ロバート・ジェームズ・ウォラーのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
クリント・イーストウッドとメリル・ストリープ主演で映画化されている原作。1960年代のアイオワ州を舞台に、たった四日間だけ燃え上がった切なく感動的な恋物語。情景が思い浮かぶ細やかな描写と心の内を綴った美しい文章を読み終えて、人生における選択とは何だろうと深く考えさせられました。
あらすじ:
ナショナル・ジオグラフィック誌の写真家ロバート・キンケイドは、屋根付きの橋を撮影するため、アイオワ州マディソン郡を訪れます。そこで道に迷った彼は、フランチェスカ・ジョンソンというイタリア出身の主婦と偶然出会い、橋まで助手席に乗せて道案内をしてもらいます。彼女は、たまたま夫と子どもたちが州外の農業見本市に出かけていて、一人で自宅に残っていたところでした。そんな二人が話し合ううちに、都会的で自由な気風のロバートに、フランチェスカは次第に惹かれていき、ロバートの方でも、フランチェスカの内に秘めた情熱や知性に心奪わて、二人は恋に落ちます……。
起きてしまったことに対する落とし所としては、この物語の結末を考えると、この着地点しかないだろうと思いました。そうでなければ、こんなに美しい物語にはならず、ドロドロの愛憎劇になってしまったでしょうから、これで良かったと思います。とても悲しい結末でしたが、いい作品を読んだなと思いました。
なお、著者がカメラの撮影が趣味なのか、自身で撮影した写真が章の扉裏に掲載されています。どれも構図が良くて、写真を撮るのが好きなんだろなと思わせる撮り方。空を入れるときは、雲を入れて動きを出したり、そうでなければ、川面の映り込みを利用したり、また縦位置で大胆な構図を狙ったり、クローズアップした橋の入口では花(Blossom)を手前に配置して変化を狙っています。作中のロバートの撮影時のこだわりも、そんな著者自身の撮影時の苦労した経験が活かされた文章だということが写真からも伝わってきて、とても好感がもてました。なお、撮影機材は、Nikon Fやジッツォの三脚などが出てきました。おそらく、カメラ好きな人が読むと、本作をより気にいるだろうなと思いました。 -
Posted by ブクログ
最近、映画の「風と共に去りぬ」を鑑賞したばかりだったので、今作の主人公の一人・ロバート・キンケイドと、風と〜のスカーレット・オハラが、同じアイルランド系という偶然の一致が、何だかすごく嬉しかった作品ですo(^▽^)o←長い
で、そんな同郷の2人なんだけど、一方は自分の生まれ育った土地を愛し、もう一方は風のように世界を放浪するっていう人物像の対比にすぐに気付けたのも、間を置かずに2つの名作に触れたからだよね〜と思えたのも嬉しかったのですo(^▽^)o←二回目
ロボートが引用したナバホ族の詩に触れた時も、これまた最近DVDで見たウインド・トーカーズのキーとなるナバホ族を思い出して、o(^▽^)oo(^▽^)oo(^▽^)oとなったのでした(笑)。ナバホと同じように、いつかリルケにも会えるかしら。
映画だけじゃなく、こういうシンクロニシティが増えると、もっともっと嬉しくなれるのかなあ。と思うと、いろいろアンテナ張っていたいなあとも思うんですが、うーん。毎度のことながら、実行力が伴わないんだぜ…(´・_・`)
前置きが長すぎたので、ざっくり本編感想を〜(・ω・)ノ
暖かい家庭を持っているにも関わらず、埋められない孤独を抱えたフランチェスカ。
幼い頃から人との縁が薄く、世界の風景の中に自分を移ろわせ、それらの一部を写真で切り取ることを生業とするロバート。
そんな2人が、マディソン郡にかかる橋がきっかけで、運命的に出会い、濃密な交歓の時を過ごす4日間が描かれます。
そして、フランチェスカの子供達が、彼女の死後、その事実に気付く…という物語。
要約すると、
「夫と子供達が不在の間に、突然現れた魅力的な男と不倫する女の話」
っていうだけのストーリーなんですね。うーん、身も蓋もない(笑)。
私、こういうジャンル、全然好みじゃない、筈だったのですが(前知識も全然なかった〜幸せ!)。
時間の都合で読むのを中断するのが惜しくて、貪るように字面を追ったの久しぶりぃ\(^o^)/し…至福〜!笑
各章を締めくくる印象的なセンテンス、スピリチュアルな愛とその表現、主人公2人のキャラクタや思い出をつづる言葉に、すごく惹かれました。訳がいいのかな!←浅い
久しぶりに、文章に恋をしました。前はどの作品だったかなあ。忘れた〜←浮気性
例えば、フランチェスカがちょっとした秘め事になれている女性だったら。
ロバートが家庭を持っていたり、女好きするような男性だったら。
こんなに魅力溢れる作品にはなってないんじゃないかなあ。
絶妙な人物描写と、美しい邦訳が生んだ名作です。名作です(二回目)。
なんか、めちゃくちゃ長くなってしまったわ〜(・ω・) -
Posted by ブクログ
ロバート・ジャームス・ウォラーの【マディソン郡の橋】を読んだ。
1995年にクリント・イーストウッドとアニー・コーリーの共演で映画化され、大ヒットを記録した作
品であるので、見た、または読んだ人も多いかもしれない。
小説は全米で250万部を売り上げるという記録も作り出した大ヒット作である。
生涯でたった4日間の愛の物語。だがその4日間が2人の人生において、かけがえのない4日間になる。
不倫の話と言ってしまえばそれまでであるが、愛の形を問わぬとすれば、男が女を求める、または女が男
を求めるという真理において、これほど切なくて魅力ある物語はないのではないだろうか。
主人公のフランチェスカは、結婚を機に生まれ育ったイタリアからアメリカに移住して来た。優しい主人
と可愛い2人の子供に囲まれ、何不自由ない生活を送っているかのように思えた。主人と子供たちが家を
留守にした運命の日。フランチェスカの前にアメリカ人の写真家、ロバート・キンケイドが現れる。彼は
このマディソン郡に7つある屋根付きの橋を撮影しに来たのだが、最後の1つの場所がわからず、偶然見
つけたフランチェスカの家に道を尋ねようと入って行った。これが運命の出会いである。
第一印象から2人はお互いに惹かれあった。フランチェスカは40歳を少し過ぎたくらい。ロバート・キ
ンケイドは52歳であった。
大人の恋愛である。フランチェスカには家族があったが、ロバート・キンケイドは一人身。徐々にお互い
が持つ不思議な魅力に、お互いが惹かれあっていく。
初めは紳士に。徐々に情熱的に。
お互いに一線を越えてはいけないと認識しつつも、気持ちのベクトルが向き合ってしまえば、それを押さ
えることは、もはや難しい事実であった。
お互いの年齢からも二度と情熱的な恋などに身を焦がすことなどないと思っていた2人は、その気持ちと
は裏腹に愛の極地へとのめり込んで行く。
ロマンチックな夜に浸り恋心に身を焦がし、情熱的な夜に身悶えるような愛を交わす。フランチェスカは
1人の「女」に戻り、ロバート・キンケイドは象徴的な「男」であり続けた。
交わされる愛の言葉、さりげない心使いや仕草が、大人の恋でありロマンチックである。
最後の日にロバート・キンケイドはフランチェスカに「自分のそばでいつまでもいて欲しい」と心の内を
告げるが、フランチェスカは「家庭という責任」があると首を縦には振れない。
最後の最後まで、何度も何度も愛し合った終わりに、後ろ髪を引かれる思いで2人は別れる。
車で走り去るロバート・キンケイドの後姿を見つめる最後のシーンは、心に響く名シーンであった。
究極の愛。それは、何らかの宿命を持ってこの世に生まれ、出会うべくして出会った愛であると思う。
ソウルメイトとも呼ばれるこの種の関わりは、あながち嘘ではないと思うのだ。
現世で目に見える結果の形として必ず結ばれるとは限らずとも、2人の魂はそれぞれを探し求めて生まれ
てきた。出会うために生まれてきたのである。この理解を前提に置かなければ、この物語を深く読み進め
ることは困難な作業だろう。
フランチェスカとロバート・キンケイドは、別れた後もお互いの生活に戻りながら、愛し合い続けた。
けして口には出さず、心の中で繋がり続けたのである。それこそ死ぬまでだ。
この2人の愛の事実はフランチェスカの遺書によって明るみに出る。フランチェスカの子供たちがその遺
書を読むシーンもまた心を震わせられる。
精神が肉体を超えた究極の愛の形に触れてみたい人にはぜひ、一読をお薦めしたい作品であった。 -
Posted by ブクログ
「大恋愛」なんて陳腐な言葉では片付けられない
ロバード・キンケイドとフランチェスカの4日間の奇蹟。
あー私の数少ないボキャブラリーでレビューは書けませんね。
でもね、こんなことが実際にあったって知るだけで、
地球の真反対にいる知らない人類に対しても愛おしさを覚えます。
夢を見ているような体験を、長年自分の記憶に残すために、
確実に存在していたと記すために、つないだ一通のメモと
名前が刻まれたネックレス。
地球規模から見た、体験と実感をつなぐために物質に頼る人間に、可愛らしさを感じます。
映画化もされているけど、きっと映画で見たら幻滅するだろうなぁ。 -
Posted by ブクログ
最後のカーボーイ、ロバートと、アイオワの農場に住むイタリア出身のフランチェスカ。対極の人生を歩む二人が、マディソン郡の橋を介して出会います。
まるで足りないピースを探し当てたかのように、二つの魂が一瞬にして一心同体となり、死が訪れるまで紐帯に結び付けられます。二人はまさにベターハーフだったのでしょう。
「長いあいだ、私はあなたに向かって、あなたは私に向かって歩いてきたのです」
出会うことの必然性を、ロバートがこうフランチェスカに言います。
自分の魂の片割れに出会うのは、自身のことを良く知ってからかもしれませんね。その時こそ、希求するものが良く見えるのではないでしょうか。
この小説は、1995年にクリントイーストウッドとメリルストリープの共演で、映画化されました。映画も小説の世界が良く再現されていて、とても楽しめると思います。