無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで203万冊以上配信中!
「アロエが、切らないで、って言ってるの。」
ひとり暮らしだった祖母は死の直前、そう言った。植物の生命と交感しあう優しさの持ち主だった祖母から「私」が受け継いだ力を描く「みどりのゆび」など。日常に慣れることで忘れていた、ささやかだけれど、とても大切な感情――。心と体、風景までもがひとつになって癒される13篇を収録。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
何か素敵だと思うけど、言葉にできないもどかしさとか。
忘れちゃいけない気がしてじっと立ち止まるけど、その瞬間を切り取れない切なさとか。
大事そうなものに直面した時、コレクションのように集めたくなってしまう人間の性なのだろうが、ほんとは、きっと、目に見える形で残しておかなくても感覚として体が蓄えているのですね。
だからこそ、色鮮やかな今を必死で生きないといけないし、感覚を蓄える体も大事にしないといけない。
本能に従っていれば、きっと私たちはより人間らしく、数字だとか利益だとか成果だとかを求めず、曖昧なものを許容できるのでしょう。
吉本ばななさんの作品、恥ずかしながら初めて読みましたがもっとこの綺麗な文体に触れたいと思いました。
「みどりのゆび」「おやじの味」が特に好きでした。
見たことないはずの情景とそこで揺れ動く心情に、「あ〜..なんかわかるな〜..」となぜか共感してしまいます。
状況は違っても、似た感情に私も出会ったことがあるのだ、私の体も知っていたんだ、と思わずにはいられなかったです。
Posted by ブクログ
みどりのゆび
「植物ってそういうものなの。一人のアロエを助けたら、これから、いろんなね、場所でね、見えるどんなアロエもみんなあんたのことを好きになるのよ。植物は仲間同士でつながっているの。」
ベストセラー『樹木たちの知られざる生活 森林管理官が聴いた森の』にも書いてあったけれど、植物はつながっている。集合意識というか、そうした類の連帯がある。
そうでなければ、(たとえば)カミキリムシ被害が出たとき、森林は全滅してしまう。「おい、とおくでカミキリでたみいだぜ」といった伝言ゲームで、森林全体が身構える、というわけだ。
人だって、集合意識はないわけではないだろう。
個人というか、人の個体として境界はなんだろう。
ちょっと改めて考えてしまう。
「究極の光の手 コアライトヒーリング/バーバラ・アン・ブレナン』に、目をつぶって森の中を歩いたとき、やっぱり見えていないと思った、と書かれている。見えていないどころか、手前に見える(=広がっている)ことに気づいたということなのだが、これは人でいうところのエーテル体というような、物理境界の上のレベルが見えていた、ということ。そうしたレベルでつながっているのが生命なのだろう。
脱線してしまいました。
いつもばななさんの本を読んで思います。
怖いくらい、世界を、人を、植物をみています。
そして、それはそのとおりなのです。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
小説・文芸
小説・文芸
ビジネス・実用
ビジネス・実用