加藤聖文のレビュー一覧
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加藤聖文「世界史の中の明治維新」(SB新書)
19世紀にヨーロッパで国民国家が成立し、それが帝国主義勢力として東アジアに到達した。中国・清王朝はアヘン戦争、アロー号戦争に破れ、英・仏による侵略が始まった。日本にも米国が捕鯨船の補給基地を求めて、ロシアも極東進出後の食料等の補給地として日本に通商を求めてきた。徳川幕府は当初は拒否の構えだったが、アロー号戦争の結果をみて開国やむなしとの方向に移行した。
それまで日本は身分制国家で庶民は自分の領主しか目に入っていなかったが、外国を意識することで国民としての意識が生まれてきた。水戸学の伝統や国学がそれを下支えし、尊王思想という形が生じた。それが攘夷と結びついて一気に反幕府のうねりが生じ、明治新政府が生まれた。明治政府は版籍奉還、廃藩置県で一気に中央集権の国民国家を成立させたが、その求心力として天皇を必要とした。
日本は主権・国民・領土からなる国民国家として朝鮮や中国と国交を求めるが、相手側の中華的世界観と真っ向から衝突した。そこから日清、日露戦争を経て日本が帝国主義勢力となるまでを描く。
ところどころ論理の飛躍を感じるところもあるがダイナミックに当時の東アジア世界が描写されている。 -
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8月15日の東アジアに何が起きていたかをテーマにした、ありそうでなかった本。
この本を読んでまず思うのが、現代の日本人の認識する「日本」と太平洋戦争時の「大日本帝国」の地理的概念が大きくかけ離れていることだ。終戦時点でさえ朝鮮・台湾・樺太・千島などは明確に日本領土で、満洲や中国華北、インドネシアにおいても実質的に日本が統治をおこなっていた場所が存在するのであり、その各所に「終戦」が存在する。そしてその内情は百種百様であり、「終戦」という一言だけでは到底片付けえない多彩さがある。
敗戦する側が多種多様であれば、勝った側も多種多様である。ポツダム宣言に関するアメリカ・中華民国・ソ連のグダグダとしか言えない駆け引きは「本当に連合国勝ったのか…?」と思わず疑ってしまう。特にソ連・中国共産党の火事場泥棒ぶりはものすごい。アメリカはトルーマンの無能をあげつらっているが、その前のFDRがそもそも無茶苦茶だったのも原因としてあると思う(そこに文面を割くと脱線しかねないので書かなかったのだろうが)。
そして戦勝・敗戦側両者に一番翻弄されるのが現地民であるということをこの本は鋭く指摘する。日本統治が絶対的に良かったは議論が分かれるところだろうが、少なくとも中国国民党とソ連よりは相対的には良かっただろう。朝鮮の混乱、台湾の収奪、満洲の抑留・・・後々日本に対する感情が分かれていく根本もここにあると思う。 -
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[瓦解の日々に]1945年8月15日前後の韓国や台湾、中国などでの情勢をつぶさに観察することにより、かつて実在した「大日本帝国」がいかに崩壊し、それが日本人のメンタリティにどのような影響をもたらしたのかを研究した作品。「内地」の歴史だけからは知り得ない、大きな、そして異なる文脈での戦時・戦後史が浮かび上がる良書です。著者は、日本近現代史を専攻し、近著には『1945年の歴史認識』などがある加藤聖文。
力作。「アジア」という、いわば大世界的な文脈から先の大戦を振り返るという作品はいくつか見たことがあったのですが、本作のように、国や地域といった小世界的な文脈をいくつか並列させることにより、日本の敗戦と帝国の崩壊が、多様な物語をつくりあげたことを簡潔にまとめた作品は非常にめずらしいのではないでしょうか。それだけでも読む価値が十二分にあるように思います。
また、なぜこのような多様な歴史の見方が日本の中から消えてしまったのか、という本書が投げかける問いも、極めて今日的かつ有意義なものだと感じました。大日本帝国の崩壊を通して歴史を語ることの難しさを痛感させられることにもなりましたが、それも含めて良い読書経験を本書は提供してくれました。
〜八月十五日の玉音放送は、大日本帝国を構成していた日本とそれ以外の地域とを実態においても意識においても切り離すことになったという意味で、歴史的に重要な分岐点となったのである。〜
得るところの多い一冊でした☆5つ -
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終戦のタイミングで、東京、ソウル、台北、新京、パラオ、南樺太・千島という当時の「内地」で何が起こったのか。戦後に日本という枠で残った東京以外では、統治の移行が行われていくのだが、そこでの権力委譲が行われたストーリーがそのまま戦後の各国史に大きな影響を与えていたことはあまり知られていない。ソウルでの韓国人への権力移行は受け皿に失敗し、米軍への権力移行へと転換され、米軍に後押しされた李承晩が初代大統領となる。台北では、台湾人民主家への権力委譲が画策され、平穏な移行が進むが、蒋介石の命を受けた陳儀により外省人国民党の権力統括が進み、台湾民主化は排除され二二八事件へとつながり、日本人は最終的に日本へ引き揚げていくことになった。新京では、対ソ戦が終戦後も続き権力の空白地帯が生まれる中、中国共産党が勢力を築き、第二次国共内戦の地盤となった。パラオでは、アメリカの信託統治として南洋庁の権力移行が行われ、住民の多数を占めた日本人沖縄人は米軍支配下の沖縄へ、台湾人は台湾へ、韓国人は韓国へと帰っていく。樺太は、対ソ戦の混乱の中、最後まで民衆軍が死体の山を築き、一部は北海道への引揚げが行われるも、一部の日本人はソ連国民として生きていく道を選ぶ。
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人間文化研究機構国文学研究資料館助教(東アジア国際関係史)の加藤聖文(1966-)による、太平洋戦争終結時の東アジア国際関係。
【構成】
序章 ポツダム宣言-トルーマンの独善とソ連の蠢動
第1章 東京-「帝国」解体への道
第2章 京城-幻の「解放」
第3章 台北-「降伏」と「光復」のあいだ
第4章 重慶・新京-「連合国」中国の苦悩
第5章 南洋群島・樺太-忘れられた「帝国」
終章 「帝国」崩壊と東アジア
1945年の夏、大日本帝国は事実上解体した。この解体の過程を通じて、「大日本帝国」とは何であったのかを論じようとするのが本書である。東京(内地)のみならず、樺太、朝鮮、台湾、南洋諸島、満洲といった「大日本帝国」が実効支配をしていた地域、および国民党政府が拠点を構えていた重慶と東アジア各地の1945年夏を取り上げているのが本書の最大の特徴である。
戦争終結後の東アジアの地図は、既にカイロ、ヤルタ、ポツダムにおける米英ソの3カ国の首脳により決定されていた。そこには当然のことながら、帝国政府の意志も、大日本帝国の支配下にあった地域住民の意思は何ら反映されていない。そればかりか、当事者であるはずの蒋介石すら蚊帳の外であった。そこには民族自立などというお題目は存在しなかった。
1945年8月のポツダム宣言受諾を以て、日本の内地以外の地域は大日本帝国から切り離され、地域行政は日本人から現地住民代表へと移行していくはずだった。
しかし、長らく植民地統治が続いた朝鮮も台湾も、現地住民による自治独立運動は事実上失敗に終わった。朝鮮では行政を担う主導グループがまとまらないうちに、南から進駐した米軍の軍政へと切り替わった。台湾では台湾総督府から国府の台湾行政長官公署へと行政権が引き継がれ、台湾に従来住んでいた本省人による自治には至らなかった。
台湾とは逆に満洲帝国の都であった新京は、本来国府が接収するはずの地域であったが、中立条約を踏みにじりシベリアから雪崩を打って進撃してきた極東ソ連軍に飲み込まれた。そこでは在満日本人に対する強盗、強姦、殺人などの数々の犯罪行為が繰り広げられ、満洲の守護を務めていた関東軍は降伏して、極寒のシベリアへと連行された。ソ連は満洲を掌中に収め、日本人資産をことごとく接収した後、半年を経た1946年3月にようやく引き揚げることになった。
また、満洲と同じくソ連の侵略を受けた地域が樺太と千島列島であった。千島列島にいたってはポツダム宣言受諾後の8月18日から上陸作戦が開始され、南千島に至るまで全島占領された。
当然のことながら、大日本帝国の解体は日本国内だけの問題ではなく、東アジアの20世紀史で最も重要な国際政治上の問題であった。また、戦後東アジア冷戦が生起する最大の原因がこの大日本帝国解体による統治者の変更であることも、疑いがない。
ヤルタ会談によって取り決められた米ソの軍事バランスの狭間で、日本を含めた東アジア諸地域の住民の運命、そしてその後の歴史が方向づけられたことを改めて感じさせられた。
本書ではマルチ・アーカイバルな手法で、実証的に各地の終戦を描写している。膨大な史料、参考文献と格闘しなければこのような本は生まれなかっただろう。新書という媒体での点描とは言え、このような広範な地域の歴史を1人で執筆するとは、驚くしかない。久しぶりに充実した新書に出会えた。
蛇足ながら、本書のような本を書ける実力のある人間が、未だに助教という地位に留まっていることを見るにつけ、歴史学系のポストは他の社会科学系のポストに対して明らかに不遇だと感じる。 -
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1945年8月15日から観る「大日本帝国」。
帝国末期のこの日に「本土・日本」はどのような姿を現したのか。
この日は、朝鮮、台湾、満州、樺太、南洋諸島といった植民地にどのように影響を与え、その後の国家建設にどのように繋がっていったのか。
時間の縦軸と、世界の横軸を柔軟に使い、そのときの世界を描き出そうとするこの本。
新書のなかでも、しっかりした内容を持ちながら、文章も読みやすくとても良い本です。
目次を見てもそのきちんとした内容は想像できますが、地図、参考文献、参考資料、年表、と新書レベルでは珍しく丁寧に補足資料が揃えられており、著者の真摯な態度が伺えます。
また、あとがきに、自国の歴史も他国の歴史も直視せずに安易な「歴史観」が蔓延し、国際化といいながら精神的には鎖国化している風潮に反発を覚える、といったような記述内容があることにも共感を覚えました。
最近の乱立、玉石混交の新書の中では、中公新書は質の確保に頑張っていると感じていますが、その中でも自分としては、かなり上位に位置すると思われるこの本。
この時代の歴史の本を読んでみようかという人には、オススメです。 -
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面白かったのは、国が存在する以上、多少の対抗関係は避けられないということ。地理的な位置関係や地政学的な力学の中で、各国がそれぞれの思惑で動いている構造がよくわかった。
中でも興味深かったのは中国の思想。自分たちが世界の中心であり、周辺国は貢物を差し出す存在だという考え方が根底にあること。そして日本が帝国として立ち上がった時、同じように自国の文化・考え方を周辺に輸出し、正当性を訴えようとしていた点も興味深い対比だった。
日露戦争についても、単なる「ジャイアントキリング」として語られがちだが、実際にはイギリスの支援など、周辺国の思惑が絡み合った結果としての勝利だったことが詳しく描かれている。日本単体の物語ではなく、世界史という大きな盤面の中の一手として明治維新を捉え直せたのが、本書の一番の収穫だった。 -
Posted by ブクログ
明治維新を世界史の視点から見て書いた本である。明治維新は、日本史として書かれることがほとんどであるが、当時の日本の変化は、他の国から見ても驚異的な事件であったのだ。西欧先進諸国から見れば、他の植民地と違って、自分たちに対抗してくる驚異的な国として映っただろうし、植民地にされている国から見れば、自分たちも日本のようになれるんじゃないかと希望を持つのだ。
事実その当時の日本はアジア諸国にとって留学する対象地として多くの人が留学しているのだ。ベトナムではドンズー(東遊)運動が起き多くの優秀な若者が日本に留学しており、中国からは、孫文、蒋介石、汪兆銘、周恩来などその後活躍するほとんどの人が留学しているのだ。その留学生を大切にすればよかったのだろうが、フランスから日本が留学生を受け入れていることを非難されると、追い返してしまったようだ。
要は日本は西欧諸国に尻尾を振って、東洋人には冷たくしていたのが明治時代なのだ。その西洋諸国から仲間はずれにされて国際的に孤立してから、「大東亜共栄圏」なんて言っても、受け入れられるはずがないのだ。福沢諭吉も最初は東洋諸国が協力して西洋と対抗する姿を描いていたのだが、そんなことは無理と諦めてしまったことは有名である。伊藤博文も韓国や中国との協調を願っていたのだが、維新第二世代である桂太郎や小村寿太郎は、日本を西洋のような大国として振る舞おうとするのだ。
自分の実力以上に背伸びをし、本当は協力すべきところとはうまくやれないというのが島国日本なのだ。他国と揉まれたことのない日本が世界で翻弄されるのは当然だったのだが、国際関係というのは本当に難しいと改めて思いました。とても良い本だと思います。