小倉多加志のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
シャーリイ・ジャクスンから毒気を少しばかり抜きとり、世にも奇妙な物語をひとさじ足したような作品集。
「すっぽん」は他の短編集で読んだことがあったけれど、ハイスミスの作風がここまでバラエティ豊かだとは!
ヒッチコック風の「かたつむり観察者」、シャーリイ・ジャクスンみを感じる「愛の叫び」「野蛮人たち」、切ない読後感の「もうひとつの橋」が特に好き。
日常に得体の知れないなにかが入り込み、もう今までの日々には戻れない...という「からっぽの巣箱」もよかった。
ある事象が起きたときに、なぜか過去のやましい記憶を(ほんとうはなんの関係もないとしても)関連づけてしまう、不思議な感覚に共感を覚える。
すっかり虜になってしまったので、ハイスミスの他作品も読んでみようと思う。 -
Posted by ブクログ
どれも読み応えがあって面白かった。
『謎の盗難事件』と『砂に描かれた三角形』は、読み進めていくうちにドラマを観た記憶が蘇ってきて、また映像で観たくなった。
個人的には、一番短いけど一番衝撃的な『砂に描かれた三角形』が好み。インパクトすごい。
他の方も書いていたけど、短編でも各話の最初に登場人物一覧をつけてほしい。『死人の鏡』なんてもうだれがだれやら。
それと、毎回言ってる気がするけど、ポアロシリーズは翻訳がしっくりこないものがときどきある。ドラマの印象が強いからか、ポアロさんには「〜だぜ」なんて言ってほしくないんだよなぁ。だれに対しても敬語を使う方が潔癖で上品なキャラクターに合ってると思う(個人の見解です)。
-
Posted by ブクログ
面白いね
解説で稀有な作家と評されるがまさにその通りだと思う。
いわゆる人間の心理を描く繊細さが群を抜いて優れている。
11個の短編の登場人物全てが印象的だった。
それはなぜか。
その答えは彼らが唯一無二であるからだ。
現実の個人が全て異なるのならば、小説の世界の個人もまた全て特異であるべきだ。
この理想にパトリシア・ハイスミスは究極的に漸近した作家といえる。
つまり、登場人物のそれぞれが何かの経験をした時に生じる心理的運びが異様で、奇妙である。
「そうはならないだろ」と突っ込みたくなるが、ふと思い直す。
他者の心理など理解できないのが普通だ。他者とは本来的に奇妙で理解できない存在のはずだ。寧ろ、人々がそれぞれ精神のズレや異様さを抱えて生きている。我々は潜在的な狂気を抱えている人間と社会で互いに同居している。この方がよっぽど現実に即しているのではないか。
他者とは異物なのだ。容易に理解できる他者の方が寧ろ異常なのだ。
ハイスミスの小説は人間の狂気の潜在性と生々しさ、それらと同居する不安を描き出す。これこそ小説の追求すべきリアリズムではないか。
えてして読みにくい小説は長期的に読者を揺さぶり、読みやすい小説は飲み込みやすいがゆえに容易く排泄される。
登場人物がテンプレートにハマった感情移入しやすいものであればあるほど、小説全体は手触りと色彩を失っていく。
彼女の小説は読みにくい。嫌な後味が読後に残る。理解も感情移入もし難い、歪な手触りを持った作品だ。それゆえに我々の胃袋を揺さぶる。揺さぶる。
-
Posted by ブクログ
ネタバレ初めて翻訳された推理小説を読んだ。最初は登場人物の名前や関係性を覚えられない、会話文の言い回しが独特で正直事件どころではなかった。人物の名前を覚えていないのに、あだ名で呼び出したりするのでさらにこんがらがった。登場人物の名前を把握する頃にはポアロが事件を解決するので読みながら「待ってくれ!」とずっと思っていた。しかし、読み慣れてくるとなかなか面白いかった。
特に「砂にかかれた三角形」は収録されている4篇の中で最も短いのに、どんでん返しがすごかった。言われてみれば確かに、と思うところがある。事件発生前から犯人に気づき警告していたポアロとは違い、私はパメラと一緒で凡人の思考の持ち主だったようだ。 -
Posted by ブクログ
映画『太陽がいっぱい』の原作であるトム・リプリーものなどで知られるパトリシア・ハイスミスの短編集。タイトル通り11作品を収録している。原題は“Eleven”(アメリカでは“The Snail-Watcher and Other Stories”として刊行)。原著は1970年刊、短編集としては最初のもののようだ(短編自体はずっと以前から書いており、例えば収録作の1つである「ヒロイン(The Heroine)」は1945年に発表されている)。日本での刊行は1990年、その後、2005年に改版されている。
サスペンスやミステリとして評価されがちなハイスミス作品だが、本人はそう見られることを必ずしも快くは思ってはいなかったようである。
本書に序を寄せたグレアム・グリーンは、ハイスミスを「不安の詩人("the poet of apprehension")」と評している。
サスペンスといえばサスペンスなのだが、ドキドキ・ハラハラ、スリル満点、というのとは少々違う。
登場人物たちは、少しずつ、ほんの少しずつ、常軌を逸していく。よくよく考えるとなんだかおかしいのだが、そう思う隙を与えないほど、一歩ずつ、徐々に道があらぬ方へ向かっていく。読者が気がついた時には、呆然とするような場所に連れていかれている。まったくの異世界というわけではない。遠いようで実は遠くない場所。あなたが、私が、もしかすると本当に到達するかもしれない場所。その紙一重の緊張感が、この不穏なハイスミス・ワールドを支えている。
1作挙げるとすれば、「ヒロイン」だろうか。実質的な文壇デビュー作という。
主人公のルシールは若い娘。若干、精神的に不安定なところがある。前にいた勤め先ではメイドとして働いていたが、今度は子供たちの保母として雇われた。子供が大好きで、働き者である。主人一家は親切で、子供たちもルシールのことを気に入ってくれた。
美しい家。かわいい子供たち。恵まれたお給料。絵に描いたような幸福が訪れるはずなのに、そう、もうおわかりだろう、そうはならないのだ。
幕切れのシャープさは本作品集で一番ではないか。
「モビールに艦隊が入港したとき(When the Fleet Was In at Mobile)」も印象深い。暴力的な夫を「眠らせて」逃げ出してきたジェラルディーン。彼女がそんな羽目に陥ったのは、田舎のモンゴメリーから大きな港があるモビールに行ったからだ。工場で働こうとしたのだが、あきがなく、ウェイトレスとして働きだした。そのうち港に小さな艦隊がやってきて、町は水兵や士官であふれた。ジェラルディーンは、船で薬剤師として働くダグラスと恋仲になった。いずれ彼と結婚するつもりだったのだが、少しずつ不運が積み重なっていく。
逃避行と回想が交錯する。ジェラルディーンはどこで間違えたのだろう。モビールに艦隊が入港したときには、彼女のその後の運命は決まっていたのかもしれない。
「愛の叫び(The Cries of Love)」は一緒に暮らす老女2人の友情と確執。2人はひどく傷つけあいながら、なおもともに暮らしている。それはもう腐れ縁と呼ぶしかないのかもしれないが、あるいはある種の愛情であるのかもしれない。
ハイスミスが同性愛者でもあったということを何となく思い出させる。
絵画・木工を嗜み、ネコを愛したハイスミスだが、もう1つ、やや変わった趣味として、かたつむりの観察がある。1作目「かたつむり観察者(The Snail-Watcher)」、5作目「クレイヴァリング教授の新発見(The Quest for Blank Claveringi)」などにその観察眼が活かされている。いずれも十分にグロテスクに描かれ、さて、ハイスミスは本当にかたつむりを「愛好」していたのか疑念も生じるが、丹念な観察こそ「愛好」だと言われれば、それはその通りなのかもしれない。
かたつむりではないが、「すっぽん(The Terrapin)」もぬめりとした手触りを感じさせる作品。思春期の少年ヴィクターと、息子への関心がどこか薄い母、そしてすっぽんの物語だ。
この作品は、映画「PERFECT DAYS」(2023)の中で触れられている。主人公の姪、ニコが、自分もヴィクターのようになるのではないかと不安を覚えるのだ。この物語を読んで不安になる子であればおそらくヴィクターのようにはならないだろう。けれど、不安を覚える気持ちもよくわかる。そんな作品。 -
Posted by ブクログ
ハイスミスが1970年に出した短篇集。処女長篇『見知らぬ乗客』以前に書かれたものも含む。グレアム・グリーンの序文付き。
ハイスミスって短篇もこんなに上手いのかと驚く(長篇もまだ『キャロル』しか読んでないけど)。ものすごく型がきっちりしているので展開は読めるのだが、スリリングな語り口に引き込まれ、不安を掻き立てられてしまう。津原泰水が自作『11』の解題で『ナボコフの1ダース』と一緒にこの『11の物語』を引き合いに出していたけれど、たしかにナボコフを連想させる技巧派だなぁ。
しかし何が面白いって11作収録のうち2つもヒトがかたつむりに殺される話が入ってるとこ(笑)。普通サイズのかたつむりが大量発生して圧死させられる「かたつむり観察者」と、5m近い巨大かたつむりに噛み殺される「クレイヴァリング教授の新発見」でバリエーションがついているのもこだわりがすごい。読み終わったあと思わず〈かたつむり 歯〉で画像検索したら純粋に恐怖です。
最後に収録された「からっぽの巣箱」も意思疎通がとれない生き物と一緒に暮らす不気味さを書いている。ここにでてくる「ユーマ」(UMA?)というイタチのような動物は高山羽根子『居た場所』の「タッタ」を思い出させる。「すっぽん」では動物側にシンクロした子どもが親を殺すし、ハイスミスはきっとヒトの生理で理解できないタイプの動物にオブセッションがあるのだろう。
個々の作品だけではなく、短篇集としての並びもよい。同居している老女たちがお互いに嫌がらせして仲直りして、やっぱり嫌がらせを繰り返す「愛の叫び」から、妄想の“夫”の精神状態を医師に相談する「アフトン夫人の優雅な生活」を経て「ヒロイン」に達する流れは、それぞれ完結しているのに三つでひとつの作品のようでもある。中でも最初期に書かれたらしい「ヒロイン」が、集中でも一番すごいと思った。お給料燃やそ、から家燃やそ、に移る歪んだ論理とスピード、そこに至るまでの心理描写の積み重ね。犯罪者視点の物語ってその心理を“わかる”と思うからこそ怖いので、ハイスミスの“わからせる”力はこちらの善悪観に揺さぶりをかけてくる。
「ヒロイン」のあとが「もうひとつの橋」なのも家族の喪失というモチーフが響き合っているし、これと「野蛮人たち」との2篇は「愛の叫び」「アフトン夫人」「ヒロイン」と対をなすように男性の心理を描いたもの。そして最後は夫婦が共通の不安を抱えて暮らす物語「からっぽの巣箱」にて、繰り返される運命の予兆を感じたイーディスの声にならない悲鳴で幕を閉じる。作品だけでなく作品“集”の構成も完璧だ、ハイスミス。