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翼よ、あれは何の灯だ? リンドバーグよりも一足先に大西洋横断飛行に成功しながら、アフリカに着陸してしまった日本人。アポロ11号に乗って月まで行き、着陸に成功したのに、月に降りられなかったクルー。歴史に名を残した幸運な人の陰には、もうちょっとで有名になれたはずの人がきっといた。陽の目を見なかった運のない人々に、愛を込めて――。著者新機軸の、仮想伝記小説集。
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Posted by ブクログ
人間の歴史は偉人だけにより作られているのではない。 偉業を成し遂げた人の影にはもうちょっとだったのに惜しくも有名になれなかった人がいっぱいいるだろうし、その人たちの周りには普通の人たちがたくさんいるんだ。 人の歴史とはなんでもない普通の人のなんでもない人生の積み重ねでできているんだろう。 というこ...続きを読むとで、歴史的偉業を成し遂げ名前を残した人たちの後ろにいたであろう、「すごいのに惜しい!」な人たちの人間臭さや面白みをお話にしようとしてみた、という短編集。 アッシジは狩りも下手で力も弱く間も悪い。大平原でそれぞれの役割をして行きているこの一族でこんな男を喰わせる理由がるのか? 「ある。おれは話ができる」 こうして太古の人類に語り部が生まれた。 人は物語が必要なのだ。空想の主人公の冒険、悲恋、苦悩、成長を我が事のように捉えるという精神の活動が人間の生活の彩りに必要なのだ。 あっという間にアッシジは締切に追われて出版社にカンヅメにされる大人気作家状態!これでは物語を細かく練ったり深みを持たせたりできないじゃないか! そんなある日旅回りの老人語り部が現れる。老人の語りにアッシジは心を奪われた。これこそまさに人間の脳が求める思考、生と死と、自由と限界と、善と悪と、存在と無とを併せ持った大いなる傑作だ! こうしてアッシジは、ベストセラーで薄利多売の大衆作家から、人間の哲学、神と自然について思考を巡らせるような語りをするべく、放浪の旅に出たのだった。 /『喰わせる理由』 錬金術師っていうのは決してマッド・サイエンティストなんかじゃなく、科学者であり哲学者であり医者であり魔術師でもあったんだよ。だから当時は尊敬され社会的地位もあった。 そんななかでイマイチ功績も名前も上がらないキルトゥテスという錬金術師がいた。 彼の考えや実験は悪くはなかった。他の錬金術師に否定されても次々に研究や実験を重ねていった。実はキルトゥテスの実験は、核融合とか核分裂とかの域にまで達していたんだよ。そしてついにある日、家を貫いた稲妻が常温核融合を起こし、本物の金を造り出すことに成功したんだ!!今日に至るまで人類史上ただ一人の偉業! …なんだけど、稲妻で機械は大破しちゃったし、稲妻という偶然は二度と起きないし、だから誰も信じてくれないし、功績も名前も残せなかったんだよ、ちゃんちゃん。 /『錬金術師』 ウィリアム・フェアチャイルドはイギリスからインドに渡り商売で大儲けしようと夢を膨らませていた。 フェアチャイルドには冒険心があるし、無茶無計画を実現させる運もあるし、巨万の富のためならどんな苦労も厭わない根性もあった。だからマレー半島にもインドにも着いて現地の人との交流もできた。 しかし彼は決定的に商才も先の見通しも味覚もなかった。だから腐る果物をイギリスに持ち帰ろうとしたり、イギリス商会を敵に回すような作物を大量に持ち帰ったりしちゃったんだよ。 こうしてフェアチャイルドのインドとの功績は闇に葬られたのでした。イギリスが東インド会社を設立してインドと公益というか利益吸い取りをするようになった1600年よりも前にインドで商売したっていうのに。 /『ロンドンの商人』 「まったくお隣は真面目に働くがただそれだけで、正室の他に側室を持つ甲斐性もないし、目立った働きもしてないし、とても大将の器ではない。まあご正室のまつ殿だけがお隣の利点ではあるなあ」 織田家から羽柴秀吉の与力として働く船戸吉右衛門持義は、屋敷がお隣の山内一豊をこう評している。 確かに船戸のほうが理知的だし全体を見通す力も持っている。だが彼が自分より格下だと思っている山内一豊は、とくに大功績があるわけでもないのに自分よりも石高が上がってゆくではないか。 ここは一世一代の賭けに出るか…。 /『山内一豊の隣人』 著者の清水義範が、「ものすごく立派な功績を残しているのに発表しなかった、あまりにも内気で研究だけが大好きな科学者」のヘンリー・キャベンディッシュを知ったときに、世の中には面白い人間がいるもんだなあと感じたという。 そこで「ものすごく立派な科学発明をしたけれど、楽しみでやりたいから発表しません」という、青年貴族科学者の物語を書いた。 この青年貴族科学者は「自分の発明品が有名になり自分の名前が知られるくらいなら、発明品を壊します。私は平穏な生活がしたいんです」というし、相手から「その発明品で人類が助かるかもしれないのになぜみんなに知らせないのですか」というと「科学というのは、これまでの積み重ねのうえに、後から考えれば誰にも納得がいくような一工夫が加えられて新発明になります。つまりそういうものが発明されるのは歴史の必然であり、どのみち誰かが同じことをするでしょう。私がそのわずらわしい役を降りたとしても、すぐに誰か他の人が同じものを作りますよ」(P161から抜粋)と言う。 清水義範さんの気持ちは青年貴族科学者の言葉に出ているのだろう。 「表に出てこない歴史の裏に、人知れず何かが埋もれているというのは夢多き話ではありませんか」(P166) /『沈黙の先駆者』 1927年、世界で最初にパリ・ニューヨーク間の無着陸飛行成功者への賞が発表された。 勇み立ったのは日本人飛行士の飛田鉄之助。 彼は腕も良いし小柄だが度胸もよく人からも好かれる。だが日本人が飛行機を動かせるわけないと、飛行会社では地位が低い。 それなら日本男児としてこのレースで優勝してやろうではないか! 外交的に気まずい中国人から大金を出してもらい、節約のためにエンジン廻りは和紙を使い、計器不足は大和魂と心眼で乗り切ってやる。成功を確信していた。自分が失敗するとすれば、パリという都市がこの世に存在しないということだけだ。人に先んじるために危険な夜中にNY空港を飛び立った彼は、40時間の飛行を乗り切り陸地へと降り立った! しかしそこはイギリスでもスペインでもフランスでもなく一面の砂漠。…え?サハラ砂漠? /『翼よ、あれは何の灯だ』 1969年にアポロ11号が月面着陸し、ニール・アームストロングと、エドウィン・オルドリンの二人が月面に降り立った。 二人?そう、この栄光のときに母船のコロンビアでお留守番していた三人目の宇宙飛行機、マイケル・コリンズがいるんですよ。 実際のマイケル・コリンズ別に拗ねることもなくその後の立派に働き、宇宙へも啓蒙書を出版もしている。 そこで清水義範さんが、「どうやって決まったのかな、宇宙飛行士たちはどんな気持ちだったのかな。そして有名な二人だけでなくもうひとりの人間がいた事を思い出してほしいな」と思って、架空の名前と出来事で小説にしてみたという一作品。 /『グレート・スタッフ』 老人ホームでの大晦日。帰る場所がなく正月もここで迎える一人の老人がいろいろなことを考えたり、ちょっと過去を振り返ったり、でも亡くなった奥さんのことを思い出していい気分になるお話。 この世をつくているのは偉人だけでなく、ごくごく普通のなんてことのない人たちであり、その人生の積み重ねが人類の歴史を作ってきているのだ。 /『除夜の鐘』
歴史の日陰物語を集めた短編集。 それぞれの話で、とうとう陽の目をみなかった日陰者を軸に展開していくのだけれど、その話毎に「日陰者」の種類がバラバラで面白かった。悲劇ではあるものの、清水先生の書き方がユーモアに溢れていることもあって涙がちょちょぎれるということはない。ただ、その人物達の情緒が面白い。
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