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思想家であり武道家の内田樹と、比較宗教学者で僧侶でもある釈徹宗が、日本人が失っている霊性を再発見するシリーズ「聖地巡礼」。第2弾は多産の空間・熊野を巡ります。今なお日本の宗教性がむき出しとなっている聖地・熊野で内田樹・釈徹宗は何を思い、感じとったのか。巻末には、これまでの聖地巡礼を振り返って「復習」していますので、シリーズ1巻を読んでいなくても楽しめます。
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Posted by ブクログ
世界遺産の熊野を歩いて、これを読むと最高に面白い。 聖地に足を運び、「この世ならざるもの」を感じ取ること、とある。 熊野に触れると本当に圧倒される。 「場」の神道と「語り」の仏教、神仏習合がある。でもシンプルにそれだけでなく、仏教から新道的な要素を削いだり、廃仏毀釈があった。 聖地の中枢へ熊...続きを読む野古道をめぐるとなんとも山深い。 あの空間で登ったり下ったりしてると、歩行瞑想になる。 熊野本宮大社と大斎原、熊野川には圧倒される。 こちらは瞑想から目覚めて、全てから解放される感じ。 これに源氏と平氏が出てくる。 馬と船の戦い、確かに馬と船が周辺の神社にある。 色々まざるまざる。 そして一編上人が熊野神勅で、「南無阿弥陀」を称えることで救われる教えを開宗する。 なんでも飲み込む熊野の包容力たるや、「場」の凄さをかんじる。 神倉神社、那智の滝、那智大社、青岸渡寺は読むだけでなく、行ってみると良いですヨ。花の窟神社、産田神社の伊邪那美の話にはいつか触れて見たい。 この本のなかでは、霊的感受性の洗練を現代日本ではまったく組織的に訓練していないと語る。 世界がボーダーレスになり、日本を語れないと自分を伝えることが難しい世界になりつつあるし、AIとか新しい技術で日進月歩の現代において、次はこれかも。 ロゴスはゼロですが。
来月行くので、事前学習。 熊野三山と言えば、熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社。 でも、過去に行った時に、なんとなく、熊野速玉大社に違和感を覚えた。 後付けされたような感覚。 それよりも、熊野速玉大社のそばにある神倉神社の方が、強い感じを受けた。 本著で、神倉神社は、速玉大社よりも古く、速玉...続きを読む大社の本宮だと言われていると聞いて、納得。 この本を借りたのも、そこらへんがきっかけ。 他のガイドブックでは、さらっとしか書かれていない神倉神社を大々的に取り上げていたから。 あの階段は、死ぬほど怖い(実際に落ちて亡くなられた方のニュースも何年か前にありましたが)のだが、なぜか、再び訪れたくなる地。 熊野は、お寺だから、神社だから、男だから、女だからなどという、区別のないゆとりある世界なのだと思う。 そのボーダレスな感覚が、包容力を産み、植島啓司先生が言うところの「子宮に帰る場所」になっているのではないかと思った。 だからこそ、昔の人は、幾度となく訪れ、篭り、蘇りの地にしたのではないかと。 旅の工程には考えていなかった花の窟神社にも、絶対行こう!
なまじのガイドブック読むより熊野を堪能できる。 熊野って何か大事を果たす前にエネルギーを充填するような土地なんですかね。 大きな困難と向き合う前に行っておくべき地 そこに行くことで生命力が高まる、戦闘力が高まる、そういうことが実感としてあったんだと思うんですよね。 神社仏閣や祭は人間が一定数以上...続きを読むいる場所には絶対に必要。土地にこもっていたり人間が持ち込んでくる邪気を「リリース」「放電」する装置が必要。 子供の頃から自分の死に方のイメージをはっきり持っていて、そこに向かって次第に収斂していくように老いていく、そういう文化があったんじゃないでしょうか。 むしろ、「生と死をつなぐ強烈な通路」を持たない現代人のほうが貧相に見えてきました。 那智大社参道の俗っぽさ、那智の浜は、濃縮した熊野の宗教性を脱臼させる。
補陀落渡海という「捨身行」には耳にするたびに驚きますが、那智の他に足摺や室戸など黒潮の海にだけ存在した行と聞くとなんとなく南方浄土を思い浮かべることができ、共感を覚えなくもありません。この旅では、森の木々や巨石、海、滝、それをとりまく空気などの自然にどれだけ共鳴する身体を取り戻せるか、これが大事な要...続きを読む素でした。地鎮祭を執り行わない限り、大工さんが敷地で仕事をはじめないなど、その意味を形式ではなく、肌身で感じる身体を持つことの大切さを理解する機会になりました。
前回の関西(大阪・京都・奈良)に続いて今回は 紀伊半島熊野。 少し前に中上健二氏の小説を読んでなんとなく紀伊・ 新宮のイメージができていたので(すみません 行ったことはないのです)親近感がわきました。 というくらい。熊野には一度もいったことが ありません。読んでみて一度熊野・那智・古道 に行ってみた...続きを読むい。歩いてみたいと思うようになりました。読みながらGoogleMAPのStreetViewとかでみて いるとさらに行ってみたい気がします。 特に熊野本宮の大斎原と神倉神社。花の窟神社 補陀落山神社はなんとなくひかれました。 2作目も面白かったのですが。著者たちが少し はしゃぎすぎの感があって。ちょっとだけイタイ 感じを覚えます。
現在の聖地巡礼は大人の遠足なんだよね。今に比べては申し訳ないが昔の人はそれなりのリスクを抱え巡礼に赴いていたのだろう。 まあやっぱりこれだけの清々しさを持つ場所には誰しも一度は行ってみたい。だけど現代人には昔ながらの覚悟はない。 ならば、今はこの聖域を壊さず足さず現状を保ち未来に残す義務を...続きを読む持つこと。それが一番難しいのかな。 原発は日本人だけが持っているわけではない。韓国も中国も十分すぎるほど所有している。原発事業も科学である。 自分は常に正しい側で相手は間違っているという排除のボーダーを持っている、二項対立をしているのはむしろ著者側だろう。 原発を含め科学の進歩とはいかなるものなのか今一度考え直さねばならないことだ。
知識人のお二人が、巡礼部(聖地巡礼をするツアーのようなチーム)と共に熊野を訪れた際の紀行とナビゲートをまとめた書物です。 熊野という地は南方系宗教観に似ていると、たびたび登場する。王子は沖縄ことばの「オウ・チ・キュ」が訛ったのではと民俗学者の五来重さんの説。観音浄土は南。一週間ほどの食糧とともに船...続きを読むに閉じ込めてしまう補陀落渡海と、ポリネシアの信仰に似ている。 三十三は観音様が三十三回変身するところからの数字。青岸渡寺が廃仏毀釈を免れたのは、日本で最も古い西国三十三所だということがあるのでは。
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聖地巡礼 ライジング 熊野紀行
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