小田切徳美のレビュー一覧
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「農山村は消滅しない」
このタイトルを見て既視感を感じた方もいらっしゃるのではないだろうか。言うまでもなく、本書は「地方消滅」「増田レポート」に対する反論が述べられている。
「地方消滅」が緻密なデータで読者を納得させようとする一方、本書は地道に消滅可能性自治体を渡り歩き現場からの説得力ある論を組み立てている。そして、なにより、消滅可能性自治体として名指しされた地域の方々が、向かい風にも負けずに地域を盛り上げようとしている姿が豊富な実例と共に描写されている。
現実として、データにも現れている通り地方は厳しい状況に置かれていることは疑いようがない。しかし、そこには生まれ育った地域に愛着を持って奮闘している人々の想いがある。そうしたデータに表せない苦々しくも熱い思いが伝わる一冊だった。 -
Posted by ブクログ
もうこれは、表装の裏表紙で既に回答が出てるので‥強いて挙げるので、あれば… #YouTube や #TikTok 、に加えて #Periscope ( #Twitter 公式関連の配信アプリ)更に‥ちょっと昔ならば #ツイキャスライブ や #IGTV ( #Instagram の同)や、 #Facebook ‥等等(などなど)の #Streamer とか出る様に…演劇等の魅せられる舞台等も有れば(適用外の該当者の自分だから敢えて評出来ます)…相当の人じゃ無ければ…地元に残りますので…自治体がそういう設備の整備と、体裁による圧し附けの性悪を問い質(ただ)せば…事実上は解決しますよ。浅慮(せんりょ‥浅知恵)で申し訳ございませんが‥これが現時点での評です。
PS
読み重ねての、修正を行いますのですが、それは‥深化して理解した証ですので…悪しからず…。 -
Posted by ブクログ
スローライフ、田園回帰という小さな動きだが、日本で生じているということを海外メディア(英国BBC)が報じる一方、地方消滅論を、その基礎となる人口推計上問題があるのだが、元官僚、政治家がタイミングを見計らったかのように世に問うた。
地方消滅論へのアンチテーゼである。
第1章 農山村の実態 空洞化と消滅可能性
1 進む農山村の空洞化
2 強靭な農山村集落
3 農山村の展望 増田レポートを考える
第2章 地域づくりの歴史と実践
1「地域活性化」から「地域づくり」へ
2「地域づくり」の体系化への挑戦
3 地域づくりフレームワーク
4 地域づくりの三つの柱
第3章 地域づくりの諸相 中国山地の挑戦
1 地域づくりの先発事例
2 新しいタイプの地域づくり
3 なぜ、中国山地か
第4章 今、現場には何が必要か
1 補助金から交付金・補助人へ
2 支援主体のあり方
3 新しい政策の位置づけ
4「補助人」の役割と課題
第5章 田園回帰最前線
1 田園回帰の今
2 農山村移住の実態
3 農山村移住への支援策
4 農山村移住の課題
終章 農山村再生の課題と展望
1 消滅しない農山村の仕組み
2 政策論議の争点
3 都市・農村共生社会に向けて
現場で起こっている実態をきちんと見据え、生じているデータ分析も交え、真摯な農山村再生の議論となっている。
日本人と言う心優しく賢明な民族は、きちんと対処していくはずです。 -
Posted by ブクログ
いわゆる「増田レポート(地方消滅論)」には、個人的にも嫌悪感を抱いていて、そもそも増田氏編著になっている新書は、署名が伴っていない(執筆者が明らかにされていない)点で責任所在に思えるので読む気さえしない。
けれど一方で山下祐介氏の主張はすでに『限界集落の真実』で読んでいたので彼の反論本もとりあえず手に取らず。
そんな中、代わりにと言っては何だけど、書店で目についてこの本を読むことにしたのだった。
結果的に、正解だった。
山下氏ほど文章に力が入っていないし、くどくどしくないので読み易い。それでいて、いくつかの先進的な事例(特にそれらのうち歴史的にも大事なもの)をカバーしているのみならず、過去の意義深い文献をかなり網羅的に引いていて、説得力がある。各地での参考にもなりそう。
農山村集落では、高齢者のなかで「継承への意識」が強く広がっていること。
でも自然災害(等)がきっかけで(一歩間違えると)「諦め」が広がり得ること。
地域づくりには内発性・総合性・革新性が求められること。
暮らしのモノサシ(交流・情報)、仕組み(自治)、カネと循環づくり(経営)がカギとなること。
用地協議や住宅建設さえ地域は担いうること。
地域づくり協力隊のような制度も、きっかけになり得ること。
移住トレンドが存在すること。
――といった、多くの示唆が得られた。
いずれにしても、「増田レポート」が地域に打撃を与えるようなことがないことを祈る。
繰り返すが、説得力ある一冊。 -
Posted by ブクログ
なぜ、都市の人々、特に若者が農山村に向かうのか。農山村は受け入れる準備はあるのか。この現象にはいかなる多様性があるのか。この動きを定着させる戦略とはーはじめにより
「田園回帰」をめぐる様々な論点があるなかで、2015年11月17日に実施されたシンポジウム「都市・農村共生社会創造全国リレーシンポジウム」の東京会場での基調講演とパネルディスカッションをまとめた記録&提言集。
印象的だったのは、
「田園回帰」の動きが、「豊かさ」と「貧しさ」の再定義につながると提言されていたこと。
物質的な豊かさから、関係性の豊かさへ。
中山間地域に空き家を抱えて、管理と運用に困っている私も、何かできるかも…と思わせてくれた一冊でした。
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増田元総務大臣が提出した「増田レポート」に対するアンサー本になっている。『地方消滅』も合わせて読むと、各々の識者がどんな立場にたっているのかよくわると思う。
著者は「増田レポートは、外観的かつマクロ的で若者を中心とした田園回帰というミクロの動きを捨象して地方論を論じており、論が粗い」と主張する。加えて、こういった地方消滅というセンセーショナルな論は、地道に活動している農山村の方々に対する喪失感につながる可能性があり、懸念されると主張している。
中身は、著者が調査してきた農山村の事例を中心に地方のミクロの動きを活写している。個人的にも、「地方」という1つ切り口だけで全体を話すのは非常に危ういと考えるので、今回の増田レポートは著者が言うように「安倍政権の地方創生施策を後押しする政治的役割が強い」という主張に同意する。
しかし、著者はまだまだ社会学者としての枠組みを抜け切れていないと言わざる得ない。じゃあどうすれば良いのか、地方、農山村、都市を含めた100年先の国家のビジョンをしっかりと示さないと本当の意味にでの増田レポートに対するアンサーにはなっていないだろう。細かい政策論は、行政マンがしっかりち考えるが、現場で頑張る方々が共有、共感できるビジョンをしっかりと提示できない限り、いくら「農山村は消滅しない」と言っても絵に描いた餅であろう。 -
Posted by ブクログ
<内容紹介より>
増田レポートが「どっこい生きている」地方にショックを広げている。このままでは地方は消滅するのか?否。どこよりも早く過疎化、超高齢化と切実に向き合ってきた農山村は、この難問を突破しつつある。現場をとことん歩いて回る研究者が丁寧にその事例を報告、地方消滅論が意図した狙いを喝破する。
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『地方消滅』で描かれた、増田レポートによる地方の人口再生力の低下とそれに伴う地方人口の激減(=消滅)に対する反論として執筆された本です。
単純に「再生人口(20~40歳の女性人口)率」だけで議論するのではなく、地方において「何人」田園回帰による「流入」があれば地方の農山村がその生活を維持できるか、という実数を上げたり、これまでに取り組まれてきた、各地方農山村が自らの魅力を確立していく(人口の流出を食い止め、新たに移住者を集めるきっかけとなる)事例を紹介したりして、増田レポートの主張が間違っていることを証明しようとしています。
個人的には、どちらの見方も「完全に間違っている」ということはないのだろうと感じています。
東京を中心とする大都市圏に若者が流入していることは確かでしょうし、それに伴う地方の「空洞化」は進行しているでしょう。一方で都心から農山村へと「田園回帰」して移住を決めている人もゼロではありません。
「このままでは農山村がしょうめつしてしまうかもしれない」という危機感を抱きつつ、本書に描かれているように「諦め」ることなく各地の”魅力”を高め、それぞれの地方が(外部の資産(リゾート開発など)によらずに)人(移住者や観光客)をひきつけることができるような体制を作っていくことが必要だと思います。
農山村があるからこそ、「都市」が生活できている、という側面もきっとあるはずです。これからのバイオマス燃料や食糧自給問題など、今後も農山村がはたす役割は決して少なくはないと感じます。
都市部に暮らす者として、地方の”再生”にしっかりと関心をもって考える必要性を痛感させられました。 -
Posted by ブクログ
増田寛也氏の称える「地方消滅」は、安倍政権の経済政策を推進するためのプロパガンダになっているのではという疑問が湧いてきました。間違いなく日本の人口は減少していきます。女性の活躍を促す施策(これ自体は決して悪くはありませんが、仕事を優先すると昔のような多産は望めないでしょう)や非正規雇用者増加による低所得者層の非婚・晩婚化などが少子化を必然的に招くでしょう。一方で、政府は目標の出生率を定めています。どうも矛盾しているような気がします。いまや日本は地方創生一色です。市町村は国の予算を得るために必死です。 補助金や助成金をばら撒くだけでは創生なんかしません。人々が自分の暮らしている町や村にどれだけ愛着と誇りをもっているかによって、発展も衰退も起こるのだと思います。
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Posted by ブクログ
いわゆる「増田レポート」に反対する立場として記された書。
ここで紹介された事例、それぞれの地域での成功事例や努力している事例については、本当にすばらしい取り組みであり、今後このような動きがどんどん広がっていき、全国各地で活性化できるようになっていけば、非常に喜ぶべきである。
ただ、現時点では、これらの動きは限定的であり、全国的な人口減少・特に地方における人口減少を押しとどめるだけの動きにはまだなっていないと感じる。
著者は、これまで農山村の強靭性という指摘もしているが、これから本格的な人口減少が始まる中、その強靭性が発揮できるかは未知数だと言える。全体のパイが縮小している中、各地で人口の奪い合いとなりぇば、必ず勝ち負けが生まれ、負けた地域がどうなってしまうのかが見えてこない。
また、「増田レポート」は地域に諦めのみを与えたという指摘もあるが、それだけでなく、危機感を与えたと思う。この時代になっても人口が増加傾向とする総合計画を作成している自治体には、真剣にこれからの時代に向き合うきっかけを与えたものではないだろうか。
増田氏の主張を批判する声もあるが、一定の仮説を元に人口の推移を予測したものであり、評価すべきものであるし、感情的に批判するだけでなく、全体が活性化していくためにはどのような政策が必要なのか、国民的議論がいよいよ必要になってくる。
地域づくりのフレームワーク
①暮らしのものさしづくり(主体づくり)交流・情報
地域住民レベルには「当事者意識」「気づき」が必要、一層重い課題
②暮らしの仕組みづくり(場づくり)住民自治
③カネとその循環づくり(持続条件づくり)地域経営
「内発性」「総合性・多様性」という装いを持ち、地域の新しい価値の上乗せを目標としながら「主体」「場」「条件」の三つの柱を地域条件に応じて巧みに組み合わせる体系こそが、今日求められている「地域づくり」である
自治体職員は、より積極的な「地域マネジャー」として、地域の組織・団体や個人に対して、「カネ」「モノ」のみならず、「情報」「人」を直接提供したり、あるいはそれらのネットワークへの接続機会を提供したりすることが要請される
地域マネジメント型行政
・地域担当制
農山村への支援方法の変化
①(支援の内容として)補助金から交付金へ
②(支援の対象として)補助金から補助人へ
③(支援の主体として)中央政府から地方政府へ
④(支援の主体として)政府から「新しい公共」へ
田園回帰
必ずしも農山村移住という行動だけを指す狭い概念ではなく、農山村(漁村を含む)に対して、国民が多様な関心を深めていくプロセスを指す
農山村集落は、強い強靭性を持つ、農山村コミュニティのこうした性格は日本的特徴
<この本から得られた気づきとアクション>
・人口減少社会に入り、地方でそれに対抗し、成果を出している取り組みには経緯を評し、この動きが全国に広がっていくのは、うれしい限り
・現時点ではこの動きは限定的と思える。本当に人口減少に対抗できるかは未知数。そのために何をすべきか
・魅力ある地方をつくる取組が今こそ求められる。その中で、自分は何ができるか?
<目次>
序章 「地方消滅論」の登場
第1章 農山村の実態―空洞化と消滅可能性
第2章 地域づくりの歴史と実践
第3章 地域づくりの諸相―中国山地の挑戦
第4章 今、現場には何が必要か―政策と対策の新展開
第5章 田園回帰前線―農山村移住の課題
終章 農山村再生の課題と展望 -
Posted by ブクログ
昨年メディアで喧伝されたセンセーショナルな「地方消滅」というレポート、そしてその界隈を渦巻く言説に対する「現場人」から即答新書。それはまた事実として積み重ねられ新たな展開をも歩み始めているリアリティに基づいた、「地域人」へのどっこいエールな一冊。ニッポンの農山村の強靭性と、それが対面してきた「地域活性化・地域づくり・(地域再生)」の流れと事例を振り返りながら、「消滅」という一人歩きワードが覆う「生活」を提示する。さらにその過程と現在進行形の施策から、チホウソウセイ論に必要なアプローチや考え方を整理し、建設的な論議のための一考を投げかける。この界隈に足を踏み入れて1年半弱なシティボーイからすれば、そこまで敏感になるレポートなのかと考えていたが、「限界集落への臨界点」における「誇りの空洞化」については実感できるところもあり、とりあえずの参考書程度に。例えばよりリアルなリアリティをみれば、マチズムバリバリな首長というニッポンセイジの未熟さや、自世代中心主義の楽観性、農山村の強靭性を担保してきた当該農山村での暮らし時間(関与時間)の減少、などの問題もあるわけで、その辺などは今後広く深掘りされるのだろうかと「この手」本をレビュー。そして目下の問題意識としての「集落しまい」については言及なし。人の暮らしがある、という意味においての「集落」のしまいについて、それこそ「農山村たたみ・徹底論」に拡大解釈されないように考動するということ。民俗学や文化人類学からの横槍がこの界隈にあってほしい。いずれにしても、根本的かつ総合的な「ニッポンのあり様」の議論なくしては、この論争、界隈論に終始する。