哲学って何だろう。左近司祥子氏の『哲学のことば』はそう思った人にぜひ手に取ってほしい一冊である。本書は以前にも紹介したことのある同著者編の『西洋哲学の10冊』の姉妹本とも言える本である。専門的な哲学書を読むことの意味を様々な角度から問いかける『西洋哲学の10冊』に対して、本書は哲学の根本問題へと地に足の着いた問いの積み重ねによって分け入り、哲学の深みに誘う小さな本である。
哲学と聞くと難しい。そう思ってしまう読者の意表を突くかのように、本書は誰しもが小さい頃に抱きながらも素通りしてしまうような問いを取り上げていく。ぱらぱらと本書をめくる読者はエッセイ風の体裁も相まって、これはいったいどんな本なのだろうと思うかもしれない。しかし本書を最初からじっくり読み始める読者は、それぞれに引用される哲学書からの言葉の一つひとつを、素朴な問いの積み重ねを通してその深みを実に生き生きと掬い上げていることに気が付くであろう。ごくごく単純で素朴な問いから始まったはずなのに哲学的諸問題の深みへと導かれ、難解な哲学書と呼ばれる書物がひょっとしたら私たちの人生の問いに答えてくれるもの、あるいは一緒に考えてくれる同伴者になり得るのではないかと気が付かせてくれる。
哲学に答えはない。ただそこに問いがあるだけである。しかし、一度哲学的問いを潜り抜けた人は必ず少し世界が違って見えていることだろう。人生にとって大切なものは何か、私たちは何を基準に生きているのか、そもそも生きるとはどういうことなのか。私たちが人間であることを巡る問いかけは、常に時代を超えて根本問題であり続けている。そうした人類の歴史に残され多くの人々に読まれてきた書物が哲学書と呼ばれている。そうした私たち一人ひとりの生き方を左右するかもしれない哲学書に触れることは、必ずしもわかりやすい幸福を約束しないかもしれない。あるいは時に哲学的問いに触れることで確固としていたものががらがらと崩れ去り、くらくらする人もいるかもしれない。しかし、確固としたものを見定めるために為されてきた、人目には言葉遊びに見えてしまうかもしれない言葉を巡る省察の積み重ねは、よりよく世界を捉えることの積み重ねにほかならず、哲学書とはそうした営みの結晶であることを本書は知らせてくれるのである。むしろかつて哲学書を開いて読んではみたけど「ほんとにそうなの?」と思った読者こそ本書を手に取って、一緒に考えてほしい。そう思わせてくれる本である。