蜂屋邦夫のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
老子じいさんが思う、人や国のあるべき姿を並べた本。
どの章も、意味は奥深いのに文章は簡潔。訳もすっきりしていて読みやすかった。
興味深くて美しい至言だらけ。「信言は美ならず、美言は信ならず」とか、「進道は退くが若し」とか。内容は『論語』よりも理想寄りで、『荘子』よりは社会寄り。虚無感がより徹底してる『荘子』と読み比べるとおもしろそう。
理想の社会像が、現代日本の価値観とは違いすぎて驚く。特に「人民は愚かな方が良いよね!」とか、今だったら間違いなく炎上する主張だ。
心に留めておきたい言葉にたくさん出会える本だった。これからも折に触れて読み返したいな。 -
Posted by ブクログ
「僕は“老子派”です。」
人と話していて、生き方やライフスタイルの話になると、僕はいつも、老子のように生きたいと言っていました。
しかし、実は“老子”を最後まで読み通したことはなく、ちょっとだけ知っていた“無為自然”の思想がしっくりきていたのと、幼少時からの僕のヒーロー、ブルース・リーの名言「水になれ(Be water)」の流れから、老子も「上善は水の如し」って言っていたし、「推しが言ってることと似てるから、きっと合うはず!」という単純な理由で、諸子百家の中では老子を推していました。
そして今回、初めて老子の全八十一章を読み通し、分かったことが二つ。
一つは、「やっぱり僕は老子が好き!」ということ。
三十六章、四十一章、六十三章に通ずる“弱いは強い”という思想なんかは、ビジネスにもライフスタイルにも含蓄があって好きだし、結局は訳注者の蜂屋邦夫さんが巻末でおっしゃっていた、“外面的には水のように柔弱にして謙遜、内面的には自己を空虚にして、人々とも物事とも争わない”という老子思想の根本概念がカッコよすぎた。これに尽きますね。
いくつになっても僕が何かを選ぶ基準は、“それに僕がシビれたか”、言い換えるならば、“カッコいいと思えるか”。
そしてもう一つは、とはいえ、「老子の思想を完璧に体現するのは難しすぎる。というか無理!」ということです。
客観的立場に立つことを意味する“欲の否定”も、まだまだ欲しいものがたくさんある自分には困難な道のりだし、八十章の“便利な道具はあっても使わない”も、スマホを本当は手放したいけど、現実的に手放せない現代人にはなかなか難しいのではないかと思います。
ですので、自分がシビれた、カッコいいと思えた部分からつまみ食いしつつ、他の諸子百家や西洋の哲人たちの思想もモグモグしていきたいと思います。
母なる水のように優しい老子さんなら、そんな僕の未熟さも笑って流してくれますよね? -
Posted by ブクログ
最近、論語に関する本が流行ってるみたいだけど、今の人たちはむしろこっちを読んだほうがいいんじゃないかな?
論語との違いから老子の思想を説明すると、論語の根底にある考え方は用をなすのは表象のみという考え方なのに対して、老子は無ということの役割を説いている。論語がソリッドなのに対して、老子はダイナミック。
現代人の悩む所の根底には、満たされることを渇望しながら、いくら消費行動に走っても満たされない事にある、と僕は考えている。だからこそ、無、もしくは虚の積極的役割を説いた老子こそ読まれるべきなんだ。
『―故に有の以て利を為すは、無の以て用を為せばなり。』 -
Posted by ブクログ
外的な環境と争わず、水のようにあるがままの状態に身をゆだねよ。何もしなければ、あるべきところに収まる。余計なことをしないことで、逆に多くのことが実現される。他と争わず器に従って形を変え、自らは低い位置に身を置く。最高の善は水の如し。上善如水。▼万物を生み出し成立させる根源的な原理(道)が大切。大いなる道が衰えたから、仁義といった道徳が必要になったのだ。本来、道徳は余計なもの。▼欲のない人々が質素に暮らす小さな国をつくろう。人に魚を与えれば、一日で食べてしまうが、人に釣りを教えれば、一生食べていける。老子。
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心を虚しくして、静かに座って、自他の区別を忘れる修行を重ねることで、あるがままの世界と一体化できる。▼魚の楽しみを知る。荘子
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※道教の神々。関聖帝君(関羽、武力・財力の神、横浜の関帝廟)。娘娘(ニャンニャン、出産育児の女神)。