太田省一のレビュー一覧
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中居くんのお誕生日に合わせて読みました。えへへ。(///∇//)←お前いくつだ
この本を読みながら、うんうん、そうでしょうともと頷くことしきり。
テレビに普段見せている顔とは違うところでは、読書家であることと、ノートにいろいろ書いていること。
いろんな人から本を読んだ方がいいよと言われて、読むようになったと昔ラジオで言っていましたね。
ビートたけしや鳥越俊太郎さんなどから、お勧め本を紹介してもらっていたようです。
ノートには、気になる言葉や文章だけではなくて、いいなと思った音や初めて聞く曲もメモしていると。
「書くことは記録というより、書く意識を持つこと、書く習慣をつけることによって、こんなものの考え方があるのかを知ることになっている」
つまり、忘れないためではなく、新しい未知のことに気づくためにノートの存在は大切だと中居くんは言っています。
どうです?
結構中居くんは奥が深いんですぜ。
( ̄ー ̄) -
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[ 内容 ]
テレビにみられる「ボケ」と「ツッコミ」と「フリ」をキーワードにさまざまな笑いの形態を詳細に考察し、主観と客観を巧みに交差させながら笑いに対する介入と放置を繰り返す送り手と受け手の意識構造を浮き彫りにして、「なんでもあり」の感覚を共有することで成立している、笑いを媒介にしたコミュニケーションの社会性を分析する。
[ 目次 ]
序章 「観客」と「視聴者」
第1章 マンザイ的「笑い」の誕生―マンザイブームをめぐって
第2章 「仲間」空間と「笑い」
第3章 「笑い」が「感動」に変わるとき
第4章 現代日本社会と「笑い」
終章 「笑う社会」の行方
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
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視聴者投票型の鯖番オタクなので(そして最近日プシーズン4を見たで)読んでみた。スター誕生からASAYANなど日本のオーディション番組の歴史から、韓国、中国、アメリカやイギリスなど各国のオーディション番組事情が載っていた。論じるというよりは紹介って感じかな?特に視聴者投票型サバイバル番組の危険性(視聴者が審査員になるため誹謗中傷が増えてしまうことや、脱落者でも名前が知られてしまっているためデジタルタトゥーになり得ること、一部を切り取った悪編による誤解・批判)は私も感じていたので興味深かった。No No Girlsのように少しずつでも改善されていくといいなと思った。視聴者投票型鯖番を論じた本がいつか出て欲しい。
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紅白の誕生から2011年くらいまでをざっくり追っている。紅白論というよりは歌謡界論という感じも。紅白を謳うならもっと紅白に特化してトリビアをいろいろ紹介してもらいたかった。
とはいえ、紅白がけっこう短い周期でどんどん変わってきたことがわかったのは面白かった。高視聴率が至上命題ではあるけれど、一方でもうここ30年弱くらいはそんなの望み薄なわけで、迷走ぶりが痛々しい。著者はそうした試みをけっこう肯定的にとらえていて、「日本というコミュニティが再生する上でも必要な、受け継がれるべき記憶は、こうした場から立ち現れてくるのではないだろうか。だが、それを一つの形へと無理にまとめ上げる必要なない。むしろ、複数あっていい。しかもそれは常に変化していく。大切なのは、そうした複数の記憶が内閉することなく、交響し合うことである。」(p.347)なんていってるんだけど、多様性を受け入れるのはいいことだけど、そんなそれぞれがそれぞれの好きな方向を向いたものがまとまるのだろうか。すなわち、もう老若男女みんなが口ずさめるような歌が生まれなくなっている現代日本社会において「コミュニティの再生」とか無理なんじゃないと思っちゃう。
自分のなかでは黄金的な紅白って、その年のヒット曲が披露されるってものなんだけど、もはやそんな紅白望めないこともよくわかった。見なくなって10年はたつと思うけど、これからもきっと見ないことでしょう。 -
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SMAPについて語ると収拾がつかなくなりそうなので…高校生の頃英語の日記を書くという宿題で、「自分はSMAPが好きなんだが、ずっと彼らをテレビで見ているせいか、彼らがただの芸能人であることはわかっているけどなんだか付き合いの長い知り合いのような感じがする」といったもはや日記ですらないくだらないことを書いたら、ネイティヴスピーカーの先生から「テレビの力って恐ろしいものですね。ジョージオーウェルの1984という本をぜひ読んでみなさい」という遥かな高みからのお返事をいただいた苦い思い出を告白するにとどめることとします(ちなみに未読)。
や、しかし。本書を読んだら、その「知り合いかと思えてきちゃう感じ」こそがSMAP人気のミソだったのでは?私けっこう核心ついてたのでは?と思えてきました。
奇しくも1984年生まれである私にとって、夢中になった芸能人はSMAPが初めてくらいなので、それ以前のアイドルやらスターやらとSMAPがどう違ったのかという視点は、実体験としては持ち合わせていません。
でもこうした本やネットでの言説によると、光GENJIまでは手の届かない王子様系だったアイドル像が、SMAPからは身近でフツーで、作られていない等身大の受け答えをする男の子、というのに変わったというのが定説のようです。女性アイドルではおにゃんこクラブというのがいたり、背景には歌謡曲業界の制度変化があったり、歌番組の衰退、バラエティ番組やお笑いの隆盛があったり、SMAP自身もデビュー当初は不遇の時代があって苦労してきたという歴史があったり、まあそんなようなことがよく説明されています。
本書でもそうした内容が述べられますが、テレビやラジオやインタビューやエッセイ本などでメンバーたち自身が語っている言葉を多くとりあげて、SMAP本人たちにとってのSMAPとは何だったのかとか、SMAPとしてどう社会と関わろうとしたのかとか、そういうようなことを語ろうとしているところが特徴的でした。
データや事実だけでなく本人の言も確認していく肉迫感は嬉しいし、やはり「彼らもこういう気持ちのはず!だよね!」と思いたい気持ちを満たしてくれる面はありますが、それってちょっと僭越じゃないのって言いたくなったりもします。
そんなわけでストーリー作りに恣意的な部分があった感はあるものの、そこはライトファン同士わかりあえるところでもあり、タイトル・副題の印象に反して「同じ気持ちをわかちあえた」みたいな読後感がありました(笑)
それでいうと、冒頭の英語の先生とは少なくともあのポイントにおいては全く気持ちが通い合わなかったということになりますが、私も30をいくつか過ぎ、テレビをほとんど見なくなった時期も経て、今になってみるとテレビにのめり込んでいる若い子に「まあ落ち着け」と言いたくなる気持ちもよくわかる。アメリカではトランプ大統領誕生で1984の売り上げがあがっているというニュースも耳に新しい今こそ、ついに私も1984を読むべき時なのでしょうか…。 -
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<目次>
序章 芸人万能社会ニッポンのいま
~プロローグ 芥川賞作家・又吉直樹のその後
第1章 「アメトーーク」化する社会
~私たちの代表としての「〇〇芸人」
第2章 芸人万能社会の誕生
~1960年代~90年代初頭
第3章 芸人万能社会の展開
~1990年代初頭~現代
第4章 戦後日本の「世間」と「内輪ウケ社会」
第5章 「コミュ力」至上主義ニッポンと笑いのプロとしての芸人
<内容>
前半の「お笑い」の分析はわかりやすかった。筆者の言いたいのは、第4章、5章だが、まあ割と当たり前の分析。芸人の「空気読み」の力(これができないとまず芸は上手くてもテレビに残れない)が日本人にマッチしている。結局、日本人は「芸人」のこの力を今後とも必要としていくだろう、ということ。 -
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SMAPのリーダーでもあり、スーパーアイドルでもある中居正広の芸能活動を通じて現在のジャニーズ、アイドルとは何かを社会学の見地から書いた一冊。
読んでいて、MC、俳優、アイドル、歌手、プロデューサーと多彩な才能を第一線で発揮する中居くんの凄さと共にそこには緻密に計算されたものやそこに至るバックボーンも本書で知ることが出来ました。
また、SMAPの名称の由来がジャニー氏のジャニーズ結成の根源になっていることやダンスしか指導しない方針であることなど知らない話も多くあり、ジャニーズ誕生の話にも触れられており、勉強になりました。
何気なくTVをつければ中居くんの姿はよく目にしますが、アイドル像が変わる黎明期にデビューしたSMAP、そしてそのリーダーとして裏では努力し、そして緻密に計算されたキャラクターで第一線で走り続けてきたなかでは幾多の葛藤や苦難があったことが本書からもわかりました。
今年に起きたSMAPの解散騒動でもメンバーやスタッフの方との間で色々なことがあった中で中居くんの姿は最後はやっぱりぶれていないなと感じました。
これからも中居正広は新しいアイドル像を開拓し続けるフロンティアとして、そしてお茶の間を楽しませて続ける存在としてどんなことをしてくれるだろうと期待を本書を読んで強く感じました。 -
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ウケる
受け手が虚構の世界への全面的没入を留保するようになったとき、落語的笑いは根本から成立しにくくなる
天然ボケ 他者からの指摘があってはじめて笑いの対象になる。受けての積極的な関与が笑いを成立させる 落語→マンザイ
解体芸(吉本隆明) 芸のテレビ化においては、解体そのものが積極的な価値をもち、そこでは型の習得と洗練を目的とするような伝統芸は、逆に訴えるものを失ってしまう。しくじったときの振る舞い方もまた、解体の中に組み込まれてひろがっていく
コント55号 同じ所作の繰り返しを強要 ツッコミ(欽ちゃん)がボケ(狂気)になる 素人としての二郎さん
テレビというメディアが根底にもつ日常との敷居の低さ テレビの口語文法
たけしの攻撃性
たけしは、舞台の上ではボケとして存在する一方で、そのギャグがそのまま社会に対するツッコミの効果をもつ。
ボケ=ギャグがツッコミの意味合いを帯び、そしてそのツッコミの側面が、なかば強引に世間一般の人々をボケに仕立てあげてしまう
紳助竜介/ツービート
ボケとツッコミの遊離
ひょうきん族
キャラクター
さんま 素のキャラクター化
笑いを共通感覚として持つ仲間の空間 仲間の空間の同定
タモリ
ツッコミの放棄
観察的ツッコミ
素人に遊ばれること、素人に対してこまかくツッコむこと
ボケることに確信犯的になっていく「素人」に対してどうかかわっていくかという問いが突きつけられたときに生まれた、新しいツッコミの解釈
筋フリ
とんねるず
素人といっしょに遊ぶ
リアクション芸人 お約束 内輪ウケ ツッコミの省略
内輪ウケが日本全体を覆う
共通体験の笑い テレビ探偵団 ねるとん ノリダー 似てないモノマネ
ゲーム性は、「笑い」がほかの感情と結合することを可能にするための一種の口実
ゲームが物語性を獲得する
現在の「笑い」を典型的に構成する一対の明示的所作としてあるのは、ボケとツッコミではなくフリとボケ
「笑う社会」では、ツッコミは見えないけれどもそこに確かに存在し、作用しているようなものでなければならない
有吉、マツコの役割 視聴者の立場の批評性
キャラと素を一致させた存在 芸人という類型キャラクターを実践する アンタッチャブル山崎