上遠恵子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
甥っ子が小さかった頃は、一緒に普通の道を歩いているだけでさまざまな驚きと発見と感動に満ち溢れていたのに、いつの頃からか「これ見てー!」と発見を報告しても、それが何か?って顔されるようになって淋しかったことを思い出した。
私たちはせっかく五感を持っていながら、その実、何も見たり聴きたり感じたり出来ていない、自覚出来ていないことを改めて思い知らされた。
これからはしっかり目を見開き、耳を澄ませ、
「もしこれが、いままでに一度も見たことがなかったものだとしたら?もし、これを二度とふたたび見ることができないとしたら?」と、問いかけよう。
五感で感じてこその人生の醍醐味なんだから。
もっと味わい尽くそう。 -
Posted by ブクログ
『センス・オブ・ワンダー』を読んでまず感じたのは、これは自然について学ぶための本ではなく、「感じる力」を失わずに生きることの大切さを教えてくれる一冊だということだった。
本書は、海洋生物学者であり『沈黙の春』の著者として知られるレイチェル・カーソンが、自然と向き合う喜びについて綴ったエッセイである。夜の森を歩くこと、雨の音に耳を澄ますこと、海辺で貝殻を拾うこと。そこには壮大な自然描写や専門的な知識が並ぶわけではない。むしろ、日常の中にある小さな驚きや美しさに目を向けることこそが、人を豊かにすると静かに語りかけてくる。
この作品が描いているのは、自然保護の必要性だけではない。知識は感動のあとからついてくるものであり、何よりも大切なのは世界を見て「なぜだろう」「美しい」と心を動かされる感性なのだということだ。私たちは大人になるにつれて、物事を理解することや効率よく答えを見つけることを優先するようになる。しかしカーソンは、名前を知らなくても、理由が分からなくても、まず驚き、感動することに価値があると語る。その考え方は、情報を集めることばかりに慣れた現代だからこそ、いっそう新鮮に響いた。
印象的だったのは、本書が子どものための本であると同時に、大人のための本でもあることだった。子どもはもともと「センス・オブ・ワンダー」を持っている。だから本当に必要なのは、その感性を育てること以上に、大人自身が失ってしまった感性を思い出すことなのかもしれない。読んでいて何度も考えたのは、日々の忙しさの中で、私たちは世界を「見る」のではなく「処理する」ようになってはいないかということだった。季節の移ろいや風の匂い、木漏れ日や雨音に足を止める時間は、決して無駄ではなく、自分自身を取り戻す時間でもある。
ページ数は決して多くない。それでも、一つひとつの言葉には静かな説得力があり、読み終えたあとも心に残り続ける。自然の中へ出かけたくなるだけではない。普段見過ごしていた景色をもう一度見つめ直したくなる。その小さな変化こそが、この作品の何よりの魅力なのだと感じた。
『センス・オブ・ワンダー』は、自然を愛するための本ではない。世界に満ちている小さな驚きや美しさに気づく感性こそが、人を豊かにし、生きる喜びの源になることを教えてくれる作品である。読み終えたあとに残るのは、自然への憧れだけではない。今日という一日の中に、見逃してしまっている「驚くべきもの」はまだ残っているのではないかという静かな問いだった。
#2026年28冊目 -
Posted by ブクログ
「センス・オブ・ワンダー」=「神秘さや不思議さに目をみはる感性」
読んでいて心の奥まで響く作品。
心の中に広がる自然の大きさに感動する。大人になり見えなくなっていたこの感覚。自然を愛する生物学者の紡ぐ詩的表現は細かい描写を用いずとも直線的に心をつかむ。
何に魅せられたのかは読み進むうちに明らかになった。知ることは感じることの半分も重要じゃない。
一 子どもたちがであう事実のひとつひとつが、やがて知識や知恵を生みだす種子をはぐくむ肥沃な土壌です。美しいと感じる感覚、新しいものや未知なものにふれたときの感激、思いやり、憐れみ、賛嘆や愛情などのさまざまな形の感情がひとたびよびさまされると、次はその対象となるものについてもっとよく知りたいと思うようになります…消化する能力がまだそなわっていない子どもに、事実をうのみにさせるよりも、むしろ子どもが知りたがるような道をひらいてやることのほうがどんなにたいせつであるかわかりません。
一 人間を超えた存在を認識し、おそれ、驚嘆する感性をはぐくみ強めていくことには、どのような意義があるでしょうか…地球の美しさと神秘を感じとれる人は、科学者であろうとなかろうと、人生に飽きて疲れたり、孤独にさいなまれることはけっしてないでしょう。
この感覚は中村天風やリチャード・ドーキンスで感じとった自然の雄大さと同じもの。畏怖と感謝の念 -
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ネタバレ趣味でやっている俳句が、最近詠めなくなってきた。十七音を連ねてみても、ちっとも詩になっていないのだ。
スランプかなあ、と首をひねっているところへ、良い縁があってこの本を、今度はレイチェル・カーソンと対話するような気分で再読した。
冒頭の、一歳八か月の甥のロジャーを毛布にくるんで、嵐の夜の海岸に降り、とどろく波を前に、二人で大笑いするシーン。以前読んだ時は感銘を受けてしるしをつけた。しかし今回は、前回ほどは響かない。先を読んでみても、自然の描写はどの箇所も同じように響きが薄かった。理由は分からないが、自分の今の気持ちが自然から少し離れてしまっているのかもしれない、と感じた。
この本は、そんな時に読むのにうってつけの箇所がある。
「あなたが都会でくらしているとしても、公園やゴルフ場などで、あの不思議な鳥の渡りを見て、季節の移ろいを感じることもできるのです。さらに、台所の窓辺の小さな植木鉢にまかれた一粒の種子さえも、芽を出し成長してゆく植物の神秘について、じっくり考える機会を与えてくれるのです。」
「知ることは感じることの半分も重要ではない」
本編を読み終わり、目を上げて窓の外を見た。何かが飛んでいる。小型の鳥。滑るような飛行。燕かもしれない。今なら「夏燕」かな?
少し外を歩く時間を増やすことにしよう。十七音の詩が取り戻せるかもしれない。 -
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福岡伸一さんの解説込みで評価しました。
レイチェルカーソンさん
科学者でありながら、人間を超えた存在を認識し、おそれ、驚嘆する感性を持つ人
自然から感じ、心動かし、他の生き物に愛情・畏敬の念を持つ。
それさえ出来れば、生活の苦しみから抜け出し、内面的な満足感と生きる喜びを知り、死の間際まで生き生きした精神力を保てるだろう。
知識は大事、ただ、感じる事はもっと大事。
雨の日も自然は休まず営まれ、晴れの日には無い発見がある。夜空を眺めよう。虫眼鏡で覗いてみよう。鳥の渡りを観察しよう。色んな自然の香りを感じよう。自然の音に耳を澄ませよう。潮の満ち干。春を待つ固い蕾。
そうしていると、死に臨むに際し、この先何があるか、好奇心を持てる生き方に辿り着けるかもしれない。
ここから福岡伸一さん
レイチェルカーソンは、大人になると、美しいものや畏敬すべきものへの直感力をにぶらせるというが、福岡さんは、こう分析する。
生物は、性的成熟を経て大人になると、苦労が多くなる。
パートナーを見つけ、食料を探し、敵を警戒し、巣を作り、縄張りを守らなくてはならない。
そこにあるのは、闘う生存競争。
遊んでいるヒマは無い。
遊びを通じて得られるセンスオブワンダーは曇ってゆく。
なるほど。57歳になり、生存競争から卒業した私、センスオブワンダーをもう一度磨いてゆこう。
そして最後に、福岡さんが引用したレイチェルカーソンの友達への手紙に、涙している自分に気付く。
それは美しい文章。
そして、それに対する福岡さんの感想も強く心に迫る。
とてもいい本でした。
さて、私の明日は標高1,400メートルの渓流での釣り、思い切り自然を感じよう。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ自然のつくりだす生命の美しさを教えてくれる本だった。
子どもの頃に触れた、あらゆる自然のものが記憶によみがえり、懐かしい気持ちになる。その体験は読者ひとりひとりで違っていて、わたしのように思い出す人もいれば、これから出会う人もいるのだろう。大人になってからでも遅くはない。
短い本だったけれど文章が美しく、読むだけで癒された。生命の奏でる音に耳を澄ませているような感覚になり、とても心が穏やか。
センス・オブ・ワンダーとは、神秘さや不思議さに目を見はる感性のことをいうらしい。死に対しての受け止め方も理想的だと思った。
感性が育つのを妨げているのは自分自身かもしれない。いろいろなものを見つめるまなざしをもっと柔軟に、美しい世界を感じ取れる人になりたいと思った。 -
Posted by ブクログ
温暖化や森林伐採が問題となっている、今の地球だからこそ読んだ方がいい本だと思いました。
読む前は、「子どもたちの感性はすごい!その感性を大切にするために大人が制限することはやめよう!」ということなのかな?と思っていました。
しかし、読んでみて、大人にとってもセンス・オブ・ワンダーは大切で、地球の美しい自然が与える影響は、子どもたちのみならず全人類にとって大切だと感じました。
未来永劫美しい自然が残りますようにと願いたくなりました。何ができるだろう…?
読んでいてふと、花鳥風月という言葉が思い浮かびました。自然の美しさを愛でる心、という意味の熟語ですが、英語には対応する熟語等はないようで、日本は他の国よりも、古来から自然好きな文化なのかな?と思ったりもしました。 -
Posted by ブクログ
植物を研究している1人として、自然界に対する新鮮な気持ちを思い出させてくれた。
生物の教科書を初めて開いた時の、生き生きとした免疫システムへの驚きや、ダーウィンの進化論を学び想像を超える地球の時の流れに直面した時の畏怖が蘇った。
知識を得るために論文を読み、AIに正解を教えてもらいながら日々を過ごしがちだったが、改めて自分が研究している目の前のことは人智を超えた神秘的なものであるということを考えさせられる。
AIの進化で情報へのアクセスが容易になり、知識の価値が激減した今だからこそ、センス・オブ・ワンダーの精神を忘れないことが重要になるだろう。