Posted by ブクログ
2016年07月18日
著者の益川敏英は2008年にノーベル物理学賞に輝いた理論物理学者だ。益川は米軍機による大空襲の中を逃げまどった体験があり、ノーベル賞記念講演でも自らの戦争体験に触れるなど積極的な反戦平和活動を行ってきた。現在の安倍政権が日本を「戦争のできる国」に導こうとしていることに強い危機感を抱いた著者が、科学者...続きを読むが大量に動員された戦争の歴史を振り返り、平和に使われるべき科学が軍事利用されないための方策を提言しているのが本書だ。
ドイツ軍のために毒ガスの開発に没頭したフリッツ・ハーバーの行いや日本に投下された原子爆弾を開発したアメリカのマンハッタン計画は、科学者がどのように国家権力に取り込まれて戦争に加担してきたかを物語っている。著者は、現在の日本でも科学技術の軍事利用が進み、政治的な動きの中で科学者の動員が巧妙に進められていると危機感を募らせている。
「九条科学者の会」に参加する著者は、「日本は憲法九条の歯止めがあり「戦争ができない国」であるからこそ、知恵を絞り外交政策などでこの70年間危機を乗り越え平和を維持してきたことに思い至るべきだ」と訴え、それを今「戦争のできる国」にしようとしている安倍首相の暴走を非難している。
著者がテレビ番組で特定秘密保護法を批判したらすぐに外務省の役人が研究室に説得に来たりとか、「軍事研究をしない」と誓った名古屋大学の平和憲章が国会議員に非難されたりというエピソードには、日本の社会に戦争が現実問題として迫ってきていることを改めて実感させられ、著者の危機感が納得できる。
科学の発展は文明の進歩に大きく貢献するものだが、ひとたび戦争となった場合にはその科学技術は兵器を開発するために使われ、多くの人間の命を奪うものとなる。そして国家権力に動員される科学者は軍事開発への協力を拒むことはできないのだ。
恩師と仰ぐ理論物理学者坂田昌一の「科学者は科学者として学問をするより以前に、まず人間として人類を愛さなければならない」という言葉を胸に刻む著者は、科学の発展は平和利用にも軍事利用にもつながる諸刃の剣だからこそ、科学者は自分の研究にのめり込むのではなく、ひとりの生活者として社会と向き合わなければいけないと訴える。この社会を守り後の世代に残していくために、科学者を含む私たち皆が世の中に対して広い視点を持ち、今日本や世界で何が起こっているのか、どこに進んでいるのかを見極め、正していく知性が必要なのだ。
戦争体験をもつ著者が、一流の科学者だからこそ強く感じる戦争への危機感と、どんなことがあっても戦争は避けるべきだとの強い信念をもって訴えている反戦平和の呼びかけが心に響く一冊だ。