筒美京平が亡くなってまもなく1年。コンピレーションアルバムの発売やライブは行われるも、筒美京平に関する評論はあまり見かけないなぁと思ってたところに本書がドドーンと登場。
その著者がこれまた近田春夫と来てる。週刊文春の長期連載『考えるヒット』では、“つい考えちゃうんだよ”的思考でヒット曲の謎を秘密を
...続きを読む解き明かす絶品の論考を毎度毎度開陳していただけに、はたして筒美京平をどう解剖するのか…。
近田さん自身、筒美京平とは50年近い交流があり、その間には〈自堕落な私生活〉について一度叱られたこともあるという、人間 筒美京平を物語る貴重なエピソードもお持ちなだけに、否が応にも期待感が膨らむ。
そう本書は、著者だから語れる、著者しか語れない〈作曲家 筒美京平〉と〈人間 筒美京平(本名 渡辺栄吉)〉の両面に深く考察した極めて『貴重』な一冊。
本書は2部構成で、第1部は筒美京平が作曲家デビューした1966年から2020年までの仕事について、本書の構成を担った下井草秀氏が近田春夫にインタビューする形で進む。
〈ブルー・ライト・ヨコハマ、魅せられて、Romanticが止まらない〉といった昭和を代表するヒット曲誕生秘話、コンビを組んだ阿久悠・松本隆・秋元康らの作詞家も俎上に。
例えば、作詞 阿久悠・作曲 筒美京平コンビによるレコード大賞受賞曲〈また逢う日まで〉に対しても、阿久悠の論理的で畳み込んでいくようなマッチョな詩には、直線的でアタックの強い旋律を書く都倉俊一の方がハマる…と言い切り、阿久悠×都倉俊一による〈ペッパー警部・UFO・五番街のマリー等〉を列挙されると、確かにそうかも…と思う。また筒美京平が好んだ歌手の郷ひろみや平山みきのふたりに共通するのは、声そのものがひとつの楽器のような、唯一無二の歌声に創作力を掻き立てられたとも語る。
第2部はレコード会社で長年ディレクターを務めた実弟 渡辺忠孝氏、筒美京平が作曲家としてのきっかけを作った作詞家 橋本淳氏、その橋本淳×筒美京平コンビ作の70年代を代表するポップソング〈真夏の出来事〉を歌った平山みきさんの3名が登場。近田春夫が訪ね、いずれも軽妙洒脱なインタビューが展開される。
本書の白眉は、『筒美京平=フィルター論』。
ある音楽を、筒美京平というフィルターを通して濾過するとこうなる…というシミュレーションな形で曲を作っている。だから、そこには『筒美京平という実体は存在しない」。筒美メロディーを掴んだと思っても、腕からスルッと逃げていく。
『小室哲哉がシステムだとしたら、筒美京平はフィルター』なんだ。要するに、筒美京平には簡単に真似し得る『らしさ』がない、『いかにも筒美京平節』ってものがないということを小室哲哉を引き合いに出し、見事な論理を提示する。
1960年代から日本の歌謡曲の第一線で活躍し続けた稀代のコンポーザー筒美京平の功績を、該博な知識と豊穣な言葉で仔細に明確に学究的に語る近田節を踏まえ、秋の夜長、筒美京平の音楽に浸ってみてはいかがでしょう?