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Posted by ブクログ
昔、ファンシーダンスという漫画が流行って、永平寺モノだったのだけど、あの系統かと思いきや、今の葬式成金仏教に対し、新しい仏教がどこまでいけるか足掻く若い僧たちの物語で、すごく気に入った。「もちろん宗教とは?」はすごく深い問いで、答えなど出るはずもないが、最後広也が共依存のカルト宗教みたいな方向に祭り上げられてきちゃうのも、宗教に寄りかかるタイプの人がいる限り仕方がないことなのかも知れない。
北陸の憲和寺の跡取り広也は、宗派である敬千宗の直轄大学卒業後、得度式をあげて僧となり総本山長穏寺に入山する。大学の同窓生のロッカーになりそこねた隆春もたまたま同日上山になった。同日上山は6人。最初から古参のいびりが始まる。
寒さと眠気と特に周囲からの視線が新生活を悩ませる。広也は奥住にデブでモタモタした声をかけてしまい、古参にいひられることご増える。
隆春も最古参に近い岩岡に目をつけられいびられている。坐禅で寝ていないのに警策を食らったりする。4と9がつく四九日日は坐禅が休みになる。先輩の滑川に頭を叩かれて頭に血が上り、殴りかかりそうになった時、嫌っている榊が庇ってくれた。当番所で正座の刑で済んだ。
奥住の足から異臭がして、皮が破れて意識を失っている。栄養不足と体力低下から毎年脚気が出るのだそうだ。奥住は医務室へ行ったが、脱走を企てた。
隆春は清掃や雑務を行う直歳寮への転役を命じられる。一ヶ月経って同安居は125人。3人が去っている。同期の集合写真を撮られた時に榊が寄ってきて、バンドで一緒にやったことがあるといった。すごい頭と刺青してたはずなのにと思ったらウィッグとペイントだったらしい。榊とよく喋るようになったら、執拗ないびりがなくなった。
夏と冬、100日間外に出ず修行に励む制中という期間がある。広也は父の縁故で岩岡に可愛がられている。奥住は精神が壊れていた。宿泊客の世話をする接茶寮にいるが、奥住がお客さんに馬鹿にされたと首を絞めた。客も悪かったので、不問にふしてくれた。心を病んだもののいく北禄院に行く話も出たがうやむやになってしまう。
隆春は榊と寺を抜け出す。というより巻き込まれてしまった。隆春は榊に不信感を抱き始める。
広也と奥住はダムの見える場所で坐禅する。仏殿で奥住は自殺していた。遺書を読んで奥住を守ってきたつもりだったけど、知らないことばかりだったのに気づく。奥住は助かった。別の修行寺に行くようだ。隆春と広也はふたたびつるむようになる。広也は1年で寺を降りる。隆春も1年半で降りる。
3年後、隆春は阿佐ヶ谷の健福寺で師匠と兄弟子のもと日々勤めている。広也と連絡が取れないことが気がかりだが日々が過ぎていく。と、いきなりクビになって、島根の輪芳寺を紹介される。その日広也が新宿に泊まっているとの連絡が入って会える。ホテルには岩岡もいた。広也の寺は震災で復興などに全財産使ってしまって潰れ、父も亡くなった。岩岡の叔父さんが東北の寺をやってみないかと言っている。檀家もいない寺だけど。
Posted by ブクログ
裏表紙に「生きる意味を問いかける、熱き男たちの青春パンク小説!」とあり、宗教に関する小説でこの煽りが気になり手に取りました。
若い男たちが僧侶になるために苦しみながら修行に励む姿は美しかったです。
僕は自身を長らくパンクスと自称していたのでこの作品が訴えていることがよく分かります。
人生にも音楽にも宗教にも救いなんて無いんです。
鬱屈した日々を生きて苦しいならライブハウスでパンクロックを聴いてほしい。そこにも救いなんてないけれど、またそこに行くために生きていけるから。 信じるのは仏様や神様ではなく自分です。 手の届く愛する人たちのために生きていきましょう。
Posted by ブクログ
何ともジャンル分けし辛い一冊(^ ^;
読み始めて割とすぐに
「人が二人いれば争いが生まれ
三人いれば派閥が生まれる」
という言葉がずっと頭に浮かんでいた(^ ^;
タイトルからも表紙絵からも分かる通り、
お坊さんが主な登場人物。
当たり前ではあるが、「坊主として生まれる人」はいない。
寺の跡継ぎとかで「坊主になるべくして」なる人はいるが、
みなそれぞれの事情や思惑を抱えて、
修行をして坊さんに「なる」ものだ。
そんな、当たり前ではあるが、普段仏教と縁遠い私には
全く意識していなかった現実を見せられるところから始まる。
ある者は(順当に)実家の寺を継ぐために、
ある者は「職業として」安定を求めて、
本山での修行に参加する。
本書は、前半の「本山での修行」パートと
後半の「自分の寺での葛藤」パートに分けられる。
それぞれに、それぞれの人間関係があり、事件があり、
悩み、葛藤し、成長し、時に流され、時にやけになり...
とても「人間的な」ドラマが繰り広げられる。
何となく、坊さんとか「宗教家」というのは、
煩悩から解脱した「聖なる存在」と思いがちだが...
と言うか、私は漠然とそんなイメージを持っていたが、
どうしてどうして坊主の「現実」は生臭く、
「表の顔」では聖人ぶっている分一般人よりエグいくらい(^ ^;
でも、それが現実であり、よく考えれば当たり前か。
本当に修行ばかりしまくって、
それこそ霞食って生きてるような人(それは仙人か)は、
私のような俗物の目に留まることはあるまい。
我々「一般人」が触れる坊さんというのは、
「葬式仏教」と言うくらいで、葬式や法事の時くらいで。
それら「職業坊主」は、仕事として仏事を行っている訳で、
普通に消費税払って買い物してるし、免許の更新もするし、
「生活」は我々と何も変わらない(はずだ)。
まぁ、税金の優遇くらいはあるとしても(^ ^;
...と、本の内容と関係の無い感想ばかり書きたくなる、
それくらい本書の「坊主描写」がリアルと言うことか(^ ^;
ストーリー中に色々なことが起こるが、
不思議と「あらすじ」を書きにくい印象(^ ^;
話の「筋」と言うより、登場人物の心の動きを読む、
そういう本なのだろう、きっと(^ ^
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