原田泰のレビュー一覧
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国家の財政はベーシック・インカムに耐えられるのか? 本書はベーシック・インカム最大の問題点と考えられている財政問題に切り込み、そして現在の国民負担をほとんど増やすことなく、成人一人当たり7万円/月程度(子供は半額)のベーシック・インカムが可能なことを明らかにする。
世界で最悪な部類に入る子供の貧困率、シングルマザーの貧困、そしてこれから確実に増加する無年金の高齢者たち。それらを解消するための仕組みは現在機能しているとは言えない。そこで、生活保護や基礎年金、児童手当、失業手当・・その他の「健康で文化的な最低限度の生活を営む」(憲法25条)ための仕組みをベーシック・インカムに置き換えることで一気に網羅的に(現在では生活保護システムにアクセスできない人が数百万人いると推定されている)、そして単純に解決できる。所得を把握する必要もないので、行政事務コストは限りなく削減できる。それらをベーシック・インカムでは救えない、経済的ではない困難を抱える人々の救済、「本来の仕事」に当たることができる、と著者は言う。
新書なので各論について十分に詳しいわけではないが、総論においてベーシック・インカムを導入しない、という選択はないほどに説得的な本である。 -
Posted by ブクログ
結局TPPとは何か。そしてTPPに加入することで生活に何が起きるのか。
1.農業について…TPPで関税が撤廃される結果農業が破滅するというが、実際関税の高い作物の収支を概観するとそれらは農業として成り立っていない。それを守ることに意味はあるのか。TPPに加入することで安い農作物が入ってくることは消費者にとってプラス。農業従事者には打撃を受ける分、補償をすればよい。
2.弁護士などの資格制度…外から入ってきてもすぐ食い荒らされる心配はない。
3.公共事業…すでに都道府県と政令指定都市については海外の業者の入札を受け入れており、TPPによるインパクトは薄い。
…本当かな。
論理的におかしくないか?と思われるのは、
農作物がTPPで安意輸入品が入るので消費者にとってはプラス。消費者が享受するプラスの分を農家に補償すればいい、というところ。
消費者が享受する利益は、それぞれの家計に入ります。しかし、これは支出が減る、という形の利益なので所得税の納税が増えるわけではありません。百歩譲って農産物購入に対する支出が減る分、ほかの品目の消費を増やすと仮定してもそれはその品物を売った産業の「売上」。国家に還流する税金はそのごく一部のはず。
それに対して農家に対する補償は100%国からの支出ですから、国家財政を圧迫します。
また、全体としてTPPによるプラス効果でGDPは3兆円上がる。税収は1兆円位上がるだろう、としていますが、今の日本経済はGDP450兆円に対し国の税収は42兆円。地方税を合わせても50兆円位のはず。その割合では税収は増えないでしょう。
税収が持ち上がるまでの間、関税を農家の補償に流用すればいい、と簡単に書いていますが関税も含め国家財政は赤字です。関税分がまったく手つかずで積み立てられているのなら良いですがそうでない以上、補償を増やす分の財源が必要です。
いろいろな資料を読み込み、新しい視点もいくつも提示していますが、「急いで書いた」感がぬぐえません。 -
Posted by ブクログ
昨年の東日本大震災の「復興」の陰に隠れている問題点を経済学者の立場から指摘する本書だが、多くの示唆に富む内容だ。
著者が問題の第一に掲げているのは震災被害額の算定だ。政府関係の各統計数字はどれも約20兆円規模の被害と算定しているが、著者は日本全体の資産総額(除土地代)1237兆円と被害地域の被害人口比(1億2800万人分の50万人)から、約4.8兆円、多少の糊しろを乗せても最大でも6兆円規模としている(国民一人当たりに換算すると1千万円弱というのは覚えておくと良い数字と思う)。
しかも被害総額の公的財産と民間財産の費は1:2だから公的資産の復興費は2兆円規模のはずという。つまり被害総額と復興予算を過大に見積もることで政府・財務省は増税への口実をつくったのではないかと云うのだ。
そう言えば、震災後暫くして政府により招集された復興会議の最初の議題が、緊急性の高い被災者の救済なのに「財源」だったことから、裏方は財務省というのは透けて見えたことを思い起こす。
神戸震災・新潟中越地震の復興予算についても比較している。神戸も同様に被害額が過大に見積もられている可能性を指摘し、復興予算が一人当たりに4千万円も掛っていることや、神戸市が主導して行った復興事業のほとんどは被災者に直接の恩恵をもたらさない港湾拡張・空港建設も含まれているとしている。其れに対して中越地震は被災者興予算が一人当たりに3百万円!と格段に妥当な費用で済んでいる。この差は一体どこにあるのであろうか?
著者が指摘する神戸の高い費用の内訳を見て復興予算の名目で何よりも大事な早急な原状復帰というよりも、将来的な高コストを招く太陽光エコタウン構想や新規事業創出等の無駄な事業が多数を占めているのではないかと指摘している。
著者は基本的には民間資産の補償には疑問ではあるものの、何よりも大事な現状復帰を考えると政府・地方自治体による成算の無い「事業創出」予算に金を使うよりは被災者に直接支援をするほうがよほど早く効果的ではないかと言う。仮設住宅も僅か30平米のプレハブ住宅に500万円も掛けていることを考えると、それを直接被災者に渡した方がよほど効果的な復興が可能との指摘は考慮の余地がある。
一方、本書のようなマクロ経済から見た費用効率分析も重要ではあるが、一向に復興の道筋の見えない東北地方の被災地の現状を考慮するとやりきれない。余りにも被害地域が広範であることと、余りにも其々の被災の程度が異なっており、なかなか復興の青写真すら描けていないのだろう。仮説住宅のコストの無駄は一理あるにしろ、例えば仙台市内を除けば民間アパートも殆ど存在しないような地方では、今この瞬間に住む場所が無いのは困るだろうとも容易に想像できる。都市型と地方型では費用の使い方も変える必要があるということかもしれない。
果たして我々の生きている時代に首都圏直下型の大震災や東南海地震が来るのかは判らないが、いざ我々が被災者になった時にどういう形の復興策と予算がつくのかを想像すると復興予算の規模と配賦方法についてはもう少し大きな議論になっても良いだろう。