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チャリティ・ソングの金字塔が
アメリカン・ポップスの青春を終わらせた?
1985年に発表された〈ウィ・アー・ザ・ワールド〉は、全米のスターたちが飢餓救済のために集ったチャリティ・ソングの金字塔として名高い。しかし、もしこの曲がアメリカン・ポップスを「終わらせた」張本人だとしたら……。映画音楽に始まるポップスの歴史をやさしくひもときながら、奇跡の楽曲が生まれた背景、その後にもたらされた「呪い」の正体を検証する。
80’sの語り部・西寺郷太が放つ渾身の一冊!
[内容]
はじめに──1985年。アメリカン・ポップスの青春が、終わった。
第1章 アメリカン・ポップスとは何か
第2章 ディスコとMTVが、世界を混ぜた
第3章 〈ウィ・アー・ザ・ワールド〉徹底研究
第4章 華やかな夜の影で
第5章 〈ウィ・アー・ザ・ワールド〉の呪い
あとがき
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Posted by ブクログ
1985年4月5日、USA for Africaのアーチスト名で一斉に世界のラジオ局で同時放送された音楽、映像は瞬く間に世界を駆け巡った。クインシー・ジョーンズ、マイケル・ジャクソン、ライオネル・リッチーという3名の黒人が中心に企画したジャズ的にボーカルがリレーするライヴの緊張感の中でオリジナルな魅力を発揮する匠の技のせめぎ合いの結集した音楽。その感動的な合唱は今でも鮮烈に覚えている。そして、ブルース・スプリングスティーン、シンディー・ローパーなどのソロも強烈な印象を与えた。参加者たちがなぜあそこまで高揚し、感動して歌うことができたか、彼らといえども、目の前に憧れてきた歌手たちが多く集まり、自分もその一人として選ばれたという感動を考えれば当たり前かもしれない。1月28日~29日にかけ、ほぼオールナイトでの録音・録画のライヴ感が大ヒットの理由であることは間違いない。しかし、45名の著名アーチストが集まったが、集合写真に2名が欠けている。その一人ポインター・シスターズの末妹ジューン。その謎を調べ、華やかな報道の翳の難しい面を知る。そして集まったスーパースターたちも多くが、1985年を境にヒットに恵まれていない!ライオネル・リッチー、スティービー・ワンダー、ダイアナ・ロス、ティナ・ターナー、ケニー・ロギンス、ビリー・ジョエル、スティーヴ・ペリーたち。そして参加しなかったジャネット・ジャクソン、ホイットニー・ヒューストンが大活躍という皮肉は単に世代交代だけとも言えないのだろうか。
Posted by ブクログ
「A&Mスタジオのハーモニー盛者必衰のことわりをあらわす」とでもつぶやきたくなるような歴史的一大イベント、ウィ・アー・ザ・ワールドの物語。光あるところに影がある、アメリカンポッフスの栄光の翳りの始まりを予感させる題名の「呪い」に着目したのが著者の新しい視点だと思いました。まるで歴史家のように丹念にビデオやインタビューからまばゆさばかりの中に陰を見出していく作業はまさにマニア!ディテールもそうですが白人、黒人、そしてブリテッシュ、3つの文化がグーチョキパーのように絡み合いながらポッフス(日本語の造語らしい)を作っていく大きな物語に眼を開かせられました。自分が無意識に洋楽にジャブジャブに浸っていた時代の幸せの意識的に振り返る読書になりました。
Posted by ブクログ
呪いとは祝いの逆のベクトル。呪縛と祝福は背中合わせかもしれない。80年代という時代に起きた奇跡的な作品に集まった煌びやかなスターたちの関係性とアメリカという国の白人と黒人の問題、音楽と映画(映像)に関して西寺郷太という稀有な文章も書けるミュージシャンが自らの想いと記憶、資料と熱意を持って記した一冊。
この奇跡のあとに起きた呪い、80年代が終わってグランジ・オルタナティブという90年代の季節がやってくるのは当然だったのかもしれない。この場所にいなかった呪いから逃れたスターたちのその後も。
そして9月にはそこに居なかったプリンスについての『プリンス論』が刊行される。
情報が過多になり、検索すれば出てくるネットが当たり前になった世界ではその「検索ワード」がわからなければもう検索も知ることもできないのだ。郷太さんはこういう時代があったことを知らない世代に対して知っていることを伝えようとしている。それは音楽の歴史だしポップスの時代と今に繋がるものたちを橋渡しする役目は自分にしかできないと自負しているからだろう。
知らないことがあるのは幸せだ。僕は80年代前半生まれだから全然知らなかったことばかり。また当たり前のように知っているミュージシャンの見え方が音の聞こえ方が変わってくる一冊。
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