大久保和郎のレビュー一覧
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国家は権威・忠誠を与える根源的な場(共同体)であり、個人はその外部においては無意味である。ジョヴァンニ・ジェンティーレGentile(1875-1944)
全体主義。階級社会が崩壊して、根無し草の大衆が生まれた。量が多く、政治的に無関心・中立、階級意識を持たない、組織化されておらずバラバラ。公的な領域で他者と連帯して活動をしないで、孤立している。全体主義はこれら大衆を上手く動員した。全体主義は自由な行為の空間を限りなく減らして孤立している大衆をさらに孤立させ、それっぽい観念・イデオロギーを強制させる。大衆は自分で考える力を無くしてしまう。全体主義体制は大衆によって支えられている▼全体主義の特徴。独裁的な指導者に率いられた単一政党支配、人々に公定イデオロギーを強制、思想・文化・経済を強制的に画一化、市民の自由を極度に制限、意見・利害の多様性(議会政治)を否定。例)ナチスドイツ・ソ連スターリン時代。ハンナ・アレントArendt『全体主義の諸起源』1951 (97)
全体主義の背景には伝統・権威の崩壊がある。教育は伝統・権威なしにはありえない。ハンナ・アレントArendt『過去と未来の間』1963
全体主義の特徴。単一イデオロギーによる支配。単一の独裁政党による支配。秘密警察と恐怖政治。権力によるマスコミ独占。武器の独占。経済を中央が統制。カール・フリードリヒFriedrich&ズビグネフ・ブレジンスキーBrzezinski『全体主義的独裁と専制』1956
全体主義の特徴。国家公認のイデオロギー。経済活動は国家に服従。経済活動は国家の活動であり、経済活動の誤りはイデオロギーによって判断される。単一の独裁政党による支配。マスコミ(強制と説得の手段)独占。レイモン・アロンAron『デモクラシーと全体主義』1968
民主主義体制でも全体主義体制でもない。権威主義体制。多数の個人や団体が自由に活動できない(民主主義体制ではない)。かといって自発的な団体が禁止・抑圧されているわけではない(全体主義体制ではない)。国家によって認可された個人・団体に限り、限られた範囲で政治参加が認められる(権威主義体制)▼思想の自由はない(民主主義体制ではない)。かといって単一イデオロギーの宣伝・教化が行われるわけではない(全体主義体制ではない)。伝統で結び付く感情的な思考や心情によって体制が維持されている▼自発的な政治参加は求められない(民主主義体制ではない)。かといって体制への広範で徹底した政治動員が行われるわけではない(全体主義体制ではない)。限られた政治動員と民衆の脱政治化(無関心)に依存した体制(権威主義体制)。例) スペインのフランコ政権(1939-1975)。開発独裁(韓国の朴正熙、フィリピンのマルコス、インドネシアのスハルト)。フアン・リンスLinz『全体主義体制と権威主義体制』1975 -
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エルサレムでのアイヒマンの裁判ー元ナチ親衛隊中佐でユダヤ人移住局長であったアイヒマンのユダヤ人強制移送を裁く裁判ーの取材報告。
著者は心理学者アーレント。アイヒマンと同い年でナチ政権発足後にアメリカに亡命した人物だ。
アイヒマンの犯した罪は、出世欲の強い人物の思考停止、想像力欠如が生んだとアーレントは指摘している。
たとえその背景に全体主義的統治、あるいは官僚制が人間を「行政装置の中の単なる歯車」に変える実態があったとしても、その罪は赦されるものではないとも書いている。
アイヒマンは裁判中、口元を不自然に歪めていたそうだ。恐らく神経症状ではないだろうか。
それで官僚制的日本企業に勤めていた頃に大嫌いだった上司を思い出した。その上司も出世欲が強く、上層部の指示に絶対服従し、自分の言葉を持たない人物で、目元が時折不自然に釣り上がる癖があった。
私自身が感じていたその上司や官僚制的日本企業に対する嫌悪感の正体を本書に見たように思う。
文章が読みにくいので星4つとしたが、日本の官僚制的組織で働く人に勧めたい本だ。
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ナチス親衛隊の中佐として、アウシュビッツを始めとする各収容所へのユダヤ人移送責任者として、ホロコーストの最高責任者とされたアドルフ・アイヒマンは、1961年に潜伏先にアルゼンチンでイスラエルの秘密部隊モサドにより捕らえられ、イスラエルでの裁判の結果死刑となる。
「ドイツ万歳。アルゼンチン万歳。オーストリア万歳。この3つの国は私が最も親しく結びついていた国々です。これからも忘れることはありません。妻、家族、そして友人たちに挨拶を送ります。私は戦争と軍旗の掟に従わなくてはならなかった。覚悟はできています。」と語って絞首台に向かったアイヒマンとこの裁判について、20世紀を代表する政治思想家であるハンナ・アレントがニューヨーカー誌への連載という形でまとめた記録集が本書である。
本書の歴史的な意義は2つある。それは、ホロコーストという人類の歴史における最大の”悪”が、実はアドルフ・アイヒマンという極めて陳腐な人間によってもたらされたという点を明らかにした点である。イスラエルによる裁判で語られたアイヒマンの供述からは、彼が自らの昇進のことしか考えられない(しかし、だからといって社会を欺いたり、巨悪を働くようなずる賢さもない)小役人であるという姿が浮かび上がってくる。
もう一つは、1点目に関連して、いかにナチスという組織が官僚的なメカニズムで組成されており、システマティックにホロコーストがなされたか、ということを示した点である。本書の中でアイヒマンが語ったホロコーストの実態とは、
・欧州各地で収容所に送られるべきユダヤ人は誰で人数はどの程度か?
・割り当てる収容所をどこにするか?
・収容所へ移送する鉄道のラインとスケジュールは?
・収容所での虐殺の計画と空きキャパシティから、いつ新たなユダヤ人を送り込むべきか?
といった極めてオペレーショナルな問題への諸対応であった。さしずめ国際物流を営むオペレーターのような形で、アイヒマンは淡々とそうした問題を片付けていく。そこには自らが悪をなしているという実感はなく、単に官僚制的なシステムが人を動かしているようにも見える。
概念としては理解していた上記のようなポイントが、本書を読むことにより、リアルなものとして伝わってきて、様々なことを考えさせられるProvokingな一冊。 -
Posted by ブクログ
エピローグをしめくくる言葉がすごすぎる。
「君が大量虐殺組織の従順な道具となったのは、ひとえに君の不運のためだったと仮定してみよう。その場合にもなお、君が大量虐殺の政策を実行し、それゆえ積極的に支持したという事実は変わらない。というのは、政治とは子供の遊び場ではないからだ。政治においては服従と支持は同じものなのだ。そしてまさに、ユダヤ民族および他のいくつかの国の民族とともにこの地球上に生きることを望まない――あたかも君と君の上司が、この世界に誰が住み誰が住んではならないかを決定する権利を持っているかのように――政策を君が支持し実行したからこそ、何ぴとからも、すなわち人類に属する何ものからも、君らとともにこの地球上に生きたいと願うことは期待し得ないとわれわれは思う。これが君が絞首されねばならぬ理由、しかもその唯一の理由である。」(p384)
この先、形を変えた全体主義の時代がやってきた時のために、アーレントのこの言葉をかみしめたい。そして「子供の遊び場ではない」政治の中で、どう生きるか、強く覚悟しておきたい。 -
Posted by ブクログ
「ナチVS哲学」というセンセーショナルなひと言でまとめると非常に興味深く感じられるよね
もちろんひと言ではまとめられんのよ
はい、わいの大好きな哲学の先生、國分功一郎さんの著作にも度々登場する20世紀を代表する政治哲学者ハンナ・アーレントが、ホロコーストにおいてユダヤ人の絶滅収容所への移送の責任者だったアドルフ・アイヒマンのエルサレムで行われた裁判の記録と考察を記した『エルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告』です
ナチと哲学、うーんまさに興味津々の組み合わせ、きっとユッキーも興味あると思われたので、まずは師たるわいが読んでみた
結論から言うと「おすすめ!」とは言い切れないかな〜
いや、良かったんだけど、文字多いわw
もうぎっしり詰まっていて、かなーりたいへんだった
でもって興味の中心であるアーレントの考察は全体の1割くらいなんで、これまた辛い
そして、ちゃんと時間をかけて読まないとダメだと思うので、もし読むならかなり時間的余裕のある時に”自己責任”でw
あと、ジャンルとしては「ホラー」でした
いやもうめちゃくちゃ怖いっすわ
あんまり冗談めかしてもいけないんだが、マジ怖い
アイヒマンがしたことってのは「とんでもないこと」なんだが、じゃあなぜそんなことしたのか?っていうと主目的は出世のためなんよ
怖いよね
でもって、「そういう法律だったから」「命令されたから」で、自分には責任ありませーん
みんなも自分と同じ立場だったらそうしたんじゃね?なのよ
アーレントはこれを「陳腐な悪」と表現してるのね
ちょっと分からないでもない
もっとちゃんとした深淵なる理由がほしいよね、たとえそれが狂ってるとしても
こいつ、何にも考えてねーだけじゃん!っていう
でも、アーレントはだからって別に許されねーわ!とも書いていて
もちろん、そりゃそう
そしてね
暴虐な行為に対して沈黙すること、考えないこと、何もしないこと、それもやはり罪なのよ -
Posted by ブクログ
誰もがアイヒマン状態になるのか?自分の出世を考え、自分はユダヤ人の専門家であることを誇りに思っていた。どこで間違った道に進んでいたのか?
単なる歯車ではなかったとアーレントは言う。上からの命令を無視してまでして実行する。
そして結果として六百万を越えるユダヤ人の死者が出る。色んな国からユダヤ人を鉄道に乗せ移送する、ただこれだけのことをして直接には手を下していない。
また、ユダヤ人の国民国家イスラエルでの裁判でもあった。アイヒマンが生贄となってユダヤ人が連帯感を持ったようにも思える。
本書の大半は報告書になっていて事実関係の羅列になっている。そして、あまり面白くない。最後のエピローグと追記で、考察を行っている。ここがなければ、評価はもっと下がっていただろう。