大川慎太郎のレビュー一覧
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「人工知能に追い詰められた「将棋指し」たちの覚悟と矜持」。帯に書かれているコピーがまさに本書の内容です。トップ棋士が相対しても、すでに人工知能には簡単に勝てなくなっているのが現状。その中で、棋士たちは自らの存在意義をどう考えているのか、人口知能との付き合い方をどうしようとしているのか、そして、将棋界はこれからどうなっていくのか。トップ棋士11人へのインタビューで構成されています。
どんなに人工知能が強くなっても、人間と人間の対局の魅力は失われない。人間はミスをする生き物で、そのミスで勝負が決まるのが将棋。それでも人間が知恵を振り絞って対局する姿の魅力は失われない。
人工知能がある限り、自らの勝負に最大限役立たせようとする。一方で、人間と人間が対局するのが将棋と、人工知能から距離を置く者もいる。
棋士という職業は、将棋の魅力を伝えていくために、無くてはならない存在。人工知能はその思考プロセスを人間にわかるように説明できない以上、その役割を担えない。
将棋を題材にしているが、これから人類が人工知能とどのように対峙していくのか、共存していくのかを考えるうえで非常に興味深い内容でした。人工知能が得意なもの、人間にしかできないものは何なのかを、一人一人が真剣に考えないといけませんね。 -
Posted by ブクログ
他の分野より一足早く、人工知能の登場によりその在り方が問い直されている将棋界。かつてはその絶対的な強さによって価値が担保されていた「棋士」が、近年急激に進歩した将棋ソフトに勝てなくなったためだ。そのような状況の中で、棋界と関わりの深い著者が11人の棋士たちのの思いのうちをインタビューした本。
面白かったのが、棋界の中にも正反対の意見があって、さらに棋士によって様々であること。一方には、ソフトの登場は世間の趨勢であるからうまく活用して自らの棋力を向上させるべきだと言う棋士もいれば、他方には、将棋への愛、棋士の矜恃のために、ソフトに左右される対局に違和感、嫌悪感を隠せない棋士もいる。ただ、皆が口を揃えて言っているのが、ソフトに頼りきりで自分の頭で考えなくなるのはまずい、ということ。将棋という文脈で言えば対局場にはソフトを持ち込めないのだから終盤で結局は負けるよということだろうが、結果だけを鵜呑みにすると落とし穴に嵌るというのはもっと広く一般に言えることだと思った。
もう一つ読んでいて思ったのが、人が見たいと思うのは「人間臭い」将棋なのかもしれないなということ。自分自身指していて楽しいと思うのは苦しい将棋を粘りに粘って逆転したときだし、プロが秒読みに終われて時にミスをするのを見ると変な言い方だが親しみを感じる。逆に、将来将棋の必勝法が見つかるようなことがあっても(必勝法が存在することは証明されているはず)全然嬉しくない気がする。
本作は2016年のものだが、それから藤井フィーバーや羽生九段の永世七冠達成などもあって将棋界はかなり盛り上がっている。勿論ソフトの問題が根本的に解決された訳ではないが、将棋界の雰囲気が大分変わった気がする(具体的には、普及活動が盛んになっている気がする)。 -
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「棋士が個性や特徴を出すのは必要。そこが将棋の魅力だからね。
将棋世界2016年8月号 中原誠十六世名人の発言(P85)より」
「プロになれば、皆さんに楽しんでいただくという意味では、個性があった方がいい。
同上 佐藤天彦名人の発言(P22)より」
将棋や囲碁は一対一の競技として
文化としての格式を確立させることに成功させているが
将棋ではゲームの強さだけでなく各棋士の個性付けを
どれくらいおおぜいが意識してかしないでかしらないが囲碁と比較して成していると感じる
この本は「将棋ソフト」の力が近年棋士を上回るほど成長していることを
題材としたインタビュー集だが
棋士世界の狭さや高さを各人の答えから感じさせてくれる
内容自体は以下に同意
「現代将棋はソフトに近いように見えて、まったく別の将棋です。人間にとって勝ちやすい形を突き詰めているだけなんです。
糸谷哲郎八段の発言(P252)より」
「ソフトと人間の勝負は別物だという気がします。(中略)人間が楽しむには(大将棋などと比較して)いまの将棋がベストなのだから、たとえソフトが強かろうと関係ない。結局、人間が楽しめなければ意味がないですし、それとソフトの存在は別問題なのです。
佐藤天彦名人の発言(P5)より ()内は引用時補足」
こういった意見が自然だと思うが
2016年前半くらいにおいても名の有る棋士がこういうような見方だったという
時代の証言として変に価値あるかもしれない -
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AI(コンピュータソフト)の在り方について名を馳せるプロ棋士11名にインタビューし、その内容が書かれている本。
抵抗を示す棋士、強さに惹かれ積極的に取り入れようとする棋士、まだ負けたわけではないと矜持を保つ棋士等々、考え方が十人十色で大変面白い。
多くの棋士が述べているように、私も人間の指す手や解説に魅力を感じているのだけど、正直「羽生マジック」がマジックじゃなくなる日、は秒読みに入っていると思うと怖い。(既にそうなっているかもしれない)
己の思考で苦悩の上に閃いた手を指し、「その手はソフト検討から編み出したものですか」と言われたらさぞかし不愉快だろう。
強さこそ正義、のプロの世界に圧倒的強さの人工知能が現れてもなお、プロ棋士を尊敬していたいと思う。人間は人間、コンピュータはコンピュータで共存していってほしい。 -
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2016年7月20日発行。
羽生善治、渡辺明、勝又清和、西尾明、千田翔太
山崎隆之、村山慈明、森内俊之、糸谷哲郎
佐藤康光、行方尚史 トップ棋士に聞く、将棋ソフトとの関わり方。
ソフトによる驚異。不安、疑問が渦巻く正に過渡期においてトップ棋士にインタビューした意味は大きく価値あるものと思う。
ソフトを環境の変化として受け入れる者、距離を置く者、ソフトの変遷を見てきた者、進んで受け入れる者、積極的に活用し尽くす者、拒む者、それぞれの意見が詰まったインタビュー形式の一冊。良書。
しかし、皆口を揃えて言うのが将棋とは評価値や勝ち負けではない。真剣勝負の醍醐味はそこではなく一手一手の物語、終盤の逆転劇、ドラマが見所なのだ。と。
確かに、プロ棋士の代名詞の1つである読みの深さ。一瞬で何十手先も見通す超人的な思考回路にコンピューターが追いつき、ほぼ抜いてしまった現実には寂しさを感じざるを得ない。またその事実だけを捉えて将棋本来の魅力や勝負としてのドラマを軽視した今の風潮は変わって欲しいと強く思う。
今後、コンピューターとのあり方について向き合わなければならない将棋界。激動の時代になるとは思うが、日本の愛される伝統文化としてこれからもその魅力を発信し続けて欲しいと思う。
橋本崇載八段の棋士の一分と合わせて読むのをオススメします。 -
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プロの将棋さし。棋士。
日本で言えば 選ばれた人たちに違いない。
将棋に強いって、なぜか すばらしいことのように見える。
そうした 棋士たちが
コンピューターのソフトに負ける時代が来た。
そのことによって 棋士が 影響を受け、
また、存在さえも問われる。
11人の棋士のインタビューを通じて、
ソフトにたいする立ち場や
感想と利用方法などを、明らかにする。
そこで見えたのは
プロフェッショナルとしての誇りと矜持。
『矜持』という言葉が
これほど、気高く見えたのはいいことかもしれない。
羽生善治の天才的ひらめきと独創的な将棋感は清々しい。
渡辺明のめざしている将棋の方向と
コンピュータとの立ち向かい方。
一線を画して、超越した観がある。
ニンゲンと向き合って 将棋を指すのと
コンピュータと将棋を指すのは
別のゲームなんだろうね。
同じジャンルとして考えてしまうのは
良くないかもしれない。
ニンゲンが犯すミス。それを見抜くニンゲン。
そして 逆転する。
そのニンゲンがつくり出すドラマが
将棋なのかもしれない。
トップの棋士がコンピュータにまったく歯が立たなくなってしまった時に、一体 なにが起こるのか?
と想像しても あまり意味がないな
ということがわかった。
コンピュータは あくまでも 道具である
ということが、わかった上で、
ニンゲンは どう使うかだね。
棋士だけのインタビューで 残念だ。
ソフトを開発した人たちの
誇りと矜持が聞いてみたいものだ。 -
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本書カバーの巻末に日本将棋連盟発行の書籍が11冊載っているのだが、うち7冊に藤井聡太の名が入っている。タイトルにある「新時代」というのは、要するに藤井聡太の時代なのである。
まえがきには「強い棋士はたくさんいたが、タイトル戦で一度も負けたことのないような圧倒的な者は存在しなかった」とある。しかし、これが書かれた3ヶ月後には、本書にも収録されている伊藤匠七段が叡王を獲得した。
インタビュアーである大川は、若手棋士たちが藤井についてどういう認識を持っているか聞きたかったようだが、通読したところ、たしかに藤井の存在は大きく感じつつも、そこまで強く意識している棋士がいるようにも思えなかった。
だが、それも当たり前である。若手棋士たちなので、そもそも藤井聡太との対局の場そのものが遠い面々たちも多い。それに、いくら厳しい時代とはいえ「藤井にはとてもかないません」と述べるような棋士はいないだろう。
後半は女流棋士たちのインタビューもおさめられている。当然ながら女流たちは対藤井への意識は棋士たちに比べて大幅に低くなるので、プライベートな面の話が多くなる。それはそれでいいのだが、毎度のように好きな男性のタイプを聞くのも、いまどき古臭い感じもする。いいけど。 -
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【感想】
本書が刊行された2020年は将棋界にとって節目の年だった。8月20日に藤井聡太棋聖が木村一基王位を4連勝で下し、18歳1か月での史上最年少二冠を達成した。これまでの最年少記録は羽生善治の21歳11か月であり、羽生は藤井の記録を「空前絶後の大記録」と評している。
一方、羽生善治は2018年12月21日、第31期竜王戦で広瀬章人八段に敗れ、保持タイトルがゼロになった。実に27年ぶりの無冠である。
藤井聡太の台頭と羽生善治の陥落。将棋界では間違いなく世代交代が起きている。
本書は将棋の一時代を築いた「羽生世代」の強さの秘訣に迫る一冊だ。谷川、島、森下、渡辺、深浦、久保といった前後の世代と、藤井猛、先崎、佐藤、郷田、森内、そして羽生といった世代当人たちへのインタビューを重ねて、「何故羽生世代はこれほどまでに強かったのか?」をあぶり出していく。
まさに棋界のトップランナーたちが勢ぞろいなわけだが、その中で特に気になるのは、羽生世代を散々打ち負かした渡辺、羽生世代の一角でありライバルの森内、そして本人の羽生が何と言ったかだろう。残念なことに、羽生本人は謙遜からかそこまでストレートなことを言っていないが、渡辺と森内はなかなか切れ味鋭いことを述べている。それは今の「ソフト世代」の戦い方が、羽生世代の「序盤重視」の感覚とまるきりズレているという事実だ。
羽生世代は新しい定跡をつくってきた世代だった。具体的に言えば「序盤の体系化」である。
今までの中原・米長時代は中・終盤のねじり合いで勝負が決まることが多かった。そのため、「将棋は中・終盤の才能勝負。序盤の研究は弱いやつがやるもんだ」といった風潮が少なからずあったという。しかし、羽生世代は初めからどんどん時間を使っていった。序盤でリードを奪えるように、データベースやパソコンを活用した戦法研究を始めたのも羽生世代からだ。この「徹底的に考え抜く」という姿勢が羽生世代の強さだと、多くの棋士は語っている。
しかしながら、ソフト全盛期の今では、逆に序盤に時間を使わなくなった。定石が決まっている部分は、ソフト最善手を暗記して時間を節約する。羽生世代のように序盤から一手一手時間をかけて、しらみつぶしに考えることをしなくなった。羽生世代を経て序盤の戦法が一周したのだ。
渡辺は、「今よりも、羽生世代の棋士たちと指していたときのほうがハイレベルだったと思う」とまで言い切り、「ソフトに頼ることによって、将棋の地頭が弱くなってしまう」という意見に賛同している。森内も「今の世代は指し手に個性が見られない」と評している。棋界をけん引し続けてきたトッププロ2人が言うのだから、何とも重みのある言葉ではないだろうか。
ほか私が印象に残っているのは、先崎といい森内といい、羽生世代の棋士たちが「結局羽生さんなんですよ」と証言していることだ。まず頂点に絶対王者の羽生が存在し、その下に他の棋士がいる。羽生が神のような活躍をし続けたからこそ、周りが鼓舞され、羽生世代全体が強くなっていったそうだ。
そう思うと、藤井聡太の圧倒的な活躍によりこれから「藤井世代」が台頭し始めるのかもしれない。藤井より若い伊藤匠、二つ上の服部慎一郎などが今ノッているが、もしかしたらここから羽生世代以来の黄金世代が出現するのかもしれない。そう思うと、何ともワクワクする。これからの将棋界に期待だ。
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【まとめ】
1 奇跡の羽生世代
羽生善治を中心とした、羽生世代の棋士たち。なぜ、彼らの存在が「奇跡」なのか。それは将棋界が弱肉強食の世界であるにかわらず、1990年くらいから最近まで、延々とトップを張り続けていたからである。
本書では羽生・森内・郷田・佐藤・藤井猛・丸山を「羽生世代」と定義づける。
羽生世代の実力の高さは、タイトル獲得数に現れている。羽生世代の棋士がはじめてタイトル戦に出場してから32年間、計225回のタイトル戦が行われたが、うち羽生世代は136期(うち羽生が99期)を持っている。
2 先輩・後輩・同年代が語る羽生世代の凄さ
谷川「棋士は、勝負師と研究者と芸術家の三つの顔が必要です。普段は将棋の真理を追究する研究者で、対局の序・中盤はファンを魅了する芸術家で、終盤は勝つために勝負師に徹するのがいい。それをバランスよく持てる人がトップ棋士ですが、いちばん自然に実践できているのが羽生さんなんです。羽生さんは誰よりも好奇心が旺盛で、それが羽生将棋を支えています。節目や急所ではもちろん勝負に徹してこられますが、実は勝敗やタイトルの数にはそれほどこだわっていない。将棋の真理を追究して、拮抗した中・終盤の戦いが長く続くことを楽しんでいるような感じがあります。相手が悪手を指すと羽生さんが嫌な顔というか、ガッカリするという話がありますよね。ここからがおもしろいところだったのに、と(笑)」
――羽生世代が盤上で起こした革命とは?
谷川「序盤の体系化です。もちろん将棋は中・終盤が大事ですし、それまでの世代、特に中原・米長時代は中・終盤のねじり合いで勝負が決まるようなところがありました。でも羽生世代の棋士は序盤を重視していました。相手より一手先に指せる先手番ならどれだけリードを奪えるか、また逆に後手番なら序盤の駒組みをどう互角で進められるか。そこに重きを置いて研究していたと思います」
先崎「優勢な将棋を押しきれる人間が勝つ。終盤が強いほうが勝つ。この2つを合わせ持っているのが羽生世代の棋士たちです。先輩の中原先生と米長先生の特徴を受け継いでうまく合わせているんですよ。米長先生は「終盤が強いやつが勝つ」という将棋観を持っていました。中原先生は「優勢な将棋は絶対落とさない」という意識がものすごく強い棋士だった。ではどうすれば優勢にできるかというと、序盤でリードすることです。羽生さんたちはそこも巧みでしたよね。それまでの序盤戦は個人の経験や感覚に頼っていて、人によって差があったけど、羽生世代はそれを定跡化した。そこがすごいんですよ。」
――なぜ「羽生世代」にはこれだけすごい棋士が集まったのでしょうか。
島「羽生さんたちは最後の「精神世代」ですよね。いまはほとんど使われなくなった言葉ですけど、「気持ち」や「根性」を彼らは持っていました。羽生さんたちは勝負を合理的に追究していましたし、その流れが現在の将棋界をつくっています。ただ現在の論評では
「合理性」の部分があまりに強調されすぎている気もします。実は羽生さんたちの将棋は、終盤で説明できないようなわけのわからない手が出て、そこが勝負を決めていたりしたんですよ。でも藤井聡太さんにはそういう手は少ない気がします。いまはソフトがあるから、指し手も全部数値化されてしまうでしょう。でも勝負を決めるのは数値じゃない。七冠時代、そしてそれ以降の羽生さんにはミステリアスな部分もあって、そこもすごく魅力的でした。(略)ライバルの存在は大きいですし、「深く読む」という基本的姿勢が彼らの将棋を作ってきたことは間違いない」
室岡「私たちより前の時代は、「手筋」をたくさん知っている人が強い時代でした。例えば敵玉を寄せる手筋とか、敵の攻めを一手しのぐ手筋とか、そういう技術の知識の量が大事だったんです。でも羽生世代より少し前の我々くらいの時代から戦法が重視されるようになって、研究が進んでいった。もちろん昔から矢倉や四間飛車といった戦法はありましたけど、ただ漠然と指すのではなく、序盤でリードを奪えるように緻密に研究するようになりました」
先崎「結局は羽生さんですよ。そこに尽きる。僕も周りも羽生さんについていけば間違いないと思っていたから。彼がいなかったら森内、佐藤、郷田、先崎はいまほどにはなっていない。とにかく羽生が偉大なんです。もちろん彼は「俺についてこい」とは言ってないけど、結果的に周囲を引き上げましたよね。彼以外は普通の将棋指しだと、いまでも思います。」
天彦「いろいろな要素があるでしょう。羽生さんの存在があって、ほかの方が刺激を受けたことは間違いなく大きかったはずです。そして皆が自分の頭でしっかり考えて将棋の骨格をつくって、年をとるにしたがっていろいろなものを取り入れていった。あと羽生世代の棋士の中でも分かれるでしょうけど、三段リーグがない時代はプロになりやすかったので、それも大きかったと思います。」
――それまでの将棋界をどう変えた?
天彦「感性や感覚を重視することを「定性的」、数字やデータを重視することを「定量的」と言うとすれば、羽生世代以前の将棋界は定性的な部分に偏りがちだったと思うのです。例えば将棋を芸事という捉え方をして、「将棋は中・終盤の才能勝負。序盤の研究は弱いやつがやるもんだ」といった定性的な思考になりがちなところがあったのではないでしょうか。でも羽生世代から、定量的な考え方を取り入れるようになった。データベースやパソコンを活用して序盤から論理的にアプローチし、定跡をつくっていったと思うのです」
3 羽生キラー渡辺明が語る羽生世代
1984年生まれの渡辺は、羽生善治よりも14歳若い。長らくトップを張り続けていた羽生世代の棋士たちと激しい覇権争いを繰り広げてきた。羽生とは9回、佐藤康光とは4回、森内俊之、丸山忠久とはそれぞれ3回、そして郷田真隆とは2回、タイトル戦という大舞台で相まみえてきたのだ。そんな渡辺の対羽生戦は38勝40敗だ。
――羽生世代に共通した強さや特徴は?
渡辺「変な手を指さないことですね。「それはさすがに筋が悪いでしょう」というのが変な手です。後輩との対局ではたまに指されることがありますが、羽生世代の棋士はまずそういうことはないです。もしかしたら若い人たちの間では、筋を大事にするという観念がなくなってきているのかもしれません。若手が筋を重視しないのはソフトの影響が大きいんですよ。彼らがいちばん重視しているのがソフトの評価値なんですね。もちろんソフトだって、機械の理屈でその手を導き出していると思うんです。でも人間の常識的には「えっ」と驚くような手が多い」
「あと最近の若手の特徴として、時間の使い方がいままでの棋士とは大きく異なります。大事な局面でもパッと指してくるので、「何でここで考えないの?」と疑問に思うこともよくある。羽生世代の棋士は、難しい局面ではちゃんと時間を使って考えますから」
「羽生世代ほど将棋の指し手に可能性を感じていないのかもしれませんね。だって羽生さんたちは「これもある」「こっちもあるかも」と、序盤から一手一手に時間をかけて、しらみつぶしに考えてきたわけですよ。そういうじっくりと考えてきたことの厚みはものすごいものがあります」
羽生世代のタイトル戦出場が少なくなっていくのと、ソフトが将棋界で隆盛を極めていく時期は重なっている。羽生もソフトを駆使する若手棋士に序盤戦で苦戦をすることが増えた。だから羽生はソフトで研究される流行形を避け、自分の経験値で勝負できるような力戦形の戦法を採用することが多くなっている。数々の記録を塗り替えてきたスーパースターが一つの白星を挙げるのに必死なのだ。羽生も時代の流れの中でもがいているのである。ソフトを使った研究に後れを取ることもあるのだから、羽生世代の序盤戦を一昔前の将棋、と見る向きはあるかもしれない。だが渡辺は「そうではない」とはっきり語る。
渡辺「うーん、当時といまでは将棋の質が違うという捉え方もできるんですけど、少なくとも単調にはなりましたよね。例えばいまの序盤戦は事前にソフトで調べてくるものなので、形勢を知ったうえで指しているんです。どの戦型のどの順にアミを張って、それを暗記してくるかの勝負とも言えるんですよ。で、そのアミから外れたらだいたい負ける。でも当時の序盤戦はそんなことはなくて、創造と思考の勝負でした。形勢がわからない中で、自分で一手一手を考えていたんです」
「全体的に似たような将棋が増えています。ちょっと変わったことをするとすぐにソフトで解析されてしまうから。あといまは勝負の山場がすごく短くなっています。お互いに序盤の形勢を知っているので時間を使わずに指して、中盤ぐらいから本格的に将棋が始まる。予定が外れた局面で突然の大長考をして、少し駒がぶつかったぐらいで差がついて一方的になって終わってしまうことがよくあります。全体的に将棋が淡泊になってしまっているんですね。まあ、それは勝利を追求した結果だし、僕だってそういうことはある。だから否定はしませんけど」
――「ソフトに頼ることによって、将棋の地頭が弱くなってしまうということですか?
渡辺「そうだと思います。だからこれからの棋士は、僕も含めてピークの訪れが早い気がしますね。頂点に達してから下がり始めるところが、45歳よりは手前に来てしまうのではないかな。これからの棋士は、少なくとも45歳まで横ばいではもたないというのが僕の持論です」
4 羽生世代本人たちの証言
――なぜ羽生世代が突出していたのか?
佐藤康「私は中原先生(誠十六世名人)、米長先生、加藤先生(一二三九段)という上の世代に憧れていました。有吉先生(道夫九段)や内藤先生もいらしたし、少し上では高橋道雄先生や南芳一先生もいました。いまは憧れる棋士の世代が昔ほどは幅広くないでしょう。先ほど挙げた棋士はみな個性的で、それぞれ魅力が際立っていた。だから我々はいろいろな世代の棋士の将棋を吸収することができました。それは自分の将棋をかたちづくることにおいて、ものすごく大きかったと思います」
――羽生さんは将棋界の何を変えた?
森内「羽生さんは自分だけではなくて、周りの棋士を強くしてきました。例えばそれまでの将棋界は、序盤戦の情報などは外に出さず、自分と仲間だけで共有することが多かった。でも羽生さんはそうではありません。羽生さんにしかわかっていないような技術や考え方を隠さずに開示していました。秘術を明かすわけですから、短期的な視点で見れば、羽生さんが損をすることはあったと思います。でももっと大きな視野で考えれば、将棋界全体の技術を底上げしているわけです。羽生さんの功績は計り知れないものがあります」
森内「羽生さんは自分が上の立場になっても、「将棋は将棋」と割り切っています。自分たちの先輩の世代だと、「将棋の強さは人間力で決まる」というようなことをおっしゃっている方もいました。普段から威圧するような振る舞いで相手を萎縮させて、盤上で自分が有利になるように導いていたという話も聞いたことがあります。でも羽生さんはそういうことはまったくなく、将棋を盤上だけの勝負にしました。将棋界のオープン化の先駆けだと思いますね」
――今の世代の将棋とは?
森内「その子の個性というか、明確な特徴があまり見られませんでした。勝たなければいけないので、棋力を上げることがいちばん大事なことというのは重々承知しています。ただ同時にプロになる以上は魅力的なものを出していかなければ、この世界の発展にはつながりません。いまはソフトがあるので、考えること自体もどういうことなのか問われ始めています。まさかソフトの真似をして勝つために棋士になるわけではないでしょうから。そのあたりのバランスはすごく難しいですけど、何かヒントになるようなものを示していければいいなとは思っています」
――羽生世代が変えたところは?
羽生「我々の世代というよりは、「55年組」の先輩のあたりから少しずつ将棋の質や対局室の雰囲気が変わり始めて、そのあとに自分たちが棋士になったという感覚があります。将棋の定跡を整備して体系的に考えるようなところは、「55年組」の高橋道雄先生や塚田泰明さんの影響もあったと思いますし」
――なぜ羽生世代にこれだけ強い棋士がそろったのか?
羽生「私は谷川浩司先生の存在が大きいと思っています。谷川先生が21歳で史上最年少の名人位を獲得するかどうかという一番を、NHKが夜9時のニュースで報じていたのを覚えています。結果ではなく、「まだ熱戦が続いています」という途中経過を放送しましたからね。それだけ世間が将棋に注目している時期に、ちょうど我々はプロを目指していました。子どもの将棋人口も多くて、大会も盛況でした。巡り合わせというか、時代や環境のよさは間違いなく影響しているでしょう。
羽生「常にいい影響を与えてくれて、すごく刺激を受けてきました。集団で進んできたからこそ、これだけ長きにわたって続けてこられた面もかなりあったと思います。マラソンも集団で走るほうがいい記録が出るという話がありますから」 -
Posted by ブクログ
「羽生世代」と括られることってどうなんだろうと邪推したけれど、世代前後を入れた16名の棋士の真摯なインタビューから、穿った思いは消えた。
何より嬉しかったのは、羽生さんがテーマの話の中に佐藤康光会長に触れられる方が多かったこと。
会長職がどれほど多忙なのか知る由もないけれど、姿を拝見する度に、凛とした佇まいが印象的で、こんな人になりたい……と思わされる。
藤井システムの藤井猛さん、同飛車大学でバズった豊川孝弘さんのターンもあり、文字から人が見えるというか、笑ってしまった。
今年初めてじっくり将棋を見る中で、解説者としてビギナーにも楽しめる時間を提供してくださるお二人だと思う。
谷川浩二さん、森内俊之さんのチーム・レジェンドも改めて存在の大きさに唸る。
世代交代に挑んだ、と紹介されるのは魔王渡辺明、深浦康一、久保利明、佐藤天彦の四人。
もちろんこのメンバーは、現役バリバリでタイトルに絡んでくるわけだけど、そこに自然と存在する羽生さんって本当に神様なんだろうな。
AI台頭前に、羽生さんという将棋の神様と、自分の考えを頼りに切磋琢磨してきた世代の人たちがいて。
将棋でプロを目指すことを世の中の人たちが認めていって、後進が育っていく。
このことを、皆が口を揃えて言及するのがすごく面白い所だと思う。
今年の最後に、この本を読めて良かった。 -
Posted by ブクログ
その能力を飛躍的に高めついに棋士を破るようになった将棋ソフトに対して、棋士たちの想いをインタビューした作品です。
具体的に、特定の個人の業績について書かれている本ではなく、11人のプロ棋士たちが「AI」や「将棋ソフト」についてどのような考え(≒感情)を持っているか、またソフトとどのような付き合い方をしているか(理想としてはどのような付き合い方をするべきか)、試合のレギュレーションが適切かどうか、研究の方法として取り入れることは「認められる」べきことか、そして何より、「ソフト」の方が強くなった後の「棋士の存在意義」とは何か、という問いに答えてくれます。
羽生善治という将棋界を代表する棋士のインタビューや、双璧を為すといわれる渡辺明のインタビューは読みごたえがありますし、ソフトの利用を積極的に取り入れている西尾明の見解(棋士としての「存在意義」は、ファンからの「ニーズ」があるかどうかにかかっている。ファンが「見たい」と思うような将棋を打つ必要がある)は、将棋界だけでなく広く社会全般についてもいえることではないでしょうか。