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Posted by ブクログ
この本の何が面白いって、読み手としているのが一般人じゃないところ。
なんと相手は医療の専門関係者で、特にナース達。これって結構珍しいよなあ。だから心臓マッサージのABCDなんて
『今更だから説明は止めよう』
なんてすっ飛ばされる。会話も婦長さんや麻酔医等、救命センターで腕をふるう人たちとのやり取り。
お医者さんのエッセイに多い、患者さんたちとのやり取りはあくまでも医療関係者に伝えようとするエッセンスの手助けでしかない。
病院での主役は患者さんで、自分たちは脇役と言い切る作者の強い気持ちが伝わってくる。
ナースのたまごたちに向けたエールも清々しい。
重苦しさも少しはあるが、手にとって損はない一冊。
Posted by ブクログ
浜辺祐一(1957年~)氏は、東大医学部卒、東大病院救急部、国立水戸病院外科勤務等を経て、1985年に救命救急センター開設と同時に都立墨東病院へ移り、現在、救命救急センター部長。
本書は、医療従事者向けの月刊誌「ナースコール」に連載されたエッセイをまとめて出版された『Dr.HAMABEの病棟こぼれ話 第一部』(1990年)、『同 第二部』(1991年)を一冊にして、1992年に改題の上文庫化されたもの。次作の『救命センターからの手紙』で日本エッセイスト・クラブ賞(1999年)を受賞し、その後も発表を続ける「救命センター」シリーズは累計で100万部を超えている。
内容は、浜辺医師の救命救急センターでの日々(前半には水戸病院の外科医だったときのものが含まれている)について、同僚の看護師や、患者とその家族らとのやり取りを中心に綴ったエッセイ(1篇は4~8ページ)であるが、「ナースコール」誌の主たる読者と思われる看護学校の学生や新人・若手看護師に向けたトーンで書かれている。
私はノンフィクション物が好きで、様々なノンフィクションやエッセイを物色している中で「救命センター」シリーズを知り、本書を手に取った。
そして、読み始めた当初は、浜辺医師の強い個性、ストレートな言動や記述に少々面食らったのだが、徐々に、それらが浜辺医師の実直さ、更には優しさなのだと感じられてきて、最後まで読み切った。
我々、医療を受ける側の人間は、医療従事者と接する場面の多くが、自分の健康を損ねているときであるため、彼らに身体的かつ精神的に支えて欲しいと思い、往々にして「聖人」のようなイメージを期待してしまうものである。そして、多くの医療従事者も、患者の期待にできる限り応えてくれようとする。
しかし、少し冷静になればわかる通り、医療従事者にしても、身体的にも精神的にも患者側と同じ人間であるし(稀には「聖人」もいるかもしれないが)、本書の中で敢えて浜辺医師が見せようとするのは、そうした表面的なものを取り払った生身の医師の姿である。読み始めた当初に私が抱いた違和感は、その生身の姿にあったのだが、読み進めるうちに、浜辺医師がこのエッセイを書いた目的が、看護学生や新人看護師へのアドバイスであるなら、これほど役に立つものはないだろうと感じるようになったし、それは医療を受ける側にとっても、知っておいてよいというか、寧ろ知っておくべきことであるように思われた。(私が現在幸いなことに健康だということもあろうが)
「贈る言葉」という一篇には次のような一節がある。
「そんなに肩に力を入れることはない。いい看護婦になろう、立派な看護婦になろうなんて目をつりあげることはない。力むことは何にもない。生身の人間の傍らにいることのできる条件、それはいつも自分らしく、生き生きとしていることだけだから。周りの人間に、自分らしさを生き生きと表現すればするほど、より多くのものが与えられ、より豊かなものを得ることができるのだから。自分らしくということ―これほどわかりにくいことはないかもしれない。でも本当の自分というものを一番よく知っているのは、ほかの誰でもない、自分自身である。看護学校を卒業し、臨床にたつ前の、この時にこそ、今までの自分を振りかえってほしい。君だけにしかわからない君だけの正解がきっとあるはずだから。」
救命センターの内側と医療従事者の生身の姿を垣間見られ、医療を受ける側としても役に立つエッセイ集である。
(2022年11月了)
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