徳川宗英のレビュー一覧

  • 江田島海軍兵学校 世界最高の教育機関

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    最後の江田島卒業生の著者。
    本来3~4年で卒業するところを、敗戦で4か月ほどで学校を終える。
    その意味では、本来の兵学校生活とは違うのだが、
    だからこそ、想いも強かったのだろう。
    実に整理され、読みやすい。

    参考資料として、手元に置きたいのだが
    残念、絶版だそうだ。

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    2023年04月11日
  • 江田島海軍兵学校 世界最高の教育機関

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    日本海軍が誇った江田島海軍兵学校
    かって、若者たちが東大以上にあこがれた学校とある。
    戦時中の空襲の対象からも外され、戦後に諸方面で活躍をされた人材を生み出した学校を、最後の卒業生が振り返る。

    ・士官である前にまず紳士であれ
    ・義務を全うすること、それをイギリスでは、ノブレス・オブリージュといい、日本の武士道にも通じる。
    ・外国人と接する機会の多い海軍将校は、国際的な視野を持つと同時に、エチケットやマナーの面でもスマートでなければならない。
    ・一般社会から好感と尊敬をもって迎えられる良識ある行動とれというのが海軍の規範でもあった。
    ・五分前の待機 「五分前」ルールの徹底
    ・シーマンシップという海軍堅気を養うための躾を、「訓育」といい、3S精神という
    ・Smart , Steady , Slient キビキビとして手際がいいこと、着実であること、発令者以外は静粛にすべきことである。
    ・海軍兵学校の校長であった井上は、教育上あまり意味のない慣行を廃止し、自由であおらかな空気を吹き込もうとした。
    ・教育方針は、「覚える」より、「考える」を重視。八分は生徒に考えさせ、二分だけを説明する。
    ・語学センスを重要視し、「自国の言葉しか話せない海軍士官など、世界中どこにいっても通用しない。」
    ・外国語を日本語に置き換えて考えるのではなく、その言葉で考えなければならない。そのために、全生徒に英英辞典を貸与した
    ・日露戦争の参謀、秋山の薫陶。「戦争というものは、大国的な戦略、局部的な戦術、それらを確実に行うための事務的専務の3つからなる」
    ・秋山は、兵棋演習という、シミュレーションゲームもアメリカから持ち込んだ。
    ・まず自分ができなければ、部下にも教えることができない。部下の仕事を知ることは重要である。

    ・士官のマナー集「礼法集成」、たとえば他人に不快の感を起こさないように慎みなさい。これが海軍は陸軍より行儀がよいといわれたゆえん。
     福地大佐の「百題短話」という心得もあった。アイデアや意見が思い浮かんだら、わすれないうちに要点を書きとめること。人前で部下を叱らないこと。等

    ・海軍兵学校の教育理念は、徳育、知育、体育の三つにバランスをとれた人間を育成すること。

    ・リーダに必要な四つの条件
     ①将来、多数の部下を指導することになる責務を自覚し、栄辱、利害を超越して修練に全力をつくすこと
     ②苛烈な戦闘に備えて平素から心と体を鍛え、剛健な性格の陶冶に努めること
     ③あらゆる科目を好き嫌いなく修得し、実力の蓄積に最善の努力をすること
     ④礼節を重んじた立ち居ふるまい、端正にして活発で規律ある容疑の習慣を養うとともに、気品を尊び、下品な行いを戒め、洗練された風格品性の陶冶に努めること

    ・真の勇者とは、命しらずの無鉄砲な者でもなければ、声高に自己主張するものでもない。いかなる困難に遭遇しても、毅然として、自分の任務からはみだすことなく、これをまっとうしようとする者である。

    ・五省も江田島でした。
     ①至誠に悖るなかりしか(不誠実な言動はなかったか)
     ②言行に恥づるなかりしか(言行に恥ずべき点はなかったか)
     ③気力に缺くるなかりしか(気力にかけるところはなかったか)
     ④努力に憾みなかりしか(悔いを残さないよう、あきらめずに努力をしたか)
     ⑤不精に亘るなかりしか(不精をせずに最後までものごとに取り組んだか)

    ・三ぼれ主義
     ①仕事にほれろ
     ②任地にほれろ
     ③女房にほれろ

    ・オイアクマ
     ①おこるな
     ②いばるな
     ③あせるな
     ④くさるな
     ⑤まけるな

    ただ最後に、日本人というのは、あれだけ負けたのに記録をとらなかったこと(反省しなかったこと)を残念に書いています

    目次は以下です。

    はじめに
    序章 最後の生徒
    第一章 海軍教育の真髄
    第二章 日本海軍と兵学校の歩み
    第三章 士官である前に紳士たれ
    第四章 江田島の極意
    第五章 失敗から何を学ぶか
    第六章 特別対談 半藤一利×徳川宗英 教育の根本は江田島にあり

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    2022年06月09日
  • 徳川某重大事件 殿様たちの修羅場

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    田安徳川家の子孫、徳川棟宗英氏が書いた本。
    笑っちゃいけないけど笑えるところもあるし、災害等でたくさん苦労したんだろうなぁという節ももちろん出てくる
    ただ漠然と「徳川家」というわけではなく、今までこんなこともあった・あんなこともあったという
    一族しか知らないエピソードもあるのでそこもまた一興。
    当時の天皇(禁裏)付き合い方、明治以降の徳川家の話もあって
    なかなか読みごたえのある著書だった

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    2019年04月17日
  • 江田島海軍兵学校 世界最高の教育機関

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    ■五分前の大気
    ■操艦十則
    ・計画は細心に,実行は大胆であれ
    ・心を一時に囚われるな。目は八方に配れ
    ・初心者に過失少なく,慣れて怠る者に怪我多し
    ■3S精神
    ・Smart
    ・Steady
    ・Silent
    ■井上成美校長の「思考雑感」
    ①志向の効率を高める手段として重要なのは注意力の集中。そのためには室内の静寂を保つだけでなく視覚的にも騒がしくならないよう整頓に留意し,気の散るような雑物を置かない。
    ②室内と同じように机の上を整頓し,ノートにも文字や数字を整然と書く習慣を付けること。整然と書かれたノートは復習の際の時間と労力の節約になり,誤りを発見・修正するときにも大いに役立つ。
    ③以上のような外的条件を整えた上で,雑念を排除して一つの問題に集中して考えるよう習慣づける。集中力は天性のものではなく,あとからの訓練によって養われる。
    ④注意力の集中は記憶を増強するために必要なばかりでなく,思考のためにも必要な要件である。
    ⑤数学の問題を考えること,良質の探偵小説を読むこと,麻雀,トランプ,碁,将棋は思考力を増強する訓練となる。
    ⑥思考力と記憶力とは互いに助け合う関係にある。なぜなら人が思考するときには,自分が持つ知識の中から当面の問題に関連しそうなものを呼び起こし,これと対比・分析・総合してものごとを考えるからである。豊富な知識(質の良い記憶)は,よい思考の一条件といえる。一方,思考は記憶を再生・更新・総合して,更に質の良い知識として記憶される。つまり,多くを考えることは,多くを記憶する結果を生じることにもなる。
    ⑦思考も読書も気分が大切で,どちらも気乗りしないときには効果が少ない。特に思考は,気分の醸成が難しいので,考える気分にならないときは読書に向かうのがよい。
    ⑧思考が行き詰った時は寝てしまうのがよい。一晩ぐっすり眠ると,よい知恵がわき,難問を簡単に解決できるような経験はよくあることである。
    ■「五省」は昭和7年に海軍兵学校教頭兼監事長だった三川軍一中将が起案し,校長の松下元中将が裁可した。
    ①至誠に悖るなかりしか(不誠実な行動はなかったか)
    ②言行に恥づるなかりしか(言動に恥ずべき点はなかったか)
    ③気力に缺くるなかりしか(気力にかけるところはなかったか)
    ④努力に憾みなかりしか(悔いを残さないよう諦めずに努力をしたか)
    ⑤不精に亘るなかりしか(不精をせず最後までものごとに取り組んだか)
    ■一挙動膝屈伸
    ■栗田健男校長の「別れの訓示」
    ■「今後の生徒心得並びに参考事項について」
    ・社会に出れば,海軍生徒だった時のように懇切丁寧に面倒を見てくれる者はない。今後は依頼心を起こさず,独力で自己の進路を切り開いていかなくてはいけない。その際は緊褌一番,新生の第一歩を力強く踏み出しなさい。
    ・冷静沈着に常識を働かせ,ものごとを考察,判断し,流言蜚語に惑わされないようにしなさい。将来を悲観的に想像し,意気消沈することのないように。運を天に任せて,明朗闊達に生きていきなさい。
    ・新聞やラジオの報道に注意し,時世の流れに敏感でいなさい。
    ・正式に生徒を免ぜられるまでは海軍生徒なのだから,きちんとした服装をし,正々堂々と行動しなさい。曖昧,乱雑な言動は慎むように。

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    2016年06月25日
  • 江戸は世界最高の知的社会 異才、天才、奇人、変人、田安徳川家当主が語る「とっておきの話」

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    日本は古来、役に立つ技術を生活にうまくとりこみ、大衆化させることに長けてきた。それこそまさに日本の「和」。それに加えて江戸時代は、好奇心旺盛な家康に始まり、科学将軍と呼ばれた吉宗の学問奨励。まさに国家が国民の知的レベルを底上げしていた。世界最高の知的社会という表現は間違っていない。なにしろ、西洋で魔女狩りをやっていたころ、江戸の町では庶民が数学で遊んでいたのだから。想像しただけで面白ろ恐ろしい。

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    2015年10月13日
  • 江戸は世界最高の知的社会 異才、天才、奇人、変人、田安徳川家当主が語る「とっておきの話」

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    天地明察の後に読むのに最適!超絶面白かった!この著者が博学ですごいと思ったし、知ってるだけでなく色々なことを昔からやって見たというのも素晴らしいと思う。私も手を動かして何か作ったり、勝手に何かを考えて面白がったりするので、典型的な江戸の流れを汲む庶民だ。徳川さんはお生まれも素晴らしいけれど、いい日本人らしさを失わないお人柄だと思った。

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    2013年12月25日
  • 徳川家が見た西郷隆盛の真実

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    余り知られて居ない事が多く有る。
    大きく3点。

    1. 15の名前を持っていた。
    2. 山縣有朋に言い様にされた。
    3. 島津斉彬(なりあきら)に早く亡くなってしまった。

    以上の点が上げらる事

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    2026年05月15日
  • 徳川家が見た幕末の怪

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    徳川の田安家の末裔が描いた幕末について。

    徳川氏の末裔なので幕府側に偏ってるのかと思いきやさにあらず、今まで知らなかった話も結構あって楽しめた。

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    2019年01月07日
  • 江戸は世界最高の知的社会 異才、天才、奇人、変人、田安徳川家当主が語る「とっておきの話」

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    江戸時代の人々はかなり教育レベルが高かったそうです。
    庶民であっても本を読んだりそろばんで計算したり。
    日常の買い物や商売に使う数学や読み書きから、
    専門的な土木も農業もあらゆることにも算術は
    (もちろん読み書きも)不可欠で、それをやりこなして
    いたんだから、すごい!

    学生の頃、「大人になったら数学や理科や歴史なんて
    必要ないんだから、必死に勉強しなくても困らない」
    と周りはみんな言ってたけど、それは大嘘だったなと
    今更ながら思います。勉強はぜ〜んぶ必要だった。
    それを真に受けて、その気になってサボった私は
    大バカでした。

    伝統の技・匠の技と、技術も科学も文化など幅広く
    様々な分野を開花させて活力のあったの時代と人々、
    なんて素晴らしい!
    江戸時代って面白そうな時代だなぁ、
    行ってみたくなる・・・。

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    2014年02月28日
  • 江田島海軍兵学校 世界最高の教育機関

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    人間とは教育の賜物だ。現在日本の学校教育は世界の大学ランキングで見ても、日本の大学がかつての上位にあった状況からすると大きく順位を落とし、代わりに中国が台頭している。単純にランキングだけ見て教育の質が落ちてしまったと判断する事は相応しくないが、評価を落としている事は間違いない。一時、それまでの詰め込み型、順位付けが中心だった記憶力勝負の教育から、ゆとり教育と呼ばれる自主性を重んじた教育方針に大きく転換した時期があった。だが、明らかに数学などの理系科目の学力が低下してしまったし、良い成績を取るために時に無理をしてでも努力するという気質までもが一緒に失われてしまったと感じる。因みに私の学生時代は全ての科目で上位10位までが廊下に張り出されていた様な時代だ。だから必死に勉強して若く青い精神の中にも、「名を残す」といった気持ちを抱いた事を思い出す。
    今、教育の在り方が問われている。中国やインドの経済力が著しく向上し、世界を席巻する中、日本の企業が世界を相手に戦うに十分な人材が不足している。口々にイノベーション、革新を叫びながら、やっている事は中国や欧米諸国の二番煎じ。かつては日本の独壇場とされた半導体技術に於いても、もはや日本企業は追いかける立場に置かれた。日本初の技術も無くはないだろうが、スピード感ではあっという間に先を越され、やがて追いつけなくなる事の繰り返し。その背景にはそもそもの学力差や勝負魂の様な人に紐付く能力差があると言われても仕方ない。
    かつて日本がアジア•太平洋戦争を戦った時、日本には優秀な士官を大量生産する為の軍事教育施設が多数あった。陸軍士官学校に海軍兵学校。子供達が憧れの眼差しで追いかけた、学力最優秀の超エリートだけが学ぶ事のできた学校である。本書は後者、海軍兵学校で学び、卒業の前に終戦を迎える事となったが、学びをその後の人生に活かした人々がその後の日本の戦後復興の支えになった事を教えてくれる。そこで教えられたのは戦い方である以前に、人としてのあるべき姿、スマートさ(賢さ)そのものであった。なお、筆者は徳川家の末裔である。
    海軍兵学校では何よりスマートさが求められるが、代々の校長の方針により、その学生時代の過ごし方に大きく影響する。校長に名を連ねたのは、山梨勝之進や井上成美、栗田健男など太平洋戦争、それ以前の海軍史を多少知るものであれば、その名を目にしたことがある様な人物が名を連ねる。個人的には井上成美あたりの書籍を多く読んでいる為、学生たちにどの様な事を伝えようとしたかに大いに興味を持った。まさにいずれの校長も軍人作りでは無く、人作りを徹底していたことがわかる。
    その後の日本の戦後復興を正に支えた人々が、かつてどの様に学んできたか、そしてそれを企業のマネジメントでどうやって活かしてきたかなど、学びが多い一冊である。
    今の日本の教育はまだ発展途上、時代に合わせた新しい教育方法への変遷期にあると思う。かつての海軍兵学校に学べるところも多いのではないかと感じる。

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    2025年05月11日
  • 江田島海軍兵学校 世界最高の教育機関

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    海軍兵学校(幹部候補生学校)就学中に終戦を迎えた、徳川家御曹司による、海軍教育と戦争の話。

    戦前生まれなのに平易な文章で、とても読みやすかった。文章に育ちの良さが滲み出ている。

    大戦末期の校長が敗戦を予想して、軍から離れても活躍できるよう、基礎教育に重きを置いていた点は見事。私も英英辞典を使ってみたくなった。

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    2024年06月01日
  • 徳川家が見た幕末の怪

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    「最後の幕閣」が面白かったので。
    とても読み易く平易な文章なのにサラッと重い歴史に言及してあり、同じ事件でも立場が違えば見方も変わると思いしらされた。勝者の歴史と言うのも頷ける。「靖國神社の怪」の項は小ネタっぽいけど凄いトリビアと思った。

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    2023年07月14日
  • 徳川家が見た「真田丸の真実」

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    徳川の裔なのだが、まあ、真田幸村だけでなく、色んな独自解釈をしていて、なるほどなあと思うところもあるが、所詮、ぼくはこう思うなあ、という感想だけなので、読み飛ばす以外の何もない。
    同じ論なら、影武者徳川家康の方が数段面白い。
    まあ、あの頃から進んだ研究もあるだろうけどね。

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    2022年08月12日
  • 江田島海軍兵学校 世界最高の教育機関

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    海軍兵学校77期、江田島最後の生徒かつ田安徳川家の当主が語る海兵教育。

    江田島教育を全く知らない人にはよい本かも。豊田讓愛読者的には新しい情報があまりなかった。
    在校中に終戦。4か月しか在籍していないからやむを得ないところだろう。校長だった井上成美の話が多いが、直接教育を受けていないなど、聞き書きがほとんど。

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    2020年05月25日
  • 江田島海軍兵学校 世界最高の教育機関

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    江田島兵学校最後のの七七期生である著者が現代にも通じる江田島兵学校の教育について書いた本。
    この時代は良かったみたいな単なる賛美ではなく、彼が常に現代の教育にも参考できる点があるという視点で話していることにすごく好感を持てた。失敗は原因を探り繰り返さないこと、良いところは良いと認めて受け継いでいくのが歴史から学んでいくべきところだと思う。

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    2018年07月02日
  • 江戸は世界最高の知的社会 異才、天才、奇人、変人、田安徳川家当主が語る「とっておきの話」

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    日本人は江戸時代に世界初の物や文化を育てていたんだと感心した。
    技術大国日本の基礎は江戸時代にあったんだねー。

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    2015年08月10日
  • 徳川某重大事件 殿様たちの修羅場

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    けっきょく徳川家が華族になって活躍している(中には兵隊になった方もいたが)ところを見ると徳川慶喜の決断は子孫にとってこのうえなく正解だったといえよう。

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    2014年07月26日
  • 徳川家が見た幕末の怪

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    徳川家の末裔が徳川家の視点から幕末・明治維新の裏側を説いた本。
    勝者が都合のいいように歴史を造る傾向がある中、徳川家の視点から幕末がどのように書かれているのか脅威があったが特に目新しい話はないなと感じた。ただ、明治以降の婚姻関係が非常に複雑なものになっているという事実は興味深かった。

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    2014年06月12日