金井利之のレビュー一覧
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直截的というか、身も蓋もない表現で「行政」という複雑怪奇な存在の本質に迫ろうとする好著。以下は特になるほどと思った箇所(引用ではなく要約)
・与党政治家も野党政治家も、党派的選好を持った「一部の奉仕者」にすぎない。政権党に忖度する日本の官僚は著しく政治的中立性を欠いているが、万年与党の価値判断以外が政権・与党政治家によって示されることはないため、そのことが自覚されることはない。 pp.41-42
・国会と内閣が立法した内容を自治体が執行することで、国政では形骸化している立法権と行政権の分立が国・自治体をまたいで成立する。 p.59
・日本国憲法の世界観は、平和的生存権・自由権>民主主義>国民主権>憲法>法律 p.95
情報公開法は「情報自由権」を国民主権と民主的行政の手段として、それらより下に位置付けられており、憲法の世界観とフィットしていない。 p.97
外国人参政権を認めないことは、国民主権という下位価値が民主主義の原理(統治者と被治者の一致)という上位価値を毀損することになる。 pp.150-151
・ポツダム宣言により「国家の主権」は消滅しており、実質的には日本は「本国」である米国の「植民地」または「自治領土」となった。 p.163
・日本の対外主権は二面相的。合衆国が外国としてのアメリカと「本国」としての米国という二つの顔を持っているから。 pp.165-166
・通常「民主的」とは公選職政治家による行政職員の指揮監督の強化として理解されるが、戦後改革では、特権官僚による身分制を打破することを意味した。 p.209
・文民統制の補完メカニズム(防衛参事官制度など)は1990年度から弱体化し、現在では「本国」=米国の文民統制(誰が大統領になるか)だけが日本の文民統制を補完するメカニズムとして機能している。 p.290
・転職の口があって免職を恐れない職員は組織の統制が効かないので、行政職員が民間でも通用する専門職資格を持っているのは避けるべき、となる。 pp.297-298
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Posted by ブクログ
本書は、先日北大公共のシンポジウムにも来て頂いた金井利之先生の『自治フォーラム』での連載を単行本化したものです。
内容としては、「民主主義体制のなかの非民主主義的主体」である自治体行政と住民との実践的な関わりに焦点を当てたものとなっており、取り上げられるトピックも近年住民が関わることの多い自治基本条例・総合計画・行政改革・行政評価に絞って論じられています。今回は後者の2つに興味を持って読み進めました。
第3章では、「行政改革」がテーマとして取り上げられています。
まず、著者は行革のスタイルを①人件費の削減等を内容とした減量型行政改革、②旧来型の行政システムにメスを入れる行政経営システム改革、③行政と民間部門の在り方を一体的に考える地域経営改革に分類することができるとしています。また、行革が性質上「総論賛成、各論反対」の立場を取る関係者を生みやすいため、自治体は国の「外圧」を利用する場合が多く、住民による民主的統制と行革の実行性というディレンマが存在していると著者は指摘しています。
そして、これらの分析を踏まえて詳細な事例研究を行っている点に本書の特徴があります。ここでは、横須賀市と八王子市の行革の取り組みが参照されています。例えば、横須賀市は当初自主的に上記①②③を含む行革を実行していましたが、00年代に入って国の「新行革指針」の方向性に影響を受けることで、②が薄まっていった経緯などが詳細に論じられています。
第4章では、行政自身がPDCAサイクルに基づいて諸政策を管理する仕組みである「行政評価」が取り上げられています。
まず著者は、この仕組みが90年代半ばから各自治体で急速に導入された理由について、議会や行政が何らかの形で取り組んできた従来の「評価」に対する住民の「評価の評価」が悪化したためであると説明しています。一方で、行政職員に評判の良くないこの仕組みが定着した理由については、「上から」の要求に追従する行政職員の「評価の評価無き継続」志向によって「慣れ」が生じたためであるとされ、そのため、何らかの「飽き」が来れば形骸化する危険性を孕んでいることが示唆されています。
続いて著者は、本来政治過程を経由して民主的統制下に服するべき評価が官僚制化していくメカニズムについて説明しています。この点、「評価」が専門分野として確立しづらいために、複数の専門性をまとめあげる機能が必要となり、その機能こそが行政職員の基本的な技能であるため、評価自体に官僚制化する契機が内在しているとする指摘などは、興味深かったです。
また、この章でも事例として立川市と世田谷区の取り組みが丁寧に参照されています。特に、「評価の評価」を担う制度監視型の第三者評価機関を設置した立川市の事例などは、興味深かったです。
以上が後半部分の主な内容になっていますが、前半のトピックに上がっていた総合計画などにも関心があるので、また機会があれば読んでみたいと思います。
自治体行政の実務者や関心のある学生におすすめできる内容です。 -
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まず、本書のページ数は378ページと、一般の新書の2倍近いボリュームである。
情報量もそれに負けておらず、専門書と同様のレベルと考えて差し支えない。入門書と思い購入して面食らった衝撃は忘れられない。
とかく外から見えにくい「行政」を、行政を受ける側の目線から丁寧に詳述しているため、分量の多さの割には頭の中で具体的にイメージしながら読み進めることができる。
内容は申し分ないのだが、やはり新書の手軽さは捨てがたく、もう少しスリムなものがほしいという願望はどうしてもまとわりつく。
行政の内部事情について、深く腰を据えて学びたいという方におすすめする重厚な一冊だ。 -
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日本の行政を支配、外界、身内、権力の4つの視点から概観。理論的、学術的に語っている部分もあれば、明治以降の行政の歴史、高級官僚の生態、日米関係などリアルなパワーバランスに迫った項目もあり、ボリュームの割に飽きさせない。
特に面白かったのは、①日本の戦後行政をアメリカ『本国』による代行支配として捉えていること。政府には異論もあろうが、ある意味スッキリした理解。②地方公共団体や警察に関する中央と地方の明治以来の関係と歴史。地方は地方自治が基本かと思ったら、明治には町村に限られ県や市には官選知事や市長がおり、郡も国による支配の名残だった。③官僚制の戦前と戦後の異同、特に継続性(軍だけが異なる)、④大蔵省の支配は国全体を見るという視点から政権と結びやすく制度の必然であったこと。
読み物としても、辞書としてもまあまあ面白い。 -
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人口減少⇒地方消滅⇒地方創生と新聞・マスコミを賑わしている。社会学者と政治行政学者の激論で、国家権力と地方政府、住民の関係性が炙り出されていた。
第1章 「国―自治体ー市民」の構造を問いなおす
1「地方創生」で自治体は困り果てる
2「震災復興」で何が起きているのか
3「地方創生」は地域への侵略である
第2章 いかにして地域政策は失敗するのかー原子力発電所事故から見えるもの
1国と地域はどのようにズレていくのか
2県と地域はどのようにズレていくのか
3市町村と地域はどのようにしてズレていくのか
第3章 地域にとって国家とは何か
1アシメントリー(非対称)としての権力
2国策の構造
3国をどう考えるのか
4特定財源主義による統制
第4章 市民にとって、国家にとって自治体とは何か
1多元的バランス構造の意義
2依存の構造
3科学技術と国家
4ガバメントと共同体
同じ日本人であるのに、市民、基礎自治体、府県、国家ということなる組織に属すことにより、その組織の生き残りをかけて対立してしまう、特に国家権力に属する人間の行動、弱い者いじめをしてしまう構造、途中、情けない気分になりました(涙)。 -
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自治体内の行政職員などを「民主主義体制のなかの非民主的な主体」ととらえ、市民や市民の付託を受けた首長や議員がどのように非民主的な主体をコントロールするかを論じた本です。
特に自治基本条例・総合計画・行政改革・行政評価を取り上げ、自治体行政学の理論と事例研究により構成されています。
伝統的な政治学・行政学の関心事項である政府の暴走をいかに民主主義が抑止するかという観点があり、いま実践がなされている「新しい公共」などの動きを整理するには至っていませんが、今後「官から民へ」の流れが継続的に拡大すれば、民主主義体制のなかの非民主的な主体は自治体職員ではなく委託先の民間企業やNPOに拡大します。この動きのなかの自治体行政学の構成が急務に感じます。自治体の自治基本条例・総合計画・行政改革・行政評価に関心のあるかたは読んでおいたほうがよいと思います。 -
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ネタバレよくも悪くもかなり尖った1冊。
政府・行政批判の側面が大きい。
読んでいて「確かにな」と思う点もあるが、それ以上に国批判が軒を連ねている。
読んでいて少々気に障る点もあるが、それは個々人の好みだろう。
個人的に学んだポイントは以下。
・離島や過疎地域のインフラコストだけ取り上げて中央にこい、というのは選択と集中というよりも排除
・学問は政治的になる。資金がないと研究ができないから。そのため国に乗っかる。
・地域の人口増加=正義、は負け土俵。ほとんどの自治体が負ける。
・地域振興のためにプレミアム商品券を配る。例えば5000円で6000円分。その差額の1000円は税金から来ている。要はプレミアム商品券は納めた税を取り戻しに行っているにすぎない。 -
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コロナ禍にまつわる現在の現象に、とにかく名前がつけられ、整理・分類がされている。「あるある」感はある。また、構造的にどうしてこうなってしまったのかがわかり、「あぁ・・・」という感じは得られる。
状況に当てはめた納得感はある。ただ、「それでどうすればいい?」というのは、現象を分類して名前をつけても答えが出るものではない。どの対策も、一長一短である。
たとえば、この本では最後に、目指すべき方向性の一つに「包摂」を挙げている。感染者等は徹底的に保護すべきであり店名や行動履歴等を公表すべきでないというが、濃厚接触者を特定し、感染のおそれがあるグループを把握するのは、当事者と第三者両方の安全に有益なことは否定できないと思う。
他に挙げている3つのポイントが「無力」「社会」「実務」。無力であることを認め期待しない(失敗しても仕方ないとおもう)、広域移動をしないで適度の範囲で暮らす、実務にがんばってもらう。 正直、どれもあまり響かない。「しょうがないよね」と言われても。出かけたいよ。どうやったら実務にがんばってもらえるか、その方法論が問題。
結局は、未知の事態に対しては、できることをやって、チャレンジし続けるしかない。 -
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住民自治の充実のためには、住民も住民代表としての議員も、自治体議会をどのように取り扱うのか、すなわち自治体議会の取扱が問われているという問題意識の下、自治体議会の取扱のために、自治体議会の実態を冷静に見つめ直し、自治体議会の機能強化を目指していくための考察を行っている。自治体議会を巡る論説の主流となっている二元代表制論を批判し、機関としての首長あるいは議会がそれぞれ代表なのではなく、首長・議員・副首長などが寄り合って議論をする≪討議広場(フォーラム)としての議会≫こそが住民代表機関であるとする討議広場代表制論を提示した上で、議会運営、議員提案条例、議会と予算を中心とする政策、議会と議員、議会事務局、議会と住民など様々な議会に関するトピックを取り扱っている。
自治体議会のあるべき姿について深い考察が行われており、議会改革のヒントに富んでいるとは思うが、いかんせんまどろっこしい観念的な議論が繰り広げられているという印象も持ち、なかなか議員や住民、議会事務局職員が本書を読んでも、表題のような「取扱説明書」としては使いこなせないような気がした。
本書の主要な主張である「討議広場代表制論」については、議会の「代表性」がどこに存在するかという点の理念としては理解できるが、制度としての「代表制」としては、機関としての首長と議会がそれぞれ住民代表として役割を分担しつつ互いに抑制均衡を行うという二元代表制論と比べて、十分に理解できなかった。すなわち、「代表制」と「代表性」の概念がごっちゃになっているような印象を持った。 -
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多少ボリュームはあるが、日本の行政に関する概観を述べており、読みやすい。
特に印象に残った点を述べるとするなら
・民主主義における行政の役割:民衆→政府→行政→民衆…というループがあるということ。そして、身内からの支配によって民衆が納得するのだから、行政が時折反発を受けるのは、このループがうまくいっていないということ。
・省庁共同体によって行政の内部が動いているということ。
の2点である。
またこの本の中で筆者は度々「主権」という言葉に疑問を呈している。それに関しては詳しくは述べられていないが、この本の中で読み取れる範囲では、支配・被支配という強い関係性が現れてしまうからという理由で筆者が「主権」という言葉に反発していると考える。
民主主義と主権という言葉は不可分かと思っていたが、そうではないのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
地方創生の正体というテーマで、2人の立場の異なる学者が討論の形で進める形態。
東北大震災の国と自治体の動きを見ながら、これからの地方創生の在り方に警鐘を鳴らします。
どのような政策をとろうと財源を国が見ている以上、本当の地方が主導となるような新興策は困難。とはいえ、これをどう打開すべきかは、結論が出ない。ちょっと消化不良な印象でした。
・現在は「選択と集中」路線→この路線は排除を生む
排除は依存から来ている排除であり、国民の国に対する依存が生んでいる
→地方では、外から変なものを持ち込まれたときに抵抗できない体質を作り出している
・国と自治体の関係性(型)は、戦後一貫して変わっていないが、消化する側の体質は変化しつつある。つまり自治体側は金を受け付けなくなっている
・国が地方に向けて何らかの政策を打ち出すときに、各自治体の間でさかんに競争を起こそうとする。競争を煽ることで、自治体にとっては不本意であっても、その事業を自ら進んで選び取ったかのように誘導していることが可能になっている
・現在では一般財源主義・ルール配分主義から、特定財源主義・競争主義(裁量的配分主義)に移行している
各自治体はそういう競争に参加している
・自治体を国のコントロール下に置いて直接統治をしようとすれば、各自治体が持っていた自治の力が失われ、セルフ・コントロールできない自治体ばかりになっていく。
そうすると統治しようにも、統治の手段が失われることになえる。これは統治のやり方として明らかに間違っているのではないか
<目次>
第1章 「国‐自治体‐市民」の構造を問いなおす(「地方創生」で自治体は困り果てる
「震災復興」で何が起きているのか
「地方創生」は地域への侵略である)
第2章 いかにして地域政策は失敗するのか―原子力発電所事故から見えるもの(国と地域はどのようにズレていくのか
県と地域はどのようにズレていくのか
市町村と地域はどのようにズレていくのか)
第3章 地域にとって国家とは何か(アシンメトリー(非対称)としての権力
国策の構造
国をどう考えるか
特定財源主義による統制)
第4章 市民にとって、国家にとって自治体とは何か(多元的バランス構造の意義
依存の構造
科学技術と国家
ガバメントと共同体)