ネタバレ
Posted by ブクログ
2019年04月23日
素敵な言葉で織られた物語、まだ縫い目は荒いかもしれないけれど立派に味わえました。
色々と終わってる没落貴族に生まれた主人公がその才能を見出され、ふさわしき高みに引き上げられる王道のストーリーラインの作品です。
それと最近のお約束、前世の記憶を持ったままファンタジー世界に生まれ変わった「異世界転生...続きを読む」でもあります。
虐待されて育った恵まれない境遇にあって真っ当な情動と知性を保つ理由づけ、不幸の埋め合わせとして度を越した幸福がやってきても不自然ではないという意味で好きです。
それと、暗いトンネルが続くような悲惨な生い立ちを確実に潜り抜けてくれるという信頼も預けられます。
現代人視点の力によってあまり悲壮になり過ぎないよう読者をなだめてくれますし、なんだかんだで好きだったりします。
ただしこの作品、本領とは違ったところで避けられたはずの減点がかなり目立ちます。
作劇上の小道具立てが秀逸ということもあって名イラストレーター「竹岡美穂」先生が確実にポイントを押さえた秀麗で透明感ある絵を描き出され、文もそれに応えてくれているので、星を必要以上に落とすには至りませんが、一応指摘しておきます。
先に悪い点を挙げるとするなら「展開の詰め込み過ぎ」、それと「局地的な世界観の強度不足」。
どう考えても一巻で収める分量でなくなっている、これに尽きます。
発端は王家に連なる名族が堕落し果てていたこと。
そこに属していた、優れた素質を持っていた主人公も、危うく朽ち果てるところを良識ある貴族に引き取られ、前王の後添えとして迎え入れられる。
筋立ては悪くないですし、魔力と糸と針と織物と裁縫によって、国を支える精霊たちと対話してその力を借りることができる主人公の優位性もわかります。
これは好みもあるのでしょうが、主にコミックリリーフのメイドの「ミマチ」さんと絡んだ時の貴族社会の台詞回しが本気で軽すぎて、王侯貴族の威厳が保たれていないというか……。
親愛と馴れ合いがごっちゃになっていて、胸キュン要素が少々減殺されているのが痛い。
場を引き締めるべき主人公「ユイ」の会話文が舌足らずということがあって、緊迫した会話を途切れさせるのも厳しい。
心の声からなる地の文も、前世で嫌な思いをして恋愛沙汰に期待していないという事情を踏まえると、もう少し落ち着いてほしいんですが、後半は時々はしゃすぎです。
で、本来の責務を果たせなくなった、転生先での一応の父である当主からその地位を剥奪して本来あるべき栄誉を主人公に付け替えるシーン、実にあっさりです。
問題を認識しながら長らく放置してきた王族の手落ちかもしれませんし、格段国政に影響が及んでいないことの証明かもしれません。
正直、当主が愚かすぎて国というか世界観自体の格を落としてしまったのでもう少し狂った人格とか、外面を繕う狡猾さが欲しかった気もします。
ただ、この辺は引っ張る必要性はそうないのでいいと思います。問題はここからの本題。
世界の真実を明かされるパートの挿入が休憩なし間髪入れないくらいのタイミングで挿入されて、唐突な情報に面食らってしまいました。
一旦の大団円の後に、国家に迫った危機を駆け足で説明されるのはちょっと。
見るべきところはあったんですが、情報の羅列に見えたせいで申し訳ないんですが、強烈な既視感を覚えてしまいました。
演出は悪くないんですが。
それと、あぁこの世界冒険者ギルドとかあるんだ……って。
この作品、その辺のお約束設定いらないだけどなあって思ってしまいました。
・
・
・
では、ここからはそれら減点を結ばせない素敵なポイントについて挙げていきます。
「技術貴族」という一発で社会制度、およびそれに占める地位がわかる固有名詞が強いです。
貴族でありながら職人。腕の良し悪しによって昇格・降格、付与剥奪が実力主義の下に迅速に行われる、わかりやすさが実に気持ち良いです。
手仕事という形で「誇り」と「褒賞」と「称賛」が形になって残る楽しさをパッパッと出され、主人公もその辺を自覚して楽しんでいる節はこの手の「生産」を軸にした物語の王道でいいですね。
「技術貴族」にはじまり、「蜘蛛と針」、「加護縫い」、「国布守」。
「裁縫」というテーマに則って紡がれる言葉が奇をてらわずに奥行きのある意味合いを演出し、物語を織り上げる。
派手な詠唱なしに自然と奇跡を起こす古のファンタジーといいますか、大人の読める児童文学というべき読み心地を実現しています。最初に抱いたこの印象を裏切ることは最後までありませんでした。
ちょこちょこ文中で見え隠れするミニサイズの精霊さんたちもマスコットとして演出として仕事をしており、物語を和ませ、彩ってくれています。
精霊さんたちは表の物語で役者として演じるわけでなく、裏方に徹するがゆえの良さがありましたが、それはそれと今後色々な展開を想定できていいですね。
先にも触れましたが、「前王の庇護を得て、穢れた名族をあるべき姿に引き戻す」流れは爽快感と安心感があります。
憎まれ役の当主と主人公の妹ははっきり言って人格もおざなりな舞台装置なんですが、だからこそ向ける憎しみも虚しくなってしまいます。
ただ、必要以上に物語を暗くさせない工夫ということで悪くないと思います。
穢れと不快感だけを振りまいて退場する役回りに憐れみを感じないこともないですが、その辺りの悪意は必要だったのかなと。
虚しさもまた、大切なフレーバーですから。
総じて淡雪を舌の上で転がせるような文章の味わい方ができる、これからが楽しみな一巻だったと思います。
全体としてはノリの軽いフレーバーを振りかけたかスナック感覚と思いきや、意外と毒と哀しみもあってピリリとした味わいも感じられた巻でした。
ところで少々ひねくれた見方をしてしまいましたが。
「小説家になろう」発でありながら膨大なストックを持つ作品ではなく、続刊が出るにしても展開が読めないのが昨今の作品とはまた離れていていいと思います。
一旦の説明を終えた分、ここからは描写で世界の美しさを実証するのが次巻以降の展開になりそうですね。
糖衣で包んでもいいですし、香辛料を振りかけてもいい、思い切って苦みを追加しますか?
などど、味にこだわるのは野暮というものですしょうが、いやはやなんとも。それでも彼女のために、この言葉を選んでみたくなったと語るは語り過ぎというものですね。