酒井隆史のレビュー一覧

  • 暴力の哲学

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    2023/12/26
    まだ読み初め(55/272)であるが、いきなり『…であると記憶している』というカ所が多い。確認不能なものは致し方ないとしても著名な哲学者の言葉の引用などにはもっと注意すべき。
    著者の怠慢である。⭐️1個
    2023/12/26
    読み進め、内容は良いが書き方に問題を感じるだけになって来たので⭐️3個に

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    2023年12月26日
  • ブルシット・ジョブの謎 クソどうでもいい仕事はなぜ増えるか

    Posted by ブクログ

    ブルシット・ジョブという問題提起は随分前から気になっていたが、原文のグレーバーのものは量も凄いし、価格も高いので放置してきたが、訳者の一人が安価な入門書的な本書を出してくれたのでとりあえず読んでみた。
    正直、ブルシット・ジョブは社会人なら薄々は気づいていた問題意識である。なんか「⚫︎⚫︎マネージャー」という肩書きの人多いなとか、何しているかよくわからない総務人員多すぎないかとか、「コーポレート部門」とかよく分からない横文字の部署あるなとか…それを言語化して掘り下げた点は素晴らしい。ただ、読み終わって思ったのは、結局、資本主義社会でもある以上、ブルシット・ジョブはなくならないよねってこと。
    グレーバーも指摘している通り、ブルシット・ジョブは本当に無益で有害だと思う。何とかマネージャーが増えたり、部署が増えて管理体制が複雑になるにつれ現場の人間からすれば能率・効率が下がる。今まで直接指摘・指示できていたものが、一旦その何とかマネージャーを通さなければならないとか、どこに言えばいいのか分からないとか手続きの煩雑さ時間が増す。リターンも遅いし、なぜか大事になる。じゃあもう言うのやめようってなる。ブルシット・ジョブについている人間からしても自分の仕事の価値が分からず、さらに板挟み状態になってストレスを抱える。誰も得しない。そんなことは百も承知。でも、なくならないし、寧ろ増えている。それは、資本主義が常に経済的上昇を目指している形態だからに他ならない。経済的上昇を目指すには組織を拡大する必要があり、それに伴いよく分からない管理ポストが増大するのは自明の理。
    グレーバーは1つの解決策として、ベーシックインカム(BI)の導入を掲げている。理想としては素晴らしいと思う。ただ、社会主義が結局崩壊したのと一緒で理想論でしかないと思う。BIを導入すれば、ブルシット・ジョブはなくなり、必要なエッセンシャルワーカーの賃金は上がり、人々は自由時間をジョブ以外の余暇に、幸福度をあげる活動に充てる…そんなわけない。現在でも生活保護受けている人がそれで満足しているか、社会的によしとされているかと言えばそうではない。それが人間である。
    寧ろ、1つ示唆に富むのが、中世以前の近代では労働・仕事はタスク指向(つまり、成果主義・請負や委任的性質)だったものが現代では時間指向(労働時間制)になったのが要因の1つとして挙げている。また未開社会では生きるために必要な労働しかしない(ある意味動物本来の形)という例も挙げられている。
    つまり、今の資本主義制度が自然・動物的にはおかしい、異質なのである。それゆえに必要のない無益で有害なブルシットジョブが量産されていく。なので、解決策が原点回帰ではないが、皆が時間に縛られないタスク指向性の仕事をするか、未開社会のように日々生きるためだけの仕事をするしかない。そこには無駄な労働がない。
    でも、安定性に欠ける。だから今の資本主義・時間指向性が確立しているともいえる。
    結局、堂々めぐりで、ブルシット・ジョブはない方がいい。でも、今の社会システム上、ある意味「必要悪」。なくなることはない。嫌なら個々人が辞めるなどして対策を取るしかない…というのが本書を読んだ感想かな。

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    2023年09月10日
  • ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論

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    半分は無駄な仕事なのかぁ だいたい自分の仕事半分くらいはブルシットジョブなのかな、と思う。本書では生活と労働を切り離すことがブルシットじゃない仕事をやるための一つの方法として提案されている。ベーシックインカムが早く社会実装されると良いのになぁと改めて感じた。ライスワーク→ライフワークとなることで多様な生き方ができて、働きたければ働くし、働きたくなければ働かないしで、人生楽しくなりそう。

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    2026年01月12日
  • ブルシット・ジョブの謎 クソどうでもいい仕事はなぜ増えるか

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    労働あるある ブルシットジョブの体験談が紹介されている以外は特筆すべきことは書いてない本。高給取りである金融家が1ポンド稼ぐごとに十数ポンドの社会的価値を破壊してて、低給なエッセンシャルワーカーたちが1ポンド稼ぐごとに十数ポンドの社会的価値を生み出してる、という数値化をしてて、すごいわかる〜となる。
    ブルシットジョブをやらずに快適に仕事する方法は書いてなくて、社会学的な論理を展開している。勉強になるけど、実生活にあまり参考になるものじゃなかった。
    ベーシックインカムはやってみてもいいよなぁ、と思う。

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    2026年01月12日
  • ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論

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    個人の自由・個人の主権を守るために私有財産は認められる▼各個人の自由意志に基づく結合はよいが、国家という形での結合はだめ▼全人類の利益に対する道徳的義務が正義を形作る。正義の判定は政府ではなく、自立した個人が判断する。自然権は個人の恣意を正当化するもので社会規範にはならない。ウィリアム・ゴドウィンGodwin『政治的正義』1793

    所有すること(私有財産を持つこと)は他人から盗むことだ。個人の自由は財産の共有によりもたらされるのであり、私有財産は認められない▼自律的な個人は多種多様なものを生産する。生産したものを自由に交換し合う。個人は小さな諸集団に組織され、小さな諸集団同士が連合する。最終的に国家はいらなくなる。ピエール=ジョゼフ・プルードンProudon『貧困の哲学』1846

    私有財産は認められない▼農村のような相互扶助の関係を再建すべき。相互扶助が自然な原理であり、自然な原理に必要のない国家は打倒すべき▼組織的な階級闘争ではなく、個人の直接行動(テロ)によって社会を変えるべき。ピョートル・クロポトキンKropotkin

    労働運動により国家を暴力的に転覆すべき。共産主義者のように「どういう国家権力をつくるか」ではなく、「どうやって国家を廃止するか」を考えるべき。ミハイル・バクーニン『神と国家』1882
    ※ロシアの裕福な貴族出身。一時、日本にも滞在。

    社会的憎悪や宗教的憎悪は、政治的憎悪よりもはるかに強烈で深刻である。ミハイル・バクーニン『政治哲学』

    政府は社会の成員に無条件にお金を与えるべき。その人に就労意欲がなくても、金持ちでも貧乏でも、誰と生活を共にしていようと、国のどこで住んでいようと与えるべき。ベーシックインカム。フィリップ・ヴァン・パレースVan Parijs『本当の自由をみんなに』1995

    意味がない、必要ない、有害ですらあると感じている仕事。膨大な書類作成。複雑な事務手続き。多くの人が意味がないと分かりながら、自分を騙し騙し働いている。こうした仕事は廃止すべき。仕事を失った人はベーシックインカムで生活すればよい。デヴィッド・グレーバーGraeber『ナンセンスな仕事』2018
    ※bullshitな業務とbullshitな職業の違い。LSE。ウォール街を占拠せよ運動を指導。

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    2023年05月07日
  • 暴力の哲学

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    「暴力はいけない」というだけでは無力であり、暴力に対抗するための「批判」の必要性を説くとともに、現代世界においてさまざまな局面で生じている暴力からの逃走線をえがきだす試みです。

    著者は、キング牧師やマルコムX、フランツ・ファノンらの仕事をとりあげながら、「暴力はいけない」というナイーヴな立場を乗り越えて、暴力のメカニズムそのものを暴き出すいくつかの視点を提示します。さらに、暴力の背景にある人びとの恐怖や、暴力と権力、メディア、国家の関係について、カール・シュミットやポール・ヴィリリオらの思想を引き合いに出しながら考察を展開しています。

    体系的な「暴力の哲学」が語られているわけではなく、暴力について考察するための複数の視点を示すところに本書の意図があるといってよいのではないかと思います。

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    2019年03月09日
  • 暴力の哲学

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    暴力、非暴力からの反暴力、歴史を紐解き現代の社会情勢に照らし合わせて語る思想書…なんだが、やー難しかった。衝動買いするも、太刀打ちできませんでした、とほほ。

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    2016年04月10日
  • 暴力の哲学

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    ネグリ&ハート「<帝国>」の翻訳者であり、社会思想の研究者である著者が、2001年の米国同時多発テロを契機として、肥大化する暴力の連鎖を断ち切るためのアイディアを、アレントやフーコー、ヴィリリオといった社会思想家や、アメリカのキング牧師、マルコムXらの活動をベースにまとめた一冊。

    多様な議論が収められた本書のエッセンスをなかなか簡潔にまとめるのは難しいものの、要約するなら、以下のような流れになるだろうか。

    ・暴力に対して「暴力はいけない」と非暴力の言説で応じることはかえって、暴力の無感覚化を促進する
    ・権力による暴力の行使は、ある暴力に対する「対抗暴力」として現れる。この傾向は前述の非暴力による暴力の無感覚化により一層エスカレートする
    ・さらに近年の社会・経済の情勢は暴力を変質させつつある。具体的には、政治的暴力(e.g.かつてのニューレフトによる政治的テロ等)が、政治以下的暴力(e.g.市場経済の高まりによる経済活動のための暴力、暴力の民営化)及び政治上位的暴力(e.g.イスラム原理主義によるテロリズムのように政治より上位の神・宗教の観点からなされる暴力)に取って代わりつつある。この変化はいずれも政治的なものが社会から失われようとしていることの一つの証左ではないか
    ・むしろ、マルコムXの活動のように、健全な敵対性を社会に導入し、議論により政治的なものを導入することによって、この暴力の変質や過剰なエスカレートに対応することができるのではないか

    現在の状況と照らし合わせて考えてみても、政治以下的暴力は、2000年以降の軍事活動の民営化(いわゆるPrivate Military Company)の加速に、政治上位的暴力はISISをはじめとする昨今のイスラム原理主義のテロに、それぞれ呼応する。明確な解を得られたわけではないけれど、<政治性>をいかに呼び込むかは、一つの解決への糸口として考えられるのかもしれない。

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    2016年04月03日