熊代亨のレビュー一覧
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「何者かになりたい」と願っていたと思う。それは、他者から認められたい欲求の表れなのかもしれない。『他者と働く』という本の「自分は自分とその周りからできている」というフレーズを思い出した。また、仏陀の教えに「無我」というものもある。自分さえないのだという考えだ。改めて、自分とはなにかを考え直す。家族、職場、友人、地域、趣味、仕事、SNSなど沢山のことが重なり合って【自分】と認識してるんだと思う。
大人になって新しいことにチャレンジをしなくなることは、アイデンティティを選び終わったからである。これは納得した。チャレンジしている人って、アイデンティティを探している人、もしくはチャレンジすること自体がアイデンティティなんだと思う。また、大人になるにつれて、失っていくこともある。環境や感覚などが変われば当たり前のことだ。
今いる人、今あることを大切にしていくこと、「おかげさま」の心をもつことが【何者かになりたい】問題を解決していくのかもと感じた。 -
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まろやかなマーク・フィッシャー。とても誠実な本。
日本はモダンを経由せずプレモダンからポストモダンにジャンプしたというようなことは遅くとも80年代末くらいには言われていたと思うけれども、その頃はまだ日本の政治は保革対立で語られていたはず。「多分にプレモダン的な保守政党だった自民党は、従来の支持層のほうを向いた政党から、新自由主義的なロジックに基づいたブルジョワ的政党へと変貌し、これが若い世代に支持されるようになってきている」(p.258)というのには納得なのだが、どこがターニングポイントだったのだろう? 歴代首相を眺めれば森喜朗→小泉純一郎の2001年だろう、と今なら思えるが、このときはそういう理解はできなかったな。 -
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ネタバレところどころでご自身でも書かれていたけど、やはり主観が多めの本だった。
成熟しにくい社会のシステムになっていることを認識することは大切だと感じる。
現在22歳の私からすると本当にこの感覚をこの先得る日はくるのか?という部分も多かったので、また数年後に読み直すと違う感覚を得られると思った。
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P.43
乳児期(誕生~):信頼vs不信
早期児童期(18ヶ月~):自律性vs恥、疑惑
遊技期(3歳~):積極性vs罪悪感
学齢期(5歳~):生産性vs劣等感
思春期(第二次性徴~):アイデンティティ確率vs拡散
初期成人期(20歳~):親密さvs孤立
成人期(40歳~):生殖性vs停滞
老年期(60歳~):統合性vs絶望
P.84
アイデンティティが確立していない人のほうが、概して「否定に打たれ弱い」
P.118
誰かのことを反面教師として敬遠する際、どこか自分に似たようなところがあって苛立ちを感じて~。
P.139
あなたが40歳、50歳になったとき、どういったものを年下の人間に差し出せますか?
P.144
年下の流行や活動に対する複雑な感情の中には、急激に伸びていく若者が自分に追いつき追い越していくことへの危機感や、自分たちの時代が過ぎ去って次の時代に変わっていくことへの焦り、自分たちの世代には馴染みのない技術や思想を身に付けていくことへの疑念などが含まれていることでしょう。
P.168
その人内面に宿る「性格」とは、言動や表情に現れるもの~。
P.220
因縁:すべての人、すべてのもの、すべての行いは無限に関連しあいながら過去と現在を作り、それらが未来をも形作っていく。 -
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・元々ブログをよく読んでおり賛同できる意見が多かったのと参考文献の多さと面白さに興味が出たので購入。最近読んだ学術系の本よりもより共感しやすい。
・社会が健康や正しいとする価値観に向かってあらゆる行動が環境、規則の両面から方向付けされ、そこから外れた生活ができなくなっている、閉塞感について書いた本。
医療や行政が現代の価値観に沿った生活ができることを目指しているのは単純にあるべきサービスで歓迎していたけれど、そうした価値観の再生産に寄与している、いうのは納得。ここは筆者の専門領域なのでもっと掘り下げて読んでみたかった。健康が純粋な自然科学の世界を超えて今では社会的に優越した個人を顕示する手段となっている、というのも、健康でマウンティングしてくる人種をよく見ているので実感できる。あれは快活さを善とする価値観とも相まって社会でのランク付けや出世に効いてきてると思う。現代の価値観を突き詰めれば出産育児は選択できないというのも深い実感がある。
・一方で昭和を美化しすぎているように見える。昭和が多様な生き方を許容していたのかは三十代で年配者層の営業ノリで疲弊した自分としてはどうにも実感しがたい。個人主義が欧米と比べて社会に根付く前に社会制度だけ出来上がってしまった事を一因としているが、そこも欧米との比較待ち。
・これに何か対策を示しているわけではないけれど、生きづらさを個人の問題に矮小化せず社会に対して問題提起をしていく必要があるのでは、という最終章のまとめには前半の観点から深く納得できた。
・『いかにして民主主義は失われていくのか』を大きく参考にした、と紹介されていたので、そちらを読んでから本書を読んでみたのだが、考察の射程を新自由主義から社会の多様な秩序に広げておりかつ生活で実感できるさまざまな事例が散りばめられており(*)、視野の広さと落とし込み具合に感嘆した。前述の参考書籍を読んだ時には自分にはこんなに違う観点からは考えられなかった。中身の是非は置いておいてもそれだけで発見だった。
(*)政治思想の学術書とブロガーとしての社会学的な意見、という大きな違いがあり勿論どちらの本が良いとかいう話では無い(前者が個人的につまらなかったのは事実だが)
・ただこのラノベみたいなタイトルはどうにかならんかったのか、、妻にそんなタイトルの本買って恥ずかしくならない?とか言われた泣。いえ、内容に沿っている時点でタイトル詐欺の本よりはましです。 -
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インターネットではシロクマ先生の名前でおなじみ。シロクマ先生のブログはよく読んでいるのですが、著作は初めて読みました。
一番印象に残った内容は、「大人とは『世代や立場が違う人に、その違いを踏まえて対応すること』ができる人である」という部分。
とくに都心部において、学歴の高度化や地域社会との接点のなさ、企業の高齢化に伴い、いわゆる大人との接点が減りつつあります。そのような背景から、大人になるタイミングを逃した若者が増えているが、一方で体力的・知力的な衰えから、40歳を過ぎると人は嫌でも大人にならざるを得ない、と作者は言います。
アイデンティティ(自分の仕事・自分の趣味・自分の家族・自分の考え)が確立されていなければ、何者にもなれなかった大人になってしまうが、アイデンティティの確立は、一方で自分がなりえる存在を狭めてしまう。仕事の選択・趣味の選択を狭めることとなる。だからこそ、若者を延長したい人が多いとのこと。
なので、「確立されたアイデンティティ」と「拡張するアイデンティティ」を同居させるという考え方もある。たとえば、仕事において50歳になっても最先端にいる人は、仕事以外の新しいチャレンジはあきらめている、など。
私はこの文章を書いている時点で31歳ですが、もう年齢的にはだいぶ大人だと思う一方で、精神的な成熟はまだまだ足りていないと感じています。いつかくる「大人」にならざる得ないタイミングまでに、いかに成熟できるかを考えていく必要があると、感じました。 -
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もうまもなく31歳になる私。
周りはもう複数人子どもが生まれ、しっかり親をやっている人たちが目立つようになってきたが、私は結婚こそしているものの、子どもは持たずに、これからの自分はどう生きるべきだろうと模索する日々。
仕事もまずまず。
この本でいえば、まだ私は「若者」から抜けきれていないと思う。
このまま「若者」を引きずった何も持たない中年になってしまうのかと怯えてはいるが、この本の最後に書かれていたように、せめて「そのときの自分にとっていちばん良いことを、自分の良心と照らし合わせて恥ずかしくないように積み重ねる」、私に可能な最善の生き方で歳を重ねられるようにしたいと思った。 -
Posted by ブクログ
誰もがいずれは中年になり、老人となって、死んでいく。そんなのあたりまえのことなのだが、それがあたりまえのことではなくなったという前提で著者は読者に問いかける。なぜ若いままでいようとするのか、なぜ加齢を怖がるのかと。自分自身のことばかり考えず、子供がいるなら子供を、いなくても他人の子供や部下や年下の人達を気にかけて、うざがられないような関わり方で関わって、彼等の成長を我がことのように喜ぶこと。世間で成功した人と思われようと落伍者だと思われようと、自分のこれまでの人生を自分で引き受けて生き抜くこと。思わず吹き出しちゃったのは、普段は仕事に追われてて趣味どころじゃなくっても、これはどうしてもというイベントの時だけ「(前略)お盆にあの世から帰ってくる魂のように復帰する人(後略)」(p190)という表現。わかるわ、それ、私だわ。