ダーウィンといえば進化論ですが,本書下巻の最後尾の付録に「進化evolution」とようやく,それも,ダーウィンと同時代の博物学者は生物が環境にあわせて身体を変化させること自体は承知している,という文脈で使っています.その原動力が自然選択なのだ,という言い方です.本編では変化を伴う由来,descent with modificationという表現がよく用いられます.迂遠な言い回しが生真面目に訳出されているので,読みにくいです.ですがおそらく,当時としては平易な語り口で書かれており,現代で一般的な科学エッセイとに相当すると思います.目を引くイラストなどは一切なく,唯一の写真は著者ご本人の肖像写真です.それでも,第四章「自然選択」に掲載されたただ一枚の系統樹の図版は印象深いです.ダーウィン自身,「生命の大樹」と表現しています.三葉虫とか恐竜も全くでてきません.そのかわり登場するのは飼育ハト.地味です.しかし,なるべく身近なものからよく観察,分析していくという姿勢は現代でも大事ですね.ハトを通じて,飼育栽培下で生き物は姿形を変えていくことー変異ーは自然においても起きうると主張.その原動力が「生存闘争」です.この訳出は見事でですが同時に,自然界に対する一種の誤解を生みだす原因にもなっているのではないでしょうか.それは訳者の方も解っていたらしく,訳注にわざわざstruggle for existence,struggle for lifeと原典を掲載しています.このstruggleとは「もがく,あがく,努力する」と辞書にあります.つまり,喧嘩や暴力的対立,果ては戦争へと至る「闘争」とは完全には一致していないのです.ダーウィン自身もstruggleに対して,「広義に,また比喩的な意味にもちいる」「飢餓におそわれた二頭の食肉獣は,食物をえて生きるためにたがいに闘争する・・・しかし砂漠のへりに生育している一本の植物も,乾燥にたいして生活のための闘争をしている」と述べています.生存闘争の過程で,「自然選択」が起きます.「各生物にとって・・役だつ変異が,数千世代をかさねるあいだに,ときどきおこる・・たとえ軽微ではあっても他のものにたいしなんらか利点となるものをもつ個体は,生存の機会と,同類をふやす機会とに,もっともめぐまれる」.上巻後半は,学説の難点を自ら点検する形をとって,移行種の未発見の問題,本能の問題,雑種の問題を取り上げます.上巻の付録は種の起源にかんする意見の進歩と歴史的概要」としてダーウィンに至るまでの歴史的経緯をまとめてくれています.現代の参考文献としても十分使える内容に見えます.