次に今回翻訳した『読書について』のスタイルと内容について述べたい。 この作品が掲載されている『余録と補遺』はその名の通り、主著『意志と表象としての世界』の注釈であり、ショーペンハウアー哲学をわかりやすく理解させてくれる最良の入門書だ。現実のさまざまな問題に対する彼の「哲学小論集」であり、自然と人生に対する彼の鋭い見解が示されている。ショーペンハウアーは、主著に対する反響のなさや、マルケ事件──彼とメドンとの逢引を興味津々 で見張っていたお針子マルケにけがをさせたという──の不運な訴訟のせいで失意の日々を送る中、スペイン語の勉強に没頭し、スペインの哲学者バルタザールグラシアン〈 Oráculo manual y arte de prudencia(「神託、賢く生きる手引き」、邦訳『賢く生きる智恵』『バルタザール・グラシアンの賢人の知恵』)〉を訳している。彼の翻訳は、友人のスペイン語学者カイルが名訳と絶賛してくれたほどだったのに、当時は出版の引き受け手がなく、ショーペンハウアーの没後一八六二年にようやく刊行されている。グラシアンのこの本は、書名には神託とあるが、神託と直接的な関係はなく、処世術をアフォリズム風にまとめたもので、『余録と補遺』にはこの書の影響があると一般にいわれている。