聖地巡礼 ライジング  熊野紀行

聖地巡礼 ライジング 熊野紀行

小説・文芸
1,650円 (税込)

8pt

4.0

思想家であり武道家の内田樹と、比較宗教学者で僧侶でもある釈徹宗が、日本人が失っている霊性を再発見するシリーズ「聖地巡礼」。第2弾は多産の空間・熊野を巡ります。今なお日本の宗教性がむき出しとなっている聖地・熊野で内田樹・釈徹宗は何を思い、感じとったのか。巻末には、これまでの聖地巡礼を振り返って「復習」していますので、シリーズ1巻を読んでいなくても楽しめます。

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  • カテゴリ
    :
    小説・文芸
  • ジャンル
    :
    エッセイ・紀行 / 紀行
  • 出版社
    :
    東京書籍
  • タイトル
    :
    聖地巡礼 ライジング 熊野紀行
  • タイトルID
    :
    304026
  • ページ数
    :
    296ページ
  • 電子版発売日
    :
    2015年03月06日
  • コンテンツ形式
    :
    EPUB
  • サイズ(目安)
    :
    46MB

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聖地巡礼 ライジング 熊野紀行 のユーザーレビュー

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感情タグBEST3

    Posted by ブクログ

    世界遺産の熊野を歩いて、これを読むと最高に面白い。

    聖地に足を運び、「この世ならざるもの」を感じ取ること、とある。

    熊野に触れると本当に圧倒される。

    「場」の神道と「語り」の仏教、神仏習合がある。でもシンプルにそれだけでなく、仏教から新道的な要素を削いだり、廃仏毀釈があった。

    聖地の中枢へ熊野古道をめぐるとなんとも山深い。
    あの空間で登ったり下ったりしてると、歩行瞑想になる。

    熊野本宮大社と大斎原、熊野川には圧倒される。
    こちらは瞑想から目覚めて、全てから解放される感じ。

    これに源氏と平氏が出てくる。
    馬と船の戦い、確かに馬と船が周辺の神社にある。
    色々まざるまざる。

    そして一編上人が熊野神勅で、「南無阿弥陀」を称えることで救われる教えを開宗する。

    なんでも飲み込む熊野の包容力たるや、「場」の凄さをかんじる。

    神倉神社、那智の滝、那智大社、青岸渡寺は読むだけでなく、行ってみると良いですヨ。花の窟神社、産田神社の伊邪那美の話にはいつか触れて見たい。

    この本のなかでは、霊的感受性の洗練を現代日本ではまったく組織的に訓練していないと語る。

    世界がボーダーレスになり、日本を語れないと自分を伝えることが難しい世界になりつつあるし、AIとか新しい技術で日進月歩の現代において、次はこれかも。

    ロゴスはゼロですが。





    0
    2020年02月22日

    Posted by ブクログ

    来月行くので、事前学習。

    熊野三山と言えば、熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社。
    でも、過去に行った時に、なんとなく、熊野速玉大社に違和感を覚えた。
    後付けされたような感覚。
    それよりも、熊野速玉大社のそばにある神倉神社の方が、強い感じを受けた。
    本著で、神倉神社は、速玉大社よりも古く、速玉大社の本宮だと言われていると聞いて、納得。
    この本を借りたのも、そこらへんがきっかけ。
    他のガイドブックでは、さらっとしか書かれていない神倉神社を大々的に取り上げていたから。
    あの階段は、死ぬほど怖い(実際に落ちて亡くなられた方のニュースも何年か前にありましたが)のだが、なぜか、再び訪れたくなる地。

    熊野は、お寺だから、神社だから、男だから、女だからなどという、区別のないゆとりある世界なのだと思う。
    そのボーダレスな感覚が、包容力を産み、植島啓司先生が言うところの「子宮に帰る場所」になっているのではないかと思った。
    だからこそ、昔の人は、幾度となく訪れ、篭り、蘇りの地にしたのではないかと。

    旅の工程には考えていなかった花の窟神社にも、絶対行こう!

    0
    2019年06月22日

    Posted by ブクログ

    なまじのガイドブック読むより熊野を堪能できる。

    熊野って何か大事を果たす前にエネルギーを充填するような土地なんですかね。
    大きな困難と向き合う前に行っておくべき地
    そこに行くことで生命力が高まる、戦闘力が高まる、そういうことが実感としてあったんだと思うんですよね。

    神社仏閣や祭は人間が一定数以上いる場所には絶対に必要。土地にこもっていたり人間が持ち込んでくる邪気を「リリース」「放電」する装置が必要。

    子供の頃から自分の死に方のイメージをはっきり持っていて、そこに向かって次第に収斂していくように老いていく、そういう文化があったんじゃないでしょうか。
    むしろ、「生と死をつなぐ強烈な通路」を持たない現代人のほうが貧相に見えてきました。

    那智大社参道の俗っぽさ、那智の浜は、濃縮した熊野の宗教性を脱臼させる。

    0
    2018年10月18日

    Posted by ブクログ

    補陀落渡海という「捨身行」には耳にするたびに驚きますが、那智の他に足摺や室戸など黒潮の海にだけ存在した行と聞くとなんとなく南方浄土を思い浮かべることができ、共感を覚えなくもありません。この旅では、森の木々や巨石、海、滝、それをとりまく空気などの自然にどれだけ共鳴する身体を取り戻せるか、これが大事な要素でした。地鎮祭を執り行わない限り、大工さんが敷地で仕事をはじめないなど、その意味を形式ではなく、肌身で感じる身体を持つことの大切さを理解する機会になりました。

    0
    2015年04月25日

    Posted by ブクログ

    前回の関西(大阪・京都・奈良)に続いて今回は
    紀伊半島熊野。
    少し前に中上健二氏の小説を読んでなんとなく紀伊・
    新宮のイメージができていたので(すみません
    行ったことはないのです)親近感がわきました。
    というくらい。熊野には一度もいったことが
    ありません。読んでみて一度熊野・那智・古道
    に行ってみたい。歩いてみたいと思うようになりました。読みながらGoogleMAPのStreetViewとかでみて
    いるとさらに行ってみたい気がします。
    特に熊野本宮の大斎原と神倉神社。花の窟神社
    補陀落山神社はなんとなくひかれました。
    2作目も面白かったのですが。著者たちが少し
    はしゃぎすぎの感があって。ちょっとだけイタイ
    感じを覚えます。

    0
    2015年04月14日

    Posted by ブクログ

     現在の聖地巡礼は大人の遠足なんだよね。今に比べては申し訳ないが昔の人はそれなりのリスクを抱え巡礼に赴いていたのだろう。

     まあやっぱりこれだけの清々しさを持つ場所には誰しも一度は行ってみたい。だけど現代人には昔ながらの覚悟はない。

     ならば、今はこの聖域を壊さず足さず現状を保ち未来に残す義務を持つこと。それが一番難しいのかな。





     原発は日本人だけが持っているわけではない。韓国も中国も十分すぎるほど所有している。原発事業も科学である。

     自分は常に正しい側で相手は間違っているという排除のボーダーを持っている、二項対立をしているのはむしろ著者側だろう。

     原発を含め科学の進歩とはいかなるものなのか今一度考え直さねばならないことだ。

     

    0
    2015年11月26日

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    熊野が聖地であるというのは何となくは知っていましたが、他の予備知識もないまま、この「聖地巡礼」シリーズ完読を目指して手に取りました。

    本筋の巡礼そのものよりも、あちこちで語られる先生お二人の会話の名言や知識が面白かった。
    1600〜1660年ほどの60年間が日本文学史上「空白期」、後世に残るような文学的成果が全く何も出ていない(p21)という巡礼本筋とは全く関係ない情報にまずは驚き。
    後でこれは何かの文学史年表を確認してみようと思いました。

    「8時だヨ!神仏集合」(p22) 吹き出しました。確かにネーミングセンスが(笑)
    インドネシア全体はイスラム教なのにバリ島だけがヒンドゥー教というのも知らない情報でした。
    近頃自分の住んでいる地域ではインドネシア系の人が増えてきていて、そのうち日本もイスラム教の人口がかなり増えるだろうと私も感じていたところ。

    固有の信仰や生活習慣や食文化を持って入ってきた時に、それによって我々の社会がどういうふうに変わっていくのか、どういうふうに新しい宗教集団を受け入れて共生していくのかについてももっと真剣に考えるべきなんです(p174)
    イスラム教の土葬の懸念についてもここに書かれていますが、内田先生のご指摘は、もう考えなくてはならない、喫緊と言っても良い状況のように自分も思いました。
    改めて奥付を見たら発刊は2015年。
    十年以上過ぎてる現状の対応がどうなっているのか気になります。

    正しいことでも「正し過ぎる」と災厄をもたらす(略)「 君たちの言ってることは正しい。正しいけれど 、ちょっと手控えてね」というわけのわからない 言い分を通すためには、そういう人間にそこそこの「貫禄」がないとだめなんです(p56)
    日本人は知的な負荷に耐えられなくなっている気がします(略)知的作業に関する粘りがなくなってきた(p57)なるほど。

    お神輿は皆で担いで祝詞を上げて御魂入れをするとズンと重くなる(p60)ええっ、そうなんだ。さらっと書かれてますが驚き。
    お仏壇によく「魂入れ」するとか、お仏壇を引き払う時に「魂抜き」をするなども言いますが、やはりそういう「世界」があるのだろうと。
    そういえば人は亡くなったあと体重がすぐ何gだったか軽くなるといいますね。それも魂が抜けるからだという説があったことを思い出しました。

    遺体を金属加工に使う話(p137)も驚き。遺体を奪う理由にそんなこともあるとは。事実は分からないらしいけれども伝承として残っていることがまずすごい。

    イスラムの人とキリスト教の人が一緒に運営しているモスクかつ教会みたいなものが(トルコに)あるんです(p188)
    これは以前読んだ何かの本で自分も知ってました。何ていう本だったか気になります。トルコの人の対日感情がいいのは和歌山県民のおかげ。
    そうだったのか。

    補陀落渡海って凄い行があるんですね(p207)捨て身行というものは聞いたことがあるけれど補陀落渡海は知らなかった。
    わずかに食べ物を積んで屋形船の中に外から板を打ち付けられて閉じ込められて船出し、亡くなるまでお経をそのなかで唱え続ける…恐ろしすぎます。
    宗教者が行う行為は凄まじいものがどの宗教にもありますが、これもかなり凄まじい。無理やり渡海させられるお坊さんの話を書いた小説もあるとか。無理矢理だったらなんと残酷な仕打ちだと思います。自分は閉所恐怖症気味なので想像するだけでザワザワします。

    巡礼を進めて行くと、あちこちでかなりの階段があって階段を登ったり歩くことに嫌になってきている描写がところどころにそのまま掲載されていて笑ってしまいます。
    このシリーズはその時の会話をそのまま載せてるのが面白い。
    聖地のそばに世俗的なものが広がるのは、聖地の力を制御して成熟していない人間に「服用可能」な強度にまで抑制する働きを目指しているのでは(p227)
    面白い考え方でした。でも内田先生が後書きにその場の霊的なものを感じようとしない人が多い、聖地のシグナルを遮断しているというようなことも書かれています。
    聖地に俗なものを配置することが「服用可能な」強度にする目的だったはずかもだけれども、もはや薄めなくても現代人は聖性というものに鈍麻しているかもしれませんね。
    (自分もそうかも)

    身を置いて初めてわかることってたくさんありますよね(p237)
    確かにそう自分も思いました。
    これから先、どこにどれだけ行けるか分からないけれど、行きたいところには出来るだけ出かけていきたいと思いました。

    とても面白く読みましたが、本筋の熊野巡礼とあまり関係ないところばかり自分には響いてしまったような(笑)面白かったからまぁ良いかな。

    0
    2026年03月23日

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    知識人のお二人が、巡礼部(聖地巡礼をするツアーのようなチーム)と共に熊野を訪れた際の紀行とナビゲートをまとめた書物です。

    熊野という地は南方系宗教観に似ていると、たびたび登場する。王子は沖縄ことばの「オウ・チ・キュ」が訛ったのではと民俗学者の五来重さんの説。観音浄土は南。一週間ほどの食糧とともに船に閉じ込めてしまう補陀落渡海と、ポリネシアの信仰に似ている。

    三十三は観音様が三十三回変身するところからの数字。青岸渡寺が廃仏毀釈を免れたのは、日本で最も古い西国三十三所だということがあるのでは。

    0
    2021年04月28日

聖地巡礼 ライジング 熊野紀行 の詳細情報

  • カテゴリ
    :
    小説・文芸
  • ジャンル
    :
    エッセイ・紀行 / 紀行
  • 出版社
    :
    東京書籍
  • タイトル
    :
    聖地巡礼 ライジング 熊野紀行
  • タイトルID
    :
    304026
  • ページ数
    :
    296ページ
  • 電子版発売日
    :
    2015年03月06日
  • コンテンツ形式
    :
    EPUB
  • サイズ(目安)
    :
    46MB

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