舛添要一のレビュー一覧
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21世紀になってから欧米だけでなく韓国や日本でも民主主義は後退し、独裁・権威主義が復活してきている。
ロシアや中国が権力集中国家の代表と位置づけ、この両国を中心にSNSや監視技術が権威主義を強化していることを分析している。
特に近年は民主主義国家でも排外主義や反移民が高まり、「独裁的な要素」が浸透する兆しがある。
本書では、都知事選の石丸伸二や兵庫県知事選の斎藤元彦、参政党の神谷宗幣が支持されている理由などにも触れている。
経済・社会の不安、政治不信、格差・移民問題などを背景に、従来の民主主義体制や価値観が揺らいでおり、それが排外主義・反移民運動などと結びついている。
インターネットやSNSが政治や情報の流れを変え、独裁・監視・情報操作・世論誘導の手法が新たな形を得ている。
私の情報収集は、テレビ・ラジオ・新聞が中心でSNSはほとんど利用していない。
今のSNSがどんな内容なのかよく知らないのだが、佐藤・舛添の両氏は、政治・情報環境に警戒が必要だとしている。
SNSには陰謀論を流布させているという一面があり、無批判に指導者の思想に従ってしまう人達が一定数いる。
そうして誕生したのが、アメリカのトランプでもあるのだ。
ヒトラーの時代はテレビも普及しておらず、新聞・ラジオ・映画というメディアで大衆を洗脳したが、SNSをうまく活用した人が独裁者となることは十分に考えられる。
私が今困っていることは、テレビ・ラジオ・新聞・SNSのどの情報が正しいのか分からないこと。
テレビは視聴率とスポンサー確保に繋がる番組作りなので、ニュースもバラエティ化してる。
NHKのニュースは事実だけを報道しているように感じるが、深く掘り下げた独自のコメントは言わないのでつまらない。
報道していることは事実かも知れないが、(権力者に)都合の悪いことは報道しないし追及もしないので隠し事がたくさんありそう。
佐藤優氏はロシア大使館、舛添要一氏は都知事および参議院議員として、実務で揉まれていることもあり、生きた政治が分かっている人物だ。
ご両人は、逮捕されたり、メディアに叩かれたりと酷い目にも遭っているが、権力に媚びることなく実直に持論を展開していると思う。
なので、このような本に興味が湧いて読んでみたくなる。 -
Posted by ブクログ
20世紀のヒトラー、ムッソリーニ、スターリンのように、21世紀もまたプーチン、習近平らの独裁政治が国際社会で勢力を拡大し、これに対抗するかのようにアメリカのトランプ大統領が再選を果たし、議会を通さない大統領令を連発し独裁者然と振舞ったあげく、いわゆるトランプ関税では連邦控訴裁判所で違法の判決が下った。ロシア、中国の国民たちは、独裁政治で表現や思想などの自由を奪われ苦しんでいるかと思いきや、安定した政権の社会経済政策の下で、治安の行き届いた社会、質の高い行政サービスを受け、満足度の高い生活を送っていて、アメリカやヨーロッパ諸国でも自国ファーストを掲げる国家のリーダーたちが熱烈な歓迎を受けている。今日もニュースで「外国人に使う金を俺たちに使え」と叫ぶ人たちがいる日本も同様。先進国といわれる民主主義国家は今、日本もヨーロッパも先の見えない経済不況による生活困窮、移民問題などの治安の悪化で国民の不満が充満している。こうした時代の潮流をとらえて著者たちが「21世紀の独裁政治」というモデルを見立て、なぜこのようになっているのか、中国、ロシア、トランプのアメリカと北朝鮮を加えたこれらの独裁大国に挟まれ日本はどこに向かうべきか、SNS社会の席巻、ニヒリズムの台頭、既存宗教の賞味期限切れと絶大な権力者に対する神のごとき崇拝(その指導者の言うことは何でも正しいとするトゥルー・ビリーバーたちの誕生)、生活不安が醸成する排外主義などを切り口に、対話と思考を重ねていく。著者たちは独裁政治の躍進はそれに対向する民主主義という政治形態が機能不全を起こしているからだと解くのだが、1930年代には元ナチス高官のヘルマン・ラウシュニングが、庶民が無数の雑多な利害の中で粉々に砕かれている様子を看破し、日本で自由民権運動が起こったころ新島襄は国民の教育が行き届かなければ代議制民主主義は金権政治へと堕すと、事の始めから主張していたことを考えると、なかなか民意が反映されず相も変わらずの政治と金の問題ばかりの議会制民主主義というのは、これが安定形態なのかも知れないと思ってしまう。独裁政治を助長するものは、『自分で判断して行動することに疲れ』た大衆が、『強力な独裁者に魂を奪われていく』様態であり、独裁者にむやみに身を委ねず、『独裁者の嘘を見抜くには読書をはじめ、不断の自己研鑽が必要である』と説く著者の主張に同感する。
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「ヒトラーの正体」に続く舛添要一さんの本。
舛添さん、政治家としての評価は微妙でしたが(笑)、著書は丁寧な書きぶりで読みやすいです。
ファシズムといえばヒトラー、ってイメージですが、実は元祖はムッソリーニ。ヒトラーもムッソリーニを師と崇め、執務室には彼の胸像を置いていたそうです。
ただ、第二次世界大戦においては伊は独の足手纏いとなり、いつの間にか立場が逆転してしまっていたようですが、これはあくまで冷酷だったヒトラーと、冷酷に徹しきれなかったムッソリーニの独裁者としての器(?)の違いなのか…
ただ、共通しているのは、独裁に至るまでは当時の合法的なルールに則りつつ、それ以後は好きなようにルールを変えて独裁者としての地位を固めていった点や、経済政策の成功で支持を集める一方、敵を作って攻撃することで国民の熱狂を煽っていったといったところでしょうか。
特に後者は現代では必須の政治スキルになっているようですが、社会への不安が増大する時代には、その手法が流行るんだろうけど、これは社会を分断するだけで憎悪しか残らないので、やり方としては大いに憎むべきものだと思いますね。
とにかく、読み物としてはとても面白かったです。 -
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ウクライナ戦争の背景を理解するためには、ロシア史を「タタールの軛」まで遡って見ていかなければならない。
それにしても、スターリンという怪物を産んだロシアの歴史は、まことに苛烈である。
第一次大戦に破れたドイツは多額の賠償金を課せられ、民衆はハイパーインフレに苦しめられた。そこに現れたのがヒトラーだった。ヒトラーは、完全に民主的な方法で政権の座につき、民衆に熱狂的に支持されたのだ。
第二次大戦終結後、そのことに懲りたアメリカは、敗戦国である日本・ドイツ・イタリアに対して寛大な占領政策をとった。その結果、この3国はアメリカの忠実な同盟国(犬)となった。
しかし、ソ連が自滅して東西冷戦が終結したときには、アメリカはこの教訓を忘れてしまっていた。唯一の超大国となったアメリカの傍若無人な振る舞いは、ロシアを追い詰めていった。そこに現れたのが、かつてのソ連帝国の栄光を取り戻そうとするプーチンだった。つまり、(プーチンはウクライナをナチス呼ばわりしているが)プーチンこそが実にヒトラー的存在なのだ。
本書で引用されているサミュエル・ハンチントンの『文明の衝突』を繙いてみると、1990年代後半、ソ連崩壊直後のウクライナの状況がわかって興味深い。
ウクライナは、当時から「分裂した国家」だった。しかも、西欧文明圏とロシア文明圏の境界線が、ウクライナの国土のど真ん中を貫いているのだ。
ハンチントンは、ウクライナの運命について、3つの可能性を挙げている。
①武力衝突
ハンチントンは武力衝突の可能性について言及したあとで、「…しかし、重要なのが文明であるなら、ウクライナ人とロシア人とのあいだに武力衝突が起こるとは考えられない。両者ともスラブ人で、大半が正教会系であり、何世紀にもわたって緊密な関係を保ち、両者のあいだの結婚もごく普通に行われている。…1995年現在、ロシアとウクライナのあいだの武力衝突は事実上一度も起こっていない」と述べている。
②「二つ目の、もっと実現の可能性のある道は、ウクライナが断層線にそって分裂し、二つの独立した存在となって東側がロシアに吸収されるというものだ」
③「三つ目のさらに可能性の高いシナリオは、ウクライナが統一を保ち、分裂国でありつづけ、独立を維持し、おおむねロシアと緊密に協力しあうというものだ」
しかし、一番ありえなさそうに思われ、かつ最悪な、①のシナリオが現実になってしまった。
こうしてみると、②は①よりずっとマシなシナリオだったように思えてくる。
そもそも、クリミア半島はロシア共和国の一部で、1954年にフルシチョフの気まぐれによってウクライナ共和国にすげかえられた(ただし、クリミア半島には元来タタール人が住んでいたが、スターリンによって強制移住させられた)。当時はソ連だったから、どちらでもよかったのだ。
(国家は全力で阻止しようとするが)分離独立運動は世界中で起きているし、それ自体は否定すべきものではない(そうでないと、チェチェンや東トルキスタンは永久に独立できないことになってしまう)。
したがって、クリミア半島と東部のロシア人地域をウクライナから切り離し、西欧化したウクライナ人主体の(西)ウクライナを作るというシナリオは、ウクライナ人にとっても悪くないように思う。
ところが、欧米から無尽蔵に武器が供給された結果、ウクライナは果てしのない「代理戦争」に引きずり込まれてしまった。
この戦争がどのように終結するのか、落とし所がまったく見えない。やはりこれは、第三次世界大戦の序曲なのだろうか。 -
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他の方も書かれているように、とても読みやすく、学校で習った程度の自分でもイメージがしやすい、まさにヒトラーについての入門書
自分を含めて大衆とは、自分の抱えている不平や不満、そして不安を誰か"目に見える敵"のせいにしたがる生き物であり、それをうまく使いこなせた人物であることが分かる
また本書を読むと"言葉"の大切さがよく分かり、今ではSNSなどで簡単にまとまった他人の言葉を受動的に受け取り、その"言葉"に容易に支配されてしまう危険性を感じ取ることができる
本書はヒトラーについての入門書でありながら、現代起きていることや、自分の行動について振り返るキッカケになる一冊であると思う -
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国際政治学者であり、政治家でもあった舛添氏が、ヒトラーに比べてその実情があまり知られていないムッソリーニの生涯と人物像を、第一次・二次世界大戦の各国の思惑やヒトラーとの関係などと絡めてまとめあげている。複雑な当時の世界情勢が分かりやすくまとめられている。自身も政治家を経験したことが本書を書く上で大きく役立ったそうだ。
名前は知っていてもナチスドイツに比べてムッソリーニ、ファシズムに関しては確かに、あまり知識がなかった。暴力を用いながらも「大衆の圧倒的な支持を得て」政権を取ったことなど共通点はあれど、戦争に関わる考え方などは大きく違う。また、ファシストの中の暴力的な勢力の制御に手を焼き、慣れない外交に苦労して胃を痛めるなど気の小さい面が多々見られ、またヒトラーや日本軍と違い、イタリアの戦力が弱く「長期戦を戦えない」ことを自覚してなるべく戦争を避けたいと行動していたなど、意外な面が多かった。
複雑なムッソリーニの人物像、ヒトラーとの押したり引いたりの関係、当時の世界情勢を駆け足で読め、なかなか興味深かった。 -
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元東京都知事、国際政治学者舛添要一さん著
共産党の赤に対抗し黒シャツ隊を率いた男は
兵役後小学校教師から社会主義系新聞編集長を
経て独立後混乱続く伊を束ねて政権樹立。
選挙法改正、財政再建し経済発展も
エチオピア戦争仕掛けるも戦闘力ダメダメで
敗戦。悲願未回収のイタリア奪還でヒトラー
に近づきすぎて日独伊同盟で第二次世界大戦へ。
特に反感なくもヒトラーの政策に追随し反ユダヤへ。
ファシズムとは伊語(束ねる、集団、結束)
1919年ファシストの綱領は女性を含む18才以上全員
参政権、王室上院世襲の称号の廃止、8時間労働
教会資産の没収、富裕者の土地収用、資本の累進課税
など左派的考え方であったがヒトラーも社会主義系からスタートしておりスターリンを含めなぜか独裁者になってしまう。代議制民主主義の将来についても考えたい -
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200620ヒトラーの正体 舛添要一SSS
1.第一次世界大戦の講和ベルサイユ条約がドイツに過酷
極右・極左のナチス党と共産党を拡大 最終的に、ナチス党が共産党を追い落とし、独裁体制を作った
ヒトラーは真っ当な政治家 勉強し、合法のステップで国家権力を手に入れた
1929年世界恐慌までは米国資本が投入された→撤退
1930年失業者350万人32年550万人ピーク40年ゼロ
1933年ヒトラー内閣 国会議事堂放火事件
ゲッペルス 大学で焚書 ユダヤ人の著作
2.「政策」も中々の充実振り 誰が作り上げたのか?
①公共事業 失業の解消 1935年再軍備86万人雇用
アウトバーン4,000km・国民車
②財政の拡張政策
③社会保障制度の拡充
→国民は自由よりパンを 失業・不況対策を優先
これをポピュリズムというか
3.「財源」? 戦争による資産収奪
①財投 シャハト中央銀行総裁 インフレを起こさず
②所得税の源泉徴収制度
経済の帳尻がどう合わせられたのかは不明
国債・財投債は戦争の勝利品で埋め合わせられた
敗戦ですべてはチャラに?
この辺りのリアリティが全く不明 -
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『帰ってきたヒトラー』を鑑賞した結果、「どうしてヒトラーは大衆に選ばれたのか?」という疑問が浮かんだため、購入。悪いイメージしかないヒトラーの真実を知りたいと思って。
ヒトラーは先を読み取る力と掌握力が半端ではなかったことが分かった。ヒトラーが危険な存在だと分かっていながら、イギリスもフランスも手を出せない。そんな状態になるのを見越して、先手先手の策を取ってきたことでピンチを脱してきたことが背景にある。また、大衆が今一番困っていることに焦点を当て、それを迅速かつ的確な行動力で少しずつ改善させた結果を残した。そのことが大衆の心を掴み、「ヒトラーなら!」という期待を生んだことが分かった。ただ、その類まれなセンスに対して、大ドイツ主義と生活圏に拘った思考の弊害は決して許されることではなかった。
この一冊を教育に置き換えるために、これからは何が一番の困り感なのかを把握できる観察力を身につける。そのためには、よくコミュニケーションをとることはやっぱり欠かせない。そして、簡単に、短く、何度でも!を話し方を心がけ、いい意味で生徒たちの心を掴めるようにしたい。 -
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去年の夏に発行されたばかりの本。私は世界史に疎くてカタカナ語アレルギーだけど、新書だしわりと読みやすかった。歴史を学ぶ意義を改めて感じた。
ヒトラーが『ぶっとんでる極悪人』で、
ホロコーストが、ヒトラーという1人の男が勝手にやったことであったなら、それはまだ幸せな方なのかもしれない。
ヒトラーみたいな人が現れたとき、自分たちはそれに気づいて彼を止められるはずだ、と思えるから。
ヒトラーが死んだら、ふたたび同じことは起こらないと安心できるから。
でも、現実はそうじゃない。
1番怖いのは、民主主義国家のもとで、民衆の支持によって合法的に独裁が誕生し、ホロコーストが起きたことなんだと強く感じた。
人々が不安なとき、左翼右翼が躍進する。人々は分かりやすい敵を求める。自由を享受することはとても難しいことであり、自分がひたすらついていける、乗っかれるリーダーを求める。
筆者も繰り返し述べていたが、本当に現代とよく一致する。移民問題に揺れるヨーロッパはもちろんのこと、アメリカもそうだし、日本だって全然例外じゃない。
歴史は繰り返すし、歴史に学ぶって本当に大変なことだ。
『ヒトラーのやり方を学んだらどうか』みたいな発言した閣僚がいたような。きっと本音でしょう。いつの時代も、一般市民は基本的に政府になめられてる気がしてならない。現実、なめられて当然なのだけど。
「現代に特定の人種の虐殺とかするわけないじゃん!」「今の政治はこんなにいいんだからヒトラーとは違う!」とか、そういうことじゃないんだよ、、、
歴史を無駄にしてはならない。
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Posted by ブクログ
舛添さんは都知事以前に学者だったが、ヒトラーをテーマにヨーロッパ留学をしていたとは知らなかった。さんざん書かれてきたテーマなので、他の本でも書かれていることのほか、今のポピュリズムや選挙制度、連立政権など分析していて読みやすい。タイトルも今さら「ヒトラーの正体」ではなく現代に繋がるキャッチーなものにすればよかったのに。とにかく一読の価値がある。
20世紀、当時世界で最も民主的と言われた憲法をもっていたドイツ(ワイマール共和国)でなぜヒトラーが生まれたか?ヒトラーは民主的な選挙で躍進し、憲法に則って首相に任命された。ポピュリズムが跋扈する今、ヒトラーを研究することは今日的な課題であると著者は言う。
舛添さんは大学で政治学、ヨーロッパ外交史を学んだあとフランス、スイス、ドイツに留学。ヒトラーを研究。1977年にはルール大学、マールブルク大学に招かれて研究成果の講義も行う。1980年にはアメリカ議会に招かれてミュンヘンに数か月滞在し、研究していたらしい。
ヒトラーはオーストリア・ハンガリー帝国の国籍だったが、大ドイツ主義(ドイツ民族は国境を越えて団結すべき)の信念を持っていてドイツ人であることを誇りにしていた。ドイツがオーストリアを併合した時、オーストリア国民は歓喜の大歓迎。舛添氏の留学中にも、「ヒトラー時代が一番よかった」という老人はいた。ヒトラーがドイツ国籍を得たのは、首相になる1年前の1932年。それまではドイツ国籍がないまま党首として活躍していた。ヒトラーはもともと当時王国だったバイエルンで軍隊に志願し1914年に第一次世界大戦に出征。その後革命が起き、バイエルン王国はなくなる。雑務をしたり、逮捕されたりしながら、教育将校となり、民衆を教育する役割を担う。政党の調査の任務で極右反ユダヤのドイツ労働者党という小党を担当し、その思想に感銘を受け、党員になり、やがて党を牛耳る。1920年2月24日、ミュンヘンのホーフブロイハウスで2,000人の聴衆を前に「25カ条の綱領」を発表。ヴェルサイユ条約によって削られた領土の回復、大ドイツの復活(ドイツ人の血をひくものがドイツ人と定義し、ユダヤ人から公民権をはく奪する内容)、財閥の国有化、小企業の保護、貧困家庭の教育費国庫負担、幼年労働の禁止など中間層に訴える内容もあるが、徴兵制や再軍備なども盛り込まれる。
ナチスとは敵陣営が侮蔑して呼んだもので「ナチオナールゾチアリスティッシュ Nationalsozialistiche 国家社会主義)を短縮して「Nazis」
当時は街頭活動などで思想的に対立する政治集団と暴力沙汰になることが多く、ガードマンとして武装集団を作り、ヒトラーユーゲントも組織された。
当時、ワイマール共和国は完全な普通選挙(男女とも)、比例代表制。しかし、小党分裂による政治の不安定化がヒトラーを招いたという反省から現在は5%条項(得票率が5%未満の政党には議席を与えない)がある。ワイマール憲法ではドイツ語以外のことばを話す少数派の権利も守られ、貴族の称号や勲章の授与は禁止、全てのドイツ人が法の前に平等。
【戦後フラストレーションの利用】第一次大戦中に革命がおこり、社会主義者が帝国を倒して発足したのがワイマール共和国。ヒンデンブルクは勝てるはずの戦争に革命などしているから負けたと主張。革命の指導者はユダヤ人だったため、ユダヤ人のせいで戦争に負けたとヒトラーは考えるようになる。
火事や外交官殺人など暴力は必ず揚げ足取りの格好の材料になる。
第一次世界大戦の賠償金はドイツが払いやすいよう、8億金マルクの借款を与えて経済振興を図り、次第に返却額を増やす方法をとった。インフレが起こったが1924年には終息し、いったん社会は小康状態となりナチの議席が伸び悩むようになったが、1929年10月24日に世界大恐慌を迎える。アメリカ資本が撤退し、失業者が増える状況下で、大衆の不満に火をつけるデマゴーグが得意なヒトラーが勢いづく。
【ワイマール憲法の問題点】
①第48条 大統領の緊急命令
緊急時には公共の安定と秩序のために、個人の自由や住居の不可侵、通信の秘密などは全部もしくは一部分失効する。
②政党が政府をつくらない。諸政党は選挙結果に基づいて政府をつくらなければならないが、連立政権をつくるより、独自色を出すことを優先し、第一政党でありながら政権に加わらず、大統領内閣となってしまう。
日本は1931年9月18日に柳条湖事件(満州事変)を起こし、国際連盟から侵略と認定され、1933年3月に国際連盟を脱退する。日本は常任理事国だった。この時ヒトラーも国際連盟脱退のチャンスを狙っていた。
日本の政治家中野正剛はヒトラーに心酔。自身も「木戸銭を払っても演説を聞きたい」と言われるほど演説がうまかった。
今日の「権利を享受しながら義務を果たさない」「特権を持っている」などと難民や特定の民族に対してつかわれるヘイトクレイムはヒトラーの主張によく似ている。
【わが闘争下巻第6章】
「演説は書物より影響が大きい。全ての力強い世界的革新の出来事は書かれたものによってでなく、語られた言葉によって招来されるものだ。」「同じ講演、同じ演説者、同じ演題でも午前10時と午後、晩ではその効果はまったく異なる。朝や午後では全く盛り上がらなかった演説も晩だと大衆は容易に興奮する。朝や昼間は自分と違う意見をはねつけるエネルギーがあるが、夜はそれがなえる。一日の疲れもあり、注意力も散漫となり、プロパガンダに屈しやすくなる。「宣伝は全て大衆的であるべきであり、その知的水準は宣伝が目指すべきものの中で最低級のものが分かる程度に調整するべき。数が多くなるほど知的高度はますます低くする。」「大衆の需要能力は非常に限定的で理解力は小さく忘却力は大きい。重点をスローガンのように、思い浮かべられるように繰り返す」「真理の追求ではなく自己に役立つものでなければならない」
自由旅行は不安、孤独があり、盗難や命の危険、貧乏宿などに遭う。グループツアーは快適で安心、食事もバスも予約済み。しかも個人旅行より安い。ヒトラーはグループツアーの頼れるガイドに例えられる。不安や無力感を伴う自由を捨てて指示に従えば快適。1923年のドイツのインフレや1929年のアメリカの強硬派不安の感情を増大し、自分の努力で前進する希望や成功の無限の可能性を信じる伝統的な信念を粉みじんにした。奮起して努力し、次の目標に進むことができず、自由を捨て、隷属する道を選ぶ。
エリック・ホッファーは、大衆運動が誕生する時にはほとんどいつも適齢期を過ぎた未婚婦人や中年の婦人が参加するが、その理由は倦怠である。(オイ!と思うが、憎悪に並び、「倦怠」が大衆を動かす原動力になる例)