佐高信のレビュー一覧
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今度の原発事故というのは何よりもメディアの敗北の結果
世論がメディアを通じて国と電力会社に買い占められていた
朝日ブックcomでも《特集 原発神話のまやかしを問う》と題して、取り返しのつかない未曾有の大惨事になった福島原発事故について、いつ収束するかもわからない現在、間近に迫る死の恐怖を原発と放射線のとてつもない危険性を終日終夜ひしひしと実感すると同時に、私たちと私たちの子孫が生きるこの国に、安全だと言い続けて日本列島にちょうど時限爆弾を巻くように原発を作り続けてきた人たちを告発・弾劾する本を紹介しています。
もちろんその中では、30年以上前から全存在をかけて鋭く警告・糾弾してきたわが -
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■はじめに
著者の本を読むのは久しぶりで、住友商事元常務・鈴木朗夫氏の反骨の人生を描いた『逆名利君』以来の筈。
本書は、冒頭の〈はじめに〉から実に面白い。著者の司馬遼太郎批判は筋金入りで、本書ものっけからその話題で幕を開ける。
司馬遼太郎をめぐって井上ひさしと交わした議論を紹介し、「司馬もいいし、藤沢周平もいい」という井上ひさし。それに対し、「両者は本質的にまったく違う」と異を唱える。その理由は、「司馬遼太郎には、この国の無責任なリーダーに致死量の毒がない」という一点に集約される。
本書で取り上げられるのは、司馬遼太郎とは対極にある」と見なす20人の作家たち。もちろん、その括り自体が著 -
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きな臭くなってきた2026年。
権力の腐敗と、暴走の世の中で、如何に個人の尊厳を持ちつ生きるか。
鬼卵風月の小説に触発されて、その表現として、狂歌や川柳に関心を持つ。そして、吉川英治が、一時、井上剣花坊に師事していたということもあり、井上剣花坊の本を探しているなかで、この書に出会う。
話があっちこっちに飛び、出てくる人が多く、句の紹介が少なく、前提知識がないと読みづらい。
ただ、そこで演繹された内容は、知らぬことが多く、俳句や短歌の戦争責任などもあることを知り、目からウロコだ。
メインテーマの鶴彬については、かなりの鮮烈さ、衝撃を受けた。真っ向から、勝負を挑んだ、川柳人がいたことはすごい -
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まだ小泉政権の頃に危惧していたことが現実になる。安倍晋三の長期政権である。彼自身の私欲だけでなく、彼に取り巻く為政者や宗教家や財界の人びとのはかりごとが、民の生活を虐げていく。そんなことをすれば経済力は低下していき財政は行き詰ることは容易く予測できるのに、現在さえ自分さえ良けりゃいいんだという浅はかな結論でおさまっていいのか。これは自己責任論にも通底しており、弱者を切り捨ててしまう社会の崩壊へと向かってしまう。そこに皆気付くべきであり、気付かなかった、だまされていた、という言い訳はあまりに無責任、私たちは共同体としての人道的行動を実践しよう。
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小林多喜二は小説を書いて、警察という国家権力によって
虐殺された。そして、反戦の思いを込めた川柳を発表して、
多喜二と同様に国家権力によって命を奪われた人がいた。
鶴彬。その人の短い生涯は映画になったり、幾人かの作家が
作品として発表している。そして、いくつかの作品集もある。
私が初めて鶴彬の名前と作品を知ったのは、田辺聖子の
作品だったと思う。澤地久枝が、全集の復刻に尽力して
いたのは本書で初めて知った。
澤地久枝が手掛けた復刻版の原本を作り、鶴彬を後世へ伝えよう
とした一叩人にも多くのページを割いており、この人にも
興味を惹かれる。
著者は鶴彬の川柳とその生涯に触れながら、鶴の周辺 -
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面白く読めるが、深読みし始めると止めがつかない。上がっている本だけでも少しずつ読んでいこうと思いつつ本を置いていたが、内容を読みきったという感触には程遠い。これは、と思い、本を知人に委ねることにした。何人かでよめば、視点が増えるので気がつくことがもっと増えるかも知れない。つまるところ、分かるまで信じるな、というのは、キャッチフレーズ的に伝播力をもち、威力もあるが、はたして、それでも物事を軽信する傾向は、拍車がかかりこそすれ、変わらない。事実が突きつけられない限り人は信じるのだ。欲しいのは何が事実なのか、そうではない事実をどう見分けるか、方法なり、手段なりを持つにはどうするか、なのだろう。この本
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ここに取り上げられたノンフィクション小説(一部事実に基づいた内容)は概ね、政治家と金・権力、そこに貪る利権企業群、メディアとの利害関係からくる権力と私物化、それと、戦争とその背景に携わる政治家・軍部関係者、損得の利害関係である。 昭和の初期から指摘しているのは近代も腐敗した政治とその利害関係が存続していることだ。今の菅政権もそうだが、それ以前から政治は政治家の為(権力と金)だけのものであって決して国民を守ることでは無いことがはっきりしていることだ。その理由は文中にもある「政治家が非能力であっても国民が優秀であれば経済は動く」ということだ。これはコロナ禍で確証していると思う。