栗田隆子のレビュー一覧
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私は、大学までは「普通」をやってこれたが、大学院以降は定期的に心身の調子が崩れて、「脱落」した感じがある。今も二度目の休職中だ。
思い返すと小学校以降は保健室に逃げたり、嫌いな授業は仮病で遅刻・早退したり、、
幸い致命的ないじめなどはなく友達もいたので、普通に「普通」をやれているつもりだったが、子どもの私なりになんとか「普通」をやれていなんだなと感じている。
「普通」になれないことへの劣等感、打算的なズル休みではなく行けなくなってしまったときの自己否定感、「ちゃんとした病気」だったら…という免責を求めてしまう感じがものすごく共感した。
大学院に行けなくなった時、血液検査やMRIなど様々な検 -
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ネタバレまずはとにかく著者は全編通して「怒り続けている」ということ。
そうだよな、その通りだなと思うところが多々あったのにあんまり染みなかったのはなぜなのだろう。
文体か、生のまますぎる怒り成分が多過ぎに感じられるからなのか…
せっかくの(?)働けない当事者からの貴重な考察であるのに、訴え部分が霞んでしまっているような。
タイトルの一部ともなっている「働かない、働けない」について切実に苦しんだ当事者や関係者の人には手に取られるでしょうし、頷けるところもあると思われます。
でもそういう立ち位置の人に関心のない社会ジャンルの本を手に取る人には…どうだろう?
まぁ著書はそういう人には理解も同情も求めてい -
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高学歴女子の貧困 女子は学歴で「幸せ」になれるか? (光文社新書) 新書 – 2014/2/18
君の実家が自営業なら、院に進んでより深い知識を学んでもいい。でもそうでなければ、諦めて就職しなさい
2015年12月27日記述
大理 奈穂子氏、栗田 隆子氏、大野 左紀子氏
水月昭道氏監修の本である。
大学院生、非常勤講師、大学非正規職員の理不尽さは
昔に比べれば多少は世の中に浸透したように思う。
ただ大理氏の指摘するようにその中でも女性はより不遇に使われている。
企業内においても女性の役員数は日本は世界に比べ圧倒的に低い。
企業だけでなくやはりアカデミックの世界でもそうだったのだ。
本書 -
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【制度に乗れたか否か】
高学歴貧困女子とそうでない人の違いは何か。「制度」に乗れたか否か、この一点だ、と。乗った人は、それがコネであったとしても自分の実力と考え、乗れなかった人は仕方がない理由をこじつけられる。
何も女子に限ったことではないのでは、とも思うのだが、しかし女子教育という制度がまた、女子をある枠に当てはめようとする。高学歴はあるとき場違いにもなり、ますます居場所が狭くなっていく。
高学歴貧困になるかもしれない娘を持つ身としては、冒頭からしばらく続く愚痴というか弱音というか、喜べないそれにジットリとした気持ちで読み進める。
救いがない。
最後の「アート系高学歴女子のなれの果て」 -
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ネタバレ「高学歴ワーキングプア」の作者監修の高学歴シリーズ第2弾。
非正規(非常勤講師)となってしまい不安定極まりない環境におかれ、研究上、職務環境上、生活上問題を抱える女性高学歴研究者の内状が大変勉強になった。
私も女性ではないが、元高学歴ワーキングプア状態を5~6年経験したものから言わせていただくと
「事実は、ご縁とタイミングが良かっただけある。しかし、専任教員になった人間は決してこのことを認めたらがない。」(p43)
これに関しては同意できませんね。特に私のまわりにいる人々(研究者)は不遇の期間が長かろうが短かろうが皆さん同じように「ご縁(運)とタイミングだよね!」って言ってます。
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女で未だテニュアのないPDの研究者(のたまご)である私は、まだ「実力があればテニュアは得ることができる」という理想世界を信じている方です。
でもたとえ今後テニュアという特権を得たとしても、それを自分の実力のおかげだと正当化して得られなかった人を仕方ないと考えるような、排除の論理を振りかざさないようにしたいと改めて思いました。
あと、今のように私が非常勤の立場を楽しめるのも、今は一時的に学振のおかげ、そしてそれが切れたあとも楽しめるとしたら、旦那や比較的余裕のある実家の存在や自分が女であることの「おかげ」であり、それは裏返せば自分の首を絞める甘い蜜であることを再確認しました。