平川新のレビュー一覧

  • 戦国日本と大航海時代 秀吉・家康・政宗の外交戦略

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    戦国時代って、ちょうど大航海時代の後半なんですよね。相手は基本的に通商利権のあるところを植民地化して回ってるヨーロッパ。日本を植民地にせずに済ますつもりは毛頭ないわけで、植民地化を阻止するには軍事力を見せつけるしかない。
    そう考えると、戦国時代が終わって国内統一が進むころにヨーロッパがやってきたのは、日本的にはベストタイミングだったのですね。
    後半の伊達政宗の通商は、やはりここでも政宗は生まれてくるのが10年遅かったのかと。

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    2021年03月24日
  • 戦国日本と大航海時代 秀吉・家康・政宗の外交戦略

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    ネタバレ

    面白かった!世界史地理選択だったので、日本史を最後にやったのは高校1年の時で、23年大河に向けた勉強の一貫で読みました。
    最初はキリストを「大日」と訳し、仏教の一派と勘違いされながらキリスト教が布教されたこと、カトリック国/プロテスタント国、武将それぞれの思惑、タイミング。かつてポルトガルに留学していた頃、大好きだったリスボンの美術館にもNamban Artと称し、当時の煌びやかな財宝が展示されていたのを思い出しました。
    群雄割拠の戦国時代が克服される過程を目の当たりにしたヨーロッパ列強諸国から、当時神聖ローマ帝国に対してしか用いられなかったImpério(帝国), Empero(皇帝)の呼び名が使われたこと。結果的に我が国を植民地化から守ってくれた、強く賢かった御先祖様に感謝したいと思います。

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    2021年02月07日
  • 戦国日本と大航海時代 秀吉・家康・政宗の外交戦略

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    今までの「戦国時代の日本」からの視点を超え、「グローバル・世界の中の日本」の視点で捉える本書など、視点の置き方が現代的。

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    2020年11月06日
  • 戦国日本と大航海時代 秀吉・家康・政宗の外交戦略

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    論旨明快で引用される資料も多く一気に読ませる。けれども、EmperadorやImperioをめぐる議論にはひっかかってしまう。秀吉や家康が西洋諸国からEmperador(皇帝)と呼ばれるようになったことについて、「日本の国家としての格は[帝国」であり、その君主は[皇帝」‥だった」「当時、世界最強を自負したスペインの国王はRey(王)‥、イギリスもオランダもフランスも王国であり、国王であった。一方、当時のヨーロッパにおける皇帝は神聖ローマ皇帝であり‥、EmperadorやImperioと称された徳川家康や日本は、それと並び称される存在として認識されていた」と論じ、そのような西洋諸国からの評価や畏敬こそが、日本が西洋の植民地となることを防いだ、というのが著者の論じるところ。でもスペインに簡単に植民地とされてしまったインカ(Imperio Inca)もアステカ(Imperio Asteca)も帝国とみなされ、その支配者は皇帝と呼ばれていた。わたしには、これまでヨーロッパ人に「王」(rei)と呼ばれていた各地の大名を服属させて、国内統一を果たしたからEmperadorと呼ばれたとしか思えない。

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    2018年08月29日
  • 全集 日本の歴史 第12巻 開国への道

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    本書の前半がロシア帝国との交易と領土交渉過程にあてられ、国防意識の高まりが浮かび上がる。後半は内政問題。飢饉と大塩平八郎の乱、最後に庶民剣士の隆盛と意外なところを持ってきて、幕末へと繋がる流れ。

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    2018年01月21日
  • 全集 日本の歴史 第12巻 開国への道

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    おそらく、現時点で最も信頼のおける(最近の研究を元にした)歴史シリーズ。『全集 日本の歴史』も12巻になって、いよいよ江戸時代末期の対外関係と開国について書かれる……のだけれど、面白いのは後半の庶民剣士をテーマにした章だった。

    江戸時代は唯一の暴力機構である『士』が『農工商』を支配した時代、という単純な図式は崩れつつある。徳川幕府は世論に左右され、庶民が剣術に励み、国政に参与したなど、暴力国家としての側面よりも教諭国家としての側面がより強調されている。面白いのは江戸末期の名だたる剣術家のほどんどが武士階級の出ではなかったということ。新撰組の近藤や土方が農民上がりだったというのは割と有名だが、剣術が武士に限定されたものではなく、むしろ庶民のほうが剣術修行が盛んだったというデータは江戸時代のイメージを覆すものだと思う。

    対外関係については、田沼意次の『北海道450万石開墾計画』が興味深かった。田沼意次の失脚が十年遅れていれば、日本の歴史は大きく変わっていたかもしれない。もしかしたら百年早く明治維新があったかもしれないし、北辺の支配圏を巡る徳川幕府軍とコサック騎兵との戦いの結果、アラスカ辺りまでが『日本の固有の領土』になっていた可能性だってあったかもしれない(逆に北海道がロシアの領土になっていた可能性もある)。

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    2012年04月11日
  • 全集 日本の歴史 第12巻 開国への道

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    [ 内容 ]
    開国は蝦夷地から始まった。
    迫りくる異国と政治を動かす民衆、新時代を生む幕末。
    歴史が未来を切り拓く。
    本書では、日本の近世を環太平洋史の視点から再解釈する。

    [ 目次 ]
    第1章 環太平洋時代の幕開け
    第2章 漂流民たちの見た世界
    第3章 鎖国泰平国家から国防国家へ
    第4章 世論政治としての江戸時代
    第5章 天保という時代
    第6章 庶民剣士の時代

    [ POP ]


    [ おすすめ度 ]

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    ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
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    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

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    2010年08月03日
  • 戦国日本と大航海時代 秀吉・家康・政宗の外交戦略

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    【内容】
    戦国期の日本が大航海時代を迎えて次々と日本にやってきた西欧諸国とどう相対したか、そして最終的に「鎖国」体制に至ったかを、日本側は信長、秀吉、家康(&秀忠)、そして伊達政宗の4人の武将を軸に、西欧側はカトリック布教による勢力拡大を目論むポルトガル、スペイン陣営の動向に焦点を当てて描く。

    信長の頃までは貿易推進のために布教を認めていたが、カトリック勢力による布教が軍事的進出と結びつくことを警戒していた秀吉は一転してバテレン追放令を発出する。そんな秀吉の朝鮮出兵は、スペインに対抗して中国、インドに至る東アジア領域を手中に収めようとする東アジアの覇権を巡る対抗意識に端を発する構想の一部だったと著者は主張する。そのことは中国支配後に自らの居を東海アジア貿易の中心だった寧波に置くことを構想していたことを見て取れるとしている。そんな秀吉をスペインは「皇帝」と呼称し、当時世界随一の武力を誇る日本が見せる帝国的振る舞いを恐れたが、その「皇帝秀吉」の死により日本の対外膨張政策は終わりを告げる。
    家康は当初西欧諸国との積極的貿易を推進する。従来のカトリック勢力のほか、オランダやイギリスといったプロテスタント系諸国との貿易も開始する中で、貿易の実利と布教の弊害を比較して今後の通商国を見極めようとしていた。初めは貿易推進を目的に布教を黙認する意向だったが、江戸、駿府来場時のスペイン側の振る舞いへの嫌悪や岡本大八事件を契機に禁教へと舵を切る。オランダとの通商でも必要なものは手に入ることを確認した江戸政権は1624年にスペインとの国交を断絶した。
    最後までスペイン(の支配するメキシコ)との通商を諦めなかったのは伊達政宗だった。メキシコから来日する船が太平洋を横断して東北沿岸を通ることに着目し、伊達領内に限定して特別に布教を容認することで通商を認める構想だった。これは政宗の独断ではなく、家康の布教の影響を限定させつつ江戸で直接貿易したい意向にも合致するものだった。政宗は支倉常長をスペイン、ローマ教皇庁に派遣し通商交渉を試みる。しかしあくまで伊達家を代表するに過ぎない常長と日本全土での布教を望むスペインでは折り合いはつかず交渉は失敗する。そして家康、および秀忠から二度にわたる謀反の企を疑われる情報戦を仕掛けられていた政宗は、常長帰国後速やかに禁教を布告した。こうして日本は通商チャネルを江戸政権が管理する"鎖国体制"に移行し、カトリック勢力との通商は以後250年近く途絶えることになる。

    【感想】
    秀吉の対外政策の背景に関する新たな見解の提示(西欧諸国との対抗意識を契機とする案)や、鎖国に至るまでの経緯の分析、さらに政宗の仙台宗教特区構想等、従来の歴史観に対する数々の新しい見方や意見が提示されており興味深い内容だと思う。また内容は日本側、西欧側両方を広く分析しており、著者の見識の広さが伺える。
    ただ一部の宣教師の手記、書簡の首長をもってスペインが帝国主義の矛先を日本にも向けていたとする主張等は、やや主張が飛躍している感も覚えた。今のように情報が全て瞬時に手に入る訳でもない中で、スペイン、日本側双方とも長期的な戦略より個別状況への対応の積み重ねとして行動していた、それらの偶発的出来事の積み重ねが断絶に繋がったというのが実像だろう。そういうところからすると、どちらか(より深い研究が望まれるのはスペイン側か)に焦点を当てたより詳細な分析も読んでみたい。
    総じて戦国〜江戸初期の西欧諸国との通商関係の発展から"鎖国"による整理までを広く俯瞰し、その中で新たな視点を提示しようとした意欲作だと思う。

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    2026年02月15日
  • 戦国日本と大航海時代 秀吉・家康・政宗の外交戦略

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    秀吉の海外出兵も、家康の鎖国も、当時世界最強のスペインという国への対抗から生まれたもの。鎖国も、要は、それを実行する力が日本にあったということだ。
    この視点は面白い。
    いずれにしろ、国を守るに強大な武力が必要なことは間違いがない。
    使い方を間違うと大変なことになるが、だから持たないというのは誤りだ。

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    2021年10月17日
  • 戦国日本と大航海時代 秀吉・家康・政宗の外交戦略

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    歴史に疎い自分を省みた一冊。
    伊達政宗のところから集中力が途切れ、挫折。。。
    ただ、大航海時代の中で、日本が植民地にされなかった理由として、豊臣秀吉らの危機感だけなく、また朝鮮・明・フィリピン島への海外展開を視野にしていたことで結果、日本は他国とは違う道を歩けたのだと思う。
    また、布教活動=植民地化という構図は刺激的だった。どの時代もマインドコントロールのため、宗教が使われていることの恐怖が出てきた。

    もう少し、歴史を多面的に学習し、再読したい一冊。
    今回はとりあえず、豊臣を理解するところまで。。。

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    2019年06月09日
  • 戦国日本と大航海時代 秀吉・家康・政宗の外交戦略

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    織田信長、豊臣秀吉、イエズス会、徳川家康、三浦按針、フランチェスコ会、スペイン国王フェリペ3世、伊達政宗、徳川家光、支倉常長、ローマ法王パウルス3世といった面々が、日本史と世界史のボーダーなんかお構いなしに知略謀略の限りを尽くすというお話…じゃなかった歴史書。

    テーマは、大きく分けて、大航海時代において日本が当時の最強国スペイン等の植民地にならなかったのはなぜかと、伊達政宗はなぜあのタイミングで慶長遣欧使節団を送り出したのか、の2つ。

    1つ目のテーマについて、文禄・慶長の役は秀吉が耄碌したためではなくてスペイン・ポルトガルを掣肘するための戦争だったという説には度肝を抜かれるものの、トルデシリャス条約下のスペイン・ポルトガルのつばぜり合いをロシアvsイギリスのグレート・ゲームに、朝鮮の服従拒否を壬午事変に置き換え(こじつけ?)れば、あら不思議、著者いうところの戦後の「一等国」としての世界史への登場も含め、日清戦争の時代背景に見えてこなくもない。

    秀吉の目論見は見事当たり、ヨーロッパ列強からは日本は” 軍事大国””帝国”として認識され、侵略の対象とはならなかったというのには、日本スゴイ本的な臭いがして(もちろん著者の平川先生はそうではないとあとがきで説明しておられる)、微妙な気分になるが、平川先生に倣い日本史/世界史のボーダを無視、史上の画期となった攻城戦ということで、第二次ウィーン包囲と大阪冬の陣を比べてみると、wikipedia調べで、なんと後者の方が大規模(前者で神聖ローマ帝国が動員した籠城方8万、後者で徳川軍が動員した寄せ手20万)。しかも徳川軍はほぼ常備軍。
    それに、戦国日本の諸国を、ヨーロッパでいうところの領邦国家等と捉えれば、ヨーロッパ人の目には織豊政権や徳川幕府が「帝国」に見えるのは、考えて見れば不思議ではないのかも…。

    研究書としての価値は素人にはわかりませんが、知的刺激に溢れた1冊であることは間違いありません。
    2つ目のテーマと合わせて、1冊で2冊分楽しめるという点でお買い得でもあります。

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    2018年07月20日
  • 戦国日本と大航海時代 秀吉・家康・政宗の外交戦略

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    ネタバレ

    <目次>
    序章   戦国日本から「海国」日本へ
    第1章  大航海時代と世界の植民地化
    第2章  信長とイエズス会
    第3章  秀吉のアジア征服構想はなぜ生まれたか
    第4章  家康外交の変遷
    第5章  伊達政宗と慶長遣欧使節
    第6章  政宗謀反の噂と家康の情報戦
    第7章  戦国大名型外交から徳川幕府の一元外交へ
    終章   なぜ日本は植民地にならなかったのか

    <内容>
    今までの戦国期から江戸初期の外交の考え方に違う視点を与えてくれる本。ただその信憑性はわからない。私にはややオーバーに感じた。ただイエズス会の記録などを丹念に読み込み、そこから推論を重ねていく視点は面白い。終章にある「日本が植民地にならなかった」については、面白いが、中国も朝鮮も植民地にならなかったことに対する答えはない。他の本でも見られたが、日本は結構長い期間「軍事国家」と外国からみなされていたという指摘は、うなずくことが多かった。

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    2018年07月08日