Posted by ブクログ
2017年01月22日
スティーヴン・キングの小説の魅力は視点となっている主要人物の独白体にある。従ってその魅惑は、通俗小説として批評家は取り上げようともしないものの、実際のところ太宰治やドストエフスキーなどに通じるものがあると言っていい。無意識的なリフレインの発作的反復を含んだその独白は、「意識の流れ」にも似ており、この...続きを読む独白体がもたらす読書体験は、物語内容世界と「意識」とが渾然一体となって、外部的事件と内因的心理推移との区別も消失した「夢」のような体験を実現する。
本作は一人称小説であるため視点は一人物に限定されているが、豊富な内容と多彩な変化が織り込まれているのはさすがである。スティーヴン・キングは何よりディテールの充実に傑出しており、リアリティは高い。
ホラー小説であるため、主体は残虐な場面やカタストロフの感覚にかならず到達するのだが、痺れや暗黒的情感に至る主観体験を快感として、この読書体験は導いてくれる。
本作の場合、主人公は過去の大事故により片腕をなくし、無いはずの腕を錯覚する幻肢体験、記憶障害、言語障害が引きずられる様子が描かれているが、キングは新しい脳科学をきちんと研究しているようだ。
プロットとしては、途中までアマチュア画家のサクセスストーリーとなっているため、この面でも楽しめるものとなっている。
しかし最後のクライマックスは主要人物たちの「行動」の描写が中心となるため、独白中心主義的な側面は後退してしまう。視覚的描写のディテールに長けたキングではあるが、「できごとは心的内部においてオートポイエティックに生成し、暗黒世界-自己の未分化な同一化」という特質が、この作品の最後は若干弱いかもしれない。それが見事に体現されるためには、やはり通俗小説という規格に限界があるのだろうか。