西寺郷太のレビュー一覧
-
ネタバレ 購入済み
連載の時から読んでました
noteに連載されていた時に読んでました。
サニーデイ登場のあたりで存在を知り、掲載されている分を一気に読んで、だんだん更新間隔が空いていき、
書籍化いつになるんだろう……とぼんやり待っていました。
90年代は10代として過ごしていた自分には
こういう下北沢の風景はいつか見てみたいものだったなあ。
サニーデイやらPENPALSやらたくさんの固有名詞を楽しく拾い集める過程も楽しかったのですが
新井仁人気をこうやって書き残してくれたのが
当時在宅新井ギャルだったので特に嬉しかったです。
NORTHERN BRIGHTより断然RON RON CLOU派でした……(もはや誰にもわからない話)。
-
Posted by ブクログ
ネタバレ・自分はここにいなかった人間だが、確かにこの時代はあった。確かなこの時代の空気がここにあった。
・特にSTARWAGON。インディーズ時代の一枚は自分も心の一枚。繰り返し聞いた。まさか西寺さんとそんな関係にあったとは全然知らなかった。その別れも含めて胸にズシンと来るものがあった。あのアルバムっぽいな、と思った。
・正直、あの頃と自分は全然変わっていない気がしていたけれど、これを読んで90年代って終わったんだな、と思った。(当たり前の事なんだけど)
・しかし、自分とは全然違う場所の話なんだけど、濃厚に自分の「この頃」を思い出した。これ、凄い小説だと思う。(少なくとも僕の様なある種の人達にとっては) -
Posted by ブクログ
NONA REEVESのフロントマンであり、かつ作曲家・プロデューサーとしても活躍するポップス職人の西寺郷太が、80年代アメリカ音楽に関する愛情と優れた批評眼をもとに書き下ろしたプリンスの生涯とその音楽性についての論考。
基本はクロノロジカルにデビュー時から2015年(この本が出た翌年、プリンスは死去するため、実質的にはほぼラストアルバムまで)を振り返っていくスタイル。プリンスはとにかく多作であり、80年代の作品を愛好する自身にとっても(特に極彩色に溢れるポップ絵巻、『Around The World in a Day 』がマイベスト)、90年代以降の作品はちゃんと聞けていないものが多く、解説と共にSpotifyで聴くと発見ばかり。
自身が音楽家でもある著者の分析は非常に面白い箇所が多いのだが、中でもBPMに関する指摘は非常に興味深い。
一般的に70年代のディスコミュージック、ディスコファンクと呼ばれる曲は、BPM 110-120前後(このくらいのBPMだと気持ちよくノレる感じ)であるが、プリンスにとっての大ヒットアルバムである『Purple Rain』ではBPM135くらいから最も高速な曲では190台と、高速化を遂げる。高速化される曲はロック的なダイナミズムを持ち、アリーナなどの大会場でもわかりやすく盛り上がれることから、これが大ヒットを生んだ1つの音楽的背景ではないか、というのが本書での指摘である。
この流れでもっと興味深いのは、日本においては特にBPM 110-120の曲はヒットしにくい、という指摘である。それは例えば、
・AKB48のヒット曲の多くのBPMが150-180台のかなりの高速であること(唯一の例外としてBPMが122の「恋するフォーチュンクッキー」が言及されているが)
・アメリカではどちらも爆発的ヒットしたものの日本でもヒットしたファレル・ウィリアムズの「Happy」がBPM160であったのに対して、日本ではそこまでのヒットに及ばなかったマーク・ロンソンとブルーノ・マーズの「Uptown Funk」がBPM 116の典型的なディスコファンクであったこと
などを証左として挙げているが、この指摘は感覚的に非常にうなづけるところがあった。
しばらくこれを片手に殿下の豊富な音楽世界に浸りたいと思う。 -
Posted by ブクログ
NONA REEVESのフロントマンであり、優れたポップスメイカーとして作曲家活動も行い、かつマイケル・ジャクソンやプリンスの音楽評論でも知られる著者が、アーティストとしてのデビューを目指してもがいた90年代を描いた自伝的小説。
自らの才能を信じつつ、ひたすらデモテープを作り、信頼できるバンドメンバーと出会ってデビューを果たしていく、という著者の生き様がとてもキラキラしており、音楽を愛する人であれば必ず共感できるシーンばかり。そして、登場人物はほぼ実名であり、当時の日本の音楽シーンを代表する様々なアーティストたちとの交流が描かれており、下北沢を中心とする当時のロックバンドの様子なども知れるのが非常に面白い。
寝る直前に数十ページだけ読もうと思って読み始めたらあまりの面白さに手が止まらず、結局ラストまで一気に読んでしまった。音楽ファンにはおすすめの一冊。 -
Posted by ブクログ
さらりと読めるが深みというか凄みがあった。
著者と同じく、自分も初めて聞いたのはパープルレイン前で、自分の場合は『controversy(1981)』がもらったテープに入ってた。
テープには何も書かれていなかったので、それがプリンスの曲だと知るのはずっと後のことで、著者のようにプリンスを追いかけることはなかった。
それでも音楽を聴き始めてから、ずっとアルバムを発表し続けてきた「身近なミュージシャン」がなくなるのはやはり辛い。
文筆業が本業ではないが、プリンスの才能の爆発をリアルタイムで見続けてきた人なら共感するところが多いと思う。
1999年にラジオでプリンスが特集時に、一曲目が『1999』だったことをふと思い出した。 -
Posted by ブクログ
プリンスの長いキャリアからすればつい最近ファンになった、ということになる自分としては、プリンスの歴史が知れてとても良かった。
プリンスファンによるプリンス本。
全米No.1を獲ったWhen doves cry、KISSにはベースがないとか。
---
memo
p88
「ミディアム・テンポ」の楽曲は日本の一般層にはさほど受けない。「とても速い」か、「バラードとしてはっきりと遅いか」でなければ難しいのが現状だ。
p214
白人警官による黒人殺害、暴行事件(ファーガソン事件、エリック・ガーナー事件、フレディ・グレイ事件)によってプリンス、ディアンジェロが動いたエピソード。その年のグラミー賞の話。
p232、235
2015年の2月、グラミー賞の夜―。プリンスは壇上で「アルバムは今もこれからも重要だ」と言った。(略)彼は「アルバムが重要」という言葉の奥に「アーティスト自身がリスナーを教育する責任を負え」という意味を込めたのではないだろうか。 -
Posted by ブクログ
1985年4月5日、USA for Africaのアーチスト名で一斉に世界のラジオ局で同時放送された音楽、映像は瞬く間に世界を駆け巡った。クインシー・ジョーンズ、マイケル・ジャクソン、ライオネル・リッチーという3名の黒人が中心に企画したジャズ的にボーカルがリレーするライヴの緊張感の中でオリジナルな魅力を発揮する匠の技のせめぎ合いの結集した音楽。その感動的な合唱は今でも鮮烈に覚えている。そして、ブルース・スプリングスティーン、シンディー・ローパーなどのソロも強烈な印象を与えた。参加者たちがなぜあそこまで高揚し、感動して歌うことができたか、彼らといえども、目の前に憧れてきた歌手たちが多く集まり、自分もその一人として選ばれたという感動を考えれば当たり前かもしれない。1月28日~29日にかけ、ほぼオールナイトでの録音・録画のライヴ感が大ヒットの理由であることは間違いない。しかし、45名の著名アーチストが集まったが、集合写真に2名が欠けている。その一人ポインター・シスターズの末妹ジューン。その謎を調べ、華やかな報道の翳の難しい面を知る。そして集まったスーパースターたちも多くが、1985年を境にヒットに恵まれていない!ライオネル・リッチー、スティービー・ワンダー、ダイアナ・ロス、ティナ・ターナー、ケニー・ロギンス、ビリー・ジョエル、スティーヴ・ペリーたち。そして参加しなかったジャネット・ジャクソン、ホイットニー・ヒューストンが大活躍という皮肉は単に世代交代だけとも言えないのだろうか。