無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで200万冊以上配信中!
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
タイトルの問いへの答えは、一門や家臣との結束をはかるため、あるいは他国との交渉の場面で、また神仏との交流をはかる意味でも、自らの支配を確かにするために和歌を使ったのだったということらしい。
事例として研究対象としたのが鎌倉将軍宗尊親王、足利尊氏、太田道灌、今川武田北条の戦国大名といった東国の武士。
鎌倉時代から歌壇が一つのコミュニティとして機能しており、それが政治的なものになり得ていたんだな。
太田道灌が武将としてだけでなく歌人として優れていたらしいことは知らなかった。
冷泉為和が今川家に世話になり、信虎と義元が和睦してからは駿甲を頻繁に行き来して和歌の指導とともにメッセージ伝達のようなこともしてたらしいことも初めて知った。
そして加藤清正や徳川家康など、戦国が終わりに近づくにつれて和歌を武士のものではないと否定的に見る見方が強まったのはなんだか残念。
実際に残された歌への批評ができるのが凄いな。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
ビジネス・実用
ビジネス・実用
小説・文芸
小説・文芸