシスタントは野田澤彩乃。将棋の歴史から実技・実践まで扱う授業となっている。[16]普及活動にも熱心で、地元・横浜市の「横浜西口こども将棋教室」の講師として小学生への指導を行っている[17]。

    勝又 清和(かつまた きよかず、1969年3月21日 - )・・・将棋棋士。石田和雄九段門下。棋士番号は215。神奈川県座間市出身。東海大学理学部数学科卒[1]。1983年に第8回中学生名人戦で優勝[注釈 1][2]。その年に奨励会に入会。1級までは順調に昇級したが、そこからの各昇段に2年以上ずつかかり、22歳でようやく三段に昇段する。しかし、三段リーグでも昇段のチャンスをつかめず、一時は退会も考えた[3]。年齢制限(26歳)も迫っていた。転機となったのは、第52期(1994年度)名人戦の七番勝負を戦う米長邦雄名人と羽生善治四冠の闘志あふれる姿を見たことだった[3]。勝又は同年度4月 - 9月の第15回三段リーグでは昇級を逃すも、リーグ表順位で勝又より下の近藤正和と同星の12勝6敗の成績を収める。これが結果的に大きかった(次回のリーグ表で、勝又は3位、近藤は4位)。勝又は次の第16回三段リーグ(1994年度10月 - 3月)の最終日を、2局のうち1局勝てば自力昇段(「マジック1」に相当)という状況で迎えた。近藤は2勝0敗で追い上げたが、勝又は1敗の後に1勝して近藤と同じ13勝5敗。よって、勝又が四段昇段を決めた(1995年4月1日付けで昇段・プロ入り)。このときの同時昇段者(トップ通過)は、勝又よりさらに年上の北島忠雄(29歳)であった[注釈 2]。石田和雄九段門下で初のプロ棋士である。2人目は2010年10月に16歳でプロ入りした佐々木勇気。奨励会時代に「変則ルール将棋」として、「玉を詰ますか、先にと金ができたら勝ち」というルールの「と金が命」というゲームを考案した[6]。パソコンを用いた将棋の研究を始めたのは、棋士の中では早い方である。特に、最先端の序盤の戦法の研究で知られ、「教授」の愛称で呼ばれる。「将棋世界」誌(日本将棋連盟)では、2006年1月号から10月号まで「勝又教授の これならわかる! 最新戦法講義」を連載、また、「突き抜ける!現代将棋」を2009年10月号から2015年4月号まで連載。世界コンピュータ将棋選手権などコンピュータ将棋の大会で解説を務めることが多い。自身のTwitterによく学生将棋の大会についての内容を投稿している。動かせないところに駒を動かすという反則(成桂を斜め後ろに動かす)を犯して反則負けをしたことがある(2000年・第9期銀河戦、対増田裕司戦)。2012年4月24日の対佐々木慎六段戦(竜王戦4組昇級者決定戦)で、二手指しの反則負け。2013年、東京大学教養学部前期課程で全学体験ゼミナール「将棋で磨く知性と感性」を担当するため、東京大学大学院総合文化研究科客員教授に就任した[7]。

    チャトランガ(サンスクリット語: चतुरङ्ग、chaturaṅga)・・・古代インドのボードゲームの一種である。 将棋やチェスの起源と考えられている。 チャトランガとはサンスクリット語でchaturは4、そしてaṅgaは部分という意味である。

    不屈の棋士 (講談社現代新書)
    by 大川慎太郎
    知名度が圧倒的なことはもちろん、羽生が凄いのは、「将棋が強い人」という枠に収まっていないところだ。いまや「知性の象徴」になっていると言っても過言ではあるまい。世の森羅万象に強い好奇心を持ち、勉強をし、軽いフットワークでどこにでも出かけていく。 2016 年 5 月に放送された「NHKスペシャル 天使か悪魔か 羽生善治 人工知能を探る」は、そうした羽生の姿勢がよく現れていたと思う。

    学ぶことは結局、プロセスが見えないとわからないのです。問題があって、過程があって、答えがある。ただ答えだけ出されても、過程が見えないと本質的な部分はわからない。だからソフトがドンドン強くなって、すごい答えを出す。でもプロセスがわからないと学びようがないという気がするのです。

    「将棋とはそもそも家元制度でした。現代に入ってテクノロジーが入ってきて、技術的なことに関していえば、それまでとはまったく違う道を進み始めた。茶道や落語などでそういうことを取り入れている話は聞きませんよね」  かつて名人位は世襲制だった。師匠が弟子に技術を伝えるものだった。昭和に入って実力制になり、さらにいまはソフトが介入してきている。将棋は芸術だけではなく、勝負の側面があるからだ。たしかにほかの伝統芸能にはない状況で、苦労も多い。だがそれが将棋の独自性であり、これだけ大きな注目を集めている理由でもあろう。

    いくつかあるのですが、その中の一つが、出場が決まっているタイトル戦の日程との兼ね合いです。対ソフト戦はタイトル戦より優先順位が下なんです。そもそも私はコンピュータとどうしても対局したいわけではありません。元々コンピュータと指すためにプロになったわけではない(笑)。現役のプロ棋士がコンピュータとぶつかる状況になったのはこの 5 年くらい。その前にプロになっている人たちは対ソフトの意識はないでしょう。もちろん個人差はあると思います。ものすごく興味があって戦いたい人もいれば、まったく興味がない人もいる。私は 2007 年にボナンザと対局しているので、まったく興味がないわけではありませんが、どうしても戦いたいわけではない。なので少なくともタイトル戦と日程が重なるのなら、そちらを優先するということです。

    将棋の面でトクになるとは思えません。人間の勝負とはまったく別物ですから。トップ棋士同士とはいえ、やはり人間の将棋はミスありきなんです。でもコンピュータ将棋はミスがないから、事前にソフトの弱点を探る練習が大事になる。昔からそういうゲーム感覚の遊びは嫌いじゃなくて、たとえばRPGで意味なくレベルを上げることとか好きなんですよ。ここはこう、ここはこう、とチクチクつついていく感じがね。でもそれは人間同士の将棋に活きないですし、そもそもそこまで暇じゃない。何ヵ月間か公式戦がないのであればやってもいいですけどね。対局があったらその準備は明らかにクオリティが落ちるし、結局はどっちもどっちになってしまう。だからよほど金銭的なメリットがない限りやらないでしょう。言い方は悪いけど、自分は 10 年前に比べると、将棋を指すモチベーションとして金銭的な意味合いは薄れているんです。だから積極的に対戦したいとは思いません。

     渡辺の魅力の一つに、これまでのタイトルホルダーが口にするのを 憚 るようなことを堂々と語れることがある。 「解説がないと棋譜は並べてもわからない」と以前に聞いた時は仰天したものだ。もちろんほとんどはわかるのだろうが、細かい部分まで正確には理解できないので、そういう物言いになるのだろう。  自分を大きく見せようとしない。  いままでの超トップ棋士たちが 纏っていた神秘性のようなものを自ら脱ぎ捨ててしまったのが渡辺だ。その「ぶっちゃけ感」が魅力であり、まれに物議を醸すところでもある。  渡辺がソフトを研究に使っていることは以前の取材の折に聞いていたが、具体的な内容については知らなかった。  今回、訊いてみて驚いた。

     渡辺がソフトを使う一番の理由は、「利便性」。家で研究をする際に、「将棋盤で駒を動かすのが面倒くさいから」というのだ。「現代将棋って 60 手目の局面から研究したかったりするじゃないですか。だから将棋盤で初手から動かすのは面倒くさい。あと元の局面に戻すのも面倒です。 1 歩の違いとかが正確に戻らないことがある(笑)」と渡辺は苦笑しながら明かした。たしかにパソコン上で駒を動かせば、一度でも進めた手順はすべて保存できる。  プロ棋士が「駒を動かすのが面倒」と発言するのもなかなかすごいが、たしかに効率面ではソフトの方が扱いやすいだろう。

    だいぶ変わったと思います。定跡のサイクルが早くなりましたよね。この戦型が流行ってるなあと思ったら、すぐに指されなくなったりする。それはインターネット中継が本格的に始まった 6 ~ 7 年くらい前に、一度起こっていることなんです。リアルタイムで棋譜が見られて、感想戦の結論も載っているから、情報の伝達が早くなって定跡のスパンが劇的に短くなった。昔はリアルタイムで棋譜が見られなかったわけですから。そこでスパンが一度短くなったけど、皆がソフトを研究に使うようになって、さらに短くなった感じがあります。

    うーん、みんながいいパソコンとソフトを持って同じような研究をしたら、(むしろ) 指す将棋は相当狭くなると思います。将棋の定跡はほとんどが「先手よし」。でもいままでは、なぜ先手よしなのかがわからなかった。極端なことを言えば、昔はどんな指し方をしてもいい勝負だったんですよ。それは先手が正確にとがめられないからなんです。でもこれからは、後手で新戦法を出しても、その日のうちにソフトにかけられて具体的に先手よしと解明されたらすぐに消滅してしまう。いままでは、本来ダメなはずの新手もみんなわからないから 2 年くらい持っていたのが、即ダメになる。だからスパンがすごく短くなるけど、そもそも戦法の数がそんなにないので、後手番で戦える戦法がドンドン少なくなっていく(笑)。それが繰り返されていくと、マイナー戦法の登場は増えるでしょう。でもそれもその場しのぎにすぎないので、ゆくゆくは消えていく。それも淘汰されていくと、どうなるのかなあ(笑)。考えられるのは先手勝率の上昇でしょうか。

    ないですねえ。ワクワクすることはないね。たとえば詰将棋に関しては昔からコンピュータの方が解答が速いって知ってるけど、コンピュータの計算競争なんて誰も見ないでしょう。それと同じ。人間が暗算の競争をやるから見るんですよ。どっちが先にミスるんだ、っていう。

    ──人間にしか指せない将棋というのはあるのでしょうか。
    渡辺  人間にしか指せない将棋とかそういうことではなく、人同士がやるからゲームとして楽しめるんです。たとえばマルバツゲームがそうでしょう。あれをコンピュータとやる人はいない(笑)。もしくは大人同士でもやらない。子供とやるから楽しいんでしょう。オセロもそうですよね。コンピュータとやる人は多くないと思う。だから「人にしか指せない将棋」というのはカッコつけた言い方で、人同士がやってもよくわからないから、いまの将棋界の繁栄がある。いままではプロの力がはっきりとわからなかった、つまり神話的なものがあったんですね。でもソフトによって棋士の実力などが数値化できる時代になって、それで今後はどうなるのかなというのが現状なんです。

     勝又清和。  難解な現代将棋をわかりやすく解説することに執念を燃やし、専門誌や新聞に多数の論考を発表している。東海大学理学部数学科卒業。 2013 年より東京大学教養学部で将棋の講義を担当するため、東京大学大学院総合文化研究科客員教授に就任した。  名実ともに「教授」となった勝又だが、アカデミックな優雅さやスマートさとは違った庶民的な雰囲気を持っており、実に親しみやすい。「はにゃ」などと擬音語を漏らしながら、何かおもしろいことはないかと将棋会館を駆け回っている。多くの学生大会に手弁当で訪れ、指導や解説を気さくに行っている。学生将棋に携わる教員に一番人気のある棋士は羽生ではない。勝又なのだ。

    物事をわかりやすく解説できるのは、知性があることの証明だ。日進月歩のプロ将棋を解説するのは 容易くない。対象をきちんと把握し、変化の理由を論理的に捉え、自分の言葉で再構成しなければいけないからだ。

    昔からずっと理系でしたが、コンピュータは触らなかったんです。僕の専攻は基礎数学だから。もちろん興味はありましたよ。中学時代に受けたインタビューで、なりたい職業はシステムエンジニアと答えていたくらいですから。でもコンピュータにはまっちゃったら将棋の勉強がおろそかになって棋士になれないでしょう。数学科なのに、 1 回もスーパーコンピュータに触らないで卒業しました(笑)。本格的に触るようになったのはたしか 1991 ~ 92 年の頃で、将棋連盟が棋譜のデータベースを使うようになったからです。将棋に役立つのならいいだろう、と解禁しました。将棋界がコンピュータに近づいていかなければ、本格的に使わなかったでしょうね。

    メディアに注目されているという意味では、こんなにいい時代はないでしょう。 2016 年秋には、村山聖 注 35 九段の生涯を描いたノンフィクション『聖の青春』が映画化されますし、 羽 海野 チカさんのマンガ『 3 月のライオン』がアニメと実写化されます。ただこれまで将棋界を応援してくれた業界、新聞社やテレビ局などがどこも厳しい状況なんですよね。私も東大で将棋の授業をやっていますけど、なかなか 2 校目、 3 校目につながらない現実があります。囲碁の日本棋院が数多くの大学で授業をやっていると聞くと焦っちゃいますよ。東大の授業は教養的な話で、将棋の歴史、世界の将棋、コンピュータ将棋について。あとは学生同士での実戦です。学生の反応はいいですよ。私は日本が誇る娯楽と文化の代表は将棋と確信しているんです。囲碁は日本発祥じゃないでしょう。スポーツでもいいんですけど、日本発祥で気楽に楽しめるものってどれくらい思いつきますか? 将棋はケガをしないし、年齢や性別も関係ない。だからいま部活が大変といわれていますけど、将棋が一番いいと思っているんです。一生懸命やれば楽しいし、頭を使うし、礼儀も学べるし。

    佐藤天彦(さとう・あまひこ)  1988 年 1 月 16 日、福岡県福岡市生まれ。 2006 年 10 月四段昇段。一般棋戦優勝は新人王戦で 2 回。 16 年の第 74 期名人戦で羽生善治に勝利し、初タイトルの名人位を獲得。クラシック音楽やヨーロッパ文化に関心が高く、愛称は「貴族」。

     頭のよさの定義は難しいが、学歴が一つの指標になることは間違いない。では、棋士はどうなのだろう。昔よりは増えているが、実はそれほど大学進学率は高くはない。といっても学力が足りないのではなく、学校に行く時間があるのなら将棋の勉強をしたほうがいいということで、端から進学をあきらめるケースが多いのだ。  棋士と接していると、物事の理解力、判断力、解決力が高く、いわゆる「地頭のよさ」を感じる。また棋士はとにかく達意の文章を書く。頭の中で物事をきちんと整理し、自分の主張を持ち、論理的に話を展開できるからだろう。

     西尾は神奈川県の名門浅野高校から東京工業大学に進学している。将棋に専念するため中退したが、元々の学力は疑いなく、棋士の中でも突出している。こんなエピソードがある。両親のすすめで西尾は幼少時にそろばんを習っていたのだが、幼稚園児の時点で珠算 1 級、小学 2 年生の時には暗算六段を取得していたという。  数学はそれほど好きではなかったそうだが、物理と化学に熱い思いを寄せるバリバリの理系である。まずはコンピュータ将棋との関わりから尋ねた。

    理系の勉強が好きでしたから。物理学は美しさがあって、将棋につながるものがある。有名な物理学者が宇宙をチェス盤になぞらえた発言があっておもしろいんですよ。物理学は、ルールを知らないチェスのようなものだ、と。宇宙の中でポーン(チェスの駒) が一つ動くのを見て、あ、ポーンは一つ動くんだということを理解してルールを学んでいく。だけどポーンが(敵陣の一番) 奥まで行ってクイーンに昇格するという事態になかなか出会わないから、それを我々は知らない、とか。…

    ──ソフトを使う時に意識していることや気をつけていることは? 西尾  評価値がゼロ付近、つまりソフトが「いい勝負」と判断していても、人間的な目で見ると「勝ちやすい」、「勝ちにくい」はあります。結局は人間対人間の戦いなので、そこは気をつけて判断するようにしています。

    ──ソフトを研究で使っている棋士は増えているようですが、全体的に棋士の指す将棋の内容は変わりましたか? 西尾  変わったと思います。明らかに序盤から中盤にかけての幅は広がったし、怖い局面でもソフトで事前にある程度裏が取れていれば冒険する人も増えています。将棋は自分が思っていたより、もっともっと可能性の広いゲームなんだなってわかったのは純粋にうれしかったですね。それまでタイトル戦でも横歩取りとか角換わり腰掛け銀の先後同型とか、似た感じの将棋が多くてやや閉塞感を感じたこともありましたが、最近はそうでもないです。

    ──今後、棋士の勉強法は変わっていくのでしょうか。これだけソフトが強いと、複数の棋士による研究会やVS(一対一による対戦) が減る可能性はありますか?
    西尾  「強い相手と戦いたい」という部分に価値を見出す人は、研究会を止めてひたすらソフトと戦うのもいいと思います。ただ私はいままでと変わらずにやっていきます。人間と指すと「こういうところで考えるんだ」とか、「いまの流行はこの辺なのか」とか、「だからここが水面下で研究されているのか」など参考になるんですよ。ソフトとだけ指していると将棋界の戦法の流行りがわからない。ただ最近、研究会での感想戦はあまり好きではないんです。ソフトを使って解析するほうが精度の高い検討が行えるので。

     西尾の口から「チェス」という言葉が出た。  将棋とチェスは兄弟のような存在だ。インドで発祥したチャトランガというゲームがシルクロードを通って西側に伝わったのがチェス、東側に伝播したのが将棋とされている。

     チェス界から学べることがある。  西尾はそう確信し、チェスに関する文献に当たり(多くは英語だ)、また自身のフェイスブックなどで海外のプレーヤーと交流している。羽生善治がチェスでも日本トップクラスの実力を有し、チェスの大会に出場するために海外にしばしば赴いていることは有名だが、西尾はチェスを指すわけではない。非常に珍しいアプローチと言えるが、チェスについて話す西尾の口調は弾んでいた。

     一般の方にはなかなか想像しにくいのではないだろうか。もちろんこの資本主義社会の中では誰もが日々、それぞれの舞台で戦っているわけだが、棋士のように、自分の仕事の結果が白黒はっきり公に示されることは少ないだろう。 99%完璧に進めていた仕事が、最後のわずかなミスで水泡に帰し、たった一つの黒丸をつけられておしまいということが棋士にはある。だからこそ勝利の栄光も大きいのだが。

    ──山崎さんとしては、棋譜データベースみたいに将棋連盟がソフトの導入をサポートするのであれば納得するということですね。 山崎  そうです。じゃなかったら、本人の力と関係のないところで勝負が決まってしまう可能性がある。たとえば角換わりの先後同型をソフトに探索させて、その手を使って勝つこともあるでしょう。それが許せないというほどではないけど、寂しいですね。将棋というのは人間同士の勝負で、お互いに答えを知らない中でやるものじゃないですか。怖さはあるけど、それに打ち勝つことも大事なわけです。ファンにもそこを楽しんでもらっている部分があると思う。もちろんソフトの手だって全部が正解ではない。でも、ソフトを使うと怖さを取り除くとまでは言わないけど、薄めているのは間違いない。勝負としてのおもしろさが減ってしまったら、スポンサーやファンがどう思うでしょうか。そういう状況が続けば今後、棋士全体が対局だけで食べていくのは大変でしょう。本当の上位棋士しか生き残れなくなる気がします。

     ここまでの山崎の話を聞いてどう思われただろうか。  自虐的すぎるように感じられるかもしれない。人によっては古風なプライドを掲げているだけに映るかもしれない。たしかにそれは山崎の一面ではあるのだが、言うまでもなくそれだけではない。天馬空を行くような彼の将棋を見れば、山崎の中には一本の大きな芯が備わっていることがよくわかる。

    対局姿も情感たっぷりだ。形勢判断のヒントになる、相手に失礼、などといってポーカーフェイスをつくる棋士も多いが、山崎は気持ちが露骨に顔に出る。頰を膨らませ、眉間に皺を寄せ、体を前後に揺らして将棋盤に向かっている。

    どこを目指すんでしょうね。正直、どこに向かっているのか全然わからないです。名人を目指していたらもっと勝っているでしょう。こんなに勝っていないってことは目指していないんでしょう。ただ棋士の在り方としては、少数派のほうが落ち着きます。研究が流行って研究将棋が全盛になったらそこから離れるし、みんなが力戦派になったら研究家になりたい。だからソフトの影響でみんなが自由奔放な将棋をやるようになったら、自分は定跡形を極めてみたいなとは思います。

    たしかに親には「天邪鬼」って言われますね(笑)。人と同じなのが嫌というか、昔からうまくいかないんです。団体行動も好きじゃない。したいんですけど、どうもうまくいかない。人間関係もそうですね。一瞬は仲良くできますけど、なかなか続いていかない。中学時代、半年ごとに学校を転々としていたので、思春期にきちんとした人間関係が構築できないと、その後が難しいんでしょうね。 30 代半ばを過ぎて、将来は孤独老人になることが見えています(笑)。そういう面は人より異常に劣っているんです。人生においてしんどいというか、寂しいところではある。ただ将棋を指している時だけは一切関係ないんです。だから棋士をやっているのかもしれません。

     糸谷将棋は実に魅力的だ。  広島県出身の糸谷は身近に強い相手がいなかったので、インターネット対局で腕を磨いてプロレベルの力をつけた。ネットとはいえ対戦相手は人間なのでソフトを使ったわけではないが、コンピュータを活用して強くなったのは間違いない。糸谷はいまでも、将棋盤はパソコンのモニター上で見る方がラクだという。「対局で将棋盤を見る時は、首を下げるから負担がかかって痛くなるんですよ」と笑う。

     糸谷は関西若手棋士のまとめ役ともいうべき存在で、西川和宏 注 52 と一緒に、普及グループ「西遊棋」を立ち上げた。通常、将棋界でイベントを行う際には、将棋連盟の職員などが裏方の作業に徹し、棋士は出演するだけ。しかし「西遊棋」はイベントの企画から始まって、「棋士がそこまでするのか」と驚くようなことまで自分たちの手で行っている。ファンのイベント申し込みメールに、糸谷自身が返事を出すこともあるそうだ。これに刺激を受けた関東の若手棋士も「東竜門」という組織を立ち上げた。東西の若手棋士が新しい普及の形を模索しながら切磋琢磨している姿を見るのは、実にすがすがしい気分になる。

    ──人間にしかできないことを模索することの一環として、ソフトに戦法を開発することができるのかという議論があります。人間にしかできないという人もいますが、糸谷さんはどう思われますか? 糸谷  いま、開発していると思いますよ。系統立った将棋かどうかはわかりませんが、ポナンザは人間とは全然違う将棋をやっている。一見、メチャクチャに見えるのは人間の感覚で、ソフトにとってはそうではない。ちゃんと理由があってやっているわけですから。

     将棋には歴史がある。それはつまり、戦術にも歴史があるということだ。プロ棋士の試行錯誤によって時代を追うごとに洗練され、発展してきた。指され続けるもの、廃れるものには相応の理由がある。その中で、いままで誰も考えつかなかったような新しい戦術を披露することがどれだけ大変か。それも思いつきレベルではなく、ほかのプロ棋士が感嘆するレベルのものを生み出すのには飛び抜けた才能と血を吐くような努力が必要だ。

     佐藤は将棋を崇拝している。佐藤にとって将棋は絶対的な存在であり、深く頭を垂れている。深さと幅広さ。将棋とは宇宙なのだ。  だから将棋が安易に扱われることをとてつもなく嫌う。 「将棋はそんなに簡単じゃありませんから」  この取材で、佐藤は何度そう口にしただろう。あまりに繰り返すので、原稿では何度かカットせざるを得なかったが、それくらい強調していた。口調に怒気をはらませていることもあった。

    「僕はロジカルな人間ではない」という行方は、幼少期から算数の成績がよかったことはなく、国語が大好き。漢字を覚えるのが早く、 2 ~ 3 歳で相撲の番付を読めていたそうだ。

    ──人間にしか指せない将棋はあると思いますか。 行方  それはあるでしょう。ミスもするけど、そこから生まれる何かもあるわけですから。終盤で 1 分将棋というギリギリの状態で、わけのわからない局面を肩で息をしながら戦っている姿というのは、絶対に何かを感じるはず。そういうものを見せていきたいですし、そこにしか価値はない、くらいに思っています。

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    2024年06月23日
  • 証言 羽生世代

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    大川 慎太郎
    (おおかわ しんたろう)1976年静岡県生まれ。日本大学法学部新聞学科卒業後、出版社勤務を経てフリーに。2006年より将棋界で観戦記者として活動する。著書に、将棋ソフトとの関わりや将棋観について羽生善治や渡辺明ら棋士11人へのロングインタビューを収録した『不屈の棋士』(講談社現代新書)のほか、『将棋・名局の記録』(マイナビ出版)、共著に『一点突破 岩手高校将棋部の勝負哲学』(ポプラ社)がある。

    証言 羽生世代 (講談社現代新書)
    by 大川慎太郎
    棋士は、勝負師と研究者と芸術家の三つの顔が必要です。普段は将棋の真理を追究する研究者で、対局の序・中盤はファンを魅了する芸術家で、終盤は勝つために勝負師に徹するのがいい。それをバランスよく持てる人がトップ棋士ですが、いちばん自然に実践できているのが羽生さんなんです。

    あと羽生さんは誰よりも好奇心が旺盛で、それが羽生将棋を支えています。節目や急所ではもちろん勝負に徹してこられますが、実は勝敗やタイトルの数にはそれほどこだわっていない。将棋の真理を追究して、拮抗した中・終盤の戦いが長く続くことを楽しんでいるような感じがあります。相手が悪手を指すと羽生さんが嫌な顔というか、ガッカリするという話がありますよね。ここからがおもしろいところだったのに、と(笑)。こちらは負かされたうえに、さらに恥ずかしくなるということがありますね。

    谷川さんは羽生さんたちのように同世代の棋士と競っていません。それなのになぜ若くして大活躍できたのですか?

    ガツガツしていない人。島に対して私が長年抱いている印象である。私が将棋界に入るきっかけは島だった。出版社を辞めて暇を持て余していた私が島の定跡書の編集を手伝うことになり、それから将棋界にかかわるようになった。取材で島の研究室を訪れたことは何度もあるが、いわゆる「都会的なセンスを持った、よい家柄の人」という印象を受けた。東京都出身で、家がそれなりに裕福で、やさしい両親がやりたいことを応援してくれる。もちろんいろいろな葛藤はあっただろうが、最初から多くを持っている人なのである。 「一人っ子なので甘やかされて育てられましたが、幸いうちの一門には厳しい兄弟子が多かったので、そこでかなり鍛えられました」と島は振り返る。

    ──皆に聞いている質問なのですが、なぜ「羽生世代」にはこれだけすごい棋士が集まったのでしょうか。 島  羽生さんたちは最後の「精神世代」ですよね。いまはほとんど使われなくなった言葉ですけど、「気持ち」や「根性」を彼らは持っていました。羽生さんたちは勝負を合理的に追究していましたし、その流れが現在の将棋界をつくっています。ただ現在の論評では「合理性」の部分があまりに強調されすぎている気もします。実は羽生さんたちの将棋は、終盤で説明できないようなわけのわからない手が出て、そこが勝負を決めていたりしたんですよ。でも藤井聡太さんにはそういう手は少ない気がします。いまはソフトがあるから、指し手も全部数値化されてしまうでしょう。でも勝負を決めるのは数値じゃない。七冠時代、そしてそれ以降の羽生さんにはミステリアスな部分もあって、そこもすごく魅力的でした。

    ─恐怖を消すために死ぬ気で勉強をしていたんですね。

    ──ほかに羽生さんのどんなところがすごいと思われますか? 森下  意志の強さですね。私が若くして気持ちが崩れてしまった話をしましたけど、羽生さんにだってそういう瞬間はあったはずなんです。でもそこで意志の力で踏みとどまって勉強を続けている。あと羽生さんはずば抜けてセンスがいいですよね。将棋のセンスはもちろん、人生のセンスも抜群です。例えば羽生さんはマネージャーがいなくて、大量の仕事を自分でこなしています。対局以外にもいろいろな依頼が殺到しているのですが、まずは将棋に勝たなきゃいけないから全部は引き受けられない。でも将棋界のためと思えば引き受けたい。そのあたりの取捨選択のバランスが絶妙だと思います。 ──信じられないような過密スケジュールを自分で管理していますよね。そういう状況でも、私が観戦した将棋についてメールで質問をするとすぐに返事をいただいて恐縮します。

    森下  羽生さんの頭のよさを表すエピソードがあります。羽生さんが 18 歳の時、道案内の地図を書いてもらったことがあるのですが、それがめちゃくちゃわかりやすかった。当時はグーグルマップなんてなかったですけど、いま思うとそれよりもわかりやすかったですね。世の中にはわかりにくい地図を書く人っているでしょう。 ──いますね(笑)。羽生さんは案内の急所をつかんでいて、しかもそれをわかりやすく説明できるんですね。 森下  余計なことは一切書いていないのもよかったです。米長先生に「わかりやすい地図なんですよ」と見せたら、「ホントだな」ってエラい感心をされていましたからね(笑)。

    読者は、室岡克彦という棋士をご存じだろうか。1959年生まれで、羽生たちが奨励会に入る1年前の1981年 12 月にプロ入りしており、同時期に第4回若駒戦で優勝している。名人戦につながる棋戦の順位戦では、一度昇級してC級1組に 19 年在籍した。現在は順位戦からは退いてフリークラスに在籍しており、あと数年で引退が決まっている。地元の東京都荒川区で「荒川こども将棋教室」を開いており、将棋の魅力を伝えることを生きがいにしている。  近年、室岡にスポットが当たる機会があった。2017年6月に藤井聡太がデビューから公式戦 29 連勝という将棋界の新記録を達成した時のことだ。それまでの記録は神谷広志の 28 連勝だったが、それを止めたのが室岡だった(1987年)。

    将棋の元となるボードゲームはインドで生まれた「チャトランガ」で、それが東に伝わったのが将棋、シルクロードを通って西に伝わったのがチェスと言われている。二つは親戚のような関係なのだ。  チェスは相手の駒を取っても使えないことが特徴で、そこが将棋と違う。余談だが、チェスは持ち駒を使わずにチェス盤の中で駒を動かすので、「指す」という言い方をする。将棋も将棋盤の中で駒を動かす場合は「指す」だが、持ち駒を使う時だけは「打つ」と言う。ちなみに盤外から碁石を盤上に置く囲碁は「打つ」と言うのだ。

    藤井がシステムをはじめて採用したのは1995年 12 月。B級2組順位戦で井上慶太にわずか 47 手で圧勝し、棋界に衝撃を与えた。必殺の戦法を編み出した藤井は活躍を加速させていく。翌 96 年は新人王戦で優勝、全日本プロトーナメントで準優勝、 97 年は新人王戦で2回目の優勝、そして 98 年は竜王戦の挑戦者決定戦で羽生に勝ち、挑戦権を獲得する。羽生世代を意識したことのなかった男が、ついに羽生を破ってタイトル戦に出場したのだ。

    あともう一つ、彼は体力がずば抜けています。 ──へえ。瘦せているので意外です。 先崎  羽生さんはものすごい健康なんです。八王子の山道を自転車をこいで鍛えたんだよね(笑)。いや、冗談じゃなくて。中学生の時は自宅から八王子駅までの山道を片道 20 分ぐらいかけて自転車をこいでいたんです。

    ──皆に聞いている質問なのですが、なぜ羽生世代にはこれだけ強い棋士が集まったと思いますか? 先崎  結局は羽生さんですよ。そこに尽きる。僕も周りも羽生さんについていけば間違いないと思っていたから。彼がいなかったら森内、佐藤、郷田、先崎はいまほどにはなっていない。とにかく羽生が偉大なんです。もちろん彼は「俺についてこい」とは言ってないけど、結果的に周囲を引き上げましたよね。彼以外は普通の将棋指しだと、いまでも思います。

    将棋が強くなるためには若い時に始めるのが有利だ。そしてプロ棋士になるのも若いほどいい。将棋界には「中学生棋士は大成する」という定説がある。加藤一二三、谷川浩司、羽生善治、渡辺明、藤井聡太。中学生でプロになったこの5人の名前は、将棋に詳しくない方でもご存じだろう。  豊川が将棋を覚え、夢中になったのは中学1年生だった。プロを目指すにはあまりに遅いスタートだったが、寝食を忘れて熱中できるものを見つけた少年の目は輝いていた。 「クラスで流行ったんですよ。忘れもしない。中学1年の( 80 年) 2月に下の道場(このインタビューは東京・将棋会館の4階で行った。道場は2階にある) に来て、アマチュア7級でスタートしました」  豊川は天才少年だった。わずか7ヵ月、中学2年の9月にはアマチュア四段まで駆け上がったのである。そしてこの時期に、「下の道場」で羽生と対戦していた。

    なぜ飯塚は羽生たちの棋譜に惹かれるのか。それは「僕自身がいい手が思い浮かばないタイプ」だからだという。直感的に手が浮かばなければ、理屈で導き出すしかない。その時に、羽生たちの論理性の高い指し手が大いに参考になるのだという。 「羽生さん以前の将棋界は職人的な世界だったと思うんです。将棋の話をしても、『ここはこうやるもんなんだ』という感覚的な話が多かったんですね。でも羽生さんたちの将棋は、一手一手の意味を筋道を立てて説明できる。羽生さんの定跡書や実戦集も、『こういう理由があるからこう指した』と書かれています。そこが羽生世代が盤上で起こしたいちばんの革命ではないかと思っています」

    「私は三段リーグで苦戦して、突破するのに5期、つまり2年半かかったんです。その間の蓄積がデビュー後に爆発したのでしょう。 15 歳で一人暮らしを始めてから、毎日 10 時間は勉強していましたからね。家にテレビも置いていませんでしたし。いまの目で棋譜を見たら拙い部分は多々ありますし、勝てたのは運もありました。羽生戦は勢いのまま勝ってしまったという感じで、これでいいのかなと当惑したくらいです」

    「移動の時間に詰将棋を解いたりと、隙間時間にも勉強するように工夫しています。この世界は少しでも気持ちが切れたらガタッと落ちてしまいますからね。いまが踏ん張りどころだと思っています」

    ──最後の質問です。深浦さんが羽生世代の棋士から学んだいちばん大きなことは何ですか? 深浦  自分の頭で考えること。これに尽きます。教えられたことを守るとかではなくて、自分で一から考え抜いて結論を出さなくてはいけない。直接そう言われたことはありませんが、彼らの姿にそう教えられました。羽生世代のことを考えると、いつも思い浮かぶのは前述した控室の光景なんです。皆が一言も発せずに盤上をにらんで読みふけっている。あの環境に身を置けたというのは、私のかけがえのない財産です。

    佐藤天彦(さとう・あまひこ) 難攻不落の牙城を撃破した〝貴族〟の視座 1988年1月 16 日、福岡県福岡市出身。 98 年に6級で関西奨励会に入会。師匠は中田功。2004年、三段リーグで2度目の次点を獲得したがプロ入りの権利を放棄したことで話題を集める。 06 年 10 月に四段昇段。 08 年、第 39 回新人王戦で優勝。 15 年、順位戦A級昇級と同時に八段昇段。 16 年、第 74 期名人戦で羽生善治を破って名人位に就く。以後、名人3連覇。ニックネームは「貴族」で、ヨーロッパの文化に深い関心を持つ。取材は 20 年8月下旬に行った。

     佐藤の愛称は「貴族」。ヨーロッパの伝統的な価値観を好み、趣味はクラシック音楽、バレエ、絵画鑑賞だ。ファッションにも強い関心を抱いており、ベルギーのブランド「アン・ドゥムルメステール」がフェイバリットだ。自宅はバロック風の家具や調度品で埋め尽くされており、まるで宮殿の一室のようである。

    強い好奇心を持ち、自分が興味を抱いた物事は深く探究し、学ぶ。美しいものやよいものから刺激を受けて自身を向上させることが「文化」だと私は思うが、佐藤という人間からは教養の香りが漂ってくる。

    「羽生さんを見ていると、いろいろなことに好奇心や興味を示してこられたのがわかります。実際、将棋にもそういう価値観や美意識が反映されていますよね。物事に対して広い視野で柔軟に対応したり、好奇心を持ってアプローチをしたりする姿勢が将棋にもよく現れています」

    室岡はマルクスの「すべては疑いうる」をモットーにしており、影響を受けた佐藤は定跡を鵜吞みにせず、一から検証するようになった。それがのちに独自の戦法を編み出す下地になっている。室岡とは「 20 回くらい、2人で海外旅行をしました。ヨーロッパでチェスの大会を何度も観戦しています」と言うほどの仲だった。

    「中途半端に勉強をしないほうがいいと思っているんです。なんというか、棋士人生でまったく勉強しない時期があってもいいのかな、と。勉強時間が取れなくても将棋を勝つ方法があるんじゃないかとポジティブに考えています。例えば内藤先生(國雄九段) は『おゆき』を大ヒットさせて歌手活動をされていた時は、将棋の勉強はほとんどできなかったはずかな、と。でも、その後に王位を獲得されていますから」  どうすれば勉強しなくても勝てると考えているのか。 「大事なのは次の3つです。流行に毒されないこと。自分の経験をうまく生かすこと。自分に自信を持ち続けること」

    昭和の先輩方に共通しているのは、胸を張って生きていたことです。「俺たちは将棋という、世界に誇れる日本の伝統文化を仕事にしたんだ」というプライドを持っていた。それが将棋界から消えてしまうのは、僕としてはいちばん悲しいことです。将棋界は「ただ将棋が強い人たちの団体」じゃいけない。技術と精神性の両方が求められるんです。

    羽生さんは自分だけではなくて、周りの棋士を強くしてきました。例えばそれまでの将棋界は、序盤戦の情報などは外に出さず、自分と仲間だけで共有することが多かった。でも羽生さんはそうではありません。羽生さんにしかわかっていないような技術や考え方を隠さずに開示していました。秘術を明かすわけですから、短期的な視点で見れば、羽生さんが損をすることはあったと思います。でももっと大きな視野で考えれば、将棋界全体の技術を底上げしているわけです。羽生さんの功績は計り知れないものがあります。

    ──皆に尋ねている質問ですが、なぜ羽生世代にこれだけ強い棋士が集まったのでしょうか。 森内  いろいろな要素があると思います。単純に子どもの数が多い時代でしたし、趣味がいまほど多くなかったので、将棋に向かう人が多かった。あと1983年に谷川さんが 21 歳の最年少名人になられて将棋界が注目を集めたことも大きいでしょう。ただやっぱり羽生さんの影響は計り知れないと思います。彼が中心となっていろいろな物事を成し遂げていくことに刺激を受けて、周りの人も高いモチベーションを維持しながら自分のよさを引き出して伸びていった。周りに優秀な仲間がいれば底上げにもつながりますし、全体のレベルや考え方にも影響を与えます。それは羽生さんにとってもプラスだったでしょう。才能があって可能性がある人たちが集まることで、さらに活性化していったのだと思います。

    「いまは先の見通しが立ちにくい世の中なので、遠いことを考えるよりも、目の前の一年一年をしっかりと過ごすことが大事だと思っています。わからないことを考えるよりも、目の前の一局一局を大事にしていきたい」

    私が最も強く感じたのは、彼らの謙虚な姿勢だ。羽生世代について語る時、彼らは深く 頭 を垂れていた。羽生たちにとってそれは普段の態度でもある。相手の立場に関係なく、誰とでも同じ目線で話をする。決して尊大な振る舞いをすることはない。ネガティブな要素を一ミリも発しない彼らは、全世界と人間を肯定する力に満ち溢れている。

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    2024年06月17日
  • 藤井聡太ライバル列伝 読む棋士名鑑

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    スポーツ雑誌『Number』の連載などをまとめたもの。棋士・女流棋士58人が、それぞれ4~5ページくらいずつ紹介されていて、サブタイトルの「読む棋士名鑑」の方が実際の内容に近い。その後の話が連載に加筆されていて、丁寧なつくりになっている。藤井聡太もちゃんと載っている(他の棋士より長め)。

    著者は言う。「将棋界には個性的な棋士が多い。幼少時から一つの物事に打ち込み、人生を賭けてきた者が魅力的でないはずがない」。まさにその魅力が伝わってくる名鑑。

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    2023年09月26日
  • 証言 羽生世代

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     将棋は全く指さないが、棋士の言動には心動かされる。「3月のライオン」派の私としては、心から楽しんだ一冊。

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    2021年06月15日
  • 不屈の棋士

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    タイトルを見て想像した内容とは異なり、将棋ソフトとの戦いやつきあい方を11人の棋士が自身の将棋観を踏まえて語る内容であった。私は将棋観戦を始めて一年未満で、AIが示す評価値や読み筋ありきの観戦なので、将棋ソフトのない将棋界がもはや想像できない。この本が書かれた時代はまだソフトが味方か敵かわからない過渡期で、棋士としての誇りや強くなりたい向上心や好奇心、またソフトに淘汰される恐怖などが率直に語られている。各棋士の語る信条は、私が今まで見た対局や本などから得た知識からその棋士に抱いていた人となりとほぼ同じで興味深かった。

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    2021年04月29日
  • 証言 羽生世代

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    野球で非常に高い実績を残した選手が特に多い「松坂世代」という1980年生まれの世代があるように、棋界にも異常に強い棋士が集中している年代があり、それが1970年生まれの「羽生世代」です。羽生善治氏をはじめ、佐藤康光氏、森内俊之氏、と言った実力棋士が集中しています。その際立ったデータとしては、羽生世代がタイトル戦に初出場以来、2020年までの約30年間の200回を超えるタイトル戦のうち、約8割のタイトル戦には羽生世代の誰かが出場し、そのうちの8割のタイトルは羽生世代が保持していた程です。また名人位を通算5期保持すれば得られる永世名人の称号を持つ棋士はやはり世代交代もあって年齢が20歳程度離れるケースが多いのですが、羽生世代には羽生善治氏と森内俊之氏の2名がおられるという稀な世代でもあります。
    この世代になぜ、これほど実力のある棋士が多いのか、それを1)羽生世代に突き上げを食らった羽生世代より年代が上の棋士、2)羽生世代としのぎを削った羽生世代に近い棋士、3)羽生世代を目標にしてきた若い棋士、4)羽生世代の実力棋士 という4つの年代に分けて羽生氏自身も含め16人のインタビューで構成されています。
    私自身、それほど将棋を見る方ではないので、登場する棋士の半分以上は顔も分かりませんし、なにより棋士の個性ともいえる棋風も知りません。それでもインタビューに応える棋士の皆さんは語る言葉が豊かで、”棋士とはこういう考え方なんだ”とか”どの世界もトップレベルは、とにかく凄い”という事が伝わってきます。
    そして何より本書に登場する棋士の全員から伝わるのは”謙虚さ”であったり、他人の実力を認めて尊敬の念を持たれている事です。著者もこの点には触れていますが、将棋が”投了”という自ら負けを受け入れる行為で成り立つからこそはぐくまれた資質かもしれません。本書の読後も大変清々しい気持ちになりました。時々対局の様子がテレビ等で映りますが、その所作の美しさといい、本書で紹介される人間性と言い、こういう人になりたいと感じさせられました。
    羽生世代の棋士も50歳を過ぎ、実力的にはピークを過ぎつつあります。羽生善治氏も2018年に27年ぶりに無冠になりました。でも今だ若い棋士と渡り合う姿に、体力の衰えを感じながらも仕事に向かう同い年の自分自身を重ねてしまいます。300ページ超のちょっと分厚い目の1冊ですが、登場する棋士の人柄がよく伝わってくる内容充実の1冊です。

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    2021年04月22日
  • 証言 羽生世代

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    羽生善治というスーパーヒーローをとりまく棋士たちの価値観、考え方に触れられてとても面白かった。将棋自体に対してリスペクトがあるから謙虚であり、だからこそのトッププロなのだと感じた。
    どのゲームも、芸術も、仕事も、「全部理解した、これが正解だ」と思った瞬間奢りはでるし、成長もできないし、後進に尊敬されるような人物にはなり得ないと思った。

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    2021年01月11日
  • 証言 羽生世代

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    羽生善治世代の棋士が将棋界を席巻している背景を世代前後の棋士にインタビューして浮き彫りにしている。羽生世代の強さだけではなく、インタビューを受けた棋士の思いまでにじみ出ていて興味深い。丸山九段や木村九段のインタビューもあったらというのは望みすぎかな。

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    2021年01月07日
  • 証言 羽生世代

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    棋士として脳漿を限界まで鍛え、実践で一滴も残さず絞り尽くすという超人たちであるが、その上に知情意が円満に備わったインタビュー受け答えであり、驚嘆。

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    2020年12月28日
  • 証言 羽生世代

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    将棋のことを知らない人でも、羽生善治の名前は知っているのではないか。トップを長くはり続けている超一流の棋士だ。その実績は将棋界の歴史の中でも、突出している。
    羽生は1970年生まれであるが、羽生と同世代には強い棋士が集中している。佐藤、森内、郷田、藤井猛、等だ。これだけの強い棋士を生み出した世代は、たしかに他にはない。どうして、羽生世代はこんなに強かったのか、というのが、筆者の疑問であり、この疑問を解くために、筆者は16名の棋士にインタビューを行う。本書は、そのインタビュー集である。
    一般的に棋士のインタビューは面白い。彼らは、深く考えることが仕事なので、何かを問われたときに、通り一遍の無難な答えを返さない。慎重ではあるが、よく考えたオリジナルな答えを返すことが多いからだと私は思う。この本の16人のインタビューも、とても面白かった。
    特に面白かったのは、羽生世代である佐藤、森内、郷田、藤井猛へのインタビュー。驚くほどの率直さで質問に答えているが、いずれも、羽生へのリスペクト、羽生と一緒に切磋琢磨できた矜持、一時代を築いた誇りみたいなものを感じられた。

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    2020年12月27日
  • 証言 羽生世代

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    ネタバレ

     羽生さん世代の棋士がなぜこれほど強かったのかを各棋士へのインタビューで語ってもらう形式となっている。読み手としてこの本に何を期待したのか、を考えてみた。羽生世代にとってタイトルをとることがだんだん難しくなった今、昔はもっと強かった、そんなことを知りたいわけではなかった。

     将棋が好きでAbemaやNHK将棋をみたり、将棋ウォーズで1日3回無料でオンライン対局している素人の身からすると、AI全盛でAIを使いこなす若手が台頭しているなかでどのようなことを考えているのか、そして状況が厳しい中で将棋を続けるモチベーションはどういうところにあるのかそういったことを知りたいと思って読み始めた。

     羽生世代の棋士に限らずAIが台頭する前の棋士に共通しているのは、ただひたすら盤面に向かって考え続ける時間を経てプロになり、プロとして活躍しているということだった。またそのときの経験が今でも生きていることも多くの棋士が語っていた。

     インターネットが台頭して簡単に情報が手に入り分析できるようになった時代の営みと、情報が手に入れにくかった時代において人が情報を手に入れるために知らず知らず試行錯誤し、またゆっくりとものを考えていた時代のそれとは大きな違いがある。先になんとなくの答えを知ってから考えることと、答えが見えていない状態で考えることの違いだ。

     自分には時々考えたことをノートに書いて整理したくなるときがある。それはインターネット登場前にその手段しかなく自然に行っていたやり方である。それがPC・スマホやインターネットだけを使ってものを考えるときのベースになっていると感じることが多々ある。

     羽生世代の棋士と若手世代の棋士の違いというのはそのような違いがあるのではないかとこの本を読んでいて思った。つまり自分の考えを何の手がかりもなしに、ただひたすら長時間整理していくような経験があるか、ないか。単にある、なしではなく長時間あるのか、ないのか。それはその人の思考法に大きな影響を与えるだろうと思う。

     羽生世代は当時は常識だった序盤の手順について1手1手考えて疑問に思ってよりよい手順を見つけたという。AIによる示唆はなく。考えようと思ったきっかけは自発的なものだ。

     自分はそのような営みに意味があるのかないのか、そういったところをこの本から感じ取りたかったのだと思うし、AI全盛となった今においてもそれには意味があるのだと感じることができた。

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    2020年12月25日
  • 証言 羽生世代

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    羽生善治のほか森内俊之・佐藤康光ら羽生世代をテーマとして、棋士16名に行なったインタビューを1冊にまとめたもの。羽生よりも上の世代、同世代、若手世代、そして羽生世代自身が均等に扱われている。羽生世代についての語りが同時に、その語り手自身の棋士人生への語りにもなっているのが特長。

    それぞれのインタビューは何れも、「なぜ、羽生世代は強かったのか?」で統一されていて、時代環境の変化に注目するものや精神面に注目するものなど、さまざまな回答を楽しむことができる。個人的には、谷川浩司の答えが一番印象的であった。

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    2020年12月20日
  • 不屈の棋士

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    将棋ソフトと棋士界の対決についてのインタビュー本。ここ4・5年間「どうすれば競わずに済むのか」を念頭にずっとアスリート・棋士・eSports選手達の本を読んできたけれど、本書ではもう只「勝負事って何て美しいんだろう」とだけ思うに至りました。

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    2020年12月02日
  • 不屈の棋士

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    ネタバレ

    文句なしにおもしろい。AIに向き合う棋士の葛藤が余すことなく綴られている。そして誰一人答えをだせていない。2015年~2016年頃、棋士は将棋界におけるシンギュラリティにいち早く向き合っていたのだ。
     そして今現在2019年、将棋界は凋落するどころかかつてなく注目を集めている。AIの脅威は部分的には杞憂に終わったかにみえる。ただ各々の棋士は自分の指す手が自分の思考によって生み出されたものか、それとも気づかずAIによって導かれたものか、茫漠とした理解の中で日々戦い続けている。

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    2019年09月05日
  • 不屈の棋士

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    プロ棋士11人に、将棋ソフトと将棋界についてインタビュー。それぞれの生き様がにじみ出ているようで読み応えがある。現役最強棋士として羽生、渡辺明、ソフトに好意的な勝又、西尾、千田、ソフトに敗れた山崎、村山、対決を恐れない森内、糸谷、背を向ける佐藤康光、行方。強いソフトの登場がこれだけ将棋界に激震をもたらしていたと初めて認識した。

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    2019年08月14日
  • 不屈の棋士

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    コンピュータ将棋に対峙する棋士のインタビュー。2016年。
    羽生、渡辺のトップ棋士から、棋士の中でも先駆者と言われてる勝又、西尾、千田、そして背を向ける佐藤康光、行方まで色んな人のインタビューがあり、面白かった。

    中終盤の評価値や寄せなどの研究で既に多く棋士が利用しているみたいですが、中には定跡の研究で使われて、その手が実際に指されたりもするみたい。
    つまり知らないと不利になる可能性が高い。

    もう既にAIには勝てなくなりつつありますが、今後棋士がどのような矜持を見せるのか、興味深いところ。

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    2018年11月03日
  • 不屈の棋士

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    ’’人工知能はもはや人間を超えたのか’’’’棋士(棋士のつくる棋譜)という職業の存在価値はそのときどこにあるのか’’’’人工知能とどう向き合うか(戦うのか戦わないのか)’’
     2016年6月という非常に絶妙の時期に、現役最強棋士・人工知能に特に詳しい棋士・実際に人工知能と公開対局して敗れた棋士・人工知能と闘う気はないと公表する棋士、同じ質問を11名の棋士にぶつけることで、いろんな考え方をあぶりだしてくれた、名著と呼べるインタビュー集です。
     タイトルがその切り口を彷彿させないだけに勿体ない。登場してる棋士が豪華絢爛。将棋指しでない人でも、人工知能に凌駕されつつある時点での人類最高頭脳集団の苦悩や覚悟や決意を体感できる名著です。千田翔太プロの完敗と宣言した上での若い人ゆえの割り切りと、既に上り詰めた立場にいる佐藤康光永世棋聖や渡辺明永世竜王のいらだちが印象的でした。羽生善治永世6冠はやっぱ飄々としてる不思議な人です

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    2017年08月12日
  • 不屈の棋士

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    わたしが愛してやまない将棋。下手くそだけれど、小学生の頃はプロになるのが夢だった。コンピューター将棋も好き。ただ現在のようなレベルになるとは思わなかった時代の話だが。

    この時代に、11人の棋士へのインタビューを読んで考えさせられたし、悔しくて、また、崇高さに涙も流れた。棋士の存在意義を通して、人間の存在意義を考えざるを得なかったからだ。

    インタビュアーの大川慎太郎さんの文章は素晴らしかった。将棋が分からない人にもお勧めしたい。

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    2017年06月17日