デカルトのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
20260831
薄いのにやたら濃い内容。本の厚さはこれでいいんだと学びました。我思う、ゆえに我ありの意味がわかりました。そして後半にてようやく、ニーチェの神が死んだの意味が理解できました。人間味のある締め方だった、デカルトも人間だった
第2章
論理学構成要素
① 思い込みで決めない
② 問題を分ける
③ 簡単なことから順番に進める
④ 最後に漏れを確認する
原文
第一は、わたしが明証的に真であると認めるのでなければ、どんなことも真として受け入れないことだった。言い換えれば、性急な判断と偏見を避けること、そして疑いをさしはさむ余地のまったくないほど明晰かつ判明に精神に現れるもの以外は、何もわたしの判断のなかに含めないこと。
↓
「たぶんそう」「誰かがそう言っていた」「前からそうしている」だけで、事実だと決めない。急いで結論を出さず、先入観にも引っ張られず、十分に確認できたことだけを判断材料にする。
第二の規則
原文
第二は、わたしが検討する難問の一つ一つを、できるだけ多くの、しかも問題をよりよく解くために必要なだけの小部分に分割すること。
↓
大きくて複雑な問題は、そのまま解こうとしない。解ける大きさまで分けて、一つずつ扱う。
⸻
第三の規則
原文
第三は、わたしの思考を順序にしたがって導くこと。そこでは、もっとも単純でもっとも認識しやすいものから始めて、少しずつ、階段を昇るようにして、もっとも複雑なものの認識にまで昇っていき、自然のままでは互いに前後の順序がつかないものの間にさえも順序を想定して進むこと。
↓
いきなり難しい問題を解こうとしない。まず分かりやすいこと、確認しやすいこと、簡単に変えられることから始め、順番に複雑な問題へ進む。
第四の規則
原文
そして最後は、すべての場合に、完全な枚挙と全体にわたる見直しをして、なにも見落とさなかったと確信すること。
↓
決めたら終わりではなく、最後に抜け漏れを総点検する。「誰がやるか」「いつやるか」「共有されたか」「例外時はどうするか」まで確認する。
① 社会の基本的な秩序を守る
原文
第一は、わたしの国の法律と慣習に従うこと、神の恩寵によって幼少のころから教えられてきた宗教を守ること、そしてその他のことでは、もっとも穏当で、極端からもっとも遠い意見に従うことだった。
↓
考え方を根本から見直す途中でも、社会のルールや人との約束まで全部壊してはいけない、ということです。
「自分で考える」は、何でも反対することではありません。確かな答えがまだ出ていない間は、共同生活を成り立たせる基本を守り、極端な判断を避ける。
会社で言えば、
改善はする。
ただし、安全・礼節・報告・責任・利用者尊重という基本は崩さない。
ということです。
⸻
② いったん決めたら、迷いすぎず進む
原文
第二は、いったんある意見を決めたなら、たとえその意見が疑わしいものであっても、もっとも確実なものとして、後になってそのことがまったく確実だったとしたらそうするのと同じように、できるかぎり確固としてその意見に従うことだった。
森のなかで道に迷った人は、あちこち歩きまわって、ある場所にとどまりつづけるよりも、できるかぎりまっすぐに一つの方向に進み、たとえ最初は偶然に選んだ方向であったとしても、けっしてその方向を変えないほうがよい。
↓
完全な情報がそろうまで何も決めないのではなく、現時点で最も妥当な判断をしたら、一定期間はぶれずに実行する、ということです。
森で迷って何度も方向を変えれば、同じ場所を回り続けます。組織も同じで、
不満が出る
↓
すぐ方針を変える
↓
また別の不満が出る
↓
また変える
を繰り返すと、誰も会社の方針を信じられなくなります。
ただし、これは「間違っていても絶対に変えるな」という意味ではありません。
仮に決める
↓
一定期間やってみる
↓
結果と問題点を確認する
↓
必要なら修正する
という、管理者
③ 変えられない世界より、自分の判断と望みを整える
原文
第三は、つねに運命よりもむしろ自分自身に打ち勝とうと努めること、世界の秩序よりもむしろ自分の欲望を変えようと努めること、そして一般に、われわれの思考のほかには、完全にわれわれの力のうちにあるものは何もない、と信じることだった。
↓
他人、過去、外部環境を自分の思いどおりに変えようとして苦しみ続けるよりも、自分が変えられる範囲に力を注ぐ、ということです。
④ 自分の理性を育てることを、人生の中心に置く
原文
「わたしの理性を培い、わたしが選んだ方法に従って、真理の認識においてできるかぎり前進するよう努めること」
↓
目の前の出来事に反応するだけでなく、より正確に見て、よりよく考え、よりよく判断できる自分になることを、人生の仕事にするということです。
知識を増やすだけではなく、考え方そのものを鍛えるという姿勢です。
完全な正解が分からない時でも、基本を守り、いったん進む方向を決め、自分で変えられることに集中しながら、考える力を育てていく。 -
Posted by ブクログ
ここから近代哲学は始まったとか言われるのは本人の思想の内容以上に、疑わしいものはすべて疑うという宣言の通りにゼロベースで全部を土台から考えようとした姿勢そのものが大きい。
結局自分で直接考えて結論を導くとはどういうことなのか、という精神のドキュメントそのものであるのでいつどんな立場から読んでも新鮮な感動がある。日常での応用性は流石に今の時代にあるとは思えないけど単純な部分から考えよ、分割して考えよ、は今でもふとした時に脳裏によぎる。
倫理学編では時代の良識に従えと認識と思考における革命的姿勢とは裏腹に穏健な処世術を語っていてこの2面性も魅力か。だからガリレオ周囲の論争に日和ったりした側面もあるわけだけど。
人体について語りながら生物機械論を述べるところは要旨は分かりやすいけど古臭い心臓解説は今読んでも特にリアクションできねえな……
しょっちゅう言われる奇っ怪な神の存在証明だけど古典哲学はこういう狂った幻想小説的なビジョンが娯楽としての楽しさがあって好き。明らかに飛躍してるけどどこが間違ってるのか細かく整理するのは案外難しいのでレッスンにも使えそう。 -
購入済み
デカルトが行ったこと
デカルトを知る第一歩として読んだ本。解説が丁寧で, 哲学の知識が乏しい初学者にもお勧めの1冊。通勤の間に1章ずつ読んでいたらあっという間に読み終わっていました。何度も読んで, デカルトがこの方法序説にて伝えたかったことを咀嚼していこうと思います。
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Posted by ブクログ
方法序説
著:デカルト,R.
訳:谷川 多佳子
岩波文庫 青613-1
1637年ラテン語で発表された本書は、教会からの迫害を恐れて、無名のまま発表された。
当時は、宗教界の圧力は強く、生前には本人の名を出すことはできなかったようだ
我思う故に我有り:コギト・エルゴ・スム
逆説のようですが、完全なる神の理念が中心と理解しました。
つまり、論理の世界から神、神学が除外されるのは、ニーチェの「神の死、神々の死」を待たなければならないです。
用いる言葉をすべて、定義することはできず、哲学的な考察については、厳密性に欠け、行間を含めて、論理に飛躍があるが、哲学とは、完全性を証明するものではなく、「知を愛する」ということでよいでしょうか
気になったのは、以下です。
・きわめてゆっくりと歩む人でも、つねにまっすぐな道をたどるなら、走りながら道をそれてしまう人よりも、はるかに前進することができる
・理性すなわち良識が、わたしたちを人間たらしめ、動物から区分する唯一のものである
・良書を読むことは、著者である過去の世紀の一流の人々と親しく語り合うようなもので、しかもその会話は、かれらの思想の最上のものだけを見せてくれる、入念は準備のなされたものだ。
・一人で闇のなかを歩く人間のように、きわめてゆっくり進み、あらゆることに周到な注意を払おう
そうやってほんのわずかしか進めなくても、せめて気を付けて転ぶことないように、とわたしは心に決めた
・全生涯をかけて自分の理性を培い、自ら課した方法に従って、できるかぎり真理の認識に前進していくことである
・ほんの少しでも疑いをかけうるものは全部、絶対的に謝りとして廃棄すべきであり、その後で、わたしの信念のなかにまったく疑いえない何かが残るかどうかを見極めなければならない、と考えた
・われわれの持つような感情と欲求を持ち、そうして真の人間を構成するためには、理性的魂が身体と結合し、より緊密に一体となる必要があることも示した
・わたしは生きるために残っている時間を、自然についての一定の知識を得ようと努める以外には使うまいと決心した。その知識は、そこから医学のための諸規則を引き出すことができるようなもので、それらの規則はわれわれが現在までに持っている規則よりももっと確かなものである。
■デカルトの論理
・「我思う故に我有り」
この真理を、求めていた哲学の第一原理として、ためらうことなく受け入れられると判断した。
・わたしは、一つの実体であり、その本質ないし本性は考えるということだけにあって、存在するためにどんな場所も要せず、いかなる物質的なものにも依存しない
・考えるためには存在しなければならない
・わたしたちがきわめて明晰かつ判明に捉えることはすべて真である
・完全性の高いものが、完全性の低いものの帰着であり、それに依存するというのは、無から何かが生じるというのに劣らず矛盾しているからだ。
・そうして残るところは、その観念が、わたしよりも真に完全なある本性によってわたしのなかに置かれた、ということだった。
・つまり、一言でいえば、神である本性だ。
・わたしの本性に可能なかぎりで神の本性を認識するためには、わたしのなかに何らかの概念が見出されるすべてのものについて、それを所有することに完全性があるかないかだけを考察すればよかったからである
・神のうちにある一なる完全性ではありえずしたがって神は合成されていない
だがもし、世界に何らかの物体、あるは、知性的存在者、あるいは、他の本性があって、それらが、完全無欠でないとすれば、それらの存在は神の力に依存しているにちがいなく、そうなると神なしには、一瞬たりとも存在できないと。
・多くの人が、神を認識することにも、自分たちの魂が何であるかを認識することにさえも困難があると思い込んでいる。
イメージを思いうかべられないものは、すべて、かれらには理解できないと思われるからである
そもそも、感覚のうちになかったものは、知性のうちにはない。
・結論として、われわれの観念や概念は、明晰かつ判明であるすべてにおいて、実在である
実在であり、神に由来するものであり、その点においても、真でしかありえないことになる
目次
方法序説
第一部
第二部
第三部
第四部
第五部
第六部
訳注
解説
ISBN:9784003361313
出版社:岩波書店
判型:文庫
ページ数:160ページ
定価:570円(本体)
1997年07月16日第1刷
2014年02月14日第29刷 -
Posted by ブクログ
綺麗に理解できたとは思えていませんが、大体の形は掴めました。
考えるにあたっての前提条件を教えてくれている本です。どこまで疑って、どこを柱にして物事を考えるか。それを言語化してくれている本です。
我思う、故に我ありを基から始まり、本質を見極めつづけるために、真で確実なものを積み上げ、演繹に真を問う。誤謬をしないか、理性に頼りすぎず、フラットな視点を持ち、考え続けるのが大切。
それを続けていけば、行き着く先は神様の領域。
私たちには神が真と作ったものを判別できる力が与えられているから、到達できるはず。
それを磨き続け、成果物を後世に繋ぎましょ。
ぼやっとですが、こう理解しました
清廉潔白な印象を受けます。昔の哲学者の潔癖感とあうのは読んでいて清々しいです。