佐高信のレビュー一覧
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赤木さんが自殺してしまった事について、この前読んだ「その名を暴け」でもやはり発言する事によって何かが起きるかもしれない恐怖からなかなか誰も口を開かなかった性的暴行も、勇気を出して誰かが声をあげてくれた事によって私も、私もと次から次へと声があがった事を考えた。
そこを調べ後押ししてくれたのがジャーナリスト。もしももっと覚悟を持って調査報道するジャーナリストがいたならばいまも赤木さんが自分の中の正義を貫きつつも元気に暮らしている。という違った未来を見れたのかもしれない。
この本を読むとやはりこの政権には今も多くの疑惑が残っているように思えてしまうので、誰も何も言えないくらいしっかり証拠と共にその正統性を示していただきたいと思う -
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松元ヒロさんの舞台を観たことのある人は
彼の「芸」の背景にあるものが見えてきます
まだヒロさんの「芸」を観たことのない人は
必ずや、観たい!の気持ちを持つことになるでしょう
立川談志さん、マルセ太郎さん
残念ながら故人となってしまわれたお二人のこと
でも、お二人の「こころざし」は
こうして松元ヒロさんの「芸」に受け継がれていることに
拍手をしたくなることでしょう
終わりのほうで、偉大な詩人でありフォークシンガーの笠木徹さんの名前が登場してくることもうれしい限りです
そうそう
永六輔さん、
今の時代をご覧になられて
「永さんが、もし生きていらっしゃったら
なんとおっしゃるのだろう」
と思ってしまう
ここまでを綴った二日あと
新聞の一面に「共謀罪」の大活字、
マルセさんなら
笠木徹さんなら
永六輔さんなら
どうおっしゃったことだろう
と ますます思ってしまった -
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ザ・ニュースペーパーの歴代首相のモノマネは絶品。最近はテレビに出ないのかな?と思っていたら、テレビ関係者はライブは見に来るけれど(案の定)「絶対にテレビには出せない」と思っているそうな。残念。さすが報道の自由度急降下中と言われる中でも影響力が大きいと思われるテレビ界隈(以下自粛‥)
本書のタイトルを見て、ムズカシイ政治の本だと思ったり、茶化したり批判するだけの本では?と読まないのは勿体無い。
2015年現在の首相で(エピソードも豊富な)安倍さんを主な題材に、政治家とはどうあるべきか、個人がひとまとめにされてしまう怖さ、ユーモアの大切さなどを、おもしろがりながら考えさせられてしまった。 -
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昔っから徳間書店という出版社が放つ、なにか猥雑なパワーに不思議な気持ちを抱いていました。「黄金の犬」みたいなベストセラーもマッチョだし、「敦煌」みたいな映画も異常にダイナミックだし、「アニメージュ」みたいな雑誌も先駆け過ぎだし…。それが徳間康快という社長のキャラクターそのものだと知りました。昭和の男、いや男という漢字じゃ収まらない漢の夢の砦が徳間グループなのでした。そのそんな漢の周りには、さらに漢祭りというような右も左も硬も軟も関係ない輩が上から下から後ろから前から集まってくるのです。それを著者は「濁々併せ飲む」と表現しているのでしょう。いろんなことが清浄化された今、その濁々はどこに流れているのでしょうか?
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一見、何じゃこりゃというタイトル。しかし、「戦後民主主義」の上半身は丸山眞男が、下半身は田中角栄が体現していた、そのことは「戦後」を一括りに葬り去ろうとする安倍晋三らの動きによって、より明瞭になってきている、という指摘は、なるほどそういう見方もありえるのかと思った。
ただ、丸山・角栄の衣鉢を継ぐ者が、小田実はともかく、辻元清美とかって話になると、「戦後民主主義」の今後もなかなか寒々しい。
それに丸山・角栄と、安倍・小泉純一郎・岸信介との違いは、軍隊で二等兵になって殴られた経験があるかどうかだという話が安易に強調され過ぎている。分かりやすい対比ではあるのだが、一歩間違えば「軍隊で殴られていない奴は、軍隊の真実を知らないからダメだ」ということになりはしないか?
それでは、せっかく丸山・角栄を持ち出しても、新たなる軍隊経験を国民に強いようとしている安倍らの動きを封じるのは難しいだろう。
いろいろ考えさせられる一冊であった。 -
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気になるセンテンス
21 “おもてなし”ということは“裏ばかり”ってことですよね、って言ってた
いっぺんに「おもてなし」のイメージが悪くなってしまった。しかし、ことほど左様なものなのかもしれないな、ひとの感覚というものは。
23 沖縄県の翁長雄志知事が「上から目線の”粛々と”という言葉を使えば使うほど、県民の心は離れて、怒りは増幅していく」とつよく抗議したわけでしょ
たしかに上から目線のイメージが強いですね、この「粛々」 この言葉を使うひとのイメージはそれだけで悪くなりそうです。
25 安倍さんのボキャブラリーって非常に単純で真似しやすいんです。「まさに」「全力で」「断固として」「しっかりと」「唯一の」・・・それから「切れ目なく」・・・
一見強そうな感じなんだけど、言葉が上滑りしているっていうのかな、現実感が伴わないので、なんだか空虚に響くだけ。
言葉に重みがなさすぎる首長、これはよくないな、しかもさらにできもしない英語の世界で適当な約束をされても困る、あ、いま困っているのか沖縄。
44 社会や政治批判をして人を笑わせる芸のことを、ドイツでは「カバレット」と言うらしい。「カバレット」の語源はフランス語の「キャバレー」と一緒らしく、もとは歌やダンスやいろんな芸を見せる劇場のことを指していたらしい。ドイツ流にいえば、ヒロさんの芸風は「カバレット」になり「カバレッティスト」なんだ。
言葉の語源をじっくりかみしめてみる、いいことかもしれません。
75 西園寺首相のご招待への御断りの手紙の最後に記載した俳句
「時鳥厠半ばに出かねたり」漱石
このようなかっこいい対応ができる人間の境地にいたいものです。
93 何を笑うのか、誰を笑うのかをいつも私は考えます。
やはり「笑い」の芸は一番気を遣う、難しいものなのじゃないかと思います。
95 雑誌「噂の真相」の発行人(編集長)だった岡留安則というひとは、その雑誌にて市井の人、一般の人を批判の対象にしなかった。ある程度の影響力を持つ人だけを対象にしていた。矛先を弱者に向けない
それだけ周りがまだ強くなかったのか、それとも今の人たちが弱くなってしまったから、さらに弱いひとをターゲットにしないと話題にもならなくなってしまったのか、世の中の違いを感じます。
97 自分たちの自由が侵される可能性があるとき、フランス人は熱くなる、日本人は委縮する。 「ラ・マルセイエーズ」が解放の歌で、「君が代」が委縮の歌のように
国の成り立ち、歴史、競争、戦争の歴史の違いもあるのではないでしょうかね。やはり島国は昔から平和だったのではないか。
143 飯沢匡は著書「武器としての笑い」のなかで、「今日でもサムライたちの儒教的思考を受けついだ政治家たちは笑に対して鈍感である。何を笑うかという勉強より、笑われまいという努力に力点がかかっている
政治家にとってもとても窮屈な国になっているということでしょうかね、してみると先だっての自民党若手の発言も、まぁ場所は考えて、もう少し笑いの場となるようなところでやれということでしょうし、百田さんももう体制側のメインの場所にはでないほうがいいのでないでしょうかね。彼の芸の幅も縮めているのではないですか。
150 まず疑問を持つということが大事、怒るという抗議方法もあるかもしれないけれど、方法はそれだけではなく、笑うということで疑問に向きあうこともできるということを知ってほしいし、その想像力を拡げるとどこまでも自由になれる。
やはり大事にしたい文化だし、とくに若い世代にこれがなくなっているのを感じます。
151 落語ってうまいひとになればなるほど上下を分けなくなる。身体の向き、声色を変えなくてもちゃんと何人もの登場人物になりきって、その情景が見えてくる。それを知って、コントで扮装するときのカツラの使用をやめた。
なるほど、彼もがんばっているな、この間は吉原のイメージはもてたか(あ、友人の落語家の一席にて)
155 楽しく笑ってもらうには、人間として涙を流す場面をたくさん味わっておくほど、いい笑いを生み出せるんじゃないかっていう気持ちがある
感情ってやはり大事なのですね。
170 人々に同じ空気を強制して、国旗や国歌に対する態度を型にはめようとするよりも前に、みんなが誇りにできる国、世界から尊敬され、愛され、信頼される国にしていくことのほうがまず先にあるべきではないか」 中川村村長のお話
ほんにこういうリーダーを選びたい。 -
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著者の佐高信は,歯に衣着せぬ表現者で,権力在る者を滅多切りにするジャーナリストである。一方,筑紫は,どちらかというと,物腰柔らかく,それでも言いたいことは言わしてもらうけんね,というようなタイプ。この2人が,『週刊金曜日』の編集委員だったということは,よく知っている。また,2人の文章もよく読んできた。
さて,本書は,佐高が,筑紫の文章を引用しながら,その人となりを語っていく。しかし,内容は,単なる佐高からの筑紫へのラブコールではない。佐高は,随所に,自分と筑紫との違いを浮き彫りにしながら,「筑紫の甘さ」にも切り込んでいく。これが,けっこうスリルがあって,おもしろいのだ。「筑紫の甘さ」は,彼の限界でもあり,彼の幅の広さでもあり,それこそ,筑紫哲也自身なのだということが,とってもよく分かる。いい本だ -
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ネタバレ雨宮処凛さん、私は全く知らなかったんですが、右翼活動を経て、非正規雇用の労働問題に取り組んでいる方らしい(プレカリアート運動というらしいですよ)。本対談は2007年に行われていますが、その後のリーマンショック・年越し派遣村、秋葉原事件等を受けて、巻頭に追加対談が増補されています。セーフティーネットが十分に機能せず、一旦落ちると這い上がる事が困難な社会には、先の見えない閉そく感を感じます。本来はそのような状況におかれ、怒るべき人たちがスピリチュアル系に走って怒りを抑制されているというのは面白い分析。そうかスピリチュアルってそんな効果もあったのか(笑)。