西寺郷太のレビュー一覧
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さらりと読めるが深みというか凄みがあった。
著者と同じく、自分も初めて聞いたのはパープルレイン前で、自分の場合は『controversy(1981)』がもらったテープに入ってた。
テープには何も書かれていなかったので、それがプリンスの曲だと知るのはずっと後のことで、著者のようにプリンスを追いかけることはなかった。
それでも音楽を聴き始めてから、ずっとアルバムを発表し続けてきた「身近なミュージシャン」がなくなるのはやはり辛い。
文筆業が本業ではないが、プリンスの才能の爆発をリアルタイムで見続けてきた人なら共感するところが多いと思う。
1999年にラジオでプリンスが特集時に、一曲目が『1999』だったことをふと思い出した。 -
Posted by ブクログ
プリンスの長いキャリアからすればつい最近ファンになった、ということになる自分としては、プリンスの歴史が知れてとても良かった。
プリンスファンによるプリンス本。
全米No.1を獲ったWhen doves cry、KISSにはベースがないとか。
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memo
p88
「ミディアム・テンポ」の楽曲は日本の一般層にはさほど受けない。「とても速い」か、「バラードとしてはっきりと遅いか」でなければ難しいのが現状だ。
p214
白人警官による黒人殺害、暴行事件(ファーガソン事件、エリック・ガーナー事件、フレディ・グレイ事件)によってプリンス、ディアンジェロが動いたエピソード。その年のグラミー賞の話。
p232、235
2015年の2月、グラミー賞の夜―。プリンスは壇上で「アルバムは今もこれからも重要だ」と言った。(略)彼は「アルバムが重要」という言葉の奥に「アーティスト自身がリスナーを教育する責任を負え」という意味を込めたのではないだろうか。 -
Posted by ブクログ
1985年4月5日、USA for Africaのアーチスト名で一斉に世界のラジオ局で同時放送された音楽、映像は瞬く間に世界を駆け巡った。クインシー・ジョーンズ、マイケル・ジャクソン、ライオネル・リッチーという3名の黒人が中心に企画したジャズ的にボーカルがリレーするライヴの緊張感の中でオリジナルな魅力を発揮する匠の技のせめぎ合いの結集した音楽。その感動的な合唱は今でも鮮烈に覚えている。そして、ブルース・スプリングスティーン、シンディー・ローパーなどのソロも強烈な印象を与えた。参加者たちがなぜあそこまで高揚し、感動して歌うことができたか、彼らといえども、目の前に憧れてきた歌手たちが多く集まり、自分もその一人として選ばれたという感動を考えれば当たり前かもしれない。1月28日~29日にかけ、ほぼオールナイトでの録音・録画のライヴ感が大ヒットの理由であることは間違いない。しかし、45名の著名アーチストが集まったが、集合写真に2名が欠けている。その一人ポインター・シスターズの末妹ジューン。その謎を調べ、華やかな報道の翳の難しい面を知る。そして集まったスーパースターたちも多くが、1985年を境にヒットに恵まれていない!ライオネル・リッチー、スティービー・ワンダー、ダイアナ・ロス、ティナ・ターナー、ケニー・ロギンス、ビリー・ジョエル、スティーヴ・ペリーたち。そして参加しなかったジャネット・ジャクソン、ホイットニー・ヒューストンが大活躍という皮肉は単に世代交代だけとも言えないのだろうか。
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「A&Mスタジオのハーモニー盛者必衰のことわりをあらわす」とでもつぶやきたくなるような歴史的一大イベント、ウィ・アー・ザ・ワールドの物語。光あるところに影がある、アメリカンポッフスの栄光の翳りの始まりを予感させる題名の「呪い」に着目したのが著者の新しい視点だと思いました。まるで歴史家のように丹念にビデオやインタビューからまばゆさばかりの中に陰を見出していく作業はまさにマニア!ディテールもそうですが白人、黒人、そしてブリテッシュ、3つの文化がグーチョキパーのように絡み合いながらポッフス(日本語の造語らしい)を作っていく大きな物語に眼を開かせられました。自分が無意識に洋楽にジャブジャブに浸っていた時代の幸せの意識的に振り返る読書になりました。
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プリンスを語ることは、80年代〜現代の音楽シーンを網羅することになる。白人ミュージシャンが圧倒的多数だったMTVで黒人ミュージシャンとしてPVがパワープレイされ、マイケル・ジャクソンと共に時代に風穴を開けた偉大なるミュージシャン。
”ミュージシャンズミュージシャン”などと呼ばれることも多かったプリンス。毎年のように発表されるアルバム、楽曲のクオリティの高さとそれを凌駕する過剰かつ濃厚なビジュアルプロデュース。
MTV全盛期、音楽はビジュアルでもってして「観る」のが主流になった時代、当時田舎の中学生だった私にはプリンスのPVは狂気の沙汰としか思えなかったが(笑)、大人になった今、改めて聴き直すととにかく素晴らしい。
プリンスほど音楽を純粋に愛して楽しんでいるアーティストはいないのではないだろうか。
カテゴライズできず、ひと言では語れないその多才さを過小評価されてきた鬱憤を晴らすかのような西寺郷太さんの文章が素晴らしく、プリンスそして音楽への愛が込められていて読んでいて爽快な気分に。 -
Posted by ブクログ
呪いとは祝いの逆のベクトル。呪縛と祝福は背中合わせかもしれない。80年代という時代に起きた奇跡的な作品に集まった煌びやかなスターたちの関係性とアメリカという国の白人と黒人の問題、音楽と映画(映像)に関して西寺郷太という稀有な文章も書けるミュージシャンが自らの想いと記憶、資料と熱意を持って記した一冊。
この奇跡のあとに起きた呪い、80年代が終わってグランジ・オルタナティブという90年代の季節がやってくるのは当然だったのかもしれない。この場所にいなかった呪いから逃れたスターたちのその後も。
そして9月にはそこに居なかったプリンスについての『プリンス論』が刊行される。
情報が過多になり、検索すれば出てくるネットが当たり前になった世界ではその「検索ワード」がわからなければもう検索も知ることもできないのだ。郷太さんはこういう時代があったことを知らない世代に対して知っていることを伝えようとしている。それは音楽の歴史だしポップスの時代と今に繋がるものたちを橋渡しする役目は自分にしかできないと自負しているからだろう。
知らないことがあるのは幸せだ。僕は80年代前半生まれだから全然知らなかったことばかり。また当たり前のように知っているミュージシャンの見え方が音の聞こえ方が変わってくる一冊。