無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで201万冊以上配信中!
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
794円
北野武の老人を崇拝したり、年老いる事はちゃんとみすぼらしい事って断言する感じ好きだな。変に綺麗事言うのは嘘だからな。
昔は男ばかりが不倫してたんだから、男女平等論者は、女が不倫するのは男女平等社会の象徴なんだから批判するなよ。しかも不倫のトラブルとか迷惑は不倫された人とかした人なのに、日本って何も関係無い外野のババアがギャーギャー批判してるの意味が分からない。
著者:ビートたけし 本名・北野武。1947年東京都足立区生まれ。浅草フランス座で芸人としてデビュー後、1972年に漫才コンビ「ツービート」を結成、人間の「建前と本音」「理想と現実」との落差を舌鋒鋭く突きまくる芸風で漫才ブームの牽引役となる。テレビに進出後、『オレたちひょうきん族』『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』などの人気番組を次々と手掛ける。映画監督としても『その男、凶暴につき』『ソナチネ』『HANA‐BI』などの話題作を多数世に送り出す。2016年にレジオン・ドヌール勲章、2018年には旭日小綬章を受章。近年は小説執筆にも力を入れている。著書に『弔辞』(講談社)、『不良』(集英社)、『浅草迄』(河出書房新社)など。
「本を読んで「孤独を受け入れろ」と諭されたぐらいで、人間は他者とのつながりを捨て去ることなんてできやしない。 そもそも、そういう「孤独礼賛本」を手に取る時点で、「自分はもしかして孤独なんじゃないか」と気にしているということだ。世間からどう思われているのか、他人からの視線を意識している。「価値のない老人」「哀れな老人」と思われたくない見栄があるから、孤独を肯定してくれる本が心地いい。「しかたなくではなく、進んで孤独を選んでいる」と、他人に向けてアピールしたいという気持ちが実は裏側にあるんじゃないかって思うんだよな。 つまり何が言いたいかというと、人間はどんなに頑張ったって「他人から認められたい」という承認欲求を完全には捨て去れないということだ。 オイラみたいに、ずっと「客前」で仕事をしてきた人間にはよくわかる。この歳になったって、「客からウケる」っていうのはこれ以上ない快感だからね。カネや名誉なんて後からついてきたもので、まずは「ウケたい」「評価されたい」って感情があったわけだ。だからこそ、オイラは今でもときどき「ほぼ単独ライブ」なんてものを開いて生の観客の前でバカをやっているし、立川梅春なんて名前を立川談春さんからもらって高座にも上がっている。ウケるってのは麻薬みたいなもんだ。」
—『「さみしさ」の研究(小学館新書)』ビートたけし著
「 でも真実は逆だよ。人生は、年齢を重ねるほどつまらなく不自由になっていく。夢のように輝かしい老後なんてない──。それこそが真理だ。老いるっていうことは、想像してる以上に残酷だ。まず、それを受け入れることから始めないとさ。 なんでも大抵のことは老いとともにガタがくるもんだ。それなのに、「カッコいい歳の取り方」みたいなものにこだわると、胡散臭いことになる。結局、カッコいいか悪いかなんてのは他人の判断なんで、そんなもの気にしちゃいつまで経っても報われないんだよな。」
—『「さみしさ」の研究(小学館新書)』ビートたけし著
「よく「定年になったら、新しい趣味を始めて第二の人生を始めたい」なんて言ってるヤツがいる。だけどそういうヤツに限って、いつの間にかその趣味に飽きちまったり、「老後が毎日つまんない」なんて言い始める。オイラに言わせりゃ、それこそ「自己客観視」ができてない証拠だ。音楽にしろ、芸術にしろ、 60歳になるまでやろうともしなかったものにいきなり手を出して、最初から上手くいくわけがない。物覚えが早い 10代、 20代のときに始めるのと比べても、相当ハードルは高いはずだ。それをわかって手を出すんならいいけど、そこまでの覚悟がないのにやろうとするから、大体結果は無惨なことになる。だから自分に過度な期待をしちゃいけない。 別にオイラは、趣味で老後を過ごすことを否定しているわけじゃない。だけどそのためには、若い頃から何かに夢中になって、リタイアする頃には「名人」と呼ばれるくらいになってなきゃダメだと思う。 ゴルフやら、釣りやら、囲碁や将棋が三度の飯より好きだというジジイはいっぱいいるけど、そういう人間は大概、仕事が忙しい若い頃から何とか時間を捻出して、そういう趣味の場に通っているわけでね。時間やカネ、努力も費やして長年やってきたものが、ようやく本当の趣味になるんだよな。」
—『「さみしさ」の研究(小学館新書)』ビートたけし著
「よく、どこかの学校の校長や教頭なんかが、未成年の少女と淫行していたとか、裸の写真を何千枚も集めていたとかでニュースになることがある。こういうヤツは、きっと青春時代に悶々と我慢して、ロクな女遊びをしていなかったんだと思う。若い頃にオネエチャンと無茶しまくってたオイラみたいなのが、ジジイになって枯れて余裕が出てくるのとは対照的で、女に免疫がないまま社会的地位とカネを持って「デビュー」しちゃうとロクなことがない。さっき話した「紀州のドン・ファン」みたいに年季が入ってれば話は別だけど、余裕のないジジイの色欲ってのは、見苦しいだけなんだよな。」
—『「さみしさ」の研究(小学館新書)』ビートたけし著
「オイラの場合、年取ってから付き合うオネエチャンは、男の友達と変わらなくなってくる。「話してて楽しい」ってのが最高だね。男も女も、年取ってからモテたいと思うなら、痩せようとかアンチエイジングなんてものに必死になるより、本を読んだり映画を観たり、芸術に触れるなり、「話せる人」になるほうがよっぽど有意義だ。 年取ってからは、「体の相性」なんて大した意味をなさない。「一緒に酒飲んで楽しい」が一番だよ。その点、最高の熟年カップルは、こないだ6つ年上の元大学教授と結婚した阿川佐和子さんだな。オイラ、阿川さんが結婚を発表する前に、阿川さんと旦那さんとメシを食ったんだよ。気さくないい人で「お似合いだな」って思ったね。 2人とも博学なんで、会話がドンドン盛り上がってさ。」
—『「さみしさ」の研究(小学館新書)』ビートたけし著
「これから老人中心の時代になるのは間違いない。だから独身高齢者が増えるのも必然だ。そしたら「熟年離婚」だけじゃなくて、「熟年初婚」「熟年再婚」も盛り上がってくるよ。そういう時代が進めば進むほど「内面を鍛える」ってのが大事になってくるんじゃないか。 自分がいかに知識がないか、知らないことがたくさんあるかを知ること。それしか自分を客観視できる力を鍛える方法はないんだからさ。」
—『「さみしさ」の研究(小学館新書)』ビートたけし著
「もちろんオイラ自身も模範的なジジイになろうなんざ、これっぽっちも考えちゃいない。これからもテレビやライブでバカをやって、ヒンシュクを買ってやろうと思っている。 しかし調子が狂ってしまうのは、ヒンシュクを重ねてきたはずなのに、この歳になってなぜか褒められることが増えてきたことだ。フランス政府からは「レジオン・ドヌール」なんてたいそうな勲章ももらったし、最近は旭日小綬章も頂いた。 オイラはそもそも「勲章」や「表彰」なんてものに特に興味はない。だから昔はもらうのを断ることも多かった。だけど、最近は頂けるというのならありがたく頂くようにしている。それを見て「ジジイになって名誉欲が出てきたのか」「たけしも終活を始めたか」なんて悪し様に言うヤツもいる。でも、オイラはそんな風に権威におもねるつもりは毛頭ない。そういう名誉を頂くことが、本業の「笑い」に生きてくるんじゃないかと思ってるんだよな。「文化勲章をもらって立ち小便で捕まりたい」「人間国宝になった日に食い逃げでニュースになったら面白い」 オイラは会見のたびに、そう言ってきた。自分の地位や権威が上がってきたら、それを自分で一気に落とすようなことをする。そのギャップが最高の笑いのネタになるんじゃないかって思うんだよな。」
—『「さみしさ」の研究(小学館新書)』ビートたけし著
「 歳を取ると、その「さみしさ」を埋めるためかわからないけど、宗教や自己啓発セミナーみたいなのにハマり始めるヤツがいる。だけど、いくら手を合わせてもお布施をしても、それは自己満足に過ぎないと考えておいたほうがいい。 宗教が世界を救うなんてウソっぱちだと常々オイラは言ってきた。人類の歴史を見れば、宗教をめぐる戦争やイザコザで死んだヤツだらけだ。宗教で救われた人もいるだろうが、それより宗教に殺された人間のほうがよっぽど多い。パレスチナの紛争を見たって、「この世に宗教がなかったほうが平和だったんじゃないか」と思ってしまう有様だ。 宗教家が胡散臭いのは、拡大路線を掲げているヤツが多いからかもしれない。「もっと信者を増やせ ~」なんて号令をかけている宗教のトップってのは、もう宗教家というよりビジネスマンだ。 そんなことは、オイラがわざわざ言わなくたってみんなわかっているのだろう。だけど、それでも宗教にすがってしまうのは、みんな「何が人生の目的かわからないから」かもしれない。」
—『「さみしさ」の研究(小学館新書)』ビートたけし著
「たとえば、サッカーには色々なルールがある。手を使っちゃいけないとか、ヘディングは OKだとか。そういうルールがあるからスポーツとして成立してるんだけど、一方で「なぜそのルールじゃなきゃいけないのか」と聞かれたら、答えられるヤツはいないだろう。でもそういう規則が存在するから楽しいってのがあると思うんだよ。 何も縛りがないフリーな状態ってのは、ある意味ではすごく辛いことでさ。人生についても、神様とか仏様みたいなルールを作ってしまったほうが楽なのかもしれない。だからそもそもは宗教ってのが「楽に生きるコツ」として意味を持ったんじゃないかって思うんだよな。でも別にそういう「ルール」ってのは、宗教団体に所属しなきゃ作れないものじゃないからね。自分のさりげない日常の中で、それぞれが心の中に持っていればいいだけのことだと思う。」
—『「さみしさ」の研究(小学館新書)』ビートたけし著
「かくいうオイラも、時々は仏壇に手を合わせている。仏壇の中にはお袋や、父親、祖母、他にもいろんな大切な人が入っている。だけどこれは、宗教というよりは習慣に近いものだ。たとえばオイラが浅草にいた頃、芸人たちは浅草寺の前を通り過ぎる時には必ずちょっと立ち止まって、本堂に向かって手を合わせていた。けど、オイラもその芸人たちも、今の人に比べてとりわけ信心深いというわけでもない。 別に神様の存在とか、来世とかあの世を信じているわけではないけれど、そういう答えの出ない問題に答えを出さないことがニッポン人の知恵なのかもしれない。お盆にはあの世のご先祖様をお迎えして、親しい人の命日には墓参りをし、正月には初詣をする。キリスト教やイスラム教みたいな「信じるか、信じないか」の二者択一とはまるで違うところで、ニッポン人は生きてきたんだよな。」
—『「さみしさ」の研究(小学館新書)』ビートたけし著
「カルトな新興宗教が受験エリートを勧誘するのは、そういうヤツラが一番チョロいからでね。優等生が実社会で使える〝頭が回るヤツ〟かというと、必ずしもそうじゃない。ただ受験勉強のテクニックに秀でてるだけで、社会を生き抜く知恵を持っているとは限らないわけでさ。ガキの頃から近所の不良とやり合ったり、キツいアルバイトや肉体労働をしたり、そういう厳しい世間と接してこないままいい歳になっちまうこともある。 世の中は「〇か ×か」じゃ決まらないことだらけなのに、そういう純粋培養のヤツラは「こっちが正しくてこっちが悪い」っていう二元論にすぐ寄りかかっちまう。マークシートの解答みたいで、そっちのほうが居心地がいいんだろう。オウムみたいなのは、そういうヤツラを目ざとく見つけ出して引っかけたんだよ。」
—『「さみしさ」の研究(小学館新書)』ビートたけし著
「さくらさんと話した中で、よく覚えているのが確かお祖父さんの亡くなった時のことだよ。お祖父さんは亡くなる時に口をポカーンと開けたまま死んじゃって、それを隠すためにほっかむりみたいなのを頭に巻いて納棺したんだって。本当は白いさらしの布がよかったんだけど、見つからないからしかたなく〝祭〟と赤い字で書かれた手ぬぐいで代用したんだよな。 それをさくらさんは「ドジョウすくいの人みたいだった」なんて言ってさ。「今にもクネクネ踊り出すかと思って、あたしゃ笑いを堪えるのが大変だったんだから」ってね。 芸人ならまだしも、女の人が自分の身内をそういう風に引いた目線で見たり、話したりすることはなかなかできないよね。結局、そういうシニカルさというか、ブラックユーモアみたいなセンスがオイラと似ているのかもしれない。 それでいて、茶化す相手への愛情みたいなものがあるんだよ。だから歳は離れていたけど、ウマがあったんだろうね。 まる子と同じ喋り方『ちびまる子ちゃん』もまさにそうだよな。一見して子供向けのように感じるけど、実はシニカルな視点がある。まる子ってのは単に素直な子供じゃなくて、物事を裏やナナメから見て、ずる賢く立ち回ろうとするところがあるから面白いんだよね。だから子供だけじゃなく、大人も楽しめる作品になる。 最近になって、シニカルな笑いができる女芸人がちょいちょい出てきたのも、さくらももこの影響じゃないか? そういうセンスを子供たちに広めたのは、すごく価値のあることだと思うよね。 PTA推奨じゃない笑いを、誰も嫌がらない形で広めたのはすごいよ。」
—『「さみしさ」の研究(小学館新書)』ビートたけし著
「今の若いヤツラは、「大学に行く意味」をもう 1回考えたほうがいいね。〝みんな行ってるから〟ってだけの理由で 4年間通っても、大学はガキを一人前にしてくれやしない。 オイラは目的もなくバカ大学に通ってるヤツより、中卒の 16歳でもきちんと働いて税金を納めてるヤツのほうがよっぽど偉いと思うね。大学に入らなくたって「一流」と呼ばれる仕事人はたくさんいる。若いヤツラは「就職できない」ってボヤくけど、そういう職人たちの募集にはなかなか人が集まらないっていうぜ。今の大学は、そういう厳しい現実から目を背けて、ちょっとボーッとしていようっていう休憩所みたいな存在になっちまってるんだよな。」
—『「さみしさ」の研究(小学館新書)』ビートたけし著
「オイラなんてこの歳になっても、「いつか飽きられちまうんじゃないか」っていつも次のことを考えてるぜ。来年は NHKの大河ドラマに出て落語もやるし、映画や小説だってまだまだやろうと思ってるわけでさ。 芸人で、まだ売れてるのに自分から引退宣言するヤツなんてほとんどいない。大体は仕事がなくなって辞めざるを得なくなった言い訳だよ。」
—『「さみしさ」の研究(小学館新書)』ビートたけし著
「まァ、最近の芸能スキャンダルで一番驚いたのは、爆笑問題の太田光が「日大に裏口入学」って週刊誌に書かれちまった件だよな。その記事じゃ「オヤジがそのためにブローカーに 800万円支払った」とまで書いてあるんだけど、最後まで読んでもホントかどうかよくわかんないんだよな。 だけど笑っちゃうのは、「太田は高校生になっても割り算もできないバカだった」みたいに書いてあったことだよ。こんなに面白いネタはないんで、テレビ局でアイツの楽屋を通りかかったときに「 4 ÷ 2、わかるか?」って問題を出してみたんだけどさ。そしたら「 3、う ~ん、やっぱり 2かな?」なんてボケて返してきた(笑)。 だけど裏口入学については、「そんな話は聞いたこともないし、オヤジも死んじまってる。いい迷惑してますよ」って言ってた。太田の事務所も、この記事を書いた出版社を告訴するってぐらいだから、許せなかったのは間違いないんだろうけどね。まァ、オイラからすりゃどうでもよくて、アイツの頭が切れるかどうかは芸を見りゃわかるだろ。 芸人の評価は、客にウケるかどうかがすべてだよ。たとえスキャンダルが出ようが、それを笑いに変えられりゃ、ソイツの勝ちってこと。まァ、週刊誌もよっぽどネタがないんだろう。」
—『「さみしさ」の研究(小学館新書)』ビートたけし著
「だけどテレビで情報番組をやってて肌で感じるのは、「女の不倫」ってのは、男のそれに比べて反発がダンゼン大きいってことだよな。ベッキーや矢口真里もそうだったし、斉藤由貴とか山尾志桜里もそうだよな。オイラがオネエチャンと遊んだり、ソープに行ったって何の話題にもなりゃしねェけど、旦那のいる女がヨソで男を作ってたとなると、世間は大騒ぎでね。特に同性である女から「許せない」ってギャンギャン批判されちまうんだよな。ベッキーが復帰しようってときにクレームを入れたのは、ほとんどが主婦だったっていうしさ。テレビのスポンサーにとっちゃ、商品の購買層は主婦やオネエチャンってことが多いんで、「女の反発」に過敏に反応してしまう。だから不倫の当事者は、男に比べてオネエチャンのほうが損をしてしまうというね。」
—『「さみしさ」の研究(小学館新書)』ビートたけし著
「なんで女は「妻の不倫」を許さないのかね? 昔の映画スターやらオイラじゃないけど、かつては夫ばかりが不倫をしてた世の中だったのに、いつの間にか妻が主役の不倫が増えてきてるっていうんだったら、それは「男女平等」で、女にとっちゃ素晴らしい社会が実現されたってことじゃないかと思うけどさ。 結局のところ、女はギャーギャー言ったって、ホントのところで「男女平等」なんて求めちゃいないってオチなんだよな。」
—『「さみしさ」の研究(小学館新書)』ビートたけし著
「『ヒンシュクの達人』じゃ、建前ばかりのニッポン社会の本質を分析したし、『テレビじゃ言えない』ではメディアの自主規制のエスカレートをきっかけにタブーに踏み込んだ。 一転、今回の新書は『「さみしさ」の研究』という、これまでとまるで雰囲気の違うものになっている。 オイラたち団塊の世代が 70代になって、世間でも「老い」や「孤独」の問題がテーマとなり、普段から週刊誌で続けているコラムでも、必然としてそれらを取り上げることになった。また、この 2 ~ 3年はオイラにとって大事な人たちが次々と亡くなった。その人たちへの惜別を載せていくと、自然と本のトーンも寂寥感に満ちたものになってしまった。 それに、 2018年にはオイラの周辺でもいろんな出来事があり、周りの環境も変わった。いつも通りの毒舌の前に、そのことについても一度きちんとした形で触れておかなければならなかった。」
—『「さみしさ」の研究(小学館新書)』ビートたけし著
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
小説・文芸
ビジネス・実用
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸